• 検索結果がありません。

移動事象を表す複合動詞への適用とその課題

ドキュメント内 移動事象を表す語彙的複合動詞の語形成 (ページ 39-44)

第 2 章 :先行研究

2 先行研究

3.2 移動事象を表す複合動詞への適用とその課題

最後に、先行研究による成果を、移動事象を表す複合動詞に適用させようとする際 に見えてくる、いくつかクリアしなければならない課題について述べる。特に、これ まで研究の主流であった語彙意味論と陳・松本(2018)によるコンストラクション形 態論との関係性と整合性は、本論での考えを提示する。

まず、LCS による意味制約の分析を考える。これは、すでに陳・松本(2018:25-

26)で述べたように、次の三つの課題があげられる。一つは、複合動詞の意味関係は、

31

単にV2の簡略的な意味構造によるのではなく、V1とV2がどのように整合的な意味構 造を作れるかによるという課題である。たとえば、「~残る」という複合動詞には、「勝 ち残る」、「溶け残る」、「居残る」があげられるが、「勝ち残る」は原因型であり、「溶 け残る」は背景型であり、「居残る」は付帯事象型である。このことから、複合動詞の 意味関係はV2の意味構造によるものではなく、V1とV2の具体的な意味によるもので あるということである。

もう一つは、どの複合動詞が実現していて、どの複合動詞が実現していないという 複合動詞における適格性の問題に関しては、LCS 以上の情報が必要になってくる、と いう課題である。陳・松本(2018)によれば、「叩き壊す」が言えて、「*撫で壊す」が 言えない理由は、「撫でる」には「壊す」が意味する「破壊する」という目的の情報が 含まれていないからである。しかし、ここでの「目的」という情報は、由本(2005)

のLCSでは取り込まれていない。

三つ目は、複合動詞の語形成は、より豊かな意味レベルで議論する必要があるとい う課題である。たとえば、「ラーメン屋を食べ歩く」がなぜ成立するのかを説明するた めには、食べる行為が行われる「場所」という情報が必要である。しかし、「場所」と いった情報は、付加詞に相当するため、従来のLCSには含まれてない。

本論では、陳・松本(2018)があげた以上三つの課題に対し、妥当であると考える。

影山(2002、2013)では、複合動詞の意味関係は、V2の意味構造にもともと存在する と考えている。しかし、たとえば、複合動詞「(借りた本を)持ち帰る」のV2「帰る」

には、「付帯状況」の意味が含意されていると考えると、その解釈は強引であるように 思われる。むしろ、ここでの「付帯状況」という意味は、V1との合成によって実現さ れたものと解釈するのが妥当であると考えられる。これは、陳・松本(2018)あげた 一つ目の課題と同様である。

また、移動事象を表す複合動詞の意味記述を行うためには、特に、初期のLCS によ る分析は文法に特化した意味理論として位置づけられている。そのため、「BE」、

「BECOME」、「MOVE」、「ACT」、「CAUSE」、「FROM」のような限定された意味関数しか設け ていない(影山1996:66参照)。一方、Talmy(1985)の類型論では、移動事象を理解 するために、意味要素の「経路」、「(移動)様態」、「参照物」といった情報が重要にな ってくる9。しかし、初期のLCSでは、これらの移動事象に関する諸情報を付加詞と扱 っており、意味構造には組み込まれていない。移動事象を表す複合動詞の意味記述に 特化した本論では、移動動詞に合致する表示方法と理論枠組みが必要であると考える。

これは、陳・松本(2018)あげた二つ目と三つの課題と同様である

このように、従来の語形成論における諸課題をうまく解決している陳・松本(2018)

のアプローチが魅力的であるように思われるが、陳・松本(2018)によるコンストラ

9 Talmy における移動事象の成立には、様々な意味要素の中で規定される必要があるとい

う考え方は、Fillmoreのフレーム意味論と近い。

32

クション形態論のアプローチの問題点は、次のように考える。陳・松本(2018)では、

複合動詞の意味関係を構文的意味として考えている。このような考えを取ることには 問題ない。しかし、構文的意味は何に由来しているのかという点について触れていな い。(12)があるように、陳・松本(2018:73)では、V1の事象が「動作主的な事象」

で、V2の事象が「使役状態変化の事象」の場合、複合動詞全体が手段‐目的の意味関 係として解釈されると述べているが、この解釈は結果であり、理由ではないように思 われる。これに対し、むしろ、由本(2005)における V1とV2における時間の前後関 係を利用した説明のほうが納得いくものである10。由本(2005:107)によれば、複合 動詞の意味関係は、V1 と V2 の事象が表す時間的関係によって規定されるという。V1 とV2が表す時間的関係は、同時進行か、V1が表す事象E1がV2の表す事象E2を先行 するか、という二つの可能性しかない。E1とE2が同時進行の場合、V1とV2は、「並 列関係」、「付帯状況」、「様態修飾」という意味関係になる。一方、E1 が E2 に先行す る場合、V1とV2は、「手段」、「因果関係」という意味関係になる、という。由本(2005)

によるE1とE2時間関係の考えは、言い換えれば、事象概念である。本論では、複合 動詞は全体的な意味を持つと考えるが、このよう全体的な意味は、移動事象が持つ事 象概念との関係の中で規定される必要があると考える。

最後に、複合動詞の合成モデルに関して、特に、影山(2002、2013)のモデルとコ ンストラクション形態論との関係性・整合性を指摘する。これを説明するためには、

まず、Booij(2013)のコンストラクション形態論を簡単に説明しておく。Booij(2013)

は、たとえば、acceptable、affordable、doable、believableなどのような「-able」

形容詞の形成を、ある動詞要素(V)が次の(14)の構文に合致していればよいとして いる。

(14) [A[V ]-able]

(14)の[A ]は、空所位置を持つ形容詞構文のコンストラクションと理解される。

たとえば、動詞要素の「believe」が(14)における[V ]の空所位置に入れば、全体 が形容詞の「believ-able」としてアウトプットされる。そして、(14)では[V ]の空 所位置に入った要素が本来の範疇が動詞でなくても、「coercion(強制」」により動詞 として解釈される。たとえば、形容詞の「club-able」は、もともと名詞である「club」

が[V ]の空所位置に入れば、動詞的な意味として解釈される11

以上、コンストラクション形態論の考えをごく簡単に紹介した。このようなアプロ ーチは、次の二点が特徴的である。一つは、「-able」形容詞は、[A[V ]-able]という 形式を持ち、全体がV の表す動作の実現可能という意味を表すことである。これは形 式と意味のペアリングを有するとのことである。これは構文文法の考えと同一である。

10 V1とV2における時間的関係は、表2も参照されたい。

11 clubbableは、たとえば、he is a clubbable man (彼は、一緒にクラブに行ける人だ)

という意味で使われている。

33

もう一つは、定項の「V」が挿入されることで、新たな形容詞が形成されることである。

これは、個々の「-able」形容詞が持つ語彙的意味が構造上での実現可能性ということ である。

ところで、このような二つの特徴を見る限り、結果的には語彙意味論との整合性が 高い理論枠組みであるように思われる。これは、先ほどあげた(11a)と比較すると、

影山(2002、2013)では明らかに複合動詞の語形成にコンストラクション形態論の考 えを取り入れようとしていることが分かる。コンストラクション形態論と語彙意味論 の関係性を説明するためには、(11a)を次の(15)に再掲する。

(15) a. 向こう岸に流れ着く。

「着く」のLCS:[y BECOME<Manner>[y BE AT-z]]

「流れる」のLCS

(15)では、複合動詞の「流れ着く」はLCS2の空所位置にV1が代入されることで 形成されている。また、LCS2は形式を持ち、着点への移動の意味を表している。この 二点から、本論では、影山(2002、2013)の語形成モデルは、コンストラクション形 態論と補完性の高い理論枠組みであると理解する。

しかし、さきほども述べたように、複合動詞が表わす意味関係は、V2の意味構造に もともと存在するのではなく、V1との合成によって現れているものと考えると、影山

(2002、2013)のように、V2のLCSをベースにするのは問題があり、改善する必要が ある。また、たとえば、「帰る」と「着く」は共に移動の着点を取ることができるとい う点から、同じ意味構造を持っているが12、なぜ「流れ着く」が言えて、「*流れ帰る」

が言えないのかという問題は、影山(2013)では触れていない。これは、「流れる」の 代入先として、「着く」と「帰る」それぞれが持つ語彙的意味が関与しているように思 われる。これらの問題を解消するために、第3章と第4章では、本論の枠組みを提案 する。

ここまで、第2節であげた先行研究を、移動事象を表す複合動詞に取り入れようと する際に現れた問題点を一通り述べた。最後に、移動事象を表す複合動詞の語形成を 取り込もうとする際に、現れてくる課題と本論のスタンスについて述べる。まず、先 ほど述べたように、影山(2002、2013)の表示モデルは、コンストラクション形態論 と補完性の高い理論枠組みであることから、本論では語彙意味論とコンストラクショ ン形態論を折衷させた形の枠組みの提案を試みる。しかし、語彙意味論のアプローチ では、複合動詞全体の性質を看過しているという欠点があげられる。一方、複合動詞 は全体性を持つと分析する場合、個々の動詞が持つ語彙的意味が過小化されるという 欠点があげられる。したがって、本論では、この二つの点に注意し、枠組みの構築を 試みる。

続いて、複合動詞の分析は、従来の簡略された意味述語だけでなく、移動動詞の枠

12「帰る」と「着く」は共に有方向移動動詞である。詳細は、第3章で触れる。

ドキュメント内 移動事象を表す語彙的複合動詞の語形成 (ページ 39-44)