第 8 章 :移動事象を表す複合動詞の多義形成
3 考察
「舞い込む」の多義性を調査していくと、共起する名詞句との関係から、次の三つ のタイプに分類することができることになる。
(6) 蝶々/葉っぱが部屋に舞い込んだ。
(7) 海外から、(彼の手元に)仕事が舞い込んだ。
(8) 幸運が舞い込んだ。
(6)は通常、「舞い込む」の基本義であると理解される。この場合、「蝶々」のよう な有生物、あるいは「葉っぱ」のような無生物が主語に来ることができる。(7)は抽 象名詞と共起する例であり、比喩的な意味を成している。(8)がやや特別であり、こ の種類のものは、ほとんど「幸運」や「幸せ」としか共起しない。辞書によっては、
コロケーション的な用法と考えることもある(『日本語コロケーション辞典』p.1072)。
以下では、この三つの用法をそれぞれの事象構造とV1とV2による語彙的意味の代入 の仕方という観点から捉え、複合動詞の多義形成を考えていく。
3.1 有生物と無生物を主語とする「舞い込む」
まず、有生物と無生物が主語である「舞い込む」を考察する。この場合の「舞い込 む」の事象構造は、例文(9)をもとに次のように提示する。
(9) 蝶々/葉っぱが(外から)部屋に舞い込んだ。
V2「込む」の語彙的意味
V-[x/yi MOVE<MANNER>[Path]BECOME[x/yi BE AT-INSIDE]]
V1「舞う」の語彙的意味
(9)は、移動物の「蝶々/葉っぱ」が舞うようにして外から部屋の中に入ってくる
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ことを表している。起点と着点が明示されていることから、複合動詞全体は有方向移 動事象の事象構造を有する。また、移動物は有生物と無生物の両方が可能であること から、事象構造の上ではx/yによって表示される。ただし、ここで注意されたいの は、複合動詞の V2「~込む」は、単一動詞である「(列車が)込む」と異なるという 点である。松本(2009:180)によれば、このような意味を持つ「~込む」は、移動に おける着点以外の移動経路の諸側面を指定できるという。これは次の(10)を用いて 説明する。
(10) 彼らは(表口から/裏口経由で)部屋に殴り込んだ。
松本氏によれば、「殴り込む」の V1「殴る」に移動の意味がないため、複合動詞に 含意される移動の意味は「~込む」に由来するものであるという4。また、ここで言う 移動の諸側面とは、起点の「表口から」、中間経路の「裏口経由で」、及び着点の「部 屋に」という三つの側面を指す。本章では、松本(2009)による指摘はV1が自動詞で ある(9)のようなものにも適用されると思われる。
以上、V2「~込む」から複合動詞が表す移動経路の諸側面を規定することができる ことを述べた。これを言い換えると、(9)では、複合動詞が意味する経路を、V2が担 っているということになる。本論の枠組みに従って言うと、「舞い込む」の主要部は V2になる。また、V2「~込む」が主要部であることから、V2の事象的意味と語彙的意 味は有方向移動事象の事象構造に代入される。特に、「~込む」から移動事象の諸側面 を規定することができるため、(9)ではV2から有方向移動事象におけるPathを補充 する必要がある。また、有方向移動事象の着点は内部空間の一か所である必要がある。
このことから、V2は(9)の事象構造における移動の着点に対し、INSIDEと規定する。
続いて、V1「舞う」による補充の仕方を考える。「蝶々/葉っぱが舞う」があるよう に、V1「舞う」は(9)における有方向移動事象と同一の移動物を取る。これは(9)
の事象構造では、これを同一指標の iによって表す。また、複合動詞全体の意味解釈 は、〈蝶々/葉っぱ舞いながら部屋に入ってくる〉ということを表す。この場合、移動 物における移動様態は有方向移動が終了するまで継続しなければならない。逆に、蝶々
/葉っぱが舞ってから、部屋に入ってくるという移動事象は想定しにくい。したがっ
て、V1によるMANNERへの補充は、有方向移動事象におけるINSIDEまで規定しなけれ
ばならない。このような補充の仕方は、第4章で述べた「駆け上がる」と同様である。
さらに、単一動詞である「舞う」が移動様態動詞でありながら、移動における起点 と中間経路を取ることも可能である。この現象は、以下の例文から観察される。
(11) 奏楽堂の窓から見える樅の木に目をやりながら、樅の枝から鳶が舞うの
4 この指摘からも分かるように、松本(2009)では、複合動詞の意味が構成要素の合成に
よって生じると理解している。しかし、本章では、(10)における移動の意味を構成要素の
「込む」に由来するものと考えず、「~込む」の持つ語彙的意味が複合動詞の表す有方向移 動事象と合致することに由来するものと考える。
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を見て、彼にはそれが音楽とリズムを合わせているように思われた。
(瀧井敬子著 『漱石が聴いたベートーヴェン』)
(12) 空を舞うワシのシルエットだけが、私たちの頭上の空の高みに広がり、
この風景の死のような静寂を破った。
(荒田洋ほか編 『グラースノスチ』)
(11)と(12)のいずれも単一動詞の「舞う」は経路の名詞句と共起する例である。
(11)が起点であり、(12)は中間経路である。ただし、「空中」を着点と捉えた場合、
「*空中に舞う」となるように、「舞う」と共起しない。このことから、「舞う」は、着 点を表すニ格と共起しないと言える5。これらの観察を踏まえ、(9)の事象構造の上で、
V1から有方向移動事象のPathの一部を補充することも可能であるように思われる。
以上、有生物と無生物が主語である「舞い込む」の事象構造とV1とV2による語彙 的意味のあり方を見てきた。ここでは、構成要素である経路のあり方を中心に、V1と V2による語彙的意味の整合性を次の(13)のように示すことができる。
(13) 蝶々/葉っぱが(外から)部屋に舞い込んだ。
V2 [xi MOVE<MANNER>[<PSOURCE<P1<… <PGOAL]BECOME[x BE AT- INSIDE]]
V1 [ xi MOVE<MANNER>[P1<P2<…Pn…]]
(13)は、V1 と V2 における語彙的意味の整合性のあり方を表すものである。(13)
におけるV2の経路は、PSOURCE< P1<… <PGOALになっている。これは、V2「~込む」が経路の 諸側面を規定することが可能である特徴に由来している。PSOURCEは移動の起点を表す。
P1は移動経路における一地点である。PGOALは移動の着点を表す。不等号の<によって一 連の移動事象が連結される。移動の着点は、移動停止の最終地点と同一であることか ら、PGOALは着点における INSIDE と同定される(PGOAL=INSIDE)。また、V1 における P1<P2<…Pn…は、中間経路の上での移動を表している。ここでのPnは、中間経路におけ る一地点を表す。複合動詞のV1とV2の整合性は、(13)の点線部分で示されている。
点線部分を見て分かるように、V1の移動経路がV2の経路と部分的に重なる。そして、
重なった部分が有方向移動の結果事象まで規定する。
3.2 抽象名詞を主語とする「舞い込む」
続いて、抽象名詞が主語である「舞い込む」を考察する。抽象名詞が主語である「舞 い込む」の事象構造は、例文(14)をもとに次のように示すことができる。
5「舞う」はニ格と共起する例も観察される。しかし、このようなニ格は着点ではなく、方 向性を表していると理解される。これは、第7章の注7と同様の考えに基づく。
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(14) 海外から、(彼の手元に)仕事が舞い込む。
V2「込む」の語彙的意味
V-[x′MOVE<MANNER>[Path]BECOME[x′ BE AT-z]]
× V1「舞う」の語彙的意味
(14)は、移動物の仕事が彼の手元に入ってくるということを表す。複合動詞全体 は、着点の含意を有することから、有方向移動事象の事象構造を成している。また、
ここでの移動物は、「仕事」の他に、「依頼」、「注文」、「情報」、「お知らせ」、「お話」
などがあげられる。ここでは、抽象名詞の移動物がx′によって表されている。これ は(9)と区別するための措置である。また、(14)から分かるように、複合動詞全体 は物理的な起点と着点を取ることが可能である。このような起点から着点までの移動 事象の成立は、V2「~込む」の語彙的意味によると考えられる。これは(9)と同様の 考えに基づくものである。ただし、抽象名詞を主語とする場合、移動物の着点が必ず しも物理的な内部空間の中の一か所である必要がない。そのため、事象構造における 結果事象をAT-zのみで表示する。ここでは、zに対するINSIDE への指定が不要であ る点が(9)と異なる。
さらに、抽象名詞を主語とする場合、V1による補充の仕方が異なる。(14)のV1は、
有方向移動事象の事象構造に対し、項を添加することが不可能である。これは、単一 動詞である「舞う」の用法によると思われる。このことは、次の(15)を参照するこ とで理解できる。
(15) a. *仕事が舞う。
b. *仕事が海外から/空を舞う。
(15a)から分かるように、単一動詞としての「舞う」は抽象名詞と共起することが できない。また、(15b)で示されたように、中間経路のヲ格を取ることもできない。
(15)のこの特徴は、(11)(12)と対照的である。これらの観察をもとに、(14)の事 象構造では、V1による補充の仕方を次の通りに考える。
V1「舞う」は、有方向移動の事象構造に項を添加できないことから、移動事象の事 象構成に参与できないことになる。すなわち、(9)と異なり、(14)の V1 は有方向移 動事象の経路を規定することがなく、実質的な意味を失った、ということである。実 質的な意味を失ったV1は、接頭辞的な用法に近い。接頭辞の用法を有する複合動詞は、
たとえば、「押し黙る」や「立ち返る」があげられる。これらの複合動詞の V1は、複 合動詞全体が表す動作の強意として働いている。これを考えると、接頭辞用法として のV1「舞う」は、有方向移動事象の動作部分のMOVEに対し、補充を行うことになる。
以上、抽象名詞が移動物である際の事象構造を見てきた。抽象名詞を主語とする移 動事象の事象構造は、そのV1とV2の整合性を次の(16)に示す。