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造の中に移植する手法こそが、《コルビー詩編》の多種多様な物語イニシアルの基礎となったのである。

ャル体のDは一般的に、アセンダーからボウルの半分を一筆で、ボウルのもう半分を一筆で書く。《コル ビー詩編》のこのカレイドスコープ的な変貌を見せるイニシアルでは、一筆で書かれる文字の構成要素の 中で異なるモティーフが接合される場合には、その輪郭線が控えめに引かれることで、あたかもモティー フが変貌しているかのような印象を与えているのである。

但し、図像を包囲するイニシアルと形象イニシアルだけが、《コルビー詩編》の図像を伴うイニシアルの 装飾語彙ではなかった。第50編イニシアルM(図3-67)では、向かい合う一対の有翼獣によってイニシ アルMが構成されており、その点では形象イニシアルであるが、その有翼獣の作る二つのアーチの下に、

ニンブスを持つ二人の人ずつがそれぞれ向かい合って表されており、その点では図像を包囲するイニシア ルに近い特徴を備えている。同写本ではしばしば、先行する写本芸術から継承した相異なる装飾語彙の混 成物の様相を呈するイニシアルが見られるのである。更に、第111編イニシアルB(図3-68)では、上段 の開口部に描かれた葡萄唐草を啄む一対の鳥を、下段に表された人物が矢で射ようとする様が表されてい るが、下段の人物の両足や弓矢は、ボウルから突出し文字の枠を超えている。その為に、文字体は枠とし て用いられているというよりは、一つの舞台のように扱われている。動物/人物の棲み込んだイニシアル の萌芽が、同写本のイニシアルには見られるのである。

  しかし《コルビー詩編》に見られるような、多様な装飾語彙を混成させた物語イニシアルは、カロリン グ朝写本では稀であり、寧ろ図像を包囲するイニシアルが主流であったと考えられる。アーヘンのカール 大帝宮廷派の写本では、メダイヨンイニシアルと図像を閉じるイニシアルが、全頁大ミニアチュールとし て描かれており、メッス派写本では、文字を枠或いは舞台装置のように用いた物語イニシアルが多数備わ っている51。8世紀の後半の《ジェローヌの典礼書》で初めて現れた “Te igitur” の磔刑図のみが、カロリ ング朝期に定着し頻繁に用いられた図像付きの形象イニシアルであった52。カール禿頭王の為に制作され たと考えられる豪華写本《カール禿頭王の典礼書》(パリ、国立図書館、Ms. lat. 1141)では、金色の枠取 りや唐草、組紐文で装飾された全頁大イニシアルとして、キリスト磔刑図が表されている(図3-69)。 “Te

igitur” に磔刑図を当てはめる形式の全頁大挿絵は、オットー朝写本にも引き継がれ、より広い地域に伝播

していった。10世紀後半のフルダ派の《フルダ典礼書》(ミュンヘン、国立図書館、Clm 10077)(図3-70)

では、図像システムはより複雑化し、全頁大ミニアチュールの枠取りの左右上下に取り付けられたメダイ ヨンの中に、聖母マリアと福音書記者ヨハネ、神の手、そしてストラ(祭服様頚垂帯)を手にしたトンス ラ頭の司祭が描かれており、図像はより複雑化している。キリストの両腕は《ジェローヌの典礼書》や《カ ール禿頭王の典礼書》とは異なり、イニシアルTの背地から離れて垂れ下がっている。ここでは最早、文 字の形に図像を当てはめた形象イニシアルというより、文字を離れたモニュメンタルな全頁大挿絵となっ ているのである53。11世紀中葉のサン=ヴァーストで制作された『典礼書』写本(パリ、国立図書館、M.

51 カール大帝宮廷派及びメッス派写本の物語イニシアルについては、本章第4節で論じる。

52 Te igiturのイニシアルと磔刑図について詳細に論じたのはグートブロートである。GUTBROD 1965, 17-73.

53 GUTPROD 1965, 45-46.

lat. 9436)では、 “Te igitur” のイニシアルTと磔刑像は上下に分離している(図3-71)。カロリング・ルネ サンス前夜に一体化した筈の文字と図像は、ここで再び別のものとなった。プレ・カロリング期に準備さ れ、《コルビー詩編》に於いて完成された形象イニシアルや図像を包囲するイニシアルは、直接的な後継者 を持たなかったのである。

カロリング朝写本では、図像を伴う物語イニシアルよりも寧ろ、豪華写本の全頁大イニシアルが華やか な発展を見せた。カール大帝宮廷派の初期の豪華詩編写本である《ダグルフ詩編》では、緋紫色に染めら れた羊皮紙を模して、赤紫に地を塗られた枠内に、組紐文による金字イニシアルBが描かれている(図3-72)。

第51編イニシアルQ(図3-73)でも、文字の上端が画枠に一部接しているものの、文字と画枠、濃紺色 に地塗りされた背地とは互いに明瞭に分け隔てられている。ここには、ほぼ同時期に成立した《ケルズの 書》のキリストのモノグラム(図3-41)のような判読の難解さは存在しない。古代のローマン・キャピタ ルで描かれた文字は、読むための文字としての自律性を保っているのである。カール大帝宮廷派の写本で は、組紐文を主としてインスラー芸術の装飾語彙を取り入れながらも、文字と画枠とははっきりと区別さ れ、文字は判読可能な明瞭性を保っていた。9 世紀後半のカール禿頭王の時代になると、宮廷派写本でも 大きな変化が起こる。ルートヴィヒ敬虔帝の宮廷派で制作された《ルートヴィヒ敬虔帝の詩編》(ベルリン、

国立図書館、Ms. theol. lat. fo. 58図3-74)では、背地は地塗りされず、その代わりに枠取りやイニシアルそ のものの装飾が複雑化している。鳥頭付き組紐文はインスラー写本の装飾に範を得ているにも拘らず、イ ニシアルに続く文字がカピタリス・クワドラータで書かれており、《ダグルフ詩編》より一層、文字は背景 に対して浮かび上がるように判読性が高められている。《カール禿頭王の第二聖書》(パリ、国立図書館、

Ms. Lat. 2, 図3-75)でも同様に、鳥頭付きの組紐文を多用した金地イニシアルが全頁大ミニアチュールと

して描かれている。《ダロウの書》のイニシアル(図 3-39)で見られたような連綴文字(ligature)はここ では避けられ、文字ひとつひとつがその自律性を保持しているだけでなく、イニシアルIはその上下の組 紐文装飾で画枠と一体化しており、文字はあたかも画枠と同一平面上にある装丁のように機能している。9 世紀後半の宮廷派を中心として、インスラー、即ちハイバノ=サクソンの写本芸術にその装飾モティーフ の多くを借りながらも、背地に対して明瞭に文字が浮かび上がり判読性を高めたフランコ=サクソンの写 本芸術が、サン=タマン、サント=メール、サン=ヴァーストといった北フランスの各地で開花した。

  こうした金を用いたモノグラム・ページは後期カロリング朝写本からオットー朝写本に引き継がれた。9 世紀後半のサンクト・ガレン修道院の豪華写本《フォルヒャルト詩編》(ザンクト・ガレン、修道院図書館、

Cod. sang. 23, 図3-76)では、パルメット文のような金色の装飾を持つ枠取りの中全体に、複雑な組紐文で

編まれたイニシアルQがほぼ左右対称に配され、モニュメンタルなモノグラム・ページを成している。こ のモノグラム・ページは、1000年頃にライヒヒェナウで制作された《オットー3世の福音書》(ミュンヘン、

バイエルン国立図書館、Clm. 4453, 図3-77)になると、組紐文と結目文が縁の外にまで進出し枠と絡み合 うことで、枠取りはイニシアルの支柱となっている。《カール禿頭王の第二聖書》のイニシアル・ページと

同様に、《ルートヴィヒ敬虔帝の詩編》から《カール禿頭王の第二聖書》への発展と同じ変化がここでは起 きているのである。

  オットー朝の写本芸術の中心地のひとつであったライヒェナウ派の写本では、こうした人物像を伴わな いモニュメンタルな全頁大イニシアルだけが興隆したわけではなかった。《バンベルクの旧約聖書注解》写 本(バンベルク、国立図書館、Misc. Bibl. 22)の『ダニエル書注解』冒頭のページ(図3-78)では、金で 表された唐草イニシアルのアセンダー部分に、執筆する人物像が座っている。ここでは文字の開口部に場 面が表されるのでも、文字自体を人物像によって構成するのでもなく、文字を一種の舞台装置として椅子 のように用いた、人物の棲み込んだ物語イニシアルとして表されている54。唐草に座っているのは天使か ら霊感を受け執筆する預言者ダニエルであり、ここでは《コルビー詩編》の第1編イニシアルBと同じよ うに、著者像が物語イニシアルとなっているのである。一方、同じくライヒェナウで制作された《ライヒ ェナウの聖書抜抄》(ヴォルフェンビュッテル、アウグスト公爵図書館、Cod. Guelf. 84.5 Augusteus 2)では、

全頁大イニシアルのIを木のように登る人物像が表されている(図3-79)55。この人物像にはアトリビュー トにも欠けており、後続のテクストとの関連は不明である56。オットー朝写本では稀ではあったものの、

テクストとの関連性が不明確な人物像を伴う、画家の遊びやファンタジーによる図像を持つイニシアルの 萌芽はここに見られ、これがロマネスク写本で開花することとなる。