第 4 章 :移動事象を表す複合動詞の意味制約
3 移動事象を表す複合動詞の特徴
表1から分かるように、V2主要部である移動事象の中で、使役移動動詞の異なり語 数が最も多く、最も生産的なタイプであると言える。V2 の中に、「~上げる、~下げ る、~返す、~落とす」のような方向性を含意するものと、「~つける、~入れる、~
込む」のような着点を含意するものが多く現れている。また、複合動詞の多くは「切 り倒す」のような V1が活動動詞を取るものである。これらの特徴は、石井(2007a)
で指摘している複合動詞における最も典型的なタイプである「過程結果過程構造」と 合致する。
移動事象を表す複合動詞という観点から見た際に、一部の用例において、V1が何ら かの方向性を持ち、その方向性はV2が表わす移動方向と一致しなければならない、と いうことが見て取れる。このことを次の(2)を用いて説明する。
(2) a.彼はミカンを袋に掴み入れた。
b.彼は大木を押し倒した。
3 共主要部の複合動詞は、「通り過ぎる」、「飛び跳ねる」、「浮かび出る」の3例である。そ の語例が少ない理由については、由本(2005:113)が指摘しているように、これらの複合 動詞のV1とV2が類似した事象でなければならない必要があり、複合動詞の語形成に強い 意味制約を課されているからであると考えられる。
56 c.彼は妻を玄関に抱え入れた。
(2)における動作動詞の「掴む、押す、抱える」は、本来方向性を含意しない。し かし、複合動詞のV1になる際に、いずれもV2が表わす方向性と同様に動作を仕向け ることが想定される。このようなV1による方向性の含意は、使役移動事象の事象構造 によって実現されていると思われる。その理由は、おそらく動作主の移動物に対する 動作が客体移動の期間において継続的であることに起因していると思われる。
さらに、V2が使役移動動詞となる複合動詞を用いて作られた文には、単一動詞に見 られない移動事象が存在する。これは(2c)のようなものである。(2c)では、「妻」
と「彼」が同時に移動する必要がある。複合動詞全体が客体移動でありながら、主体 移動でもあると理解される。ただし、V2が複合動詞の主要部であることから、客体移 動事象が主要の移動事象と考えられる。
続いて、V1として現れにくいものを検討する。表1から分かるように、移動様態動 詞はV1に来ることが少ない。たとえV1にあっても、その多くは「舞い上げる」のよ うなタイプである。このタイプのものは、V1 と V2 の主語が一致しない。また、その ほとんどには対応する自動詞が存在する。影山(1993)によれば、「舞い上げる」は「舞 い上がる」による逆形成とされるものであるという。影山氏のこの指摘が正しければ、
このように逆形成されるものは、例外的なものと考えられる4。また、有方向移動動詞 と位置変化の到達動詞がV1に来ることも少ない。これは有方向移動動詞と位置変化動 詞の表わす移動事象が主体移動であり、使役移動による客体移動の移動物と異なるた め、「主語一致の原則」によって、複合動詞として成立することが不可能になるからで あると思われる。ただし、以下の(3)のように、例外的に有方向移動動詞の「乗る」
をV1とする合成パターンが見られる。
(3) 彼は自転車を車庫に乗り入れた。
(3)の場合、V1の主体は彼であり、V2の移動物は自転車である。ただし、彼は自 転車に乗ることで、主体と客体が同一物になっていると見なすことができるため、複 合動詞として成立することが可能となる。
3.2 V2が有方向移動動詞である場合
続いて、V2が有方向移動動詞である場合を検討する。表1から分かるように、V2が 有方向移動動詞である複合動詞は二番目に生産的である。「~遠ざかる」や「~逃げる」
のような動詞を除き、有方向移動動詞のほとんどはV2として現れることが可能である。
また、V1の中では、活動動詞や移動様態動詞が多く現れている。一方、達成動詞はほ とんどV1に現れることがない。これは、達成動詞が客体移動を表し、有方向移動が表 す主体移動と異なり、両者の移動物が一致しないため、「主語一致の原則」によって、
4 本論では、影山(1993)による逆形成の考えが必ずしも正しいと考えていない。複合動
詞の自他交替の問題については、本論の第7章で述べている。
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複合動詞の形成が不可能になるためであると思われる。
また、V2 が有方向移動動詞となる複合動詞に関して、特筆すべきことは、V1 と V2 がともに移動動詞である場合の振る舞いである。この場合、V1 と V2 が同一方向性に ある経路上で移動する必要がある。この必要性は次の(4)から理解できる。
(4) a. 私は家に帰り着いた。
b. 彼はトンネルを通り抜けた。
(4a)は、「家に帰る/着く」のように、V1 と V2 が同一の着点を取る必要がある。
また(4b)も、「トンネルを通る/抜ける」のように、V1とV2は同一の経路を取る。
さらに、V2が有方向移動動詞である場合、単一動詞に見られない移動事象が存在す る。この例として、次の(5)があげられる。
(5) 彼女は幼稚園から子供を連れ帰った。
(5)では、複合動詞全体が「彼女」による主体移動であるが、客体と考えられる「子 供」も主体の「彼女」と一緒に移動しなければならない。V2が有方向移動動詞の場合 は、客体移動事象を含意する複合動詞もある。
3.3 V2が位置変化動詞である場合
次に、V2が位置変化動詞である場合を検討する。表1から分かるように、V2が位置 変化の到達動詞であるものは、二番目に非生産的である。「~当たる」や「~止まる」
のような位置変化動詞がV2にあっても、その用例数は少なく、非生産的である。また、
この場合、達成動詞はV1 にほとんど現れない。これは、「*動かし落ちる」のように、
「主語一致の原則」に違反するためである。
V2が位置変化動詞の場合、非生産的であるが、例外的に「~落ちる」は多くの異な り語数を有する。その理由は、単一動詞「落ちる」は位置変化動詞でありながらも、
有方向移動動詞としての特徴を持つからであると考えられる。これは「崩れる」など のような到達動詞にない特徴である。ここで、「落ちる」を例に次の(6)を用いて説 明する。
(6) a.涙が頬を落ちる。
b.涙が地面に落ちる。
(6a)は「落ちる」が経路のヲ格と共起するもので、(6b)は着点のニ格と共起する ものである。つまり、「落ちる」がV2 になる際、移動の経路と着点の両方を持つこと が可能である。この特徴は複合動詞の生産性において重要になってくる。たとえば、
「*舞い現れる」のような複合動詞は存在しないが、「舞い落ちる」は問題なく言える。
「*舞い現れる」を作るには、先述したようにV1とV2が同一方向の経路上での移動で ある必要がある。しかし、「(雪が空を)舞う」が表わす移動方向と、「現れる」が持つ 着点への到達は同一の経路上にあると見なすことができないため、複合動詞としては 形成不可能である。一方、「落ちる」が V2になる場合、移動経路を表すことも可能で
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ある。この場合、V1とV2の同一方向の経路上での移動が可能であると見なせるため、
複合動詞が成立する。さらに、「落ちる」は着点も持つため、「雪が地面に降り落ちる」
のように、着点を含意する「降る」をV1に取ることも可能である。
3.4 V2が移動様態動詞である場合
この節では、V2が移動様態動詞の場合を考える。表1から分かるように、V2が移動 様態動詞の複合動詞は数が少なく、最も非生産的である。単一動詞としての移動様態 動詞のほとんどは V2 として現れない。また、V1 の中で、到達動詞あるいは達成動詞 はほとんど現れない。これらの動詞が表す客体移動の移動物は、V1 になる際に V2 の 移動物と異なるため、複合動詞の形成が不可能となると考えられる。
V2 が移動様態動詞の場合、全体としては非生産的ではあるが、例外的に「~歩く」
や「~飛ぶ」のように比較的生産的なものがある。特に、「~歩く」がこのタイプの中 で最も多くの異なり語数を有する。ただし、「~歩く」を精査していくと、その様態成 分がほとんど失われていることが分かる。これは次の例(7)から分かる。
(7) 夜の街を飲み歩く/町を尋ね歩く/彼は各地を流れ歩いた。
(7)の「飲み歩く」はあちこちの店に行って酒を飲むことを表している。この場合 の「~歩く」は単一動詞の「歩く」が意味する手足の動きという様態性が薄まってお り、むしろ、広義としての移動を表している5。同様のことは「尋ね歩く」と「流れ歩 く」にも言える。そして、「~歩く」の中で、「彼は辞書を持ち歩く」のような主体移 動でありながら、客体移動の性質を持つ複合動詞も観察されている。
さらに、V2 が移動様態動詞の場合、V1 の動詞タイプにかかわらず、V2 に対して様 態修飾を果たしていることが多く見られる。たとえば、「乱れ飛ぶ」のV1 は到達動詞 であり、典型的な様態性を持つわけではないが、複合動詞全体としては「乱れるよう に飛ぶ」とパラフレーズができるため、V1はV2の移動様態を表していると言える。
3.5 V1が主要部である複合動詞の場合
最後に、V1主要部の複合動詞を説明する6。V2主要部の複合動詞と異なり、V1主要 部である複合動詞の構成要素の意味は明確ではない。そのため、ここでは、複合動詞 全体が表す事象とV1の語彙的意味の関係に重点を置き、考えていく。またV1が活動 動詞の場合について、最後に述べることにする。まず、V1が有方向移動動詞の場合は、
次の(8)を用いてその特徴を説明する。
5 次節でも述べるが、「~歩く」の様態性が薄まるという特徴は、事象構造に由来している
と考えられる。
6 V1主要部の複合動詞については、松本(1998:59)でいう「(桜の花が)散り急ぐ」の ような「比喩的様態」のもの、または「降り注ぐ」のようなV2がV1に対し、副詞的修飾 を表すものがあげられる。これらのものについて、松本氏はV1が主要部の複合動詞と考え るが、本稿で取り上げる経路による主要部の判定と基準が異なる点で注意されたい。