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第5章  経済学体系の成立と学知としての消費者概念の形成

A. スミスの社会理論は、その扱う問題領域が広範であり、ときに、種々の議論間の連結 を見定めることが困難な場合も少なくない。しかし、そうした解釈上の困難の一部は、同

5.2.3.  社会的機能としての消費

5.2.3.1.  消費と社会変動

  スミスは、市民社会という経済活動が中心となる新しい枠組みの形成へと社会を導いた 歴史上の一要因として、富裕層による消費の重要性を指摘する。スミスは『国富論』にお いて、個々の社会的影響力からすれば微小である消費行為という作用が、その継続的かつ 累積的な圧力になることにより、ついには決定的な変革力となって、社会にある定向性を 与えていく過程を分析している。それは、社会が近代化へと向かうための胎動の一契機と しての、そして、その持続的な作用因としての社会変革上の機能を、消費の上に認めるも のであった。

機能主義的な観点から社会的行為を捉えるならば、人々の諸行為とは、歴史の流れの中 で、その様々な場面において、その行為動機的な目的性とは別個の論理的次元で、社会の 変動要因としての役割を担っている。スミスは、人々が担うこの機能的な側面から、近代 化を押し進めるのに重要な役割をはたす行為類型として消費を捉えた。別言すれば、それ は、消費者という社会的役割を無意識に遂行していく特定の社会層の営為を定式化するも のであった。

その社会層とは、前市民社会における富裕層、封建領主としての大土地所有者のことで ある。スミスの理論において、これら富裕層による消費行為は、もうひとつの重要な近代 化要因である庶民(貧困)層の勤勉とならび、お互いが相補的な関係となって社会の駆動 力と見なされていく。『国富論』では、これら2つの動因がもたらす公益としての社会変動 の発端がこう論述される。

    社会の幸福にとって至上の重要性をもつ一変革が、このようにして、社会に貢献する つもりなど少しもない二種類の人々によってひき起こされたことになる。大地主の唯一の 動機は、まったく子供じみた虚栄心を満足させることであった。また商人や職人たちは、

たわいのなさという点で少しはましだったが、もっぱら自分の利益だけを念頭において、

一ペニーでも儲けられるところでは儲けようという、かれら独自の小商人根性を貫いて行 動しただけのことである。だが、両者いずれも、前者の愚かさと後者の勤勉とが徐々にも たらしつつあったあの大変革について、なんら知りもしなければ、それを予見もしていな かったのである(Smith,[1776]1981=1978:64-65(2))。

ここに明らかなように、スミスの注目した消費者の行為とは、その動機的側面からすれ ば、公益に寄与するというなんらの意図も有しない。消費者としての社会的役割を遂行す る富裕層の行為とは、その動機において、きわめて個人的な欲望に基づいている。その欲 望とは、富を誇示するための顕示欲のことである。先述のように、スミスによれば、富お よび富裕という観念には権威が付随する。富の顕示に対する欲望は、富裕な境遇というあ る種の制度的とも見なせる文化的規定性から派生してくる人々の行為傾向である。そして、

実際に潤沢な富を所有する富裕層が、その権威を示すための手段的行為が消費となる。ス ミスは、「たいていの金持ち[富裕層]にとっては、富の主な楽しみはその富を誇示すること にあるわけで、そういう人たちの眼からすると、自分たちのほかはだれも持つことのでき ないような富裕の決定的しるしを持っているように見えるときほど存分に自分の富が楽し めることはないのである」(Smith,[1776]1981=1978:287(1))と述べている。その動機 から見れば、こうした近視眼のたんなる利己的な行為が、歴史においては大きな契機とな り、その意図しない結果として公益を実現していくという社会的行為の論理、この論理性 を説明するがゆえに、スミスの消費論はひとつの社会理論となり得ている。

  ところで、富裕層とは、そもそもその機能の面から見れば、つねに社会における消費階 層としての役割をはたしてきたのであり、それは近代化前夜においてにわかに生じた機能 ではない。しかも、それは社会の変動因としてではなく、どちらかといえば、むしろその 安定因として長い間作用してきたのである。近代市民社会以前の富裕層である封建領主は、

自身のためには使い切れないその富の余剰部分を、家事使用人やその他の寄食人に対して 振舞うことで、社会の中での消費機能を成してきた。それは、封建領主たちの富貴さを示 すという欲望を満たす制度的手段として、富の顕示性を保持するものであった。また、そ れは富の所有者、分配者としての封建領主たちが、その富に寄生せざるを得ない人々から の尊敬の念を集めるための制度ともなっていた。富にまつわる従属関係が自然に形成され 維持されてきた。こうして、封建領主たちは、富の有無、すなわち所有財産の格差という 社会的関係性が生みだす一定の秩序形成作用のもとで、社会統治のためのある程度安定し た権威を享受してきた。それゆえ、近代以前の封建体制とは、その一面においては、この

富にまつわる社会的な安定性のことであったといえる(6)

  この封建制的な社会の安定性は、商業の発達によって徐々に揺らぎ始める。その揺らぎ の原因は、商業がもたらした多数の新しい消費財である。この新しい消費財の出現こそ、

富裕層の消費がその社会変革力を発揮する上での不可欠の要件であった。これらの新しい 消費財は、それまでは自身の富の顕示欲を、豪奢な饗応というかたちでの他者に対する散 財としてしか満たすことのできなかった封建領主たちに、その代替手段を提供することと なった。すなわち、こうした新消費財の消費が可能となることで、富裕層は顕示欲の新た な捌け口を見出したのである。ここにおいて、顕示的消費の主軸は、他者への豪奢な散財 から、自分自身のための濫費へと移行する(7)。商業によりもたらされた種々の消費財は、

富裕層の人々の目には、その新奇性や稀少性のゆえに、富の顕示性という文化記号的要素 を仮託できる新たな対象として映じたのである。

しかし、その顕示欲のゆえに消費財への濫費を続ける封建領主たちは、やがて、自分自 身の生活における虚飾の代償として、社会的身分にまつわる権威を手放すこととなる。ス ミスの言を借りていえば、そうした大土地所有者としての封建領主たちは、「豊富のなかで の気紛れから、大人が真剣に求めるというよりも、むしろ子供の玩具まがいの装身具や金 ぴかの安ものを手に入れようとして、生得権を売ってしまった」(Smith,[1776]1981=

1978:63(2))のであり、その結果として、彼らの権威を構成してきたものの中で、その領

主としての身分に帰される部分の権威は霧消して、ただ富裕層の人間としての部分にだけ 社会的な重みが残されるのみとなってしまい、この富裕という点においても、それは商人 その他の都市の富裕層ととくに変わるところがない人になっていった。スミスは、商業の 発達や分業の進展が富裕層の消費と連動して社会を変動させていった様を次のように述べ ている。

封建的諸制度が全力を尽くしても達成できなかったことを、外国貿易と製造業の黙々た る、人の気づかないような活動が、漸次になしとげたのである。これらの外国貿易や製 造業は漸次に、大地主にたいして、かれらが自分の土地の全余剰生産物と交換できるよ うなもの、そして借地人やお抱え者たちに分けてしまうことなく自分だけで消費できる ような品々を供給するようになった。・・・・・・かくて、およそあらゆる虚栄のなかでもも っとも子供じみた、もっとも賤しい、そしてもっとも欲に目のくらんだ虚栄を満たすこ とと引換えに、大地主たちは、次第に自分の勢力と権力のすべてを手放してしまったの である(Smith,[1776]1981=1978:59-60(2))。

さて、このようにして身分にまつわる社会的権威を自らの手で喪失させてきた封建領主 たちではあるが、それでは彼らのもたらした社会変化とは、いかなる意味において公益で あるとスミスは考えるのであろうか。

こうした行論において、スミスが述べる公益とは、上の引用文中に、封建的諸制度が全 力を尽くしても達成できなかったこととして述べられた社会的帰結のことである。その具 体的内容は、都市における商工業の発展による、社会秩序と善政との招来である(8)。スミ スは、商工業がこうした平和的な秩序を社会にもたらすことを指摘した論者としてヒュー ムを高く評価しつつ、それが、封建制的な諸制約から農村の人々を解放するものであるこ とを示した。このことは従来、等閑に付されがちであったが、じつはこの点こそが、もっ とも重要な公益の実現なのであるとスミスは述べている(Smith,[1776]1981=1978:

53(2))。商工業は当該社会の諸成員に対して、その人格的自由、および生命・所有の安全に

対する保障をもたらすこと、すなわち諸個人の政治的自由と経済的自由とを確立するとい うことのゆえに、社会一般の利益である公益の促進にとって有益なのである。

商業の発達は、さらに、その社会の成員間のマナーに対しても改善の効果がある。スミ スは、「どこの国でも、商業が導入されればつねに、誠実と几帳面がそれにともなう。これ らの徳は、粗野で野蛮な国では、ほとんど知られていない」(Smith,[1763]1982=2005:

400)として、この点を強調している。これが、経済的自由の観点から見た場合の公益の促

進であることは明らかである。なぜなら、このような成員間のマナー上の相互信頼性とは、

諸個人の社会的行為における、行為帰結の確実性へとつながるからである。つまり、それ は、行為の主観的目的性に対する実現可能性が保証される傾向が強くなるということであ る。社会における行為の確実性が増せば、経済的自由という、行為に対する要件上の公益 に加えて、その帰結上の公益である意図の実現性についても保証されることとなるため、

経済的自由の下での未来的な私益の可能性に内実が伴い、そのことが、諸個人の行為に慣 習性を付与する方向へと作用し、ひいては行為連関経路に制度的安定性をもたらすことと なる。

商工業はまた、社会を富裕にする点においても公益の促進に寄与する(9)。しかし、この 点は、商工業の発展や、その必然的帰結としての社会的分業の発達が、ある程度確立され たのちに顕著となる効果であり、それは経済的自由とマナーの改善とに起因する自然的成 り行きともいえるものである。したがって、社会におけるこの富裕の増大という公益は、

スミスにとっては、商工業活動が中心となる新しい社会の中で実現されるたぐいのもので あった。