第2章 18 世紀消費論の源流と消費者役割の未分的把握
J. ロックは、その主要な諸著作を通して、つねに貨幣の保有および使用について言及して いる。例えば、利子論争や貨幣改鋳論争に関する諸論考では、貨幣の本質や社会的機能な
2.1.3. 社会的役割としての消費者
諸個人が精神的な欠落感である欲望を解放したという意味は、その欠落感の埋合わせの ために用いる消費対象としての諸財=諸善にまつわる物理的な費消性の問題を、貨幣保有 ということで解消することで、欲望の無限的追求という行為を社会的に有意味ならしめる ことを可能にしたということである。先述の通り、金銀などの貴金属は、もっぱらこの物 理的な費消性に対する優れた耐久性のゆえに、その内在的価値とは別に、人々の同意によ
り、一般的価値の仮託体として市場交換における高い通用性を付与されたものである。ロ ックの言を引くならば、「貨幣..
が価値..
をもつのは、交換によってわれわれに生活必需品ない し便宜品をもたらすことができるからで、この点で貨幣は商品..
の本性を具備しているが、
貨幣が役立つのは、一般にその交換によってであり、その消費によって役立つことはほと んどない」(Locke,1692=1978:50)ということである。したがって、金属貨幣それ自体 がその物質的費消性のために消費対象となることはない。それでも、貨幣は、市場交換の 場において、その通用性ゆえに商品となる。しかもそれは、「貨幣は決して人々の手中で遊 んでいたり、販路に欠けていたりすることはない」(Locke,1692=1978:68-69)という 特殊な商品である(6)。ロックは、「貨幣は万能であるがゆえに、誰もが際限なく喜んで貨 幣を受け取り、手元におこうとする。それゆえ貨幣の販路は常に十分であるか、あるいは 十分以上である」(Locke,1692=1978:69)と述べている。
市場における貨幣の高い通用性を支えているものは、制度的にみれば、それはもちろん 貨幣使用に対する諸個人間の共通の同意である。しかしながら、それを原理的に支えてい るものは、諸個人の消費の欲望であることはすでに述べた通りである。それでは、諸個人 が貨幣を消費対象の代替物として一時的に保有しようとすることは、どのような意味合い において、消費行為を代理しているのであろうか。
ロックにとっての貨幣保有者とは、その同意過程においては暗黙的か認知的かの差こそ あれ、いずれにしろ貨幣の使用に同意した諸個人のことである。それは、間接的すなわち 手段的な代替物として、貨幣である金属により一般的な善としての価値を認めることに対 する同意である。この合意のもとの人工的価値物である貨幣は、現在および将来における、
実際的および空想的の善への精神的欠落感を、一般性という割引のもとに埋合わせてくれ る。この意味において、貨幣を保有することは、欲望充足のための現実的な消費行為に対 しての、その想像的な代理行為となっている。したがって、貨幣保有者とは、別言すれば、
とりわけ将来時点での空想的な善である消費対象への配慮から生じた、時間軸上の漠然と した欠落感を、現在時点での一般的な善の保有により一時的に埋合わせている消費代替的 行為の主体として捉え直すことができよう。それはまた、衝動的な欲望に対して理性的な 対処を可能とする契機ともなるのであるが、この点については後述する。
ロックによれば、「私有財産の不平等という物の分け方は、社会の枠の外で、契約なしに、
ただ金銀に価値をおき、暗黙の内に貨幣の使用に同意することによって可能になった」
(Locke,[1690b]1698=1997:190)という。貨幣使用への同意は、社会、すなわちロッ クが展開する契約論的な成立要件を前提とするような社会という意味においての社会の形 成に時間(論理)的に先行する。ロックが述べる社会の成立過程にあっては、人々の所有
権に関する思念が、それを保障するための制度としての社会を形成するための前提要件と なるからである(Caffentzis,1989:89, 116-117;Caffentzis,2003:216-217)。人々が 各自の所有権へより大きな配慮を示し、社会の形成を志向していくことになるのは、貨幣 保有により可能となった継続的な所有物の蓄積を保証する手段の必要性が高まってきたか らにほかならない。
諸個人は、契約によってのみ、ある社会の成員となることができるとロックはいう(Locke,
[1690b]1698=1997:241)。それは、コモンウェルス(国家)という名の市民社会である。
貨幣使用に同意した諸個人が、今度はそれらの所有物を守るために社会を形成し始めると いうわけである。ロックはこう述べる。
国家とは、人々がただ自分の社会的利益を確保し、護持し、促進するためだけに造っ た社会である、と考えられます。/社会的利益.....
とは、生命、自由、健康、身体の安全、
さらに貨幣や土地や住宅や家具などのような外的事物の所有のことです(
Locke,
[1689]1963=1980:353-354)。
社会の成員としての諸個人は、その所有の安全を保障される代わりに、自然権の私的行使 を一部放棄し、社会の法を遵守することを約束したとされる。
契約によって成員となった社会の中で、諸個人は、その生命と所有物の安全を確保する ことで、平和裡に市場交換に参加することが可能となる。貨幣保有者としての諸個人は、
ここにおいて、貨幣という一般的善を有する欲望者として、また、市場においては、貨幣 以外の諸財すなわち特定的善の購買(貨幣との交換)を考える消費者として表れてくる(7)。 ロックは、社会の中で貨幣を保有し、それを市場交換等において活用し、いずれは消費対 象としての特定的善を獲得しようとする行為類型をもった人々について、それを、「自分の 財産を貨幣で所持し、貨幣をその価値通りに(それ以上は不可能としても)利用する権利 をもっている多くの罪のない人々」(Locke,1692=1978:13)として記述している。本研 究ではこの一句を、貨幣保有者として市民社会に生活する人々が市場経済の交換過程の文 脈にあって、消費者としての社会的役割を担うものであることを、ロックが示唆した部分 として再読してみたい。というのも、消費者という概念について、ロックにはそれをひと つの社会的役割として捉えていた様子のあることが、つぎのような言から窺えるからであ る。
トレードを行うために土地保有者、労働者、仲介業者の手元に必要な貨幣についてあ
る評量を(それがどの程度十分なものかはわからないが)行いながら、なぜ以前に言及 したことのある消費者について何も語らなかったのか、・・・・・・労働者か仲介業者か土地 保有者かのいずれでもない消費者は少ないので、彼らは計算に際しては、ほとんど考慮 に値しない(Locke,1692=1978:43)。
ここで明らかなように、ロックにとっての消費者概念とは、労働者や仲介業者や土地保 有者として言及された、雇用労働者や商人や貴族などすべての社会階層にまたがる概念で ある。それは、富裕層から貧困層に至るまで、市民社会の成員であって購買力を有するす べての諸個人の行為類型を、消費というひとつの社会的役割において一般化したものであ る(8)。
以上のことから、ロックが想定するコモンウェルスという契約社会の成員である諸個人 は、そのすべてが必然的に消費者であるとの論理的帰結を導くことができる。より正確に いえば、諸個人は消費者という社会的役割を市民社会の制度的要請として不可避に担う必 要があるということである。諸個人は、まず社会形成の契約以前の段階において、貨幣の 使用およびその暗黙的必須要件としての市場交換という、2つの制度運用に同意している。
それを踏まえて、これらの制度運行ならびにその制度的帰結(つまりは所有の不平等)に ついて、その安全性と確実性を保証するための新たな制度的枠組みを構築するために、契 約社会であるコモンウェルス形成に向かう。こうしてみると、ロックの社会形成論におい ては、諸個人の同意や契約からなる一連の諸制度に基づく市民社会の成立過程は、すべて 貨幣に関係している。そこでは、貨幣が社会の凝集力をもたらす紐帯である(9)。そして、
その同じ過程は、貨幣の保有が欲望充足のための消費行為に対する代替的行為であったこ とを鑑みるとき、貨幣という一般的購買力をもった消費者という新しい社会的役割が形成 される過程の論証ともなっていることが分かるであろう。市民社会の成員となった諸個人 は、その過程で確立した貨幣にまつわる契約や制度のおかげで、市場交換型の消費行為を 日常的な行為類型として支障なく遂行することが可能となったのである。