複数の装飾形式を併用したイニシアルであり、《コルビー詩編》では多数に渡る。
88 同写本の詳細については、以下を参照。BIERBRAUER 1979, 47; Exh. Cat. München 1989, Kat. Nr. 13; Cod. Cat. BSB vorkarolingisch und karolingisch 1990, Kat. 83.
1) モティーフ過密型のイニシアル
形象イニシアルと図像を包囲するイニシアルの双方の特徴を併せ持つイニシアルである。人物像や動物 によって文字の形体を構成し、その内部を更に形象で埋めるものであり、開口部が隙間なく過密に埋めら れる。以下2点のイニシアルが挙げられる。
・第114編イニシアルD(fol. 97r, 図3-287)
・ハバククのカンティクム(ウルガータ版)イニシアルD(fol. 127v, 図3--288)
この2点のイニシアルでは、キリスト伝の物語場面の登場人物によって文字が作られ、その開口部にも 人物像や動物が描き込まれている。第114編ではマグダラのマリアが身体を捩り、天使の翼が湾曲するこ とで文字の形状に強引に適合させられており、イニシアルの中で詰め込まれたモティーフが結晶化してい る。ハバククのイニシアルでは、斜めに伸びたアセンダーに人物像が、円形部分を飼葉桶の幼児キリスト と牛と驢馬とが当てられている。この、形象イニシアルの開口部を更に動物や人物像で満たす形式のイニ シアルは、《コルビー詩編》以前には類例が認められない。
2) 図像を包囲する形式に部分的に代替モティーフを充てたイニシアル G
図像を包囲するイニシアルの一部を、形象イニシアルのように人物像で代替するイニシアルである。以 下1点が挙げられる。
・大栄唱(グロリア)イニシアルG(fol. 138v, 図3-289)
文字の基本構造は、組紐文モティーフ付きのリボンであり、そのハーフカウンターにマンドルラの中の キリストと、それを支えるフリジア帽の人物が表される。アセンダーには、 “Gloria” のOの文字を手で 支える、リボンに絡まるフリジア帽の人物像の身体が充てられており、部分的に形象イニシアルの方法を とっている。イニシアルGのアセンダー部分のみを代替モティーフで表したイニシアルは、同写本以前に 作例がなく、コルビーの画家の創意によるものと考えられる。
文字の開口部にマンドルラを表すという手法は、『民族法集成』写本のイニシアルO(図3-290)で既に 用いられている89。十字ニンブスのある天使(或いはキリスト)が、正円のイニシアルの開口部に正面観 で表されており、同心円状のマンドルラを背負っている。但しここでは、キリストが文字体のリボンを踏 む《コルビー詩編》のイニシアルGとは異なり、人物像は文字の中に完全に収められている。他方、文字 のディセンダーに部分的に形象イニシアルの手法を用いるという例も、同じく『民族法集成』写本で散見 される。“Quicumque” のイニシアルQ(図 3-291)では、カール大帝のモノグラムの書かれた円形のメダ イヨンを称揚するように支える人物像が、アセンダーに充てられている。《コルビー詩編》は、こうした先 例をイニシアルGに応用したのであろう。
89 開口部を持つ文字をマンドルラに見立てるイニシアルについては、以下で論じられている。但し《コルビー詩編》
以前の例は『民族法集成』のイニシアルO以外には挙げられていない。GUTBROD 1965, 186-195.
3) 神の子羊のメダイヨンに部分的に代替モティーフを充てたイニシアル
メダイヨンの中に神の子羊を表し、そのアセンダー或いはディセンダーを人物像或いは動物で構成する ものである。部分的に形象イニシアルの形式をとるという点で、上記 2) の図像を包囲する形式に部分的 に代替モティーフを充てたイニシアルGと類似する。以下2点が挙げられる。
・第2編イニシアルQ(fol. 2v, 図3-292)
・第82編イニシアルD(fol. 75v, 図3-293)
これらのイニシアルでは、正円のメダイヨンの中にニンブス付きの神の子羊を表し、文字の円形部分を マンドルラのように用いている。アセンダー或いはディセンダー部分には、人物像或いは動物のモティー フを充てており、それは第2編では子羊を称揚するように両手でマンドルラを支える天使とその翼であり、
第82編ではニンブス付きの有翼獣(或いは鷲)である。
第2編のように、イニシアルQのカウダに人物像を充てるという装飾方法は、先述の『民族法集成』の イニシアルQ(図3-291)に見られた。更に同写本の別のイニシアルQ(図3-294)では、十字架モティー フが表されたメダイヨンを、カウダに当たる人物像が両手で掲げている。『民族法集成』写本では象徴的な 記号であったものが、《コルビー詩編》では同様の装飾方法をとりながらも、神の子羊を讃えるというより 具体的な図像となっている。文字のアセンダーやディセンダーの部分にのみ人物像を用いた部分的形象イ ニシアルは、Qの他には特にイニシアルDの先行例が挙げられる。《ジェローヌの典礼書》の「聖十字の 発見」のイニシアルDでは、十字架の描かれたメダイヨンに、鍬のような道具を持つ人物像がアセンダー として取り付けられている(図3-295)。同写本のイニシアルD(図3-296)では、メダイヨンの開口部か ら人物が書物を手にした顔を覗かせており、アセンダーの部分ではその浮遊する下半身が代替モティーフ とされている。
第82編のイニシアルDのように、鳥をアセンダーとしてメダイヨンに取り付ける手法も、この2つの 先行する彩飾写本に起源を求めることができる。『民族法集成』写本のイニシアルD(図3-297)では、二 重円によるメダイヨンの中に鳥の図が、そしてその上部にはメダイヨンに嘴を近づける鶏が、アセンダー として描かれている。《ジェローヌの典礼書》でも、鶏をアセンダーとするイニシアルD(図3-298)の他、
植物を咥えた孔雀がメダイヨンの中に頭部を差し入れ、文字の円形部分がニンブスのように機能している もの等(図3-299)、鳥をアセンダーに持つアンシャル体のイニシアルDが多数見られる。
メダイヨンの中に子羊を表すという形式に於いても、《ジェローヌの典礼書》が既に先駆けている。三つ の頭を持つ蛇のような生物をアセンダーとするアンシャル体のイニシアルD(図 3-300)では、円形の開 口部に四足獣が表されている。 “Omnipotens et misericors” のイニシアルO(図3-301)では、正円の開口 部に、角を持つ山羊のような白い四足獣を備えている。コルビーの画家は、このように四足動物を円形の 開口部に表したイニシアルの例を知っており、それを神の子羊へと変えたのであろう。
4) 開口部に人物像を、カウダに動物を持つイニシアル Q
図像を包囲する形式と形象イニシアルの混合型であり、文字の円形部分の開口部に人物像を描き、カウ ダに動物などのモティーフを充てるものである。以下6点が挙げられる。
・第51編イニシアルQ(fol. 46r, 図3-302)
・第72編イニシアルQ(fol. 64r, 図3-303)
・第79編イニシアルQ(fol. 73r, 図3-304)
・第83編イニシアルQ(fol. 76r, 図3-305)
・第124編イニシアルQ(fol. 108v, 図3-306)
・アタナシウス信条 イニシアルQ(fol. 139r, 図3-307)
第51編でのみ、文字の円形部分は8の字形を描く蛇のような生物で構成されており、その他の5点では コンパスを用いた正円のメダイヨンに、人物の全身像が表される。カウダは第51編と第83編では腹部に 塒のある生物であり、第72編では有髭の人物像、第79編では四足動物であり、第124編では鱗のある鰐 のような生物、アタナシウス信条では角に蛇の絡まる鹿による、代替モティーフで構成されている。カウ ダに動物や人物像を充てるという方法は、第41編のイニシアルQ(図3-308)でも用いられており、《コ ルビー詩編》の画家の常套手段であったことが分かる。
円形メダイヨンの下に四足動物などの身体を配してQという文字を作る手法は、8世紀後半のイニシア ル装飾では頻繁に用いられたようである。インスラー様式に強く影響を受けたメロヴィング朝期の彩飾写 本《シュトゥットガルトのアンシャル体の詩編》(シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立図書館、
Cod. Bibl. Fol. 12b)では、イニシアルQ(図3-309)のカウダに鹿のような疾走する四足獣を充てている90。
《ジェローヌの典礼書》では、イニシアルQではなくDのアセンダー部分を円形モティーフの下に置き、
猪に似た動物を充てている(図3-310, 3-311)。『民族法集成』写本のイニシアルQ(図3-312)では、簡略 化された犬のような動物が、開口部に樹木の表されたメダイヨンを背負うかのように、Qのカウダを演じ ている。こうしたイニシアルは当然、コルビーでも知られていただろう。恐らくは同地のスクリプトリウ ムで制作された『ヨブ記注解』写本(ベルリン国立図書館、Ms. theol. lat. 354)の鳥魚文イニシアルQ(図 3-313)では、装飾的な魚のモティーフが、メダイヨンの下に水平に配されており、円形モティーフと代替 モティーフを併用したイニシアルQが同修道院で《コルビー詩編》以前に既に制作されていたことが分か る。
5) リボンと人物像によるカレイドスコープ型イニシアル D
アセンダーに人物像を持ち部分的には形象イニシアルの形式をとりながらも、リボン状モティーフで文
90 K. ビーアブラウアーは、同写本ではインスラー写本の要素よりメロヴィング朝の装飾形式の性格が強いとしている。
BIERBRAUER, Latharina: Der Einfluss insularer Handschriften auf die kontinentale Buchmalerei, in: Exh. Cat. PADERBORN 1999, 470.