第 9 章 :移動事象を表す類義語の複合動詞
第 4 部
4 立証(認知メタファーによる意味制約のあり方)
4.3 思考・感情の移入を表す複合動詞
最後に、思考・感情の移入を表す複合動詞を考察する。思考・感情の移入を表す複 合動詞は次の(18)があげられる。また、これらの複合動詞を用いた用例は次の(19)
に示す。
(18) 惚れ込む、信じ込む、思い込む、考え込む、決め込む、覚え込む、思い 入る、聞き入る、眺め入る、恥じ入る、見入る、感じ入る/考え出す、
思い出す/決め付ける、思い至る、思い及ぶ、思い浮かぶ
8 これは結果的に陳・松本(2018:174)が言うような順位が縦型に移動するトーナメント
表が想起されることと一致する。
148 (19) a. 監督は彼の才能に惚れ込んだ。
b. 彼は、どうすべきかを深く考え込んだ。
c. 子供たちは先生の説明に真剣に聞き入った。
d. 私はよい案を考え出した。
e. 彼は、10年前の約束を思い出した。
f. 私は昔の記憶を思い出した。
g. 彼女はふとある考えに思い至った。
h. 私は、そこまで思い及ばなかった。
(18)を見て分かるように、移動物は感情・思考であるため、心理活動を表す複合 動詞がここで現れている。(18abc)の位置変化は内部移入であり、(18def)の位置変 化は外部移出であり、(18gh)の位置変化は着点への移動である。これを踏まえ、思考・
感情の移入を表す複合動詞の事象構造を次の(20)のように示すことができる。
(20) a.感情・思考が内部・外部に移動する b.感情・思考が着点に移動する
(20a)は、移動の着点を要請しないことから、移動様態事象の事象構造と並行する。
一方、(20b)は着点を要請することから、有方向移動の事象構造と並行する。
続いて、複合動詞の語形成における意味制約を考察する。(18)の複合動詞に移動事 象を表すV2 が現れる理由は語形成上における意味制約による結果と考える。これは、
「複合動詞レキシコン」の語例調査をすると、「思い~」を除き、複合動詞「考え~」、
「感じ~」、「惚れ~」、「信じ~」、「決め~」が基本的に移動事象を表すV2しか取らな いということが明らかになったからである。このような傾向が見られる理由は次のよ うに考えられる。
思考・感情といった概念は、認知メタファーで、(「THINKING IS MOTION ALONG THE PATH
(思考は経路上の移動である)」、「感情・思考は流動物である」のように物理的な移動 事象と流動体としてマッピングされている。このような認知メタファーを用いた用例 は、他に次の(21)があげられる。
(21) a.なによりも動かぬ証拠となる―様々な思考がぐるぐると頭の中を巡り はじめ、いまだに感情のコントロールが未熟なレレナは、その思考が
そのまま顔に表れてしまっていた。 『吸血鬼のおしごと』
b.なにをいまさら、との想いがいつも先に湧いてきて、三十年近い年月 が過ぎてしまった。 『ブント私史』
c.そのとき突然、奇妙な考えが浮かんだ。 『掌の中の小鳥』
(21a)は人間の思考活動を描いている。認知メタファーでは、思考は経路上の移動 であるため、「思考が頭の中を巡る」ということが言える。また、(21bc)は、人間の 感情・思考を語っている。感情・思考は流動物であるため、湧いたり、浮かんだりす ることができると捉えられている。同様に(18)では、複合動詞の移動物である思考・
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感情が移り変わる際に、認知メタファーに基づいた移動の意味が生まれる。その結果 として、「~込む」、「~入る」、「~出す」といった移動事象を表すV2 が複合動詞を形 成する際に選択されるのだと思われる。
5 まとめ
本章は、これまでの物理的な移動事象の複合動詞とは別に、抽象的移動を表す複合 動詞が存在することを指摘し、その語形成のあり方を考察した。また、抽象的移動を 表す複合動詞の考察を通し、複合動詞の語形成における意味制約のあり方という問題 を絡めて論じた。全体の考察を通し、次の二点を明らかにした。
(ⅰ) 抽象的移動を表す複合動詞は一般的にいう移動事象の枠組みに当てはまら ず、特殊なものである。
(ⅱ) 抽象的移動を表す複合動詞の語形成を考えるにあたって、語彙フレームに 含まれていない意味要素がある。この要素は「認知メタファー」のマッピ ングによる意味要素と考えられる。
特に、結論の(ⅱ)は、一部の語彙的複合動詞の語形成に認知メタファーが関わっ ていることを示すことで、複合動詞の語形成における意味制約のあり方に意味フレー ムと背景知識以上の認知機能が関与していることが重要であることを確認できた。
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第 11 章:二種類の ES 型心理動詞とその意味構造
―「考え込む」型と「思い込む」型―
1 はじめに
第11章では、本論における事象構造の枠組みからいったん離れ、語彙意味論の枠組 みを利用し、ES型心理動詞を考察する。具体的には、従来の日本語心理動詞の語群に 含められていない複合動詞をも考察の対象とし、従来のES型心理動詞を二種類に分け る必要があるということと、もう一種類の新しいタイプのES型心理動詞の意味構造を 提案する。なお、ES型心理動詞の意味構造の考察から、移動事象を表す複合動詞との 関係性について、もう一度考えてみる1。まず、本章でいう心理動詞の定義を概観する。
これには、次の(1)を用いて説明する。
(1) a. They fear thunder. <Experiencer, Theme>
b. Thunder frightens them. <Theme, Experiencer>
Grimshaw(1990:8)によれば、心理動詞は、(1)のように心的感情・感覚を抱く「経 験者(Experiencer)」が主語位置(1a)に現れるか、あるいは目的語位置(1b)に現 れるかで、二つに分類されるという。また、経験者の統語位置における違いによって、
「経験の対象(Theme)」も目的語位置(1a)あるいは主語位置(1b)に変わる。ここ では、Grimshaw(1990)に従い、(1a)タイプを「ES(Experience subject)型」心理 動詞、(1b)タイプを「EO(Experience object)型」心理動詞と呼ぶことにする2。
1 第10章にもあったように、「考え込む」や「思い込む」のような複合動詞は、本論にお ける抽象的移動を表す複合動詞として扱っている。
2 本稿でいう心理動詞について、工藤(1995:76)では「内的情態動詞」(非内的限界動詞)
と呼び、「外的運動動詞」(アスペクト有)と「静態動詞」(アスペクト無)の中間に位置づ けている。さらに、内的情態動詞には、思考・感情・知覚・感覚動詞の四つの下位分類が
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この二区分のうち、EO 型心理動詞における項の配置は、主題役割付与均一性仮説
(UTAH)に違反するリンキングの現象があるため3、研究者から多くの関心を集めてい る(Grimshaw1990、丸田 1998)。一方、ES型心理動詞の場合、ほとんど他動詞と同様 に扱われてきており、注目されてこなかった。ただし、ES型心理動詞が注目されない 中、日本語のES型心理動詞を包括的に扱う研究として三原(2000)があげられる。三 原(2000)は、単一動詞であるES型心理動詞に関する動詞分類の位置づけを明らかに しようとしている。三原氏による日本語のES型心理動詞は次の(2)のようなものが あげられる。
(2) ES型心理動詞:怖がる、悲しむ、喜ぶ、好む、あこがれる、困る、悩む、
信じる、びっくりする、感動する、誤解する、など
しかし、日本語では、心的感情を抱く「経験者」が主語位置にある動詞の中には、
単一動詞のほか、複合語の語形を取るものも多く存在する。筆者がGrimshaw(1990)
の定義に従って調査してみると、複合動詞であるES型心理動詞には、次の(3)と(4)
があげられる。
(3) (彼は)考え込む、ほれ込む、思い起こす、思い当たる、思いつく、思 い迷う、考え付く、覚えこむ、悩み苦しむ、など
(4) (彼は)思い込む、決めつける、思い違える、決め込む、など
(3)と(4)の複合動詞を見て分かるように、いずれも心的感情を抱くものが主語 位置にあるため、ES型心理動詞としての特徴を持つと考える。ここで(3)と(4)を 区別している理由として、両者を精査していくと、異なる振る舞いを有することが分 かるからである。ひとまず、(3)のタイプを「考え込む」型、(4)のタイプを「思い 込む」型と呼ぶことにする。ES型心理動詞の多くは、(3)タイプの「考え込む」型に 値するが、(4)タイプの「思い込む」型は、やや特殊である。これはその語義におい て、心的感情を抱く「経験者」が正反対の事実があるにもかかわらず、誤った確信を もつという一種の妄想的の心的感情・感覚を抱いていることから分かる。「思い込む」
のほか、たとえば、「決め込む」は、〈事実がどうであろうと、自分で勝手にそうだと 決める〉ということを意味する。このような語義は、単に思考活動を意味する(3)の 語例と異なる。なお、このような(4)のタイプの心理動詞は、(3)に比べ、数が少な い。複合動詞以外の語例としては、「勘違いする」、「誤解する」があげられる。
さらに、(3)と(4)のタイプにおけるもう一つの違いは、対応する文構造である。
文構造としての違いが顕著に表れるのは、「考え込む」と「思い込む」である。本章で は、「考え込む」と「思い込む」を例に、それぞれの文構造を睦(2012)の調査に基づ
ある。思考動詞を心理動詞に含める考えとしては、吉永(2001)があげられる。
3 UTAHとは、同一の主題役割を担う項は、D構造において同一の統語構造を持つ、という
ものである。しかし、(1b)においては、(1a)における経験者が目的語の位置に現れるこ とで、UTAHに違反する。