第 5 章 表現活動における「生きづらさ」のつながりと知識
5.2 自己とのつながり-価値転換と弱くある自己規定
5.2.1 価値転換
病気の表現活動で主に表現されるのは,表現者の経験であり,自分自身のことである。そこで は,自らの病気や障害などの特性の価値を転換することの重要性を表現する姿がみられる。たと
えば Kacco さんは,「コンプレックスを個性に変える」ことをメッセージとして表現活動で発する。
Kacco さんは女装してパフォーマンスをするスタイルをとって活動しており,それは,「コンプレック
スを個性に」変えた姿であるとする。
Kacco:私は小さい時から手が小さいとか足が小さいとか,比較的普通の男の子と比べたら 華奢だったし,あんまり男の子っぽくなかったんです。で,親からは「男の子らしくしなさ い」とか,学校へ行けば「もっと堂々として男らしくしろ」っていうのを散々言われてきてた んですね。
(略)
そういう(パフォーマンスの)世界に入った時に「個性が大事だよ」って。「個性がある からこの世界でやれるんだよ」っていう話をしてくださった人がいたんですよ,私に。「個 性ってもっともっと出していいんだよ」って言われて,すごく楽になった。
(略)
じゃあ,それをステージから個性に変えて発信しちゃえということで,こういった衣装で 常に私は今,ステージに立つ時にこのスタイルで上がらせていただいてます。
実際それで発信し始めたら,いろんなところから逆にオファーをいただいてですね,中 学校とか高校とか,大学もそうですけど,いろんなところからオファーをいただいて講演 させてもらったりとか。
(略)
昔,学校からさ,そんなふうにくるって思わないじゃない。今そういう時代です(笑)。だ から,学校でお話しさせてもらう時もこういった衣装で,今お話ししたようなメッセージも 添えて皆さんにお届けしてるんですね。(2012年3月10日イベント時トークより)
Kacco:なんか,自分がおかしなところがあってもそれが個性だと思うとこんなに楽なんだ という経験をして。そうしたら,ずっと嫌で自分から言えなかったですね,やっぱり,コン プレックスって,なるべく人の目には出さないように,言わないようにしていたんですけれ ども,逆に人前に出せないコンプレックスを個性にできないのかなと思ったんですよ。
(2013年6月1日イベント時トークより)
Kacco さんのいう,コンプレックスなどの負の側面を「個性」のようなポジティブなものに変えてい
くことは,当事者の自己規定における重要な戦略になっている。病気についての考え方について
もKaccoさんはK-BOXのイベントのトークにてメンバーの躁うつ病の体験の内容が出てきた際に,
「躁うつはうまくコントロールできれば表現にはよい方向に働く」といったことを述べていた(2014 年 11 月 24 日)。これは単純に病気が悪いというものではなく,様々な症状も見方によっては,普通 の人にはできないことができるという価値を有するという価値転換的な病気や症状の解釈ととらえ られる。ある表現活動の観客の人は,自らが当事者であり,作業所に自分がよいと思う服装で行っ たところ,社会性がないというように判断されたという経験をし,Kacco さんの女装パフォーマンス や「個性を大事に」という言葉に共感したと語っていた(2014 年 11 月 29日)。コンプレックスを個 性に変える,個性を大事にするという Kacco さんのメッセージは負に見られてきた属性の価値転 換につながると共に,「それでいい」といった現状への強い肯定感をもたらすことがうかがえる。
価値転換的な考え方としては月乃さんもまた述べるところである。月乃さんの「人生なんでもあり」
という詩の中では,「アルコール依存症やひきこもりでよかった」との表現がある。
アルコール依存症になったから 生きる痛みを知ることができた アルコール依存症になってよかった
そして,同作品に「神様,ぼくに生きづらさを与えてくださり感謝します!」と,「生きづらさ」がある 人生を肯定していくあり方が示される。これもまた,苦しめられてきた病気や生きづらさに価値を見 出すひとつのあり方となり,病気の表現活動においても,自分の身体や人生において,病気や生 きづらさの価値を転換し,単に排除されるべきものとしてとらえられがちな病気や生きづらさに意味 を見出していることがうかがえる。こうして表現活動においては,自らの負にとらえられてきた属性 に価値を見出していく価値転換がなされ,そのあり方をメッセージとして活動を通して発せられて いる。
5.2.2 弱くある自己規定
表現活動において,病気や障害の価値転換をなすことは重要なことである。一方で,病気の表 現活動からは,当事者は,自らの弱さやマイナスの側面を強調する自己規定をなすことが示唆さ れる。たとえば,月乃さんは「会社ではダメ社員である」ということを時折たとえば以下のように表現 している。
月乃:普段,月から金まで会社員なんですけど,ものすごい,もう言葉にならないくらい無能 会社員ですね。(2011年6月4日)
このような弱さやマイナスの側面を表していくあり方は,「現実の世界で,傷つきながら,恥をか きながら,歩いていこう。みっともなく生きよう。ぶざまに生きていこう。人に笑われて生きていこう
(月乃 2006: 10)。」「かっこわるく生きていきたい(月乃 2009: 11)」という表現にも表れる。これら は,価値転換と表される自己規定とは異なった,意図的,能動的に弱くあるあり方ととらえられる。
月乃さんは,必ずしも多くの人から見て無能会社員とみなされるような会社員ではないかもしれな いが,表現活動では,自分が無能会社員であることがよく語られる。コンプレックスについては,以 下のように表現される。
容姿負け組の逆襲
コンプレックスは人生の隠し味 コンプレックスが人間の魅力 私が欲しいのは劣等感です
コンプレックスを,むしろ増やしていこう (月乃光司作「ラストサムライ」より)
こうした表現は,「コンプレックスを個性に」という考え方と類似しつつ,また異なるものとしてとら えられる。こうした表現からは,弱さを克服した自己を形作るもの,負に見られてきた特性の価値 転換を純粋に示すものでもない,(そのような要素もありながらも)ただ,能動的に弱いままにあろう とし,それが人間の魅力を構成しているとの見解が見出される。月乃さんがほぼすべてのパフォー マンスの場で頭髪が薄いことをネタにして「頭髪障害」と表現することや,司会者の江口さんから病 気や障害の経験などをネタに笑われたりというイベントの進行がなされること,およびそれを受け 入れ活用している表現者自身の姿も,笑われたり弱くあることを意図していることの表れの一端の ように見受けられる。弱さやかっこ悪さを曝すことは聞き手,受け手に安心感をもたらす。たとえば 以下のような作品中の文言がある。
僕の情けない生き残ってきた人生体験を聞いた高校生から手紙が来た。
その手紙にはこう書かれてあった。
あなたの話を聞いて,僕はとても安心しました。
こんな人でも社会復帰してるんですね。
こんなあなたでも生き残ってきたんですね。
僕はとても安心しました。(月乃光司作「僕はサバイバー」より)
弱くあり,それを表現することは,弱さや生きづらさを克服してきた姿を示すのとは対極的なもの であり,聞き手を安心させる。克服してきた姿を示されることは克服できる可能性への希望が開か れると共に,できない自分を突き付けられることが考えられる。表現活動が示す当事者の自己規 定は,「生きづらさ」を克服するモデルではなく,「こんな人でも生きていける」ことを示す弱くあるま まの姿を示すモデルを提示する。そして,作品中には学校での講演で聞き手が安心したことが示 されるが,アイコさんが「こわれ者とかに出会って,もう 10 年も一緒にいるんですけど,すごくみん な本当に舞台下りてもダメダメで(2012年7月15日イベント時トーク)」と話すように,表現者間で ダメな人同士出会うことで救われることが語られる。また,過去を隠すのではなく,「恥ずかしいこと とか,マイナスのことを」表現していくことが自分にとってもよいことで,「人から喜んでもらえる」と月 乃さんは述べる。以下は月乃さんによる発言内容の一部である。
隠したいっていうか,自分の過去は隠していい面ばかり出すっていうか,まあある種ふつう の考えですけど,だけど最近逆にね,生きるのパッと楽になって今充実しているのは,逆に 恥ずかしいこととかマイナスのことを思い切って言っているからで,それが結構生きる喜びな んだな,と思う。人からむしろ喜んでもらえるのはそういうことなんだって最近分かってきた。