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  現存するコルビー写本の中では、《コルビー詩編》のイニシアルは人物像表現を持つ比較的珍しい例で あり、また同写本の画家は、カロリング朝期に人物像を伴うイニシアルを描いた殆ど唯一の例であった。

一方、コルビー修道院という地を離れカロリング朝という時代の枠組みで見るならば、人物像を伴い図像 を示すイニシアルは珍しい例ではなかった。8 世紀の前半に恐らくインスラーで誕生した、イニシアルに よる装飾と図像の共存というこの非古代的な形式を開花させたのは、カール大帝の宮廷の写本画工房を中 心とした、紛れもなくカロリング朝の写本芸術であった。カロリング朝期の物語イニシアルについては、

Ch. ヤコビ=ミアヴァルトがテクストと図像との関係を中心とした包括的な研究を行っている為124、ここ では《コルビー詩編》の様式という観点から、同時代の物語イニシアルとの相対化を試みる。以下では《コ ルビー詩編》と、物語イニシアルを持つカロリング朝の代表的写本とを比較し、《コルビー詩編》のイニシ アルの同時代のイニシアル芸術に於ける造形的特徴を明らかにする。比較対象なるのは、1) カール大帝の 宮廷派の豪華写本と、古代的な様式を踏襲した宮殿派の系譜にある 2)メッス派写本である。研究史に於 いてはカロリング朝芸術の様式上の多様性と断絶という文脈の中に於かれてきた、修道院写本と宮廷派の 豪華写本、メッス派写本という互いに成立地域や環境の異なる3点が、イニシアル装飾という形式で物語 場面をいかに絵画化しているかを比較することを通じて、カロリング朝写本画に於ける《コルビー詩編》

のイニシアルの様式的特徴を再考したい。

    1)  カール大帝宮廷派 

    イニシアルによる図像表現を持つ写本は、カール大帝の宮廷の写本画工房にも見られる。以前はアダ 派と呼ばれた、カール大帝宮廷派の写本グループ8点のうち125、アーヘンでいずれも800年頃に制作され た初期の宮廷派の3点の福音書写本である《サン・リキエ福音書》(アブヴィル、市立図書館、Ms. 4)、《ハ ーレー福音書》(ロンドン、大英図書館、Ms. Harley 2788)、《サン・メダール・ド・ソワッソン福音書》(パ リ、国立図書館、Ms. lat. 8850)では、四福音書の冒頭頁が全頁大のイニシアルによって装飾されており、

その中には福音書テクストに関連した図像を示す物語イニシアルが含まれている。

  《サン・リキエ福音書》はカール大帝或いはその側近によって注文され、カールの宮廷のスクリプトリ ウムで制作された後、サン=リキエ(ケントゥーラ)修道院で俗人修道院長を務めたアンギルベルトに贈

124 JAKOBI-MIRWALD 1998.

125 《ゴデスカルク典礼用福音書抄本》(パリ、国立図書館、Ms. Nouv. acq. lat. 1203)、《サン・マルタン・デ・シャン福 音書》(パリ、アルセナル図書館、Ms. 599)、《アダ福音書》(トリーア、市立図書館、Cod. 22)、《ダグルフ詩編》(ウ ィーン、国立図書館、Cod. Vind. 1861)《ハーレー福音書》(ロンドン、大英図書館、Ms. Harley 2788)、《サン・リキエ 福音書》(アブヴィル、市立図書館、Ms. 4)、《サン・メダール・ド・ソワッソン福音書》(パリ、国立図書館、Ms. lat. 8850)、

《ロルシュ福音書》(アルバ・ユリア、Batthyaneurn II. 1/ ヴァティカン、教皇庁図書館、Pal. lat. 50)

られた。福音書全編に渡って緋紫色に染められた羊皮紙に金字で福音書テクストが書かれ、ミニアチュー ルにも金銀が多用された豪華写本である。『マタイによる福音書』(fol. 18r, 図3-476)、『マルコによる福音

書』(fol. 67r, 図3-477)、『ルカによる福音書』(fol. 102r, 図3-478)の各冒頭部分が全頁大のメダイヨンイニ

シアルで、『ヨハネによる福音書』の冒頭(fol. 154r, 図3-479)のみが人物像を持たない組紐文イニシアル で装飾されている。全頁大イニシアルは其々、対向頁に象徴動物を伴う福音書記者像の全頁大ミニアチュ ールを備えており(図3-480)、古代末期写本に範を得た挿絵形式の福音書記者像と、インスラーの組紐文 を持つ非古代的なイニシアルが見開きの形で共存している。

  全頁大のメダイヨンイニシアルでは、『マタイによる福音書』のイニシアル頁のキリストの胸像(図3-481)

は僅かに向かって右手に視線を遣る姿で、その他の、例えば『ルカによる福音書』のイニシアル頁ではザ カリアと洗礼者ヨハネが正面観で(図3-482, 3-483)、イニシアルに取り付けられた小さなメダイヨンの中 に胸像で表されている。メダイヨンはほぼ正円の形をしており、古代末期のイマーゴ・クリペアータ(imago clipeata)のように、福音書冒頭の内容に深く関わる人物の肖像を表している。

  イニシアルに取り付けられたメダイヨンではないが、円形モティーフの開口部に人物の胸像を表すとい う手法は、《コルビー詩編》でもしばしば用いられている。第3編イニシアルD(fol. 3v, 図3-484)と第8 編イニシアルD(fol. 7r, 図3-485)では其々、修道士とキリストの胸像が正面観の胸像で、楕円形の文字 の開口部に表されている。但しこの2点のイニシアルでは完全に閉じられたメダイヨンではなく、イニシ アルが修道士のニンブスに触れる神の手や、キリストの十字ニンブス上の王冠のようなモティーフから鳥 へと変化するリボンで、文字の枠が形成されている。より《サン・リキエ福音書》のメダイヨンイニシア ルに近い形をとっているのは、第26編イニシアルDのキリストの胸像(fol. 22v, 図3-486)である。キリ ストの胸像そのものは第8編のイニシアルDと殆ど変わりないが、イニシアルに正円が用いられている。

《サン・リキエ福音書》と《コルビー詩編》とではメダイヨンがイニシアルに取り付けられるか、或いは イニシアルの形そのものがメダイヨンとして機能するかの違いがあるものの、恐らくこうした円形の開口 部に胸像を表すイニシアルは、同時代の《ロルシュ福音書》の象牙装幀板(ロンドン、V&A美術館、Inv.

No. 138-1866)のイマーゴ・クリペアータ(図3-487)のような、象牙浮彫等のイメージに着想を得ている

ものと考えられる。

  これとほぼ同様のメダイヨンイニシアルは、《サン・リキエ福音書》よりやや遅れて成立したと考えられ る《ハーレー福音書》にも見られる。同写本も《サン・リキエ福音書》と同様の大型の豪華福音書写本126だ が、緋紫色に染められた羊皮紙ではなく、それを模して地が紅色に塗られた全頁大のミニアチュールを持 つ。対観表に続く四福音書の冒頭頁は、向かって左手側に福音書記者像が、右手に巨大イニシアルから始 まる福音書の冒頭の言葉がイニシアル頁として見開きで展開される。福音書記者肖像・イニシアル頁共に、

紅と紺の地色に加えて枠取りに金や銀を多用した重厚な彩色が施されている。四福音書のうち『マタイに

126 縁が裁断され現在は248×371cmの大きさで製本されている。同写本の詳細に関しては以下を参照。KOEHLER 1958, 56ff; JAKOBI-MIRWALD 1998, 169-170.

よる福音書』のイニシアルL(fol. 14r, 図3-488)のみ人物像による図像表現が無く、『マルコによる福音書』

のイニシアルI(fol. 72r, 図3-489)、『ヨハネによる福音書』のイニシアルI(fol. 162r, 図3-490)は、組紐 模様による幾何学的な文字の節に付けられたメダイヨンの中に福音書記者らの胸像を表している。『ルカに よる福音書』のイニシアルQ(fol. 109r, 図3-491)ではメダイヨンの胸像表現に加えて、文字の形体を利 用しその開口部に「ザカリアへのお告げ」(『ルカによる福音書』第1章5-22節)の場面が表されており127、 メダイヨンイニシアルと図像を閉じるイニシアルの双方の特徴を備えていると言える(図3-492)。この開 口部に表された「ザカリアへのお告げ」の場面は、円形建築物の手前で、香壇の向かって左側に立つ天使 ガブリエルと、向かって右側に立ち右手を上げて香炉を振るザカリアによって表されている。これと殆ど 同じ構図を持つ写本挿絵が、カール大帝宮廷派或いはそれに非常に近い写本に由来するとされる、『福音書』

写本断片(ロンドン、大英図書館、Ms. Cotton Claudius B.V., fol. 123v, 図3-493)に残されている128。古代末 期写本を彷彿とさせる朱色の四角い枠取りを持つ「ザカリアへのお告げ」の挿絵では、聖所の外でザカリ アを待つ群衆が、横長の画面に応じて円形建築物の左右に配されて描かれている。写本全体が残されてい ない為にこの挿絵がどのようなレイアウト形式で配されていたのかは不明だが、赤い枠取りとその上下に テクストが見えることから、恐らくはテクストに対応した箇所に枠取り絵画を挿入する欄内挿絵形式を採 っていたと考えられる。これに対して《ハーレー福音書》の『ルカによる福音書』冒頭のイニシアル頁の 同場面では、文字の開口部という円形空間に図像を適応させるためか、群衆は省略され、円形建築物とガ ブリエル、ザカリアのグループだけが描かれている。この聖墳墓にも似た円形建築物の丸屋根は金銀の組 紐文によるイニシアルQの円に内接し、建築物の左右が金色で塗られているので、イニシアルQはここで はあたかもエリザベトの懐妊を告げる天使ガブリエルとそれを聴くザカリアの為に設えられたマンドルラ のように機能している。そしてその場面を補完するかのように、エリザベトと聖母マリアの胸像が、左右 に取り付けられたメダイヨンの中に表され、二人の聖女は文字の開口部で繰り広げられるお告げの場面に 視線を遣っている。冒頭の全頁大イニシアルの開口部に物語場面が表され、文字の形状に合わせてモティ ーフを省略したことで、後続のテクストの内容を逐語的に表したというよりは、テクストに対応したナラ ティヴな物語場面を表しながらも、その内容を凝縮した、より象徴的な図像へと変化させていることが分 かる。

  同主題の物語イニシアルは、《コルビー詩編》のザカリアのカンティクムにも表されている(fol. 136r, 図

3-494)。イニシアルBが持つ二つの開口部の上段には、書物を広げ祝福の身振りを示す正面観のキリスト

127 尚イニシアル研究の第一人者とも言えるA. シャルトは、アダ派写本を物語イニシアルの最初の例として挙げてい る。SCHARDT, Alois, Das Initial, Berlin 1938, 38ff.

128 アダ派の作例の一つと見られているが、「ザカリアへのお告げ」の挿絵部分はこの福音書写本断片に貼り付けられ たものであり、制作年代や制作地に関しては議論の余地がある。この福音書写本断片については以下を参照。

KOEHLER, Wilhelm, An Illustrated Evangelistary of the Ada School and Its Model, in: Journal of the Warburg and Courtauld Institutes 15, London 1952, 49ff; van der HORST, Koert: The Utrecht Psalter: Picturing the Psalms of David, in: The Utrecht Psalter in Medieval Art. Picturing the Psalms of David (ed. by van der HORST, Koert, /NOEL, William/ WÜSTEFELD, Wilhelmia C. M.), Utrecht 1996, 80.