第2章 18 世紀消費論の源流と消費者役割の未分的把握
J. ロックは、その主要な諸著作を通して、つねに貨幣の保有および使用について言及して いる。例えば、利子論争や貨幣改鋳論争に関する諸論考では、貨幣の本質や社会的機能な
2.2.3. 消費の社会的機能
2.2.3.1. 消費と社会の富裕
バーボンは富の概念について、それを「大きな価値をもつすべてのモノ」(Barbon,
1696
:2)であると定義する。先述の通り、バーボンの思想におけるモノの価値とは、その有用性
から生じるものであり、その有用性とはおもに精神的欲望を充足するための手段として役 立つという意味合いである。しかも、その精神的欲望に発する価値は、想像性に基づく人 為的なもので、人々の評判によってのみ保持されるものでもある。それゆえ、バーボンが 考える富の増大という社会の富裕化とは、諸個人が自由にその想像性を働かせることで多 様な欲望をもつことができ、なおかつ、その充足のための手段的条件と活動的条件とが保 証されているような状況が社会的に実現され、それが自生的に継続して進展していく過程 のことであるといえる(Bianchi,2001)。バーボンはこうした富裕化のための社会的条件 として、社会的分業の発達、諸技術、よい統治制度などを指摘している(Barbon,[1685]1966:6)。
バーボンが富について述べる場合、富を構成する物質的な豊富についてではなく、それ を可能にする社会的条件についての記述に大きな比重が置かれている。こうした富概念の 背景には、バーボン独特の自然資源に対する理解がある。まず、バーボンは交易の対象と なる資財や商品について、それらは「この世のあらゆる動物、植物、鉱物」(Barbon,
[1690]1903=1966:10)であるとする。これらの商品は自然が提供してくれるままのかた
ちで売買される自然的商品と、ひとの手によって加工された人工的商品に大別される。バ ーボンによれば、そのどちらもが無限である。その理由については、こうである。すなわ ち、地上の獣類、空中の鳥類、海中の魚類は自然に増加する。年々新しく春秋がめぐって きて、植物と果実の新しい資財を産み出す。そして地中の鉱物は無尽蔵である。だから もしも自然的資財が無限であるとすれば、これから製造される人工的資財、例えば、亜 麻、羊毛、木綿、生糸から造られる毛織物、亜麻布、キャラコ、絹織物も無限であるに 違いない(Barbon,[1690]1903=1966:11)。
バーボンは、こうした自然資源観に立脚することで、国家的な富裕化政策として倹約・
節倹などの奨励や奢侈禁止法の制定などを政策論上の謬見としてその無効性を主張する。
これらの政策が無効であるのは、確かに、個人の財産は有限であるかもしれないが、「国民
の資財は無限であって、消尽されることはあり得ないからである。また無限なものは倹約 によって追加を受けることはなく、浪費によって減少をこうむることもない」(Barbon,
[1690]1903=1966:12)からである。
このように、バーボンにとって自然資源とは潜在的に無限である。こうした前提に立つ ならば、社会の富裕化についてその物質的な豊富さを強調することは重要でなくなる。そ れゆえ、物質的次元での富裕ということへの対応としての生産にではなく、豊富な自然資 源をどのように利用するかという消費の問題に、バーボンの関心がより多く向けられてい たとしても、それはこうした理由から首肯できよう(4)。バーボンの場合、そうした消費へ の関心は、潜在的には無尽蔵である物質的な豊富さを人間社会において、どのように利用 させていくのかという論点に問題化されたのである。
バーボンは、社会の富裕ということについて、それを物財の豊富の中に見るのではなく、
欲望の多様性の開花、すなわち諸個人の想像力の自由な開放の中に見ていた。無尽蔵の資 源はただそこにあるだけでは意味がなく、それを社会において諸成員間の種々の目的性に 役立てることができて、はじめてそれらは価値を有する富となり、社会はその富ゆえに富 裕となるという考え方である。そのためにはまず、たんなる物質的な存在にすぎない諸財 を社会的関係性の中に組み込むための人間の側からの能動的作用がなければならない。バ ーボンは欲望をもつ人間という自由な諸個人の中に、そのような能動的な作用因を見出す。
この意味において、社会の富裕化には、消費欲望の多様性を支持するため、精神性の向上 や感覚の洗練化という社会を構成する諸成員の側の高い文化水準こそが必要条件とされる のである。
2.2.3.2. 消費と交易
人々の想像性を刺激することで、精神的欲望を増大させ、ひいては社会の富裕をもた らすことができるもの、それが交易である。バーボンは、交易の役割、すなわちその社会 的機能として、「必需品、すなわち生活の維持、防衛、安楽、快楽および栄華のために役立 つものを、造ったり調えたりすることにある」(Barbon,[1690]1903=1966:28)と述べ ている。それは、まさに精神的欲望をみたすための手段である財を製造あるいは販売する ことにより、社会の富裕化に寄与するものである。
文明社会においては、技術の発達や社会的分業の進展などの結果として、諸個人間には 所有財産という点において貧富の差が存在する。その中で、富裕層は他者の労働の成果か ら生活の資を得るのに対して、庶民層・貧困層は自らの労働によりその資をまかなう。こ のように所有財産に関して生じた格差は、転じていまやその社会的地位の格差として確立
さ れ る に 至 り 、 生 活 様 式 の 差 異 を も た ら し て い る と バ ー ボ ン は 述 べ る (
Barbon
,[1685]1966:6)。社会の富を所有物としている富裕層は、それにつれてその欲望をも増大
させていくことになる。したがって、社会の富裕化に大きな役割をもつのは、多様な欲望 をもつことができる富裕層ということになる。しかし、交易の促進は、社会のあらゆる階層、身分の人々に有益であるとバーボンはい う(5)。まず、自らの労働により生活する階層にあっては、確かに忙しく働いているが、そ れは結果として、すなわち交易の社会的機能の帰結として、自分自身の利益となるからで ある。交易のおかげで、社会の全成員が「食、衣、住の豊かな供給」(Barbon,[1690]1903
=1966:29)を享受できるのである。バーボンはこのように述べている。すなわち、
一国の自然的資財は改善され、羊毛や亜麻は布に、皮革は皮製品に、仕上げられ、木 材、鉛、鉄、錫は加工されて多数の有用品となる。これら商品のうち使用されない余剰 分は、商人によって輸送され、ぶどう酒、オリーヴ油、香料その他外国産の有用なすべ てのものと交換される(Barbon,[1690]1903=1966:29)。
一方で、富裕層も、先述した生活の安楽、快楽、および栄華を促進する諸財のすべてを、
交易により享受できるのである。
このように社会的に有益である交易であるが、それでは、どのようにしたら交易を促進 できるのか。バーボンはこの問題を考えるにあたり、そのひとつの焦点として社会におけ るしかるべき消費の重要性を指摘する。すなわち、交易を促進する要件とは、社会におけ る「貧困層の勤勉と富裕層の闊達(liberality)」(Barbon,[1690]1903=1966:44)であ るとして、勤勉に対置された富裕層の社会的地位に見合った水準の消費が実現されること が肝要であるとしたのである。バーボンは、ここにおいて、富裕層の人々が“富裕層”と しての社会的役割を確実に遂行することが、交易に対して有益な社会的機能をもつもので あることを明示したのである(6)。
バーボンは闊達の定義として、それを「貧困層の勤勉によってつくられるすべてのもの を、心身の用に自由に充てていくこと」(Barbon,[1690]1903=1966:44)としている。
この定義に基づく限りでは、一見、闊達な行為とは、もっぱら自己の私欲に対する寛容性 を表わしているに過ぎない。しかし、こうした富裕層の闊達はその社会的機能の次元にお いてみれば、他者への寛容性を含んでいるとバーボンは述べるのである(Barbon,
[1690]1903=1966:45)。D.ヴィッカーズは、このバーボンの消費論が包含する経済効果
に関する命題を次の3つに整理して把握している(Vickers,[1959]1968: 83)。すなわち、
1.経済活動の維持は、消費支出の維持に依存する
2.消費支出の変化は、賃金労働者の収入の変化となって表れる
3.消費支出の変化は、経済活動の水準を変化させるために必要かつ有効である
富裕層による闊達が有する他者への寛容性ということ、それはバーボンによる消費の乗 数効果の指摘であるといえる。しかもバーボンの場合、それは文化水準の全階層的な洗練 化を通じて潜在的な欲望の多様性を喚起していくという意味における乗数効果なのである。
それゆえ、闊達はその社会的利益の波及経路への配慮が肝要となる。闊達の効果である他 者の欲望への寛容性を、社会の広範な成員間に発現させるために、その分配的帰結を考慮 しなくてはならないということである。バーボンは、それについては食、衣、住に関する 支出を均等にすることが重要であるとする(Barbon,[1690]1903=1966:45)。それによ り、社会的分業の発達した文明社会にあっても、あらゆる人がその社会的地位(職業や身 分や住地域など)、に基づく割当を受けることが可能となるからである。しかもその割当は、
各人の生活において、より洗練された快楽を少しばかり享受するに足るほどの分量にはな るであろうとバーボンは述べている(7)。ここにおいて、人々の欲望は拡大され、文化水準 は高まり、それはいっそうの富裕化へと社会を導いていくこととなるのである。