• 検索結果がありません。

移動事象を表す複合動詞の主要部

ドキュメント内 移動事象を表す語彙的複合動詞の語形成 (ページ 55-58)

第 3 章 :本研究の枠組み

3 移動事象を表す複合動詞の主要部

この節では、単一動詞にない問題、すなわち、複合動詞の主要部の問題について、

移動事象の枠組みから説明する。これを説明するためには、再び Talmy(1985)によ る移動事象の類型論を思い出す必要がある。すでに、第 1 章で述べたように、Talmy

(1985)では、移動を表す動詞の中に、「図」、「経路」、「地」、「様態」、「原因」といっ た移動に関する様々な要素が存在することを指摘し、このうちのどの要素が移動動詞 に「語彙化」されるかによって、世界の言語を大きく様態を動詞に語彙化するタイプ と経路を動詞に語彙化するタイプに分けられることが示されている。このような意味 要素の語彙化に基づいた Talmy(1985)の類型論は、後に「イベント統合の類型論」

に発展する。Talmy(1991)では、統合の類型論は複合的なイベントが単一節において どのように統合され、表現されるかという観点に基づいたものと言える。これを理解 するために、次の(18)を参照されたい。

(18) a. ボトルは浮かびながら洞窟から出ていった。

b. The bottle floated out of the cave.

(18ab)のいずれも移動様態と移動経路を統合した複合的なイベントである。この ような複合的なイベントの説明について、松本(2017:5-6)ではTalmy(1991)の内 容を次のようにまとめている。(18)では、主要な役割を持つ事象は、「枠付けイベン ト」と呼ぶ。枠付けイベントに対する補助的な事象は、「共イベント」と呼ぶ。そして、

枠付けイベントと共イベントが統合された複合イベントは「マクロイベント」と呼ぶ。

11 抽象的放射と抽象的移動については、本論の第10章で述べる。

12 これと同様な立場は、松本(2002)と岩田(2015)もあげられる。たとえば、松本(2002)

では、Goldberg(1995)による英語使役移動動詞構文の分析の問題点を指摘することを通 して、構文の特性とその構文に生じうる動詞の特性との関係に、構文概念の有効性は認め つつ、動詞の意味もGoldbergの理論より大きな役割を担わせる理論の優位性を主張してい る。

47

マクロイベントの中で、主要な役割を持つ「経路」がどの表現形式によって表現され るかで世界の諸言語を類型化できる13。これは、すなわち、意味要素の経路を使い、世 界の言語を類型化している試みである。具体的には、(18a)のような経路が主動詞の

「出ていく」で表される言語が「動詞枠づけ言語(verb-framed language)」である。

この場合の動詞要素「出ていく」は、枠付けイベントであり、「浮かびながら」は共イ ベントである。一方、(18b)のような経路が付随要素の前置詞句「out of the cave」

で表される言語が「衛星枠づけ言語(satellite-framed language)」とされる。この 場合の前置詞句「out of the cave」が枠付けイベントであり、動詞要素の「float」

は共イベントである。

このように、Talmy(1991)では、動詞(語)レベルではなく、事象レベルで考えて いることが窺える。また、松本(2017:6)によれば、(18)の例からも分かるように、

Talmy(1991)の類型論は文の構成に関する類型論でもあるという。つまり、枠づけイ ベントと共イベントが文を構成している要素ということである。これを踏まえ、本論 では、類型論の観点から文構成に関する主要部の判定を次のように応用できると考え る。(18a)では意味要素の経路は、主動詞によって表示されている。この場合、経路 を表す主動詞は文の主要部でもある。一方、(18b)では意味要素の経路は、文の非主 要部である。この場合、意味要素の様態は主動詞によって表示されており、文の主要 部となる。このことを松本(2017:16)によれば、動詞枠づけ言語は、「(経路)主要 部表示型言語」であり、衛星枠づけ言語は、「(経路)主要部外表示型」言語であると いう。

さらに、以上のことを踏まえ、本論では、移動事象を表す複合動詞の主要部の判定 も、Talmy(1991)の類型論が応用できると考える。複合動詞は、構成要素のV1とV2 から複合的なイベントが形成され、かつ、複合的なイベントが単一節に統合されてい る。このことから、複合動詞における主要部を文構成レベルで考えることが可能であ る。また、日本語は経路主要部表示型言語であり、その主要部が意味要素の経路によ って表示される。このことから、複合動詞の中で、構成要素のどちらに意味要素の経 路が現れるかで主要部が決まるということになる。

3.2 主要部の認定

この節では、具体例をあげながら、移動を表す複合動詞の主要部の認定を説明する。

まず、経路が複合動詞のV2にある場合について述べる。この場合は、次の(19)を例 に考えていく。

(19) 彼は山頂に駆け登った。

(19)の複合動詞が表す移動事象は単一節に収まり、V1が統合された移動事象の様

13 経路が主要な役割を持つ点については、位置変化を意味する経路が移動事象の成立のた

めの必要条件であるからと思われる。

48

態を表している。また、V2は移動経路を表し、「山頂に*駆ける/登る」となるように、

複合動詞の主要部はV2になる。ただし、注意されたいのは、「駆け登る」の場合、「山 道を駆け登る」もあることである。この場合、「山道を駆ける/登る」のように、経路 はV1とV2に共有されるため、主要部の判定にあいまいさが生じるように思われる。

しかし、V2の「登る」は移動における方向性も含意する。一方、V1「駆ける」は方向 性を含意しない。これは「*彼は平原を駆け登った」が言えないように、複合動詞が表 す経路は上方向でなければならないということを意味している。そのため、この場合 も方向性を含意するV2が主要部と考える。

続いて、V1が主要部の複合動詞である場合については、次の(20)を例に考えてい く。

(20) 彼は5キロを走り抜いた。

(20)においても、複合動詞が表す移動概念は単一節に収まっている。また、「5キ ロを走る/*抜く」から分かるように、V1は統合された移動事象の経路を表している。

V2は実質的な意味を失い、単に移動事象の終結を表しているため、V1が主要部である と分析することができる。

ここまでは意味要素の経路がV1とV2のどちらにあるかで主要部の判定を行った。

このような分類基準は、影山(2013)による「主題関係複合動詞」と「アスペクト複 合動詞」の判別と基本的に対応しているように思われる。しかし、本稿ではV1が主要 部と見なす複合動詞について、影山(2013)による判定基準と異なる例もある。これ は次の(21)のような場合である。

(21) 赤ちゃんが床を這い回った。

(21)の「這い回る」は「這って、回る」に言い換えられるため、影山(2013)で は主題関係複合動詞としており、V2が主要部となる。しかし、「*赤ちゃんが床を回る」

のように、V2の「回る」は(21)が表わす移動事象を代表することができない。一方、

経路が明示された(21)の場合、「赤ちゃんが床を這う」があるように、複合動詞が表 わす移動事象は移動様態動詞のV1によって表現されている。このようなものは、本稿 ではV1主要部と見なす。さらに、少数ではあるが、経路がV1とV2に共通するものが 存在する。これは次の(22)の場合である。

(22) 電車は駅を通り過ぎた。

(22)は、「電車は駅を通る/過ぎる」となるように、V1とV2とも複合動詞として の項をとっており、移動経路はV1とV2に共有される。この場合、V1とV2はともに 主要部を成しており、共主要部の複合動詞と考える。

最後に、本論の移動事象を表す複合動詞における主要部の判定は、影山(2013)と の並行性を次の表4のように示す。

49

表4:移動事象を表す複合動詞の主要部について

本稿の分類 V2のあり方 影山(2013)の分類

移動経路がV2にあるタイプ

(V2主要部型)

移動様態事象

主題関係複合動詞 有方向移動事象

位置変化事象 使役移動事象 移動経路がV1にあるタイプ

(V1主要部型)

V1への意味補強/

V1の経路と重なる

アスペクト複合動詞/

(一部の)主体関係複合動詞 移動経路が V1/V 2 にあるタイプ

(共主要部型) V1と並列する 主題関係複合動詞

表4を見て分かるように、本論は、経路のあり方がV1とV2のどちらかにあること で、移動事象を表す複合動詞を「V2主要部型」、「V1主要部型」、「共主要部型」の三つ に分類する。V2 主要部型と共主要部型は、影山(2013)による「主題関係複合動詞」

と対応するが、V1 主要部型の中に、一部の「主体関係複合動詞」があるほか、「アス ペクト複合動詞」が多く見られる。

ドキュメント内 移動事象を表す語彙的複合動詞の語形成 (ページ 55-58)