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  《コルビー詩編》のイニシアルの図像が、そのイニシアルに続く詩編テクストに関連する新旧約聖書の 特定の物語場面に典拠を持つものだけではなく、詩編の「我」の視覚化を含むという点は、クーダーによ って初めて提示された64。詩編に於ける主語である「我」或いは「我々」はクーダーによれば、詩編の著 者とされているダヴィデ王とは基本的に区別して考えられるものであり、詩編によってはダヴィデであり、

キリストである。更に、詩編の主語は対話や祈りを表す身振りを伴う人物像から、詩編テクストやそれに 関わる事象の描写を伴うものまで多岐に渡るといい、《コルビー詩編》のイニシアルのうち32点がこのよ うな詩編の主語の視覚化に該当するとされている。例えば第3編の修道士の胸像(fol. 3v、図2-21)や第

60 KUDER 1977, 256ff.

61 DUFRENNE 1978. 但しここに《コルビー詩編》は含まれていない。

62 KAHSNITZ, Rainer: Frühe Initialpsalter, in: The Illuminated Psalter: Studies in the Content, Purpose and Placement of its Images (ed. by BÜTTNER, Frank O.), Turnhout 2004, 137-155. カースニッツはここで《ヴェスパシアン詩編》、《コルビー詩編》、

《ミュンヘンのミラノ詩編》、《オドベルト詩編》の、イニシアルによる挿絵を持つ4点の詩編写本を取り上げている。

63 KAHSNITZ 2004, 151.

64 KUDER 1977, 150ff.

30編のダヴィデ(fol. 25r、図2-22)、第101編のキリスト(fol. 82r、図2-23)がそれに当たる。

  詩編の主語の視覚化というクーダーによって提唱された説を継承し発展させたのが、カロリング朝期の 修道院の詩編挿絵を研究したベセットである65。彼女は9世紀前半の2点の挿絵付き詩編写本、即ち《ユ トレヒト詩編》と《シュトゥットガルト詩編》の挿絵の多くが古代末期の手本に範を得ているのに比べて、

《コルビー詩編》のイニシアルが、詩編読者の瞑想といった修道院生活を重視していることを指摘してい る。詩編は修道院に於いては聖務日課で朗唱されるものであったが、ベセットは、例えば既にクーダーに よって取り上げられた詩編第76編のイニシアルV(fol. 67v、図2-24)が、このイニシアルから始まる “Voce

mea...”という章句の視覚化、即ち話者の声の視覚化である点を強調し66、本作の図像表現を含むイニシアル

がしばしば物語場面を図解するというよりは、詩編読者、話者の視覚化によって、詩編テクストの朗読に 於ける読者の瞑想を助ける起点となったであろうという、読者とテクストの結びつける機能として本作の イニシアルを理解している67。類似の観点はプリアム68やU. レーム69にも見られ、《コルビー詩編》のイニ シアルを扱った近年の研究動向はますますこの詩編読者という立場に比重が置かれる傾向にある。この観 点は確かに、朗唱と祈祷という詩編本の用途からすれば、挿絵の役割として適切な理解ではあるだろう。

しかしながらこうした研究の殆どでは、図像に解釈を与えようとしているにも関わらず、修道院文化の文 化史研究から挿絵を説明するに留まっている。これは、特定の物語場面を表した図像の場合の図像系譜学 的な手続きとは異なり、図像の比較対象となるものが当時の礼拝や朗読に於ける身振りや声といった、史 料としては残されにくいものである為だろう。従来の研究に対する新しい視点が、視覚資料の比較例を以 って挙証されてはいない為に、本写本のイニシアルの独創性や孤立性が強調されているのが現状である。

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  《コルビー詩編》のイニシアルの、同時代の他の写本に類を見ない装飾語彙と図像との多彩さは、先行 研究に於いて次のような問題を生んできた。即ち、様式面では、その前時代性からバルバロイ、即ちプレ・

カロリング朝美術として位置付けるべきか、或いはカロリング朝美術全般に共通する特徴を認めるべきか、

という点が問題とされ、図像学的には、専ら詩編やカンティクムのテクストとイニシアルの主題との照合

65 BESSETTE 2005; idem: Corbie Psalter, in: Pen and Parchment : drawing in the Middle Ages (ed. by HOLCOMB, Melanie), New York 2009, 36-38.

66 BESSETTE 2005, 107-108; BESSETTE 2009, 38.

67 BESSETTE 2005, 51.

68 PULLIAM, Heather: Eloquent Ornament: Exegesis and Entanglement in the Corbie Psalter, in: Studies in the illustration of the psalter, Stamford 2000, 24-33; idem: "The Eyes of the Handmaid": the Corbie Psalter and the Ruthwell Cross' in: Listen O Isles unto Me: Studies in Medieval Word and Image in Honour of Jennifer O'Reilly (ed. by MULLINS, E./ SCULLY, D.), Cork 2010;

idem: Exaltation and Humiliation: The Decorated Initials of the Corbie Psalter (Amiens MS 18), in: Gesta 49/2, 2010.プリアムはカ ッシオドルスやアウグスティヌスなど教父らによる詩編の註解書に着眼し、人物像を含むイニシアルだけでなく動物 からのみなるイニシアルにもまた瞑想を助ける意味があったと考察している。

69 REHM, Ulrich: Der Körper der Stimme: Uberlegungen zur historisierten Initiale karolingischer Zeit, in: Zeitschrift für Kunstgeschichte v. 65, München 2002, 441-459.

とその関係性内容の追及や、詩編朗読に於ける瞑想の補助という観点からの詩編内容視覚化の探求に従事 させるあまり、図像の主題もテクストとの関連も不明確なイニシアルについては、専ら「独創性」という 言葉で評価されるにとどまってきたという点である。クーダーによる本写本のモノグラフでは、イニシア ルの装飾システムをそれ以前のイニシアル装飾の伝統に体系付けながらも、装飾形式や様式の問題と主題 や図像の問題が基本的には分けられて論じられているので、イニシアルの装飾形式についての分析の成果 が、イコノグラフィーの問題に反映されているとは必ずしも言い難い。

  既にしばしば指摘されてきたように、イニシアルの主題選択が文字の形状に大きく左右されている以上、

文字の装飾と主題選択や図像生成という二つの側面は別個に扱われるのではなく、交叉させて論じられる 必要があるだろう。本論文では《コルビー詩編》のイニシアルの図像が何を意味し、どのように成立した のかについて、文字装飾の伝統という観点からの解明を試みる。以下、第3章では本写本のイニシアルの 装飾システムをイニシアル装飾史の中で位置付け、それに基づき第4章では物語イニシアルを中心に図像 生成の過程を観察する。カロリング朝美術史に於ける本作品の位置付けは、文字装飾の伝統と図像生成の 過程から見えてくるだろう。

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  《コルビー詩編》は幾何学文や植物文、動物文から成るイニシアルだけではなく、文字と図像とを融合 させたイニシアルを数多く持つ。これらのイニシアルの装飾形式は、インスラー写本とメロヴィング朝写 本の主に二つの潮流を継承していると言える。人物像を持つイニシアルでは、前者は文字の開口部に物語 図像を表す「図像を包囲するイニシアル(Bildeinschluss-Initiale)」を、後者は人物や動物のモティーフその もので文字を構成する「形象イニシアル(Figureninitiale)」を発明したとされている。本章では、まずイニ シアル装飾の先行研究に於ける用語法を整理した上で、《コルビー詩編》に先立つ写本芸術に於けるイニシ アルの装飾形式を詳細に分析し、それらの装飾伝統がどのように本作品に受け継がれているかを分析する。

例えば幾つかのイニシアルでは、インスラー写本に由来する「図像を包囲するイニシアル」と、メロヴィ ング朝写本を踏襲した「形象イニシアル」との、双方の装飾形式を統合する形でイニシアルを構成してい ることが分かる。それに加え、「人物の棲み込んだイニシアル(bewohnte Initiale)」は、古代末期の芸術に その源流を求められ、インスラー写本や彫刻にも類似する装飾形式を示しており、本作品のイニシアルに 出自の異なる多様な装飾伝統が採用されていると言える。

  カロリング朝期には《コルビー詩編》の他にも図像を示すイニシアルを持つ写本が多く制作された。こ こでは加えて、本作品を同時代写本と比較しその特徴を論じる。まず本写本のイニシアルのコルビー修道 院に於ける位置付けを観察し、その次に即ち、カロリング朝芸術の主流とされている宮廷派(Hofschule) や宮殿派(Palastschule)の流れを組む写本のイニシアルとの比較を試みる。本写本ではイニシアルに対し て人物像や動物といった一つのモティーフの占める割合が大きく、必ずしも枠取り絵画の物語場面をその ままイニシアルに組み込んではいないということが明らかになり、この特徴が本作品の特異な図像の生成 の一因となるだろう。

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  イニシアル装飾は写本彩飾の一分野として、決して西欧中世写本画の先行研究に於いて等閑視されては こなかった。西欧写本のイニシアルについては、古くは K. ランプレヒトが、インスラー及びその影響化 の大陸写本の組紐文イニシアルを中心とした、イニシアル装飾に特化した研究を行い1、A. シャルトやE.

ヴァン・モエもこれに続いている2。イニシアル研究が特に盛んになったのは、1960年代であろう。E. J. テ

1 LAMPRECHT, Karl: Initial-Ornamentik des VIII. bis XIII. Jahrhunderts: vierundvierzig Tafeln meist nach Rheinischen Handschriften nebst erläuterndem Text, Leopzig 1882.

2 SCHARDT, Alois: Das Initial, Berlin 1938; van MOÉ, Emilie A.: La lettre orneé dans les manuscrits du VIIIe au XIIe siècle, Paris 1949.