• 検索結果がありません。

賃金率と参加条件

ドキュメント内 多国籍企業の所有権構造と参入戦略 (ページ 53-57)

第 3 章 労働力移転と FDI

3.5 賃金率と参加条件

44

45

最終財の代替の弾力性が大きさは,(3.27)の下限値を右上にシフトさせ,上限値を左下 にシフトさせる.したがって,代替の弾力性の増加は,本社企業のアウトソーシングの 選択を促す.この理由は,代替の弾力性の増加が,本社企業の独占利潤の低下を招く結 果,そのことを予想する労働力が,賃金所得の減少に備えて,サプライヤーに移転する からである.逆に,代替の弾力性の減少は,本社企業の独占利潤を増加させ,本社企業 の交渉力の増加による,労働者の最低賃金の減少を緩和する結果,本社企業の垂直統合 を促す.

また𝜀(𝜑)の増加は,(3.27)の下限値と上限値を右上にシフトさせ,本社企業のアウト ソーシングを促す.この理由は,労働者の潜在的スキルの低下が,投資コストを増加さ せる結果,垂直統合下の生産性を低下させるからである.したがって,本社企業の収益 低下を予想する労働力は,サプライヤーに移転することになる.

更に,参入の固定費𝑓の増加は,(3.27)の上限値を右上にシフトさせ,本社企業の垂 直統合を促す.この理由は,垂直統合における賃金増加が,労働者の労働意欲(インセ ンティブ)の向上を生むからである.一般に,参入固定費の増加は,企業の垂直統合化 の阻害要因になるが,生産要素である労働量が自由に移動する条件下では,参入固定費 の増加は,労働需要の増加を通して,却って,本社企業の垂直統合を促すのである.

図 3.4:収益配分と所得水準

3.5.3 賃金格差と交渉配分

最後に,本社企業と労働者の賃金格差と交渉配分の関係に基づいて,参入形態を分析 することにする.

垂直統合の必要条件を式変形すると,

𝑤𝑀𝑁𝐸> 𝑤𝐿⟺𝑤𝑀𝑁𝐸 𝑤𝐿 > 1 したがって,次のようになる.

0 1/2

O

β Y

1 撤退

撤退 V

46 𝑓 + 𝜀(𝜑)

𝜀(𝜑) ∙ 𝑌(1 − 𝜌)[(1 − 𝛽)1−𝜌− 𝛽]

[𝑌(1 − 𝜌) − 𝜀(𝜑)𝑛](1 − 𝛽)1−𝜌− 𝜀(𝜑)(𝑁 − 𝑛)> 1 (3.28)

(3.28)の左辺を,本社企業と労働者の賃金格差ω(β)と定義すると,

ω(β) ≡𝑤𝑀𝑁𝐸 𝑤𝐿

この賃金格差の関数ω(β)は,垂直統合とアウトソーシングのそれぞれの参入コストにお ける,賃金比率を意味する.

スキル習得コストが小さく,

𝜀(𝜑) < 𝑌 𝑛𝜎

の関係が成立するとき,ω(β)交渉配分𝛽の減少関数になる.一方で,スキル習得コストが 大きく,

𝜀(𝜑) > 𝑌 𝑛𝜎

となるとき,賃金格差ω(β)は,交渉配分𝛽の増加関数になる.

図 3.5:交渉配分と賃金格差(𝜀(𝜑)が小さいケース)

ここで,簡便化のために,f = 0とすると,スキル習得コスト𝜀(𝜑)が小さいとき,垂直 統合とアウトソーシングを無差別にする交渉配分の境界値をβ̂とすると,本社企業の部 品サプライヤーに対する交渉力が小さく,賃金率が大きいとき,すなわち,

0 < β < min {1

2, β̂ } , ω(β) > 1

のとき,垂直統合が選択される.交渉配分が大きい,β̂ < 𝛽 < 1の場合は,アウトソーシ ングが選択される.それ以外の交渉配分では,本社企業は市場参入の撤退を余儀なくさ れる.

スキル習得コストの増加は,労働者の留保賃金を増加させるが,本社企業の生産性を

0 1/2

O

β ω(β)

1 撤退

撤退 1

β̂

V

47

向上させ,本社企業の留保賃金を上昇させる効果がある.その結果,賃金格差ω(β)を右 上にシフトさせ,交渉配分の境界値β̂を上昇させ,本社企業の垂直統合の選択を促す効果 がある.したがって,スキル習得コストが小さいケースでは,本社企業と労働者のイン センティブが,本社企業の交渉配分の増加によってパレート改善的になる状況が存在す る.

図 3.6:交渉配分と賃金格差(𝜀(𝜑)が大きいケース)

スキル習得コスト𝜀(𝜑)が大きいケースでは,本社企業の部品会社に対する交渉力が中 程度で,賃金比率が大きいとき,すなわち,

0 < β < min {1

2, β̂2 } , ω(β) > 1

のとき,垂直統合が選択される.交渉配分が小さい,0 < 𝛽 < β̂1の場合か,または,交渉 配分が大きい,β̂ < 𝛽 < 1の場合は,アウトソーシングが選択される.それ以外の交渉配 分では,本社企業は市場参入の撤退を余儀なくされる.

このとき,スキル習得コスト𝜀(𝜑)の増加は,ω(β)曲線を右下にシフトさせる結果,交 渉配分の境界値β̂1を上昇させ,β̂2を低下させる.このときスキル習得コストの増加は,

本社企業のアウトソーシングの選択を促す効果がある.

垂直統合の実行可能条件が中位の交渉配分に限定される理由は,スキル習得コストの 増加が労働者の留保賃金を増加させる一方で,アウトソーシングの選択では,サプライ ヤーの過少生産が促されるため,交渉配分を大きくできないからである.この場合,ス キル習得コストの増加は,賃金の増加によって,本社企業の生産性を低下させるため,

アウトソーシングの選択を促すのである.

また,垂直統合企業数の増加は,交渉配分𝛽による賃金格差ω(β)の増加を促進させる 結果,本社企業のアウトソーシング化を促す.この理由は,参入企業の増加によって,

垂直統合の独占レントが減少するため,本社企業にとっても,労働者にとっても垂直統

0 1/2

O

β ω(β)

1 撤退

1

β̂2 V

β̂1

O 撤退

撤退

48

合の選択が不利になるためである.したがって,本社企業の交渉配分の増加は,アウト ソーシングを促すが,それは労働者にとっても賃金の点で有利に働く.

命題 3

(1) MNEの市場参入は,アウトソーシングの交渉配分に依存する.特に,労働者のスキ ル習得コストが小さい[大きい]ケースでは,本社企業の交渉配分の増加は,垂直統合 [アウトソーシング]の選択を促す.

(2) 垂直統合による参入企業数が少ないとき,垂直統合における賃金率への影響力(=

留保賃金比率)は,MNEの交渉力が低ければ労働者にあり,MNEの交渉力が大き いときは MNEにある.そして,その賃金率への影響力は,統合企業数の増加に伴 い,MNEから現地労働者へと次第にシフトする.

ドキュメント内 多国籍企業の所有権構造と参入戦略 (ページ 53-57)