第 4 章 スキル習得のインセンティブと市場構造
4.3 参入形態
55
𝜕𝐶(𝜂)
𝜕𝜂 > 0 𝐶(0)=0
故に,最終財の資本集約度は,労働者のスキル習得の努力水準の決定要因になる.ここ で,モデル分析の簡略化のために,このコスト関数を線形関数であるとし,次のように
C(η)=𝑐0∙ 𝜂
とする.ここで 𝑐0> 0は定数とする.MNEが中間財を調達するとき,労働者が訓練に参 加すれば本国である北には高スキル労働者と平均スキル労働者の二種類の労働者が存在 することになり,国内の部品会社は高スキル労働者に高賃金𝑤𝐻を支払い,ハイテク部品 を完全子会社で生産する.ローテク部品を本国で調達する場合,平均スキル労働者に低 賃金𝑤𝑁を支払い,ローテク部品を完全子会社で生産する.
一方,労働者が訓練に参加しない場合は,本国には平均的な労働者のみが存在し,ハ イテク部品もローテク部品も平均的労働者が依然として生産を行うことになる.そして,
北の労働者が訓練に参加すれば,中間財の投入 1 単位あたり最終財の生産量がθ > 1で あると仮定する.また賃金率の大きさの序列を,次のように定める.
𝑤𝑆 < 𝑤𝑁< 𝑤𝐻
最後に,タイム・ラインについて言及する.第0段階では,労働者は職業訓練を受け るか否かの決定を行う.第2段階でMNEは労働集約的中間財(ローテク部品)の調達 地域の選択を行う.MNEが第1段階で,中間財の本国での調達を選択した場合50,第3 段階では,中間財の生産量・価格および労働需要が決定される.そして,第4段階で最 終財の価格,生産量および収益が決定する.MNEが第 1 段階で,中間財の海外調達を 選択した場合51,第2段階で中間財の生産量と価格が決定され,第3段階で中間財の生 産量が,第4段階で最終財の生産量と価格が,第5段階で契約当事者間での収益配分が それぞれ決定される.
本章では,以上の流れをゲーム理論の逆向き推論法(backward induction)によって,
最終段階から逐次的に処理して,第一段階における部分ゲーム完全均衡を求める.
図4.2:タイム・ライン
56
この節では,利潤と労働所得の観点から各参入形態を吟味する.
4.3.1 本国での部品調達(スキル習得あり)
労働者が職業訓練に参加する場合,本国(北)国内の労働者のタイプは二つに分類さ れる.このとき,本社企業は低賃金𝑤𝑁で労働集約的なローテク部品の生産を,高賃金𝑤𝐻 で資本集約的ハイテク部品をそれぞれ用いて,最終財を生産する.このとき,本社企業 の利潤最大化問題は,次のようになる.
maxℎ, 𝑚𝜃𝑝𝑦 − 𝑤𝐻ℎ− 𝑤𝑁𝑚
(4.1)式を価格pについて整理し,上の問題の式に代入した後,(4.2)式を用いて,中 間財の投入量:h, mに関する偏導関数を求めることにより,最終財価格𝑝𝑉𝑒は,
𝑝𝑉𝑒 =𝑤𝐻𝜂∙ 𝑤𝑁1−𝜂
𝜃𝛼 (4.2)
と求められる52.故に,最終財の生産量を𝑦𝑉𝑒とすると,(4.1)式と(4.2)式より,最終 財の生産量が求まる.
𝑦𝑉𝑒= 𝜆 (𝑤𝐻𝜂∙ 𝑤𝑁1−𝜂 𝜃𝛼 )
−𝜀
(4.3) したがって,生産性が上昇すると,価格が低下し,最終財の生産量が増加することが 分かる.生産関数(4.2)式に代入すると,次のように中間財の投入量が求まる53.
{
h = η (𝑤𝑁 𝑤𝐻)
1−𝜂
𝑦𝑉𝑒 𝑚 = (1 − 𝜂) (𝑤𝑁
𝑤𝐻)
−𝜂
𝑦𝑉𝑒
(4.4)
このときの本国(北)の労働所得𝐿𝑒𝑉は,次のように,内生的に決定する.
𝐿𝑒𝑉= 𝑤𝐻ℎ+ 𝑤𝑁𝑚 = 𝜆𝛼(𝑝𝑉𝑒)1−𝜀 (4.5) これは生産費用に等しい.したがって,最終財の収益R𝑉𝑒 = 𝑦𝑉𝑒𝑝𝑉𝑒から生産費用𝐿𝑒𝑉を引くと,
MNEの潜在利潤𝜋𝑉𝑒は,次のようになる.
𝜋𝑉𝑒 = 𝜃𝜆(1 − 𝛼)(𝑝𝑉𝑒)1−𝜀 (4.6)
4.3.2 本国での部品調達(スキル習得なし)
労働者が職業訓練に参加しない場合,利潤最大化問題は,上述のスキル習得のケース で,𝑤𝐻を𝑤𝑁と変え,θ=1とする場合である.
このとき,最終財の価格p𝑉,本国(=北)の総労働所得𝐿𝑉および潜在的MNEの利潤 π𝑉は,上記のケースと同様にして,それぞれ,次のよう求められる.
52 導出過程の詳細は,本章末の付録を参照
53 導出過程の詳細は,本章末の付録を参照
57 𝑝𝑉 =𝑤𝑁
𝛼 (4.7)
𝐿𝑉= 𝜆𝛼(p𝑉)1−𝜀 (4.8)
π𝑉= 𝜆(1 − 𝛼)(p𝑉)1−𝜀 (4.9)
4.3.3 海外での部品調達(スキル習得あり)
MNE が本国で資本集約的な中間財を生産し,海外アウトソーシングで労働集約的な 中間財を調達し,最終財の生産を行う場合を考える.
交渉は,不完備契約の想定により,中間財の生産より後に行われるので,逆向き推論 法により,ゲームの最終段階におけるMNEと海外の部品サプライヤーとの総収益の最 適配分問題を求めることになる.
外部委託におけるMNEの収益配分率(=両者の交渉力)をϕ,部品サプライヤーの配
分率を1 − ϕとする.このとき,最終財の販売による総収益を𝑅𝑂,MNEの収益を𝑅𝑀𝑁𝐸,
海外の部品サプライヤーの収益を𝑅𝑆𝑢𝑝𝑝とすると,
𝑅𝑂=𝑅𝑀𝑁𝐸+ 𝑅𝑆𝑢𝑝𝑝 が成立する.
ここでの外部機会𝜋𝐷は,最終財の国内生産による利潤である.よって,MNE の外部 機会𝜋𝐷は,国内の労働者が訓練に参加しない場合の利潤𝜋𝑉か,スキル習得する場合の利 潤𝜋𝑉𝑒の何れかである.故に,
𝜋𝐷={𝜋𝑉, 𝜋𝑉𝑒}
となる.これは交渉ゲームにおける,威嚇点(thread point)と見なすことが出来る.
上記の設定に基づくと,MNE と部品サプライヤーとの総収益の最適配分問題は,次 の問題のナッシュ交渉解を求めることである.
𝑅Max𝑀𝑁𝐸(𝑅𝑀𝑁𝐸− π𝐷)𝜙𝑅𝑆𝑢𝑝𝑝1−𝜙 𝑠. 𝑡. 𝑅𝑂(= 𝑝𝑂𝑦𝑂) = 𝑅𝑀𝑁𝐸+ 𝑅𝑆𝑢𝑝𝑝
(4.10)
故に,MNEと海外の部品会社の各収益配分は以下のようになる.
{𝑅𝑀𝑁𝐸= 𝜙(𝑅 − π𝐷) + π𝐷
𝑅𝑆𝑢𝑝𝑝= (1 − 𝜙)(𝑅 − π𝐷) (4.11)
MNE の利得は利潤と外部機会の和に等しい.一方,部品サプライヤーの利得は利潤の みである54.
したがって,労働者がスキル習得する場合の外部機会は,
𝜋𝐷= 𝜋𝑉𝑒
となる.故に,このときのMNEの利潤最大化問題は,次のようになる.
54 この理由は,交渉決裂後に部品サプライヤーに外部機会が存在しないことに起因する.
58
maxℎ 𝜙𝜏𝑝𝑦 − 𝑤𝐻ℎ+ (1 − 𝜙) 𝜋𝑉𝑒
一方,部品サプライヤーの利潤最大化問題は,次のようになる.
max𝑚 (1 − 𝜙)(𝜃𝑝𝑦 − 𝜋𝑉𝑒) − 𝑤𝑆𝑚 上記の問題を解くと,価格𝑝𝑂𝑒は,
𝑝𝑂𝑒 = 1 𝜙𝜃𝛼( 𝜙
1 − 𝜙𝑤𝐻)
𝜂
𝑤𝑆1−𝜂 (4.12)
となる55.このとき最終財の生産量𝑦𝑂𝑒は,次のようになる.
𝑦𝑂𝑒 = 𝜆(𝑝𝑂𝑒)−𝜀 (4.13)
生産関数より,MNEと部品会社の中間財の要素需要量56は,
{
h = η (1 − 𝜙 𝜙 ∙𝑤𝑆
𝑤𝐻)
1−𝜂
𝑦𝑂𝑒 𝑚 = (1 − 𝜂) (1 − 𝜙
𝜙 ∙𝑤𝑆 𝑤𝐻)
−𝜂
𝑦𝑂𝑒
(4.14)
となる.故に,本国の総労働所得𝐿𝑒𝑂は,次のように求まる.
𝐿𝑒𝑂= 𝑤𝐻ℎ= 𝜙𝜆𝜂𝛼(𝑝𝑂𝑒)1−𝜀 (4.15) したがって,MNEの利潤𝜋𝑀𝑁𝐸𝑒 は,
𝜋𝑀𝑁𝐸𝑒 = ϕθλ(1 − 𝜂𝛼)(𝑝𝑂𝑒)1−𝜀+ (1 − 𝜙)𝜋𝑉𝑒 (4.16) となる.同様に,海外の部品サプライヤーの利潤𝜋𝑆𝑢𝑝𝑝𝑒 は,次のようになる.
𝑝𝑂𝑒 = 1 𝜙𝜃𝛼( 𝜙
1 − 𝜙𝑤𝐻)
𝜂
𝑤𝑆1−𝜂
𝜋𝑆𝑢𝑝𝑝𝑒 = (1 − ϕ)[𝜆𝜃(1 − (2 − 𝜂)𝜙𝛼)(𝑝𝑂𝑒)1−𝜀− 𝜋𝑉𝑒] (4.17) 4.3.4 海外での部品調達(スキル習得なし)
労働者がスキル習得しない場合は,利潤最大化問題は,上述のスキル習得のケースで,
𝑤𝐻を𝑤𝑁と変え,θ=1とする場合である.契約決裂時の外部機会は,𝜋𝐷=π𝑉となる.この とき,最終財の価格p𝑂,本国(=北)の総労働所得𝐿𝑂および MNEの利潤π𝑀𝑁𝐸とサプラ イヤーの利潤π𝑆𝑢𝑝𝑝は,上記のケースと同様にして,それぞれ,次のよう求められる.
𝑝𝑂= 1 𝜙𝛼( 𝜙
1 − 𝜙𝑤𝑁)
𝜂
𝑤𝑆1−𝜂 (4.18)
𝐿𝑂= 𝜙𝜆𝜂𝛼(𝑝𝑂)1−𝜀 (4.19)
π𝑀𝑁𝐸= ϕλ(1 − 𝜂𝛼)(𝑝𝑂)1−𝜀+ (1 − 𝜙)π𝑉 (4.20) π𝑆𝑢𝑝𝑝= (1 − ϕ)[𝜆(1 − (2 − 𝜂)𝜙𝛼)(𝑝𝑂𝑒)1−𝜀− π𝑉] (4.21)
55 式の導出過程は,(4.3)式と同様である.
56 式の導出過程は,(4.5)式と同様である.
59