る。議論の性質から見て、それらの消費論は2つの系譜に分類できる。欲望的消費論と貨 幣的消費論である。そのうち、おもに欲望的消費論の展開に関わることとなった論者とし て、バーボン→マンデヴィル→ヒューム→スミスといった系譜があることを確認できる。
他方、主として貨幣的消費論の展開に寄与した系譜としては、ロック→デフォー→バーク リ→ステュアートといった論者の名を結びつけることが可能である。
欲望的消費論の特徴はまずバーボンの思想に見ることができた。バーボンは人間には精 神的欲望というものがあることを論じていた。その欲望は対人的な差異という比較に由来 するものであるために無限性を備えるものであった。しかし、バーボンにとっては、こう した欲望の無限性とは、社会の経済発展のための主導因としての機能をもつものであった。
マンデヴィルもまた奢侈としての消費欲望の拡大が経済発展のために不可欠であることを 論じた。消費者としての富裕な諸個人が、貧困層の勤労を引き出すための就労を創出する 役割を担っていることをマンデヴィルは明確にした。それは、富裕層という社会階層的な 区分による限定性を依然として残すものであったが、確かに消費の自由ということから派 生する公益性を見据えるものであった。ヒュームの議論は、奢侈を趣味の洗練化として捉 え直すものであった。ヒュームは奢侈を道徳的に有害なものと無害なものとに区分した。
そのうち有害な奢侈とは、過度の消費を指していた。それ以外の消費はヒュームにとって は悪徳性を有するものではなかった。むしろ諸個人の自由な消費は、社会の文明化を推進 するための主要因であった。こうした経済や社会の発展に寄与する消費という観点は、ス ミスの経済学において自然的自由の体系の成立として規定されることとなった。スミスは 消費者利益を最大限に保護することが、富裕で平和な社会の秩序を確立するための要件で あるとしていた。そして、スミスの経済学体系においては、消費者利益が保護されるとい うことは、諸個人の向上志向性という欲望の充足が、行為の自由として保障されるという ことと同義であった。それは富裕原理としての自由の実現であり、その自由はまた同時に 統治原理としても機能するものであった。
他方、貨幣的消費論の系譜を辿るならば、その嚆矢はロックであった。ロックはその貨 幣論の論理において、所有の安全や行為の自由との関係で貨幣という購買力を保有する主 体である消費者という行為類型を捉えていた。このロックによる消費者像は購買力という 社会的な力能を通じて、そこに行為の自由や合理性を見出すものであった。デフォーは、
奢侈の悪徳性を論じつつ、一方では奢侈を消費行為として捉えた場合には、それが経済的 機能としての有益性を有することも認識していた。デフォーは、消費行為における富の顕 示性ということのうちに社会秩序に関する規範性を看取していた。すなわちそれは、富裕 で有徳な上流層の消費様式が、社会秩序のための新しい規範力となる可能性を見据えるも
のであった。バークリにとって、勤労を伴わない富裕層の奢侈とは愚行そのものであった。
勤労は、その成果である消費という目的との連係において、はじめて引き出されるもので ある。それゆえ、勤労を引き出すための政策の主眼は、貧困層の消費水準を高めるための 施策を考えることであった。貧困層にも購買力の切符である貨幣が十分に行き渡るように することで、勤労の成果をすべての社会成員で享受することが肝要であるとバークリは考 えていた。バークリにおける貨幣とは、貧困層にとっても行為の自由を保証する力能の切 符のことであった。勤労と消費との接合という貨幣的消費論における論点は、ステュアー トの経済学において体系的に統合されることとなった。ステュアートは諸個人の欲望充足 という行為動機が,社会における行為の相互依存性を不可避とすることを論じていた。そ の相互依存性の下で、諸個人は貨幣の稼得と支出という一連の経済行為を通じて勤労と消 費とを統合する行為類型を形成していく。ステュアートはその貨幣的経済論において、貨 幣使用者としての消費者役割と貨幣稼得者としての生産者役割とを行為類型として統合す ることとなった。
欲望的消費論と貨幣的消費論、これら2つの議論的系譜が絡み合う中から、消費論はそ の傾向性において、消費者概念を形成させることとなる2つの原理を生み出していった。
脱道徳化と脱社会階層化という原理である。バーボンやマンデヴィルの奢侈是認論が消費 を経済論として論じる方向性を可能とした。他方で、ロックやデフォーによる消費と自由 とをめぐる議論もまた消費行為の統治性を論じることで奢侈の問題を道徳論的文脈から引 き離すこととなった。こうした過程で消費論の脱道徳化は進行していくこととなった。こ の脱道徳化の傾向は、それに対する道徳論的な揺り戻しを受けることとなったが、その揺 り戻しの言説は、消費論の脱社会階層化を助長する議論的要素を胚胎していた。バークリ は貧困問題を考える中から、他方でヒュームは、富裕な社会の文明論として諸個人の趣味 や生活様式の洗練化ということを分析する中から、それぞれが奢侈の問題に取り組むこと となり、そこから消費論の脱社会階層化の傾向が萌出することとなった。その結果として、
旧来の議論枠組みにおいて奢侈という語の下に悪徳あるいは上流層の特権として語られて きた行為は、18 世紀を通じて経済思想という知的言説の組み換えの中で、消費という語を 獲得することとなっていった。特殊な消費論としての奢侈論から消費論へとしての言説的 移行は、その後のステュアートやスミスによる経済学体系の確立を俟って、18 世紀イギリ スの経済学的パラダイムの中で消費論としての位置づけを確定されることとなり、消費に 関する行為類型は、そこにおいて消費者という学知的概念をもって一般化されることとな った。
スミス以降の経済学は、古典派的な世界観の確立と進展という強固な学知的な基盤整備
の路線を辿ることとなる。消費の議論は、そうした古典派経済学体系の枠組みの中では、
枝葉の部分としての位置づけしか与えられることがなく、論理の支柱的な役割を担う問題 領域としての認識はついに獲得されることはなかった。
J.S.ミルによる次の言述は、古典派
経済学におけるそうした消費論の扱いを象徴するものであろう。すなわち、経済学は、・・・・・・富の消費について論じることはない。消費が考察の対象とされるの は、それが富の生産や分配と関わる場合のみである。消費..
の法則性...
というものが、いずれ かの科学分野の主題になるとは到底思えない。せいぜい人間の快楽の仕組みとして追究さ れる程度であろう。経済学者が消費そのものを扱うことは決してない。扱う場合には、性 質の異なる消費が、富の生産と分配とにどのように影響を及ぼすかについて考察するとい う目的においてのみである(Mill,[1844]2006:318)。
こうして消費論は、古典派経済学の展開の過程で、いわば伏流としてのみ議論の対象と されていくこととなる。消費論は、独立の社会科学分野として精密科学としての意匠への 傾向性を志向していく経済学の中にあって、その不遇かつ不当な“陰鬱な学問”時代をく ぐり抜けていくことを余儀なくされていく。
ただし、その流れが完全に途切れることはなかった。伏流としてではあるが、確かにそ の水勢だけは維持していくことはできたといえる。とはいえ、消費論の正当な復権という ことは、経済学説研究ということでは、結局は
20
世紀の展開を俟たなければならなかった。20
世紀に入ると、J.M.ケインズによる、R.マルサスやマンデヴィル、バーボンらに対す る再評価、およびそれら諸学説の需要の経済学的な系譜づけがなされ、他方ではまた、S.R.
センらによるステュアート経済学の再評価といった新たな研究動向が現れることで可能と なった。こうした研究成果の蓄積が、経済思想における消費という主題の重要性への着目 を促すための伏流的な機能を果たすことで、消費研究に関してその緩やかな方向性を示す 指針としての役目を務めることとなったからである。消費研究は、その研究主題としての 胚種がこのようにして準備され、未だ非系統的なものであったとはいえ、ポスト古典派の 時代において、ようやく着手され始めることとなる。他方、アメリカでは
T.ヴェブレンや W.C.ミッチェル、 H.カークなどが消費や消費者についての独自の理論的展開を見せていく。
加えて、