第三章 日中関係の新たな展開と異文化交流の現場における日本人教師
第二節 日系企業と多様的な能力を持つ日本語人材の育成
1.1 日本企業における日本語研修の必要性
村松潤一の研究によると、在中国日系企業の言語戦略は、次のように「多言語 化に向かう企業」、「日本語指向の企業」、「言語戦略欠如の企業」という三つのパ ターンに分類することができる。
表3-3 パターン 1の多言語化に向かう企業 中 国 人 ス タ ッ
フの言語能力
採用 言 語
研修
言語研修の奨励
ほ と ん ど 全 員 が 日 本 語 の 使 用可能
日本語能力試験1 級(N1)の合格 を考慮する(即戦力より重視)
*大学四級、六級(英語)に合格 したものを優先する
*日本への留学経験、就業経験の ある人を優先する
英語 所定の要件を満たせ ば受講料は50%から 100% ま で 会 社 が 負 担する。
出所:村松潤一『中国における日系企業の経営』、白桃書房、2012 年、129~131 頁による。筆者作成。
パターン 3 は言語戦略欠如の企業である。採用する際、語学能力を重視してい ない。言語研修の支援制度も人事評価制度もない。業務によって一時的に英語の 通訳を募集する。言語戦略欠如の企業については、中小、零細企業において多数 存在する。
総合商社や貿易会社、そして銀行、保険会社等のグローバル展開が進んでいる 大企業ほど、言語能力を重視し、採用、研修、評価といった人材マネジメントの プロセスにおいて、多言語化に向かう言語戦略が浸透している。
張暁霞の1997年の調査によると、中国の従業員は日本人管理者に対して疎遠な 感覚を持っている。「日系企業の中国人従業員は、ほとんど日本語ができず、逆に 日本人も中国語を話せない。双方のコミュニケーションがすべて通訳を通じて行 われるので、意思伝達が極めて不十分であり、時には疎遠となる要因となり、誤 解を生じることさえある」315という実状を明らかにした。
315 張暁霞『中国における日系企業の人的資源管理についての分析』白桃書房、2002 年、202頁。
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表3-4 パターン2 の日本語指向企業 中 国 人 ス タ
ッ フ の 言 語 能力
採用 専職の通訳 日 本 語 学 習 奨 励 制 度
評価
半分から2/3 の 人 は 日 本 語ができる
中国人管理者の場合 には、日本人管理者 との面接により、日 本人とのコミュ二ケ ーション能力を判定 する。
専 門 性 が 重 要 で あ る。
日本語能力試験1級 だと、200元/月が語 学手当として支給さ れる。
ほ と ん ど の 企 業にある。
日 本 語 専 攻 出 身である。
日 本 で の 留 学 経験者が 社 内 の 日 本 語 研 修 も 担 当 す る。
1 級から 10 級まで
の 日 本 語 能 力 を 測 る 制 度 が 設 け ら れ る。授業料の補助が もらえる。
BJT に合格すると、
受 験 料 全 額 を 会 社 側が負担する。
日 本 語 教 室 を 設 置 する
日 本 語 の 能 力 に 応 じて、日本研修に優 先的に派遣する。
年1回の査定 時に、語学能 力を含める。
社 内 の 日 本 語 テ ス ト で 優 秀 な 成 績 を取れば、報 奨 金 を 支 給 する。
出所:村松潤一『中国における日系企業の経営』、白桃書房、2012 年、129~131 頁による。筆者作成。
言語が通じないという問題で、日本人社員と現地社員との間のコミュニケーシ ョンにおいて、いろいろなトラブルが起こりやすいと考えられている。FFG 調査 月報は言語が原因でトラブルが起こった例を挙げている。日系企業は「原材料を 日本から輸入し、加工・納入するこの部品メーカーでは、過去、中国人に総経理 を任せていました。原材料を日本から輸入し、この工場で加工し納入していまし た。加工後の残った原材料は別の業者へ販売することになっていましたが、中国 人総経理が数年間に渡り、流用していたそうです。中国では輸出入時に取引内容 を貿易手帳に記録しなければなりませんが、その記帳も巧みに改ざんされていま した。さらに総経理による従業員の締め付けが強く、日本の社長と従業員とが直 接話すことができない環境を作っていたとのことです。現在は、この中国人総経 理を解雇し、現地経営陣、従業員と日本の本社間の意思疎通がスムーズにできる
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職場環境に改め、不正はなくなったようです」316。
企業内で言語コミュニケーションを図るのに費やすコストは直接的な言語コス トと間接的な言語コストに分けられる。直接的な言語コストは、主に通訳・翻訳 の外注費と人件費である。中国の日系企業では、日本人トップには専属の通訳や 秘書として日本語のできる現地人社員がつくことが多い。間接的な言語コストは 定量化が困難である。日本語指向企業では、日本の親会社や海外子会社の内部、
さらに親会社と子会社の国際間で重要情報が日本語でやり取りされるため、情報 共有から疎外される非日本人社員は仕事のモチベーションを失う。日本語ができ る現地人社員であっても幹部への昇進機会がなく、語学要員として使われること も多いため、離職率が高くなり、採用希望者も減少している。マレーシアや台湾 では、就職先人気企業のリストには、日本企業はほとんど含まれていない。中国 でも2004年の調査ではゼロになった 317。
日本経団連が 2003 年 10 月に実施した「外国人受け入れ問題に関するアンケー ト調査」でも、外国人を活用している日本企業は、社会システム上の問題点とし て「文化・習慣の違い」と「職場内での意思疎通」を挙げている。
日本企業の高い技術力を可能にした要因の一つは、組織内での自由な会話や議 論を通じてアイデア等が共有されることにある。製造業における情報共有は、そ こに参加する人たちが日本語を使うからこそ可能になるわけである。日本語を使 って経営を行なうからこそ、日本人固有の、あるいは日本語固有ともいえる知識 の創造が可能になるのである。これはモノづくり等において顕著に発揮される積 極的な役割であり、日本語を使って経営を行なうことの言語ベネフィットである と言える。台湾松下では、現地人技術者は、社内研修や日本でのトレーニングを 通じて日本語を学び、また、会社は以前から松下幸之助の原著を全従業員や販売 店にまで配布し、経営理念を通じて日本語の勉強をさせてきた 318。
茂住和世は、日本の中国進出企業が現地で実施した社員向け日本語研修の事例 報告を通じて、外国人研修生には、日本企業で働く日本人社員が常識としている 企業内のビジネスマナーや考え方への理解が望まれると指摘している 319。語学研 修の間に、日本語を勉強するとともに、日本の文化や習慣、日本人の考え方など を知ることもできる。日本的経営の優れたところを理解し導入するために、中国 側の管理職も日本の経営管理や技術等に関心を持ち、日本の社会や文化等に対し
316 長田修一『大連の日系企業動向とビジネスの可能性』FFG調査月報、2008年11月、
23~24頁、24頁。
317 岡部曜子「日本企業の言語コストと言語ベネフィットーバイリンガル経営の阻害 要因の分析を通じて―」『国際ビジネス研究学会年報』2005年、101~114頁。103頁。
318 同上、108頁。
319 茂住和世「異文化環境に適応する人材に求められるもの―日中合弁企業における社 員研究の事例から―」『東京情報大学論集』Vol.7No.2、2004年、23~52頁。
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て深く理解することが必要である。だから、日本語の勉強が必要になる。
2000年以降、中国の成長産業である IT産業の中で、ソフトウェア企業では、日 本語が話せる中国人ソフト技術者の確保と育成は緊急課題になってきた。日系企 業との業務関係の中で、仕様書が読解できるぐらいのレベルの日本語が必要とさ れるが、人材はまだ不足している。ゆえに、中国のソフトウェア企業は、①会社 で日本語教育を実施する、②日本人技術者が中国へ出張して対応する、③ブリッ ジSE320を養成するなどを行なっているという 321。