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社会の階序とジェントルマンの有徳性

第3章  奢侈是認論と消費者概念の脱道徳化

B. スピノザ、マンデヴィルらとの近接性を示すものであるとする(Novak, 1963 :66-67)。

3.2.3.  消費と社会秩序の再構築

3.2.3.1.  社会の階序とジェントルマンの有徳性

や消費生活を基準とするような経済的な差異としての新たな階序を形成していくこととな る。デフォーの奢侈論とは、この点において、奢侈の蔓延という事態が社会秩序の根幹に 関わる重要な問題性を内在させていることを的確に捉えるものであったといえよう。

  デフォーは社会の指導者として相応しいジェントルマン像をどのような人物として構想 したのであろうか。この答えこそ、生得ジェントルマンに対比されるべき、生育ジェント ルマンとしての行為類型である。もっとも、記述の通り、デフォーの生育ジェントルマン 論は未完となっている。しかしその内容のかなりの部分はデフォーの他の著作から窺知す ることが可能である。その著作とは、デフォーの『イギリス商人大鑑』のことである。同 書を一読して分かること、それは同書の内容がまさに生育ジェントルマン論であるという ことである。商人層に生まれた者、あるいはまた、たとえその出自がジェントルマン層や 貴族であっても商人としての道を歩むこととなった者、こうした人々が商人としての経験 を積み、経済的な成功を収める中で生育され、後にはジェントルマンと呼ばれるに至る。『イ ギリス商人大鑑』とは、商人としての諸個人がこうした過程を経てジェントルマンとなる までに必要とされる諸要件についての指南書としてデフォーが企図したものである。それ は実務における手引であり、同時に、仕事に対する誇りと優れた人格とを身につけるため の教本でもあった(Shinagel,1968:211)。

  デフォーは『イギリス商人大鑑』の中で、まず勤労の重要性を説く。確かに現代は暴飲 や贅沢の習慣がはびこる奢侈的な時代であり、生活費も高騰しているとしながら、しかし、

「商人にとっては、本業をおろそかにすること以上の悪徳はない」(Defoe,[1725c]2007:

40)とデフォーは述べる。むしろ商人であるならば、仕事に喜びを見出すようにしなけれ

ばならないとデフォーは説くのである。仕事に歓びを見出した商人が、勤労でないはずは なく、そうなれば、「いずれは出世して後進を指導する人間となろう」(Defoe,

[1725c]2007:

40)とデフォーは述べている。したがって、娯楽や気晴らしなどは、本業に支障をきたさ

ず、自己の評判も貶めることのない範囲に止めることを旨とすることとデフォーは規定し ている(Defoe,[1725c]2007:79)。

デフォーは勤労の次に重要なこととして、支出に関する問題を取り上げる。それは、商 人の消費生活についての注意点である。デフォーによれば、生活費が嵩む理由にはいくつ かの要因がある。デフォーは以下の4つの理由を挙げる(Defoe,[1725c]2007:86)。

1.高額の生活費、家内の贅沢にかかるもの

2.高額の服飾費、上質の衣服を着る贅沢にかかるもの

3.高額の交際費、分限を超える付き合いを続けるためにかかるもの 4.高額の家財費、世間体を気にすることでかかるもの

今日の社会では、節約や質素ということがまったく廃れてしまっているとデフォーはいう

(Defoe,[1725c]2007:86)。その結果、生活にかかる経費がその収入の範囲を超えてしま い、ついには破産に追い込まれるということが多発することとなる。ここで当然に、デフ ォーとしては、こうした度を越す出費を誡め、節倹の重要性を縷説していくこととなる

(Defoe,[1725c]2007:84)。

こうして、デフォーは勤労と消費という経済生活の両面にわたって商人としてあるべき 規準を提示している。他にも接客の仕方や店舗の内装、在庫や与信の限度など、デフォー による商人への指南は多岐にわたる。しかし、こうしたすべての規準は、商人としての当 該個人の信用という点に収斂してくることとなる。商人としての成功はすべてがその信用 の保持にかかっていることをデフォーは繰り返し説いている。商人は一度信用を失うと、

すべてが立ち行かなくなる。この意味において、「信用は商人の命である」とまでデフォー は述べる(Defoe,[1725c]2007:151)。

このように、デフォーの理想とする商人像とは、本業に精を出し、支出の節約に努め、

信用を失うことのない個人である。そうした諸個人は経済的にも人格的にも成功を収めて 出世していくこととなる。そうした人々の中から、やがて真にジェントルマンと呼ばれる に値する人々が陸続として現れてくることとなる。デフォーのいう生育ジェントルマン層 である。

デフォーは商人として経済的に成功した諸個人がジェントルマンとなり、社会を経綸す ることが社会秩序の再構築につながると考える。デフォーは、「台頭する商人層はジェント リへと上昇し、没落するジェントリは経済界へと身を沈めていく」(Defoe,[1728b]2000

=1975:28)として、生育ジェントルマンが生得ジェントルマンに代わって上流層として の地位を占めることとなる論理を階層間の流動性として示している。もっとも、デフォー によれば、イギリス社会とは、元来の経済国家であり、現在の貴族やジェントリの中にも、

その出自を辿れば商人層の出である家が多い(Defoe,[1725c]2007:240-242)。そのため もあって、商人層の社会的地位は他国におけるよりも卑しいものではないとデフォーはい う。イギリス社会では、商業が財を成し家名を上げるための最も確実な手段である。さら には、商業こそがイギリス社会にあってジェントルマンを産出するもといである(Defoe,

[1725c]2007:242-243)。それゆえ、イギリス社会においては、「ジェントルマン商人」と

いう呼び名もそれほど不自然には聞こえないとデフォーはいう(Defoe,

[1725c]2007

247)。

デフォーは、生育ジェントルマンがその能力と品格との優越性において支配するという社 会 像 を 、 現 実 味 を 帯 び た そ う 遠 く な い 将 来 の こ と と し て 見 据 え て い た (

Defoe

[1725c]2007:247)。

生育ジェントルマン層は、社会の規範としての役割を果たすことで、社会の腐敗を矯正

することが期待される。下層の人々や後進の人々はみな生育ジェントルマンの生活様式や 態度などを模倣することで、ジェントルマンを中心とする社秩序が再構築される。デフォ ー思想とは、こうしたジェントルマン層の有徳性に基づく統治の再構築を志向するもので ある。もちろんデフォーの想定する生育ジェントルマンとは、実質的な中流層の台頭とい うことの是認論でもある(Shinagel,1968:96)。しかし、あくまでデフォーの理想とする 社会秩序の在り方とは、新たに台頭してきた中流層が、やがてはその人格や財力などの優 越性から自然なかたちで社会を指導するジェントルマン層としての地位を確立していくこ とで生成されてくる社会的な枠組みのことである。この点で、デフォーの社会思想には、

ジェントルマン支配の再建を志向するという側面が確認できる。