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同様に、《ルートヴィヒ敬虔帝の詩編》から《カール禿頭王の第二聖書》への発展と同じ変化がここでは起 きているのである。

  オットー朝の写本芸術の中心地のひとつであったライヒェナウ派の写本では、こうした人物像を伴わな いモニュメンタルな全頁大イニシアルだけが興隆したわけではなかった。《バンベルクの旧約聖書注解》写 本(バンベルク、国立図書館、Misc. Bibl. 22)の『ダニエル書注解』冒頭のページ(図3-78)では、金で 表された唐草イニシアルのアセンダー部分に、執筆する人物像が座っている。ここでは文字の開口部に場 面が表されるのでも、文字自体を人物像によって構成するのでもなく、文字を一種の舞台装置として椅子 のように用いた、人物の棲み込んだ物語イニシアルとして表されている54。唐草に座っているのは天使か ら霊感を受け執筆する預言者ダニエルであり、ここでは《コルビー詩編》の第1編イニシアルBと同じよ うに、著者像が物語イニシアルとなっているのである。一方、同じくライヒェナウで制作された《ライヒ ェナウの聖書抜抄》(ヴォルフェンビュッテル、アウグスト公爵図書館、Cod. Guelf. 84.5 Augusteus 2)では、

全頁大イニシアルのIを木のように登る人物像が表されている(図3-79)55。この人物像にはアトリビュー トにも欠けており、後続のテクストとの関連は不明である56。オットー朝写本では稀ではあったものの、

テクストとの関連性が不明確な人物像を伴う、画家の遊びやファンタジーによる図像を持つイニシアルの 萌芽はここに見られ、これがロマネスク写本で開花することとなる。

りを捧げる)修道士の姿が描かれている(図 3-81)。同様に修道院で制作された詩編写本である《コルビ ー詩編》と比較すると、人物像の占める割合は文字の枠組みに対して小さく、人物像のプロポーションも 一定に保たれている。モーセのカンティクムのイニシアル(図3-82)では、二等辺三角形のAという文字 を、開脚した人物像に見立てて形象イニシアルとしている一方、第135編イニシアルC(図3-83)の開口 部では、人物像が金や銀で書かれた唐草と格闘している。これら2点のイニシアルの人物像は、ライヒェ ナウ派の登攀者付きイニシアル(図3-79)と同様にアトリビュートに欠け、詩編テクストの内容を示唆す る図像というよりは、単なるドロレリーとしての役割しか果たしていない。

  動物や人物像の棲み込んだ唐草イニシアルは、カロリング朝期の《コルビー詩編》にその萌芽が見られ るものの、《ヴェルデン詩編》以前には現存する洗礼が存在せず、例えばフルダの写本装丁板(バンベルク、

国立図書館、Msc. Lit. 1, 図3-85)に見られるような、動物/人物像の棲み込んだ唐草からイニシアルへと 移植されたのだと考えられる58。《ヴェルデン詩編》の人の棲み込むイニシアルと比較すると、《コルビー 詩編》は手本となった唐草の形態をより良く留めている。「動物/人物像の棲み込んだ唐草(inhabited scroll;

bewohnte Ranke)」の発明そのものは、ヘレニズム期からローマ帝国時代にかけて広まった「人の棲み込ん だ渦巻き(peopled scroll)」に帰せられる59。既に紀元前4世紀には、人の棲み込む唐草モティーフの萌芽 が見られる。マディトス(現在のトルコのエジェアバト)出土の金のディアデマ(図3-85)には、中央の ディオニュソスとアリアドネーの脇に、渦巻く唐草に腰掛け楽器を奏でるミューズらが表されており、人 物の棲み込んだ唐草の萌芽を見ることが出来る60。古代末期の《コンスタンティナの石棺》(図3-86)では 唐草は、プットーの遊ぶ円形のメダイヨンのような空間を提供している61。この唐草の織りなす円形空間 に人物や動物を棲まわせる装飾形式は、《ラズウェルの石彫十字架》(図3-87)のような8世紀のノーサン ブリアの石彫十字架に輸入されている。古代末期の例では蔓の作る円形空間はフリースペースに近いもの であったのが、8 世紀のノーサンブリアの例では蔓と動物は激しく絡み合い、動物は唐草の織りなす平面 へと還元されている。カロリング朝期の象牙二連板の浮彫(図3-88)では、唐草モティーフに葉が備わり 地中海的な写実性を備えている一方で、その開口部では動物と人物像が互いの唐草に領域を超えて格闘し ているこうした、唐草と格闘する動物モティーフは、《ユニウス詩編》(オックスフォード、ボドレアン図 書館、Ms. Junius 27)のような10世紀の第2四半期のアングロ・サクソンの写本画(図3-89)に於いて既 にイニシアルの中に移植され62、そして紀元一千年頃のサン・ベルタン修道院で制作された《サン・ベル

58 KAHSNITZ 1979, 238.

59「動物/人物像の棲み込んだ唐草(inhabited scroll)」という言葉はドーフィンによれば、もともとはトインビーとウ ォード=パーキンズによってヘレニズム期の作例に対して与えられた “peopled scroll” を、ゴフが “ inhabited scroll” 言い換えたものである。DAUPHIN, Claudine: The Development of the "Inhabited Scroll" in Architectural Sculpture and Mosaic Art from Late Imperial Times to the Seventh Century A.D., in: Levant, Journal of British School of Archaeology in Jerusalem and the British Institute at Amman for Archaeology and History, vol. 19, 1987, 183-213; TOYNBEE, J.M.C/ WARD-PERKINS, J.B.:

Peopled Scrolls: a Hellenistic Motif in Imperial Art, in: Papers of the British School at Rome, vol. 18, 1950, 2-43; GOUGH, M.R.E.:

Anazarbus, in: Anatolian Studies, vol. 2, 1952, 82-150.

60 TOYNBEE/ WARD-PERKINS 1950, 4.

61 PÄCHT 1984, 81.

62 PÄCHT 1963, 72; idem: 1984, 82.

タン福音書》の写本画の枠取り装飾(図3-90, 3-91)の中に見られるようになっている63。ここでは動物は 蔓の間を縫いながら渦から渦へと狩人に追い立てられ、蔓の作るフリースペースとしての開口部ではなく、

完全に唐草の織る空間に棲みついている。これらの象牙浮彫や写本装丁板、写本画の縁の装飾と同様に、

《コルビー詩編》第111編のイニシアル(図3-68)は、唐草の渦巻きが形作る二つのメダイヨンを、そこ に表されたモティーフが境界を超えて連結している。本写本のこのイニシアルの装飾システムが、ヘレニ ズム期に誕生し古代末期やインスラー芸術を経て完成された、人間像や動物の棲み込んだ唐草模様に由来 していることが明らかになるのである。

  サント・メールのサン・ベルタン修道院で修道院長オドベルトが制作した写本は、ロマネスク前夜の現 存する写本の中では最も、物語イニシアルの装飾形式の豊かな例である。《サン・ベルタンの福音書》の『ル カによる福音書』の全頁大イニシアルでは、開口部に祭壇を前にしたザカリアとお告げの天使が描かれて おり、カウダの先にはキリスト降誕図が補助的に表されている(図 3-90)。ほぼ同時期にオドベルトによ って描かれた注釈付き詩編写本《オドベルトの詩編》では、組紐文イニシアルや動物モティーフによる形 象イニシアルの他、第108編イニシアルD(図3-91)の「使徒達への出現」のように、図像を包囲するタ イプの物語イニシアルや、第28編イニシアルA(図3-92)の子羊を捧げる人物(アベル?)のように、

部分的に形象イニシアルの特徴を持つものも多く見られるのであるが、《コルビー詩編》のイニシアルと比 較すると、相対的に人物像は小さく、より多くのモティーフを用いたキリスト伝をナラティヴな物語場面 として表す傾向にあり、カロリング朝期の物語イニシアルでは寧ろ《ドロゴ典礼書》などメッス派写本に 近い64

  《ヴェルデン詩編》やオドベルトによる2写本に見られる装飾語彙の多様化は、その様式的近似性から、

アングロ・サクソン写本のイニシアルと深い関連性を持っている65。先述の10世紀前半の《ユニウス詩編》

は既に、イニシアルDなどの開口部に図像を示すタイプの物語イニシアルを数点備えていたが(図3-94,

3-95)、1000年頃のイングランド写本では例えばイシドルス写本(ロンドン、大英図書館、Ms. Royal 6. B. VIII)

稀に形象イニシアルが見られ(図3-96)、11世紀第2四半期の《ケンブリッジ詩編》(ケンブリッジ、大学 図書館、Ms. Ff. 1.23)では、テクストと関わりの無い裸体の人物像が文字体を構成する、ドロレリーの形 象イニシアルが爆発的に増える(図3-97, 3-98)。F. ウォーマルドはメロヴィング朝やカロリング朝の形象 イニシアルが10世紀後半にイングランドに輸入され、それが11世紀に定着したのだと推測している66。 一方、直接的な関連性を見出すのは難しいが、ほぼ同時期にビザンティンのギリシャ語写本(トリノ、大 学図書館、Cod. C. I, 6)でも、裸体のドロレリーによる類似の形象イニシアルが散見される(図3-99)67

63 PÄCHT 1984, 84.

64 《コルビー詩編》とメッス派写本の物語イニシアルの比較は、本章第4節で詳細に論じる。

65 《ヴェルデン詩編》と《ケンブリッジ詩編》は、テクスト比較からも近似性が指摘されている。KAHSNITZ 1979, 108.

66 WORMALD, Francis: Decorated Initials in English Manuscripts from A.D. 900 to 1100, in: Archaeologia, 91, 1945, repr. in:

Collected Writings: Francis Wormald, Studies in Medieval Art for the Sixth to the Twelfth Centuries (ed. by ALEXANDER, Jonathan James Graham/ BROWN, T. Julian/ GIBBS, Joan), New York 1984, 63-64.

67 A.  グラバールは、ビザンティン写本に於いてこうした人物像によるイニシアルが用いられるのは、西方による発