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  ゴシック期に入ると、プレ・カロリング期からからロマネスク期にかけて発展した様々なイニシアルの 装飾形式は、より複雑な図像を取り入れ大型化したものが現れる。既に12世紀末のイングランドの詩編写 本《ハンティングフィールド詩編》(ニューヨーク、ピアポント・モーガン・ライブラリー 、Ms. M. 43)

では、 “Beatus vir” のイニシアルBが全頁大イニシアルとして、キリストの系図である「エッサイの樹」

の図像が多くのアーモンド形のメダイヨンを備えて表されている72。ダヴィデの父であるエッサイの家系 から救世主が現れるであろうという予言(『イザヤ書』第11章1-3節)から成立した「エッサイの樹」の 図像は、横たわるエッサイから伸びる芽の作る円形のメダイヨンの中に、ダヴィデや預言者ら、キリスト、

71 同写本については、A. ベックラーによる古いモノグラフがある他は、まとまった研究が無い。BOECKLER, Albert:

Das stuttgarter Passionale, Augusburg 1923.

72 PÄCHT 1984, 133.

聖母が下から上へと予型論的に表されるものであり、ロマネスク美術に於いて成立したものである。《ラン ベス聖書》(ランベス・パレス図書館、Ms. 3)では、全頁大ミニアチュールの中に、メダイヨンのような 蔓を巻いて伸びるエッサイの木の図像が表されている(図3-114)。これがモニュメンタルな全頁大イニシ アルとして展開されるのが、ゴシック写本の詩編本である。詩編第1編冒頭はゴシック期迄には通常、全 頁大イニシアルがそれに準ずる大きめのイニシアルBで装飾されることが多くなっていた為、二つの開口 部を繋いで「エッサイの樹」の図像が組み込まれた。《イザベラの詩編73》(ミュンヘン、バイエルン国立 図書館、Cod. Gall. 16)の第1編イニシアルB(図3-115)では、エッサイの横臥像から伸びた緑色の蔓の 開口部に、ダヴィデや預言者らが描かれ、中央には幼子イエスを抱いた聖母が立っている。《ゴーレストン 詩編》(ロンドン、大英図書館、Add. Ms. 49622)の同箇所では、キリストの磔刑図や父なる神を備えた複 雑な「エッサイの樹」の図像が、大型のイニシアルBの中に繁茂するかのように表されている(図3-116,

3-117)。ここでは、イニシアルBは紋章を伴う枠取りによってテクストから切り離されており、ロマネス

ク写本に於いては共生していた文字と絵とが、ここでは再び分離させられ始めていることが分かる。

  文字と絵の共生の解体は、特にゴシック期の図像を包囲するイニシアルに顕著に観察出来る。14世紀前 半のイングランドの『聖務日課書』写本(ロンドン、大英図書館、Stowe Ms. 12)では、文字の開口部に表 された人物像は、文字体のクロスバーの手前にモティーフの一部が重なるか、或いは枠を足元で僅かに超 えるなどして、羊皮紙の画平面に浅く浮き出た表層に留まっている(図3-118, 3-119)。しかし15世紀に入 ると、図像を包囲するイニシアルでは文字体は文字通り、開口部の図像を閉じるようになる。15世紀後半 のドイツ語による詩編写本(ミュンヘン、バイエルン国立図書館、Cgm 82)では、イニシアルD(図3-120) の楕円形の開口部は完全に閉じられており、ダヴィデ像の身体は文字体の枠より手前に突出することはな い。金箔の貼られた背景の為に、開口部の内部空間に後退する空間こそ存在せず、竪琴を奏でるダヴィデ が存在するのは、文字体の手前でも奥でもない、文字と金箔との間の薄い膜の上の画平面上である。16世 紀の初めには、色彩法や遠近法、立体的な肉付法などの表現が発達したことに伴い、イニシアル装飾は小 タブロー的性格を持つようになる。最も頻繁に登場する “Deus” や “Dominus”のD、 “Beatus” のBでは、

タブローの額縁のような枠取りが明確に意識されており、文字体は華麗に装飾される一方で、開口部に表 された物語場面には三次元的空間が出現するようになる。16世紀初頭のドイツ南部の詩編写本(ミュンヘ ン、バイエルン国立図書館、Clm. 19202)のミニアチュールは、レーゲンスブルクのアルブレヒト・アル トドルファーの工房で制作されたもので、50点の物語イニシアルを備えている。第1編のイニシアルB(図

3-121)では、Bという文字の上の段に父なる神が、下の段に跪いて祈るダヴィデが表されている。二つの

開口部は同一空間として表されながらも、ダヴィデの視る精神世界と祈りを捧げるダヴィデの現実世界と に、意味上は上下で緩やかに分断されている。第109編イニシアルD(図3-122)では、「キリストの復活」

73 同写本は、14世紀初頭のイングランド、ノッティンガム周辺で制作された詩編写本であり、ラテン語とアングロ・

ノルマン語の対訳形式でテクストが書かれている。Gemalt mit lebendiger Farbe: illuminierte Prachtpsalterien der Bayerischen Staatsbibliothek vom 11. bis zum 16. Jahrhundert, MÜNCHEN 2011

場面が開口部に出現している。文字の内部に表された場面は、ここでは背景まで緻密に描き込まれており、

三次元的奥行きを持つ小絵画という性質を色濃く示している。

  《コルビー詩編》やロマネスクの《セント・オルバンズ詩編》では人物像が開口部を余白なく充填しよ うとしていたのに対し、ゴシック期の図像を包囲するイニシアルはそれとは逆の方向を辿った。即ち、人 物像が占める表面積は文字の大きさに対して小さくなり、余白は奥行きある空間を目指し始めたのである。

イニシアルはタブローの代用となり、文字という装飾的構造体とそこに描かれたナラティヴな再現的物語 場面は一体化を放棄したのである。

  ゴシック末期には、形象的イニシアルと同様に文字体に人物や動物の像を当て嵌めた、いわゆる「形象 アルファベット(Figurenalphabet)74」も登場した。14世紀末のミラノのジョヴァンニーノ・デ・グラッシ による見本帖75(ベルガモ、市立図書館、Cod. VII. 14)では、立体的な陰影を施された多数の人物像や動 物があたかも動物柱のように、角張ったゴシック小文字の中に押し込められている(図3-123)。カロリン グ朝期の《コルビー詩編》やロマネスクのシトー派の形象イニシアルと比較すると、ここでは文字を構成 する人物や動物等の形象モティーフが格段に増えている。《コルビー詩編》やシトー派の形象イニシアルで は、文字の形状に合わせて人間像や動物が身体を屈曲させていたのに対し、ここでは人物像や動物はプロ ポーションを大きく歪曲させることなく、イニシアルという装飾構造の中に無理に詰め込まれたように組 み合わせられている。文字体を成すモティーフは、嘗ての形象イニシアルのそれのように文字の構成要素 を演じる代替モティーフであるというよりは、構造を埋める詰め合わせの一要員であり、文字という枠組 みに適応する為に自身の身体を変化させる柔軟性を持たない。

  15世紀半ばには、このような形象アルファベットは銅版画で制作され、イメージの伝播に貢献した。マ

イスターE. S.のエングレーヴィングによる見本帖(ドレスデン、国立美術館版画素描室他多数所蔵)(図

3-124, 3-125)では、人物像やグロテスクな動物によって複雑に構成された形象アルファベットが見られる。

同じく15 世紀のドイツで制作された建築モティーフによる形象アルファベットの銅版画76(ボローニャ、

国立絵画館銅版画コレクション)では、ゴシックの直線的で縦に長い折れ字体をゴシック建築のモティー フで構成している(図3-126)。ここに於いてアルファベットに用いられている人物や動物は、もはやその 書物に書かれた文章とは関連性を持たないものとなったのである。こうした形象的アルファベットは、銅 版画だけではなくテクストを伴う写本にも受け継がれている。アングレーム伯シャルル・ドルレアンの為 に制作された15世紀末の時祷書写本(パリ、国立図書館、Ms. lat. 1173)では、聖母マリアへの祈祷の冒

頭句 “Ave maria gradia ple [na]” が形象アルファベットで構成されている(図3-127)。ここではイニシアル

を構成するモティーフは犬やライオン、魚といった動物の他、フリジア帽を被った人物や修道士、修道女、

74 ERICH, Oswald: Alphabet, in: Reallexikon zur Deutschen Kunstgeschichte, Bd. 1, 1934, 404–411; PÄCHT 1984, 61;

SAUERLÄNDER 2004, 169.

75 建築家であり、彫刻家であり、写本画家でもあったとされるジョヴァンニーノ・デ・グラッシは、1390年に没した とされる。ALEXANDER, 1978, 111.

76 建築アルファベットの銅版画見本帖については、以下を参照。SPRINGER, Jaro: Gotische Alphabete, Internationale Chalkographische Gesellschaft, Berlin 1897.

道化師など様々であり、聖母への祈りのテクストの内容とは無関係と思われ、形象アルファベットはここ では物語イニシアルではなく、ゴシック写本のバ・ド・パージュと同様にドロレリーとなっている。イニ シアルの形体は単に芸術上の自己目的となり、書物の内容を挿絵的に図解する、或いはそこから連想され る内容を想起させる、即ち読解の為の指標という機能としてのイニシアル芸術は幕を下ろしたのである77。  

  古代末期に誕生したイニシアルは、次第に鳥や魚というモティーフを得て、プレ・カロリング期の写本 芸術、即ちインスラーやメロヴィング朝期の写本でそれぞれ、図像を包囲するイニシアルと形象イニシア ルという二つの物語イニシアルの形式によって、図像と文字との共生に成功した。その双方の潮流を組む のが本写本《コルビー詩編》であり、加えて人物像の棲み込む唐草を起源とするイニシアルや、カレイド スコープのように変化する形象イニシアル、そしてオム・アルカードのように機能するイニシアル等、人 物と文字との共生を可能にする装飾システムを多様に発展させていた。本写本で示されたこの多彩な装飾 語彙はカロリング朝期には決して流行はしなかったものの、紀元千年前後の西欧各地のイニシアルを経て、

ペヒトやポルシェ、ノルデンファルクが正しく指摘したように、ロマネスク写本に於いて十二分に開花す ることとなった。ゴシック期に入ると、文字と絵の共生、装飾と文字との融合という点で物語イニシアル は衰退を見せた。像は枠組みの中で自由に動くか、或いは支持体に密集し始め、黎明期の《コルビー詩編》

で成功していた、再現的要素と装飾的構造体との均衡は失われたのである。

3

  前節で論じた通り、《コルビー詩編》は先行する時代の写本芸術で成立したイニシアルの装飾語彙、即ち 図像を包囲するイニシアルと形象イニシアルという2つの系統の形式を取り入れた。それは、詩編内容を 想起させる図像を持つ物語イニシアルや、様々な装飾イニシアルを展開し、後のオットー朝芸術を経て開 花したロマネスク美術の基本形となった。しかし同写本ではメロヴィング朝やインスラーの写本と比較す ると、特に物語イニシアルではその装飾方法が複雑化し、系譜の異なる装飾形式を一つのイニシアルのう ちに併用する例も見られる。本節では、《コルビー詩編》の全156点のイニシアルをその装飾形式別に分類 し、先行するイニシアルの装飾語彙をどのように受け継いでいるのかをより具体的に論じる。