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  人間像や動物といった形象モティーフそのもので文字が組み立てられた形象イニシアルは、《コルビー詩 編》では物語イニシアルと動物文イニシアルと双方に見られる。

1)  複数の人物像による形象イニシアル 

  複数の人物像や動物モティーフを文字体の代替として用いて、文字を組み立てるイニシアルである。以 下10点が挙げられる。

・第122編イニシアルA(FOL. 107V, 図3-168)

・聖母マリアのカンティクム イニシアルM(図3-169)

・モーセのカンティクムII イニシアルA(fol. 129r, 図3-170)

・シメオンのカンティクム イニシアルN(fol. 137r, 図3-171)

・第76編イニシアルV(fol. 67v, 図3-172)

・第107編イニシアルP(fol. 92r, 図3-173)

・第36編イニシアルN(fol. 31v, 図3-174)

・第75編イニシアルN(fol. 67r, 図3-175)

・第119編イニシアルA(fol. 106v, 図3-176)

・第151編イニシアルP(fol. 123v, 図3-177)

  10点のうち4点が後半のカンティクムのイニシアルである。構造は単純であり、原則として文字の構成 要素一つにつき一つの人物像或いは動物のモティーフを充てている。モーセのカンティクムIIと第119編 のイニシアルAでは、文字のメインステムを成す人物像の背後に、幾何学形体による補助線が引かれてお

84 このイニシアルがテクストへと読者を導く機能を有している可能性を論じたのはグートブロートである。

GUTBROD 1965, 98.

り、文字の形状を補強している。この補助線は、第151編ではPという文字のボウル部分にも用いられて おり、ここではダヴィデの投石器の描く軌道となっている。

  聖母マリアのカンティクムのイニシアルMとと第75編のイニシアルNでは、後続の文字がそれぞれニ ンブス付きの人物像の手に掴まれていたり、兜を被り剣を持つ人物の盾となっている。ここでも、図像を 包囲するタイプの第17編イニシアルD(図3-152)と同様、場面的連綴イニシアルの特徴を備えている。

  人間像による形象イニシアルは、8 世紀末の《ジェローヌの典礼書》で後続のテクストの内容を表す物 語イニシアルとなったが、テクストとの関連性を持たないものはそれ以前より存在していた。《コルビー詩 編》の第36編、第75編のイニシアルNのように、動物と人間との格闘を表した形象イニシアルは、8世 紀半ばの『ヨブ記注解』写本に既に登場している(図3-178, 3-179)。第151編イニシアルPの「ダヴィデ とゴリアテの闘い」に類似したイニシアルは《ジェローヌの典礼書》にも見られる(図3-180)。双方とも、

文字の柱身を兵士の身体によって構成しているが、《ジェローヌの典礼書》ではボウル部分は兵士の盾とさ れている。 8世紀の形象イニシアルでは殆どが単身の人物像によるものか、人物像と動物モティーフによ るものであったが、《コルビー詩編》の制作された9世紀初頭には、複数の人物像を組み合わせた形象イニ シアルが登場した。《コルビー詩編》のシメオンのカンティクムの「神殿奉献」を主題としたイニシアルN と殆ど同じ構図を持つ、キリストから天使を通して書物を受け取るヨハネのイニシアルが、《ユウェニアヌ ス・コデックス》(ローマ、ヴァリチェリアナ図書館、Cod. B 25/2)に備わっている(図3-181)。但しここ ではイニシアルはNではなく『ヨハネによる黙示録』冒頭の “Apocalypsis Jesu Christi” のAであり、判読 性には欠けている。人物像による形象イニシアルは、8世紀中葉から9世紀初頭にかけての大陸の写本で 発展したが、インスラー写本にも全く見られないものではなかった。《ケルズの書》の二人の有髭の人物を 組み合わせたイニシアル N(図 3-182)等の例が挙げられるが、ここでは人物像のプロポーションは大き く引き伸ばされ、四肢の動きも複雑に入り組んでいる。このケルト写本の例と比較すると、カロリング朝 の形象イニシアルの造形的特質は明らかである。即ち《コルビー詩編》では、人物のプロポーションの歪 曲が抑制されており、人物像や動物は文字を構成する為に完全に従属しているのではなく、モティーフ自 体が一定の独立性を保っているのである。

2)  立像によるイニシアル I 

  人物像による形象イニシアルのうち、単身の立像から成るものである。以下5点のイニシアルIが挙げ られる。

・第30編イニシアルI(fol. 25r, 図3-183)

・第125編イニシアルI(fol. 108v, 図3-184)

・第34編イニシアルI(fol. 29v, 図3-185)

・第99編イニシアルI(fol. 81r, 図3-186)

・第10編イニシアルI(fol. 9v, 図3-187)

  第30編と第125編ではディアデマを被ったニンブスのある人物が、祝福或いは対話の身振りによって、

イニシアルIの後に続くNを指し示している。第34編では兵士がその右手で指差すのは直後に続く文字 ではなく、2行下の “pugna(戦う)” であり、先の2点のイニシアルとはやや機能が異なっている。第99 編と第10編ではそれぞれ、人物は喇叭を吹くか両手を広げオランスの身振りを示しているが、視線を向か って右手に向けており、後続のテクストへと読者の視線を導く。

  立像によるイニシアルIはその他の形象イニシアルと同様に、8世紀後半の写本に先例が見られる。『民 族法集成』写本では、ニンブスのある人物像の立像が “Incipit prologis ” のイニシアルIに見立てられてい

る(図3-188)。《ジェローヌの典礼書》では多くの立像形式の形象イニシアルIが描かれている。典礼書冒

頭の “In nom domini…” のIが、十字架と香炉を手にした聖母の立像で表される(図3-189)。更に同写本 では、福音書記者の象徴動物も人間像のような身体を持ちイニシアルIを演じている。福音書記者ヨハネ を表す鷲のの立像(図 3-1990)やルカを表す牡牛の立像(図3-191)である。これらは《コルビー詩編》

のイニシアルIほど明確ではないものの、向かって右手へと身体を向けており、後続のテクストへの導入 が意識されている。

3)  人間組紐 

人物像から成る形象イニシアルのうち、人物像の一部が組紐分へと変化し編み込まれているイニシアルで ある。以下3点が挙げられる。

・第9編イニシアルC(fol. 7v, 図3-192)

・第13編イニシアルD(fol. 11r, 図3-193)

・第136編イニシアルS(fol. 113v, 図3-194)

  第9編、第136編では、人物像の下半身が組紐の結び目へと変化しており、その長く伸びた髭が手に絡 みついている。第13編では、下半身が文字体を形作るリボンとなり、アセンダー部分で組紐モティーフと なっている。こうした、引き伸ばされた人物像の身体を組紐文のように編んだイニシアルは、ほぼ同時代 のインスラー写本《ケルズの書》のイニシアル(図3-195)に類似した例が見られる。但し《ケルズの書》

では胴体が原型を止めないほどに歪曲させられているのに対し、《コルビー詩編》では組紐へと変化するの は下半身のみであり、上半身の歪曲は抑制されている。

4)  有翼獣一体によるイニシアル V/U 

形象イニシアルのうち、側面観の鳥或いは有翼獣を文字の形状にそのまま当てはめたものであり、以下 4 点が挙げられる。

・第5編イニシアルV(fol. 4v, 図3-196)

・第12編イニシアルU(fol. 10v, 図3-197)

・第73編イニシアルU(fol. 65r, 図3-198)

・第141編イニシアルV(fol. 117v, 図3-199)

  向かって左手を向く側面観の鳥或いは有翼獣を、イニシアルV或いはUに見立てている。第73編では 有翼獣の尾に噛み付く犬をステムとし、第12編と第141編では、イニシアルに続く一文字をイニシアルの 中に表している。こうした、有翼獣というモティーフの形状を生かしたイニシアルは、メロヴィング写本 に既に見られた。《グンドヒヌス福音書》(オータン、市立図書館、Ms. 3)では、胴体と長い尾をV字形に 当てはめた鳥のイニシアルが用いられている85(図3-200)。《コルビー詩編》とほぼ同時期に制作された『訓 戒』写本(パリ、国立図書館、Ms. lat. 11699)では、 “Virtutem” のイニシアルV(図3-201)が、同様に 側面観の孔雀によって表されている。鳥文イニシアルそのものは古代末期からメロヴィング朝にかけて広 く用いられ、側面観の鳥そのものを文字の形に当てはめるという手法は8世紀半ばの写本に遡って手本が 求められ、9世紀初頭により描き込みの多いイニシアルとなったようである。

5)  一対の動物モティーフによる左右対象のイニシアル M/T 

  鳥や四足動物といった動物モティーフを左右対称に配した形象イニシアルである。殆どがMであり、2 点のみTを持つ。

・第55編イニシアルM(fol. 49r, 図3-202)

・第88編イニシアルM(fol. 80r, 図3-203)

・第56編イニシアルM(fol. 49v, 図3-204)

・第100編イニシアルM(fol. 81v, 図3-205)

・第50編イニシアルM(fol. 45r, 図3-206)

・第131編イニシアルM(fol. 110v, 図3-207)

・聖母マリアのカンティクム イニシアルM(fol. 136v, 図3-208)

・第64編イニシアルT(fol. 55v, 図3-209)

・アンブロシア賛歌(テ・デウム) イニシアルT(fol. 137v, 図3-210)

  以上の9点のイニシアルである。第55編、第88編、第56編、第100編では、向かい合う一対の動物に よって左右対称のMという文字が構成されている。第131編でのみ、イニシアルMは向かい合うのでは なく尾を内側に向けて対象構図の文字を形成している。イニシアルMを向かい合う鳥による代替モティー フで形作るという形象イニシアルは、鳥魚文イニシアルで多く先例を挙げることができる。既に7世紀の コルビーの写本『フランク史』(パリ、国立図書館、Ms. lat. 17655)に、向かい合う鳥で構成されたイニシ アルMの先例が見られる(図3-211)。8世紀後半のヒエロニムス写本(パリ、国立図書館、Ms. lat. 12155)

85 この鳥文イニシアルは、ザンクト・ガレン所蔵の『民族法集成』写本の鳥文イニシアル(p. 44)との類似が指摘さ れている。NEES 1987, 30.