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28 例えばアレクサンダーは物語イニシアルを「それらが導入するテクストに特に関連する叙述的ないし象徴的意味を 有するもの」と規定している。ALEXANDER, Jonathan James Graham: The Decorated Letter, London 1978, 11: “… historiated initials, that is, having a narrative or symbolic significance specifically connected with the text they introduce…”

29 JAKOBI-MIRWALD 1998, 11-32; idem 2015, 56-57.

30 ALEXANDER 1978a, 18; JAKOBI-MIRWALD 2015, 57.

31 JAKOBI-MIRWALD 1998, 28; idem 2015, 57.

  西欧古代に於いては、アルファベットは装飾されるものでも絵画化されるものでもなく、文字と絵画と いう二つの領域は分け隔てられていた。古代エジプトでは象形文字であるヒエログリフ(図3-19)が、文 字とイメージ、そして意味を一つの記号によって同時に表していたが32、表音文字であるアルファベット を用いたラテンの古代世界では、文字と絵画、記号と図像は別種のものであった。イニシアル芸術、即ち 強調された頭文字の装飾が、文字と絵画の共生として自律的表現領域を占めるようになったのは中世に於 いてであったが、文頭の一文字を際立てるというイニシアルの発明自体は、古代末期のものである。古代 の文章は、緻密に並んだ文字列の壁に空間を作ることを嫌い、従って、いかなる単語間の分割も、また段 落や章の始めや終わりを示すための空白をも持たなかった。古代末期のモニュメンタルな碑文には、カピ タリス・クワドラータで分かち書きを持たない文字の列が刻まれている。(図3-20)。文章の区切りを示し たものは、パラグラフォス(paragraphos)と呼ばれる行間に引かれた線や、コロンやコンマであった33。し かし遅くとも4世紀迄には、文頭を左端へ寄せる習慣が誕生し、5世紀には文頭の一文字を後続の文字よ り一回り大きく書く書法が定着していたようである34。5世紀前半のギリシャ語写本《コデックス・アレク サンドリヌス》(ロンドン、大英図書館、Royal Ms.1 D. VIII)(図3-21)では、文章のはじめの文字が余白 へと移され、その後に続く文字列より一回り大きく書かれることで差異化されている35。更に、ラテン語 のヴェルギリウス写本である《ヴェルギリウス・アウグステウス》(ベルリン、国立図書館、Ms. Lat. fol. 416;

ヴァティカン、教皇庁図書館、Ms. Vat. lat. 3256, 図3-22, 3-23)に於いては、他の文字より一際大きく、縁 取られ着彩された一文字が文頭を明確にしており、この頃までにイニシアルという習慣が成立していたこ とが分かる。しかしここでは、強調される個所は段落の文頭ではなくページの冒頭であり、イニシアル装 飾とテクストの内容は連関していない。又、拡大されたこの頭文字と後続する文字との絶対的な大きさの 差が、装飾と文字という異質な要素の混交を嫌う古代芸術の性質を示している。

  イニシアルに図像が表されるようになったのは、現存する写本の例から6世紀頃と考えられる。6世紀 中葉のラヴェンナのラテン語写本(フィレンツェ、ロレンツォ・メヂィチ図書館、Plut. LXV. 1)では、イ ニシアルOの中に十字架が表される例が見られる(図3-24)。これに非常に近い十字架記号が、ギリシャ 語写本(シナイ、修道院図書館、Cod. 30)のエクスプリキット(巻末)を示すマークに用いられており(図 3-26)、元は文字とは別に表されていた記号が、文字の中に取り込まれていったと推測することが出来るだ ろう。文字の開口部に十字架を示す例は、他にも大グレゴリウスの『司牧規則書』(トロワ、市立図書館、

32 SAUERLÄNDER 2004, 127-128.

33 PÄCHT 1984, 45; BISCHOFF, Bernhard: Paläographie des römischen Altertums und des abendländischen Mittelalters, 4.

Auflage, Berlin 2009, 224 [邦訳:佐藤彰一/瀬戸直彦訳『西洋写本学』岩波書店  2015年、230]. 古代ラテン文字の句 読点法については、下記に詳しい。MÜLLER, Rudolf Wolfgang: Rhetorische und syntaktische Interpunktion, Untersuchungen zur Pazsenbezeichnung im antiken Latein, Ph. D. Diss., Tübingen 1964(未読); OTHA WINGO, E.: Latin Punctuation in the Classical Age, Den Haag 1972(未入手).

34 NORDENFALK 1970, 125. ノーデンファルクによれば、4世紀のギリシャ語『新訳聖書』写本である《コデックス・

シナイティクス》に既にその兆候が見られるという。

35 PÄCHT 1984, 47.

Ms. 504)の冒頭のイニシアルP(図3-26)にも見られる36。北イタリア或いはイベリア半島のパウロによ る書簡の写本(ミュンヘン、バイエルン国立図書館、Clm 6436)では、イニシアルの開口部に人物の頭部 が描かれる例が既に6世紀の前半に登場する。2点のイニシアルP(図3-27, 3-28)の円形のカウンターに、

それぞれ横顔と正面観とで、男性と思われる人物の頭部が描かれている。ここに表された人物像は、その テクストとの関連性は不明であるが37、文字の開口部に人物像の頭部或いは胸像を表すという手法は、金 彩ガラス(図3-29)やコイン、メダル(図3-30)といった、円形の小さなスペースに人物像による図像を 表現する、工芸の分野から着想を得ていると考えられる。図像を包囲するイニシアルの形式による絵と文 字の共生は、ここに誕生したのである。それと前後して、形象イニシアルも鳥や魚をモティーフとして登 場した。先述の6世紀のラヴェンナの写本(フィレンツェ、ロレンツォ・メヂィチ図書館、Plut. LXV. 1) には、既に魚によって文字の一部を代替する形象イニシアルの原型が現れている(図3-31)ばかりでなく、

文字の上部に鳥を伴うイニシアル(図-32)をも持つ。6-7世紀の『教会規則』写本(オックスフォード、

ボドレアン図書館、Ms. e Mus. 101)では、十字架を伴う鳩のモティーフがイニシアルAの一部を成し、形 象イニシアルを構成している(図 3-33)。鳥と魚は写本に限らず、古代末期から初期キリスト教時代の美 術では、それぞれ福音やキリストの象徴として頻繁に登場するモティーフであった38。これが形象イニシ アルとして文字芸術に取り入れられたのが、6-7世紀の写本に於いてのことである39。8世紀にはメロヴィ ング朝フランクやランゴバルトの写本で、このモティーフがイニシアルの分野でより一層の装飾性を高め ていくことになる。

  イニシアルが単に頁の始まりではなく、段落の始めや終わりを強調するという機能を持つ記号となった のは、凡そ600年以降と考えられている40。7世紀後半の作例である《ヴァレリアヌス福音書》(ミュンヘ ン、バイエルン国立図書館、Clm 6224)写本では、『ルカによる福音書』の冒頭のページ(図3-34)で “Quoniam

quid” のイニシアルQが大きな装飾頭文字で描かれており、テクストの内容上の区切りをイニシアルで強

調している。同写本の『ヨハネによる福音書』冒頭のイニシアルI(図3-35)では、 “In principio erat verbum”

のイニシアルIの上に翼を広げた鳥のモティーフが描かれている。『ルカによる福音書』冒頭頁(図3-34)

の左側コラムに牡牛が挿絵として描かれていることを考えれば、このイニシアルIの上部に止まる鳥は福 音書記者ヨハネの象徴動物である鷲と考えられる。十字架や鳥、魚といった一般的な象徴モティーフで装 飾されていたイニシアルは、ここでより具体的な、後続のテクストと明らかな関係性を持つ物語イニシア

36 これら3点の写本の例はノーデンファルクによる。NORDENFALK 1970, 143.

37 ノーデンファルクはこの人物像が若く髭を蓄えないことから、使徒パウロの像ではないとしている。NORDENFALK 1970, 144.

38 L. ケンドリックによれば、キリストの象徴としての魚のモティーフがイルカやサメといった様々な水棲動物による

ヴァリエーションを生んだのに対し、鳩(鳥)モティーフの孔雀やヨハネを表す鷹などその他の鳥類モティーフへの 変化は漸次的であった。KENDRICK, Laura: Animating the Letter: the Figurative Embodiment of Writing from Late Antiquity to the Renaissance, Columbus 1999, 74.

39 NORDENFALK 1970, 150.

40 ノーデンファクルは従来のイニシアルを「遊びのイニシアル(Spiel-Initialen)」、これ以降のイニシアルを「強調イニ シアル(Auszeichnungs-Initialen)」と評して区別している。NORDENFALK 1970, 126-127.

ルへと近づいたのである。