第 3 章 労働力移転と FDI
3.4 労働者の意思決定
現地労働者は,事前に現地サプライヤーと MNEの完全子会社の内,どちらの企業で 𝑤𝑀𝑁𝐸(n)
w
n w̅
n̅ 0
O V
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労働供給するかの意思決定を行うかを考える.MNE の統合企業は高い賃金を労働者に 提示するが,労働者は高賃金をもらい MNE で勤労する代わりに,MNE で職業訓練を 受ける必要があるものとする.そのときの技術習得のコストを上述の通り,ε > 0とする.
これは,MNEの技術水準を向上させるものとする.
ここで,分析の簡便化を図るため,現地労働市場の完全競争性を仮定する.労働市場 の完全競争を前提とするとき,労働者はMNEの完全子会社で労働するか,現地部品サ プライヤーで労働するかは,無差別であるので,均衡において次の等式が成立する.
𝜀(𝜑) = 𝜋𝑉− 𝜋𝑆𝑢𝑝𝑝 (3.21)
右辺を利潤格差と呼ぶことにする.これは現地企業からMNEへの労働力の移転を促す ものである.つまり,現地の労働者は利潤格差が正のとき,MNEの完全子会社で働き,
利潤格差が負のとき,部品サプライヤーで働くことになる.
ここで,(3.18)を用いて,(3.16)を書き換えると,
𝜋𝑆𝑢𝑝𝑝= 𝑌(1 − 𝛽)𝜌(1 − 𝜌)
𝑛 + (𝑁 − 𝑛)(1 − 𝛽)𝜌−1 (3.22)
となる.同様に,(3.18)を用いて,(3.9)を書き換えると,
𝜋𝑉= 𝑌(1 − 𝜌)
𝑛 + (𝑁 − 𝑛)(1 − 𝛽)𝜌−1− 𝑤(𝑓 + 𝜀(𝜑)) (3.23) したがって,(3.19),(3.21),(3.22)を(3.23)に適用すると,現地労働者がMNEの 完全子会社で就業する場合と現地サプライヤーで就業する場合とが無差別になる賃金率 𝑤𝐿は,
𝑤𝐿= 𝜀(𝜑)
𝑓 + 𝜀(𝜑)[ 1 − (1 − 𝛽)𝜌
1 − 𝛽(1 − 𝛽)𝜌−1𝑤𝑀𝑁𝐸− 1] (3.24) 賃金率𝑤𝐿は,
𝑤𝑀𝑁𝐸>1 − 𝛽(1 − 𝛽)𝜌−1
1 − (1 − 𝛽)𝜌 ≡ ŵ where β ∈ (0,1
2) (3.25)
を満たすとき,賃金率𝑤𝐿 > 0となる.したがって,不等式(3.25)の下限値を留保賃金
率ŵと定義すると,ŵは労働者が,MNEの子会社に労働供給するための賃金率の下限値
である.
この留保賃金率ŵが非負になる条件は,
𝜀(𝜑) ≥ 0 ⟺ 𝑤𝐿 ≥ 0 ⟺ 𝑤𝑀𝑁𝐸≥ ŵ
が成り立つ.これは労働者の努力水準が,非負になる条件と同値である.故に,以下が 成り立つ.
0 ≤ 𝜀(𝜑) ≤𝑌(1 − 𝜌)[1 − (1 − 𝛽)𝜌]
𝑁 − 𝑛[1 − (1 − 𝛽)1−𝜌] (3.26)
労働者が要求する賃金率が余りに高いと,労働者の努力水準も高いものが要求される.
一方で,賃金率が低いと,労働者の努力のインセンティブは低下する.したがって,MNE
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の完全子会社で現地労働者が労働供給を行う参加条件は,賃金率及び努力水準が,過少 かつ過大ではないことが必要である.仮定3.1により,(3.26)の不等式の存在条件は保 障される.以上より,(3.26)の条件が満たされるとき,労働者はMNEの完全子会社で 労働し,(3.26)の条件を満たされないとき,労働者は現地部品サプライヤーで労働する ことが分かる.
図 3.2:賃金率と参入形態(左図:𝐰̂が小さい場合,右図:𝐰̂が大きい場合)
ここで,𝑤𝑀𝑁𝐸(𝑛)は,MNEが現地完全子会社との垂直統合生産を行う最低賃金である
ことを考慮すると,労働者の留保賃金が小さいケースでは,図3.2左より,
0 ≤ 𝑛 ≤ 𝑛,̂ 𝑤̂ ≤ 𝑤 ≤ 𝑚𝑖𝑛{𝑤̅, 𝑤𝑀𝑁𝐸(𝑛)}
が成立する領域で,MNEはアウトソーシングを行うインセンティブがあるのに対して,
現地労働者はMNEの完全子会社での労働供給を行うインセンティブがある.この場合,
MNEが労働者に支払う賃金が低いため,垂直統合では生産性が低下するケースである.
したがって,両者のインセンティブは両立しない.
0 ≤ 𝑤 ≤ 𝑚𝑖𝑛{𝑤̂, 𝑤𝑀𝑁𝐸(𝑛) }
が成立する領域(=領域O)では,両者のインセンティブは両立し,アウトソーシング が選択される.それ以外の領域(=領域V)のとき,MNEは垂直統合を選択し,労働者 はMNEの完全子会社での労働を希望し,両者のインセンティブは垂直統合で一致する.
一方,労働者の留保賃金が大きいケースでは,図3.2右より,
𝑚𝑖𝑛{𝑤̂, 𝑤̅} ≤ 𝑤 ≤ 𝑤̂
が成立する領域では,垂直統合生産が選択されるが,労働者の留保賃金率が高いため,
垂直統合による生産は実行不可能で,両者のインセンティブは両立しない.このように 労働者の留保賃金率がMNEの垂直統合の最低賃金率よりも過度に大きい場合は,MNE は垂直統合による実行可能な領域は存在しない36.したがって,労働者の留保賃金が大
36 𝑛̂を明示化すると,次のようになる.
𝑛̂ =𝑌(1 − 𝜌)[1 − (1 − 𝛽)𝜌] − 𝑁𝜀(𝜑) 𝜀(𝜑)[(1 − 𝛽)1−𝜌− 1]
0 n 0 n
V
𝑤𝑀𝑁𝐸(n)
w w
w̅
w̅
n̂
ŵ
n̅ n̅
V
ŵ
撤退
O
撤退
O
撤退 𝑤𝑀𝑁𝐸(n)
43 きいケースでは,
𝑤̂ ≤ 𝑤
が成立する領域Vでのみ,両者のインセンティブが両立する.
(3.19),(3.24)より,現地労働者の潜在的技能水準が高いほど,生産性𝜑が上昇する ため,曲線w𝑀𝑁𝐸と,w𝐿は共に上方にシフトする.このとき,現地市場における労働者の 留保賃金率が MNE の期待賃金率w̅に対して小さければ,アウトソーシングを選択する 企業数nが増加し,領域Vが縮小する.逆に,労働者の留保賃金率が,MNEの期待賃金 率に対して大きれば,アウトソーシングを行う企業数が増加し,領域Oが拡大する.一 方,労働者の技能水準が低いとき,曲線w𝑀𝑁𝐸と,w𝐿は共に下方にシフトする.そして,
労働者の留保賃金率が小さいとき,垂直統合的 FDI を行う企業数が増加し,領域 V は 拡大する.
命題3.1
(1) 労働者の留保賃金率が,MNE 本社の期待賃金率よりも小さいとき,垂直統合での 参入企業が増加する.
(2) 労働者の潜在的スキルの高さは,MNE 本社の限界費用を低下させ,企業の垂直統 合化を促す.
次に,MNEの交渉配分βと労働供給との関係を調べるために,比較静学を行う.準備 として,任意の努力水準に対して,垂直統合とアウトソーシングが,労働者にとって無 差別になる条件は,
𝑤𝐿 = 0 ⟺ ŵ =1 − 𝛽(1 − 𝛽)𝜌−1 1 − (1 − 𝛽)𝜌
故に,賃金率がŵのときである.上の等式の右辺をβに関して微分すると,0 < β < 1より,
𝑑ŵ (𝛽)
𝑑𝛽 =𝛽(𝜌 − 1)(1 − 𝛽)𝜌−2− (1 − 𝛽)𝜌−1
1 − (1 − 𝛽)𝜌 −𝜌(1 − 𝛽)𝜌−1(1−𝛽(1 − 𝛽)𝜌−1) (1 − (1 − 𝛽)𝜌)2 < 0
が成り立つ.したがって,ŵ (𝛽)は,MNE の収益配分率(=交渉力)に関して,単調な 減少関数になる.上の不等式は,ρの大きさに関わらず成り立つが,ρの大きさは,ŵ (𝛽) の𝛽による限界的な減少度を緩和する働きがある.
MNEの交渉力が小さいとき,労働者が現地子会社で労働供給する最低賃金は上昇し,
MNEの交渉力が小さいとき,労働者が現地子会社で労働供給する最低賃金は増加する.
命題 3.2
(1) 本社企業(MNE)の交渉力は,現地子会社での最低賃金を減少させる.
(2) 製品差別化の度合の大きさ(代替の弾力性の低下)は,本社企業の交渉力の増加に よる,労働者の最低賃金の減少を緩和する.
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