装飾文字に関する用語は、先行研究に於いてしばしば、純粋にその形体に関する用語と、イニシアルに 表された図像とテクストとの関連性を含む用語との間で、混同されて用いられてきた。特に、「物語イニシ
3 THIEL, Erich Joseph: Studien und Thesen zur Initialen-Ornamentik des früheren Mittelalters, Frankfurt am Main 1963.
4 GUTBROD, Jürgen: Die Initiale in Handschriften des 8. bis 13. Jahrhunderts, Stuttgart 1965.
5 DEBES, Dietmar: Das Figurenalphabet, München 1968.
6 MAZAL, Otto: Das Buch der Initialen, Wien 1985; SAUERLÄNDER, Willibald: Initialen: ein Versuch über das verwirrte Verhältnis von Schrift und Bild im Mittelalter, Wolfenbüttel 1994, Nachdruck in: Romanesque Art : Problems and Monuments, London 2004, 127-170.
7 PÄCHT, Otto, Die Initiale, in: idem: Buchmalerei des Mittelalters, München 1984, 45-95.
8 JAKOBI-MIRWALD 1998.
9 BRUBAKER, Leslie: The Introduction of Painted Initials in Byzantium, in: Scriptorium 45, 1991, 22-46; MAAYAN-FANAR, Emma: Byzantine Pictorial Initials of the Post-Iconoclastic Period (From the End of the 9th Century to the Early 11th Century), Ph.D.
diss. in Art History, The Hebrew University of Jerusalem, 2003.
10 斉藤稔『イニシアルのデザイン:中世写本の装飾文字』岩崎美術社 1975年。
11 越宏一編 『中世の写本画と工芸』(週刊朝日百科39)朝日新聞社 1979年; 同著『ヨーロッパ中世美術講義』(岩 波セミナーブックス82) 岩波書店 2001年; 『西洋美術論考 : 古代末期・中世から近代へ』中央公論美術出版 2002 年等。12 JAKOBI-MIRWALD, Christine: Buchmalerei: ihre Terminologie in der Kunstgeschichte, 1 Aufl., Berlin 1991, 4. überarbeitete
Aufl., 2015. イニシアル装飾の用語法の問題については、以下も参照。JAKOBI-MIRWALD 1998, Kapitel I, 11ff.
13 図3-1の文字の各構成要素の用語は、下記を参考に作成した。HARRIS, David: The Art of Calligraphy, London/ New York
1995. [邦訳:弓狩直子訳『もっと知りたいカリグラフィー:絵と写真で見る歴史と技法』雄鶏社 1997年]; 小宮山博
史編『タイポグラフィの基礎 : 知っておきたい文字とデザインの新教養』誠文堂新光社 2008年;河南美和子『カリ グラフィー&写本装飾の魅力』マガジンランド 2013年。
アル」という用語についてはその傾向が顕著である。以下1) 〜 7) はイニシアルの形体を示す言葉であり、
本論文でこの用語を用いた際は、引用箇所を除いては原則としてイニシアルの形体的特徴を指す。尚、( ) 内に英語、独語、仏語の順で原語(欧文)を表記した14。
1) 形象イニシアル(figure initial; Figureninitiale; lettre figurée; iniziale figurata/
iconografica)
文字体(Buchstabenkörper)そのものを、動物や人物像といった代替モティーフ(Ersatzmotiv)によって 構成するイニシアルである。人間像イニシアル(anthropomorphic initial; anthropomorphe Initiale; initiale anthropomorphe; iniziale antropomorfa)、動物文イニシアル(zoomorphic initial; zoomorphe Initiale/ Tierinitiale;
initiale zoomorphique; iniziale zoomorfa)や鳥魚文イニシアル(fish-bird-initial; Fisch-Vogel-Initiale; initiale en forme de poisons et oiseaux)もこれに含まれる。しばしば用いられる「統合的頭文字(syntetische Initiale; initiale
synthétique)」もほぼ同じ内容を指す15。「形象イニシアル」という邦訳は、越宏一氏による著作16で用いら
れており、以後定着しているようである。斎藤稔氏は「人像的イニシアル」という言葉を用いているが、
これは形象イニシアルのうちの人間像イニシアルを指していると思われる。形象イニシアルの例としては、
《コルビー詩編》第75編イニシアルN(図3-2)や、シトー派写本(ディジョン、市立図書館、Ms. 170) のイニシアル(図3-3)が挙げられる。
2) 図像を包囲するイニシアル(Bildeinschluss-Initiale)
O、Q、D等の開口部(カウンター)を持つ文字を枠として、その枠内に人物像などによる図像を表すイ ニシアルである。しばしばこの形式のイニシアルは「物語イニシアル(historisierte Initiale; historiated initial;
initiale historiée; iniziale istoriata)」という言葉で指されたが17、この言葉は主に図像とテクストとの関連性に
於いて用いられることが多かった為、混乱を防ぐ為にヤコビ=ミアヴァルトによって提案された新しい用 語が「図像を包囲するイニシアル」である18。開口部に表される図像が人物像の胸像であれ、あるいはあ る特定の場面を表した物語絵画であれ、この言葉で指し示される。例として、《コルビー詩編》第8編イニ
シアルI(図3-4)や、《ドロゴ典礼書》(パリ、国立図書館、Ms. lat. 9428)のイニシアルO(図3-5)が挙
げられる。
3) メダイヨンイニシアル(Medaillon-Initiale)
主に人物の胸像などを表す円形のメダイヨンを、文字体の一部に付随させたイニシアルである。この言
14 先行研究それぞれに加え、JAKOBI-MIRWALD 2015, 208-235の独語、英語、仏語、伊語の対訳一覧表を参考とした。
15 PORCHER 1965, 206; KUDER 1977, 63.
16 越宏一「西洋中世の写本芸術」『西洋中世の彩飾写本 ファクシミリ展』東京藝術大学藝術資料館 1984年、14頁;
同著 『ヨーロッパ中世美術講義』(岩波セミナーブックス82)岩波書店 2001年、20頁。
17 PORCHER 1965, 276; PÄCHT 1984,
18 JAKOBI-MIRWALD 1998, 28; idem 2015, 59.
葉はクーダーに於いてはほぼ「図像を閉じるイニシアル」の意味で使われているが19、本稿ではヤコミ=
ミアヴァルトの提案に従い20、文字自体がメダイヨンとして機能しているものではなく、文字の一部にメ ダイヨンを伴うものを指すこととする。例として挙げられるのは、カール大帝宮廷派写本(アブヴィル、
市立図書館、Ms. 4, 図3-6)や、その装飾形式を受け継いだコルビーの9世紀後半の写本の、全頁大イニ シアルである(フィレンツェ、ロレンツォ・メディチ図書館、Ms. San Marco 257, fol. 1r, 図3-7)。
4) 動物/人物の棲み込むイニシアル(inhabited initial; bewohnte Initiale; initiale inhabitée; iniziale abiata)
イニシアルの文字体が、そこに表された人物や動物といった形象表現の為の舞台となるイニシアルであ る21。ペヒトによって提唱された概念であり、ペヒトに於いては “historisierte Initiale” (ここでは「図像を 包囲するイニシアル」の意)と対を成す概念である22。もとは、ヘレニズム期及び古代ローマの「植民さ れた渦巻き(peopled scroll)」という、トインビーによって提案された言葉が、ゴフによって「人の棲み込 む渦巻き(inhabited scroll)」と言い換えられ、盛期中世の唐草模様まで敷衍されとして用いられるようにな り、ペヒトによってイニシアル芸術の概念へと転用された23。唐草に人物像や動物といったモティーフの 棲み込んだイニシアルを指す場合が多いが、広義では人物像のよじ登る、或いは座るイニシアルもこれに 含まれる24。《コルビー詩編》では第111編イニシアルB(図3-8)がこれに当たる他、ロマネスク写本で あるアウグスティヌスの『詩編注解』写本(エヴルー、市立図書館、Ms. 131)のイニシアルB(図3-9)
など、詩編第1編のイニシアルBに多く見ることが出来る。
5) 動物文イニシアル(zoomorphic initial; zoomorphe Initiale/ Tierinitiale; initiale zoomorphique; iniziale zoomorfa)
動物のみから構成されるイニシアルであり、形象イニシアルの一種である25。鳥魚文イニシアルや龍文 イニシアル(initial with dragons; Dracheninitiale; lettre dragonée)等、動物の種を具体的に表したイニシアルも このうちに含まれる。《コルビー詩編》では第14編イニシアルD(図3-10)等、またアウグスティヌス『七 書研究』写本(パリ、国立図書館、Ms. lat. 12168)のイニシアルE(図3-11)等が例として挙げられる。
6) 具象的イニシアル(figurative intial; figürliche Initiale; initiale figurative; iniziale
19 KUDER 1977, 63-64.
20 JAKOBI-MIRWALD 2015, 60.
21 JAKOBI-MIRWALD 2015, 58.
22 PÄCHT 1984, 77.
23 尾形希和子氏は “peopled scroll/ inhabited scroll” という概念を訳出せず「ピープルド・スクロール/インハビティド・
スクロール」と英語のまま用いている。尾形希和子『教会の怪物たち:ロマネスクの図像学』(講談社選書メチエ)講 談社 2013年、172頁。一方、越宏一氏は “inhabited scroll” を「人の住んだ渦巻き」と訳している。越 2001、81頁。
24 GUTBROD 1965, 156ff.
25 JAKOBI-MIRWALD 2015, 60.
figurativa/ iconica)
人物像や動物モティーフを持つイニシアルである。形象イニシアル/図像を包囲するイニシアル/動 物・人物像の棲み込んだイニシアルなどの装飾形式に関わらず、またその人物像や動物と後続のテクスト との関連に関わらず、人物像や動物をモティーフとして含むイニシアル全般を指す広義の概念である。従 って必然的に、上記 a)〜e)もこの内に含まれることになり、装飾イニシアル(ornamentai initial;
Ornament-Initiale; initiale ornamentale; inziale decorativa/ ornamentale)と対置される。
7) 装飾イニシアル(ornamental initial; Ornament-Initiale; initiale ornamentale;
iniziale decorativa/ ornamentale)
人物像や動物モティーフを持たないイニシアルであり、具象的イニシアル(figurative intial; figürliche Initiale; initiale figurative; iniziale figurativa/ iconica)の対となる概念である。植物文イニシアルや幾何学文イニ シアルがこれに含まれる。例として《コルビー詩編》では第48編イニシアルA(図3-12)や第102編イ
ニシアルB(図3-13)が、その他にはインスラー写本、例えば『福音書』断片(ダーラム、大聖堂図書館、
A. II. 17)の連綴文字による動物組紐文イニシアル(図3-14)や、フランコ=サクソン派様式の豪華写本(ボ
ルティモア、ウォルターズ・アート・ギャラリー、Ms. W. 751)のイニシアル頁(図3-15)等、数多くが 挙げられる。