聖母マリアのカンティクムは、人物像や建築モティーフによる形象イニシアルで冒頭が装飾されている
(図4-209)。半円文を持つ建築モティーフを中心軸として、その左右でニンブスのある二人の女性が身を
屈め、天使の胸像がその二人の女性の背を支えるという、左右対称の構図が取られている。“Magnificat anima
mea Dominum(我が魂、主をあがめ奉り、)” で始まる聖母マリアのカンティクムは、『ルカによる福音書』
の第1章46-55節の抜粋であり、大天使ガブリエルから受胎告知を受けたマリアが、同じく受胎したエリ
ザベトを尋ねる場面に挿入された賛歌である。 その為、聖母マリアのカンティクムを持つ詩編写本では、
「受胎告知」や「聖母マリアのエリザベト訪問」といったマリアの受胎に関する物語場面、或いは聖母子 像などがこの箇所の挿絵主題として選ばれることが多い89。その為、先行研究ではこの図像の主題を「受 胎告知」或いは「訪問」のどちらかと解釈する傾向にあった。
この聖母マリアのカンティクムのイニシアルは、本写本の中でも先行研究に於いて最も、その図像主題 を巡って議論の分かれてきたものであろう。ブラウンフェルスはこのイニシアルについて「マリアとエリ ザベトが祭壇の前で深くお辞儀をし、その上に天使が現れる」と記述し、「聖母マリアのエリザベト訪問」
と解釈している90。その一方でペヒトは、聖母マリアのカンティクムに適した「受胎告知」の場面をMと いう文字に合わせて表すという課題の為に、聖母を重複させたのだとしている91。同イニシアルを「訪問」
或いは「受胎告知」のどちらかに帰する従来の解釈に対して、新たな説を展開したのがクーダーであった。
クーダーは、イニシアルMの中央の建築モティーフを祭壇ではなく聖墳墓であるとした上で、同図像はキ リストの死後二人の聖女が聖墳墓を訪れる場面(『マタイによる福音書』第28章1-8節)と、復活したキ リストが聖女らの前に姿を表す場面(『マタイによる福音書』第28章9節)との融合、即ち、「聖墳墓参り」
と「カイレーテ」という二つの場面の組み合わせ」であるとしている92。但しクーダーの説は必ずしも多 くの研究者を納得させるものではなかった。「聖墳墓参り」と「カイレーテ」の組み合わせは図像として判 読性に欠き、且つキリストの死と復活に関わる主題は、聖母の受胎に関する聖母マリアのカンティクムの 内容とそぐわないという理由から、カースニッツは再び同イニシアルの主題を「聖母マリアのエリザベト 訪問」とする一方93、プリアムは従来の説を認めながらも、この図像は聖女らによる敬虔さの表象である
89 聖母マリアのカンティクムの挿絵として「受胎告知」或いは「訪問」を表した詩編写本は、以下で挙げられている。
KUDER 1977, 176. また、デュフレンヌの共観表も参照。いくつかのスラヴの写本では、二つの場面双方が挿絵として
表されている。DUFRENNE 1978, Canticle de la Vierge.
90 BRAUNFELS, Wolfgang: Die Welt der Karolinger und ihre Kunst, München 1968, 157: “Maria und Elisabeth verneigen sich tief von einem Altar, über dem ein Engel erscheint.” ブラウンフェルスは更に、このイニシアルには建築モティーフの溝の 模様によるMと、二人の女性の手にするAとE、そして女性像の腹部の輪郭線がNを示し、 “AMEN” という言葉を モノグラムとして持つとしている。しかし、 “Magnificat” という言葉から自明であるように、二人の女性の手にする 文字はAとEではなくAとGである。
91 PÄCHT 1963, 71.
92 KUDER, Ulrich: Les initiales ornées du psautier de Corbie: Amiens, Bibliotheque municipale, ms. 18, in: L'art du haut moyen age dans le Nord-ouest de la France: Actes du colloque de St-Riquier, 22-24 septembre 1987 (ed. par POULAIN, Dominique/ PERRIN, Michel), Greifswald 1993, 245.
93 KAHSNITZ 2004, 146.
としている94。
詩編やカンティクムはそもそもダヴィデ或いは新旧約聖書中の人物による歌である為、必ずしもナラテ ィヴな物語場面のみが挿絵とされている訳ではない95。例えば詩編の章句を逐語的に絵画化した「ワード・
イラストレーション」の叙述原理で知られる《ユトレヒト詩編》は、聖母子とそれを賞賛する人々を表し ており(図 4-210)、「受胎告知」や「聖母マリアのエリザベト訪問」といった、聖母マリアのカンティク ムの前後の受胎に関わる物語場面を主題とするのではなく、カンティクムの内容を視覚化している96。《コ ルビー詩編》では、人物像を伴い図像を示すイニシアルの全てが、詩編或いは新旧約聖書のあるひとつの 箇所に基づいた物語場面を表すとは限らないことは、本節でこれまで取り上げてきた詩編第51編を始めと するイニシアルから明らかである。従って、聖母マリアのカンティクムのイニシアルもまた、「受胎告知」
或いは「訪問」といった聖母の受胎に関するある特定の場面を表したものではなく、「聖墳墓参り」と「カ イレーテ」の二つの場面の組み合わせ、或いはより複雑な複数の主題の混合による象徴的図像である可能 性は大いに考えられる。
本写本の聖母マリアのカンティクムのイニシアルは、既にクーダーが指摘した通り、初期中世の「受胎 告知」或いは「聖母マリアのエリザベト訪問」を主題とする図像とは異なっている。《ヘヌエルス=エルデ レン象牙装幀板》では「受胎告知」と「聖母マリアのエリザベト訪問」の二つの主題が、上下段に分けて 表されている(図4-211)。カロリング朝期までの「受胎告知」図像は、この象牙浮彫に見られるように玉 座の聖母に大天使ガブリエルが祝福を授けるものか、或いは《シュトゥットガルト詩編》第71編挿絵のよ
うに(図 4-212)聖母と大天使の間に鳩を伴うものであり、多くの研究者が指摘するように、聖母が重複
しその上に天使が出現する図像の例は知られていない。「聖母マリアのエリザベト訪問」は《ヘヌエルス=
エルデレン象牙装幀板》の下段のように二人の聖女が抱き合う形で表されるのが通常であり、同時代のカ ール大帝宮廷派の《サン・メダール・ド・ソワッソン福音書》の『ルカによる福音書』イニシアル頁(図
4-213)もこのタイプを示している。何よりも《コルビー詩編》内に既に見られる第122編の「訪問」を表
す物語イニシアル(図4-214)が、聖母マリアのカンティクムのイニシアルMとの差異を示しており、こ のイニシアルMが「訪問」を主題したものではないことの証左となっている。
前項で扱ったアタナシウス信条のイニシアルや第51編、第124編のイニシアルが、テクストの内容に関 わらず基本的には同じ構成方法によって装飾されていたことから分かるように、本写本には、同じアルフ ァベットによるイニシアルに同じ構成方法を用いる傾向がある。イニシアルMはその左右対称の文字の形 状の為に、背を丸める動物モティーフ二つを向かい合わせて組み合わせた形象イニシアルとして表される ものが多い。第47編イニシアルM(fol. 42r)を除く6点の本写本のイニシアルMが、二つで一対となる
94 PULLIAM 2010a, 258.
95 ビザンティンの詩編写本の余白挿絵では、時代の近い《クルドフ詩編》には聖母マリアのカンティクムに挿絵を持 たないが、例えば《テオドロス詩編》(fol. 206v)では聖母子の立像が、《ブリストル詩編》(fol. 258r)ではオランスの 聖母がこのカンティクムの挿絵とされている。
96 聖母子を礼賛する人々は第48章に基づいている。Facs. Utrecht Psalter, Kommentar, 94.
動物或いは人物像モティーフから構成されており、聖母マリアのカンティクムでもまた、カンティクムの 内容だけではなく、こうした装飾の原理が主題あるいはモティーフの決定と図像の生成の要因となってい ると言える。
左右対称の二つの動物モティーフから成る本写本のイニシアルMの中でも、特に目立つのは「生命の泉」
を表すイニシアルである。第56編では杯のようなモティーフを中心として、それに口をつける有翼獣が向 かい合い(図4-215)、第100編では一部が欠損しているものの、向かい合う馬によるイニシアルMの中央 には第56編と似た杯のようなモティーフの一部が認められる(図4-216)。詩編第50編では、「ダヴィデ のもとを訪れる預言者ナタン」の物語場面が表されているが、文字体を構成するのは第56編と同じく有翼 獣と杯である(図4-217)。杯のようなモティーフを中心軸として対象構図で配された動物モティーフから 成る形象イニシアルは、本写本ではMだけではなくTやEでも観察出来る(図4-218, 4-219)。聖母マリ アのカンティクムのイニシアルMの二人の女性と建築物、天使から成る図像は、これらの線対称構図を持 つイニシアルと同様、「生命の泉」を表すものではないだろうか。
「生命の泉」は、『ヨハネによる黙示録』第22章1節の 「生命の水の川(fluvium aquae vitae)」や、詩 編第41編の「泉を求める鹿」などが結びついて、杯或いはキボリウムを求めて多くの動物を伴う図像へと 発展したものであり、キリストの教えを求めて集う信徒や洗礼、魂の再生の象徴となった97。特に鹿、孔 雀、鳩などが、カンタロスなどの杯の左右に集う図像は、古代末期から初期中世にかけて広い地域で、モ ザイクや浮彫、カタコンベの壁画など多くの場で表された。その幾つかの例が、サロナの舗床モザイクの
「泉に集う鹿」(図4-204)やラヴェンナのガッラ・プラチディア廟堂モザイクの「泉に集う鳩」(図4-220)、
或いはランゴバルトの浮彫の「泉に集う孔雀」(図4-221)であり、その多くが杯を中心とする左右対称の 構図をとっている。《コルビー詩編》の同様の図像を示すイニシアルMやT、Eは、こうした左右対象の
「生命の泉」図像を手本としたと見て間違いないだろう。
カロリング朝期になると、「生命の泉」はより多くの動物を伴う複雑な図像へと発展する。《ゴデスカル ク福音書抄本》では、降誕祭の徹夜課の聖書抜抄(ペリコーペ)の前に、八角形の台座と列柱、円錐形の 屋根を持つ建築物に鹿を含む種々の動物が集まる「生命の泉」の図像が全頁大挿絵で挿入されている(図
4-222)。同様の図像は同じくカール大帝宮廷派の《サン・メダール・ド・ソワッソン福音書》(図4-223)
にも受け継がれており、これらの二つの全頁大挿絵では、動物が集まる泉は杯ではなく、モニュメンタル な建築物によって表されていることが特徴的である。この円錐形の屋根と列柱、八角形の台座を持つトロ
97「生命の泉」の概念及び図像の成立と発展については、以下に詳しい。UNDERWOOD, Paul Atkins: The Fountain of Life in Manuscripts of the Gospels, in: Dumbarton Oaks Papers, 5, 1950, 41, 43-138; KLAUSER, Theodor: Das Ciborium in der älteren christlichen Buchmalerei, in: Nachrichten der Akademie der Wissenschaften in Göttingen : Philologisch-Historische Klasse, 1961.7, 194-207; BRUBAKER, Leslie: Fountain of Life, in: Dictionary of the Middle Ages, vol. 5, New York/ London 1989, 149;
THOMAS, A: Brunnen, in: LCI, Bd. 1, 330-336; WIPFLER, Esther P.: Fons Vitae, in: RDK, X, 2004,175-184; idem: Fons: Studien zur Quell-und Brunnenmetaphorik in der europäischen Kunst, Regensburg 2014, 45-87; 柳宗玄『西洋の誕生』(柳宗玄著作選 1)八坂書房 2007年、119-144頁; 金沢百枝「生命の泉に集う鳥たち学会ロゴについて」『西洋中世研究』第1 号 2009年、174-177頁。