6.1. 物理学専攻の修士課程・博士課程への進学選択:高等教育進学モデル
6.1.2. 物理学専攻の修士課程・博士課程への進学率の推移
図6-1に日本の国公私立大学「物理学科」と大学院理学研究科「物理学専攻」の学生(男 女)の進学率の推移(1973-2012)を示す。図 6-1a に 3種類の上級課程進学者率(AM、
AD、CA)、図6-1bに3種類の物理学専攻入学者率(EM、ED、CE)、そして図6-1cには
両者を比較するため、6種類すべての進学率を重ねて示す。
計算に用いたデータは『学校基本調査』の大学、大学院の「進路別 卒業者数」の卒業者 数と進学者数、または「入学状況」の入学者数である。
180 a. 上級課程進学者率の推移の傾向
修士課程への進学者率AM(図6-1a;点線)は1973年に約20%であったが、徐々に増
加して1990年に30%を超えた。この17 年間の増加率(年率)は約
3%であった。1991-1994年(バブル崩壊)のあいだ、AMは増加率(年率)約8%で急激に増加し、1994年に 40%を越えた。その後、増加率は小さくなったが僅かな増減を繰り返しながら増え続け、
2004年に50%を越えて2012年のAMは約55%であった。AMの1994-2012年の増加率
(年率)は1.4%であった。
一方、博士課程への進学者率AD(図6-1a;破線)は1973年に約60%であったが、一時 期(1976年前後57)を除いて減少し続け、1982年に約35%になった。1976年前後にAD は急増してすぐに減少したが、このときAMも同じように一時的に増大してすぐ減少した。
1983-1990年のあいだに大きな変動の山が2つあったが、ADは1990年に30%強まで減少
した。バブルが崩壊した3年間(1991-1993)でADは40%弱まで増加し、1996年まで40%
弱を維持した。その後1997年からADは再び減少し始め、2012年まで増減を繰り返しな がら減少し、2012 年に20%強となった。この間の減少率(年率)は約 3.0%である。同じ時 期にAMが増加し続けたことと対象的である。
連結進学者率 CA(図6-1a;実線)は1973 年から 1990年まで 10%前後を維持した。
1990年から増加し始め、1996年に15%を越えた。その後はほぼ一定を維持し、2012年に
13%強であった。CAが増加した1991-1996年は修士課程への進学者率AMと博士課程へ
の進学者率ADが共に増加したあと高止まりした時期である。
b. 上級課程進学者率と物理学専攻入学者率の比較
図6-1bに1973-2012年における修士課程への入学者率EM(点線)、博士課程への入学
者率ED(破線)、連結入学者率CE(実線)を示す。図6-1cに進学者率(AMとAD、CA)
と入学者率(EM、ED、CE)を重ねて示す。
図 6-1cから明らかなように、1973-1992年の AMと EM(修士課程への進学)、ADと ED(博士課程への進学)はほぼ重なっており、進学率の値と増減の傾向に大きな違いはな い。連結進学者率CAと連結入学者率CEの比較においても1973-1992年のあいだ、CAは CEより僅かに大きかった(その差は0.5%弱)が、両者はほぼ10%前後で推移した。
57 第1次オイルショックが1973-1975年であった。
181
図 6-1 大学・大学院における進学率の推移:a) 進学者率の推移;b) 入学者率の推移;c) 進学者率と入学者率の重ね図
【注1】対象は国公私立大学理学部「物理学科」と同大学院理学研究科「物理学専攻」の 男女学生。【注2】図6-5aの線種は、点線が学士課程から修士課程の進学者率(AM/%)、 破線は修士課程から博士課程の進学者率(AD/%)、実線は学士課程から博士課程の連結進 学者率(CA/%)。【注3】図6-5bの線種は、太点線が学士課程から修士課程の進学者率
(EM/%)、太破線が修士課程から博士課程の進学者率(ED/%)、太実線が学士課程から博 士課程の連結進学者率(CE/%)。【注4】卒業者数、進学者数、入学者数は文部省・文部科 学省「学校基本調査報告書」に依る。
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011
進学者率/ %
西暦 進学者率AM/%
進学者率AD/%
連結進学者率CA/%
a)
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011
入学者率/ %
西暦 入学者率EM/%
入学者率ED/%
連結入学者率CE/%
b)
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011
進学者率・入学差h率/ %
西暦‐
進学者率AM/% 入学者率EM/%
進学者率AD/% 入学者率ED/%
連結進学者率CA/% 連結入学者率CE/%
c)
182
しかし 1993 年以降の入学者率と進学者率の値に明確な差が見られる。バブル崩壊後の
1993年にAM がEM より2%ほど大きくなり、その差は徐々に広がり2001 年にAM が
EMより10%近く大きくなった。その後もAMがEMより大きい傾向(進学者率>入学者
率)が続き、2012年までAMとEMの差は10%前後で推移した。ADとED(博士課程へ の進学率)についても1993年にADがEDより約4%大きくなり、1998年までADがED
より3-5%ほど大きい傾向(進学者率>入学者率)が続いた。連結進学率においても、1993
年に連結進学者率CAが連結入学者率CEより2%ほど大きくなり、その後2012年まで 2-4%ほどCAがCEより大きい傾向(進学者率>入学者率)が続いた。
バブル崩壊のあと、進学者率(AM、DM)が入学者率(EM、ED)より大きかったこと は、学士から修士、修士から博士への進学選択において、物理学分野から他の分野へ専門を 変えて進学する学生が多かったことを示唆する。学士課程から博士課程に進学する過程で 物理学を専攻し続けた学生の割合が小さかったことは、第 2 次ベビーブーム世代が博士課 程へ進学し始めた1997年から博士課程の学生数が減少し始めた原因の一つである。
6.1.3. 「修士・博士並列」モデルと「修士優位」モデル
a. モデルの変質
1970年代前半において、学部卒業者の約80%が就職し、約20%が修士課程へ進学した。
そして修士課程へ進学した学生の 50%が博士課程へ進学した。つまり修士課程へ進学した
学卒者の10%弱が博士課程まで進学し、残りの約10%が修士卒で就職した。すわなち、1970
年代前半では学部卒就職者が約80%、修士卒就職者が約 10%、博士進学者が約 10%であ った。
このように1970年代前半において、学部卒就職者は圧倒的に多数であり大学院進学者は 少数であった。その少ない大学院進学者の中で博士進学者が修士卒就職者と同じ割合(いず
れも約10%)だったという事実は、1970年代前半の日本では進路選択において学生が大き
な決断をしなければならないタイミングは大卒業時であり、修士課程を修了する学生の進 路選択における就職と進学に対する関心は拮抗していたことを意味する。すなわち、修士 卒・就職と修士卒・博士進学の2つのケースが対等に並列していた。このような進学モデル を「修士・博士並列」モデルと名づける。
1990 年代初頭に修士課程への進学率が 30%台まで上昇したが、博士課程への進学率は
30%台に落ち込んた。1990年代前半では学部卒就職者が約70%、修士卒就職者が約20%、
183
博士進学者が約10%であった。さらに2000年代になると修士課程への進学者率(AM)が
50%を超えて60%に迫り、博士課程への進学者率(AD)は20%台に激減した。つまり学
士課程卒の学生のうち、学部卒就職者が約40%、修士卒就職者が約50%、博士進学者が約
10%となった。2000年代の日本では修士課程に対する博士課程の相対的位置づけが低くな
り、大学から大学院へ進学することは修士卒で就職することを意味するようになった。この ようなモデルを「修士優位」モデルと名づける。
このように 1975-2000 年までの約 25 年のあいだに高等教育における修士課程の位置づ けが大きく変わった。1970 年代前半では学部卒者の 10%程度だった修士卒就職者が1990 年代初頭に約20%、さらに2000年までに約50%になった。一方、博士課程まで進学する 者の割合は学卒者の約10%のままであった。このような進学者率の推移を踏まえると、修 士卒就職者が学部卒就職者を越えたのは1990年代半ばであると考えられる。すなわち、物 理学分野における高等教育進学モデルは1990年代半ばに「修士・博士並列」モデルから「修 士優位」モデルへ変質したといえる。
1990年代以降の学生は大学の研究室での情報交換などを通じて、このモデルの変質をつ ぎの 3 点として明確に認識していた可能性がある:①物理企業が採用する理系学生の標準 学歴が学部卒や博士卒ではなく修士卒である、②修士卒者は就職後の配属先の選択や昇進 において学卒者より有利である。③博士卒者は修士卒者と比較して就職後の配属先の選択 や昇進において特に有利であるわけではない。
b. バブル経済の進展と崩壊
バブル崩壊を契機に日本経済は長い停滞期に入ると同時に大学院改革が行なわれた。こ の偶然の一致が高等教育進学モデルに与えた影響について検討する。
バブル経済が進展した1980年代は、サイエンス型産業に属する企業の業績が良く、研究・
開発を重視する機運が高まり、基礎研究ブームが起こった時期である。そのため修士卒者に 対する企業の需要が高まり、修士課程学生が博士課程進学と就職を選択する際に企業のプ ル要因が強く働いた。その結果、1970年代前半に 50-60%だった修士卒者の博士課程への 進学率(AD、ED)は1980 年代半ばまでに 35%前後に急減し、1990 年に約 30%になっ た。この間に学部卒者の修士課程への進学率(AM、EM)は約 20%から 30%まで上昇し た。
バブル経済が崩壊した時期(1991-1993)にも修士課程への進学率(AMとEM)の増加
184
は続いたが、このとき上級課程進学者率(AM)が物理専攻入学者率(EM)より大きくな り、またこれまで減少していた博士課程への進学率(AD と ED)は一時、増加に転じた。
ここでも上級課程進学者率(AD)が物理専攻入学者率(ED)より大きくなり、1993-1998 年のあいだ、ADとEDの差は平均3%強であった。
これらの事実は、学士課程から修士課程への進路選択と修士課程から博士課程への進路 選択のとき、(1) 上級課程へ進学する学生の割合は増えたにも関わらず、(2) 物理学専攻を 選択しない学生が増えたことを示唆する。その結果、1975-1991年まで17年間にわたって
10%弱であった博士課程への連結進学率(CA、CE)が、1992年に10%を越え、1993年
以降はCA(上級課程への連結進学者率)がCE(物理専攻への連結入学者率)を2-3%上ま わるようになった。
バブル崩壊のあとも修士課程への進学率(AMとEM)は増大を続けたが、博士課程への 進学率(ADとED)は1997年から減少し始め、ADとEDは約1%の差で2012年まで増 減を繰り返しながら減少傾向であった。これらの事実は高等教育進学モデルが「修士・博士 並列」モデルから「修士優位」モデルへ変ったことを示唆する。
重要なことは、バブル崩壊のあと修士課程への上級課程進学者率(AM)と物理専攻入学 者率(EM)の差が年々大きくなったことである:2001年に10%近くまで広がり、それ以
降は2012年まで10%前後で推移し続けた。物理学分野では「修士優位」モデルに変ったに
も関わらず、学士課程の学生が修士課程への進路選択時に物理専攻から離れる傾向が続い たうえに、博士課程への進学率の減少が続いた。
図 6-2 に大学院理学研究科と工学研究科の修士課程(物理専攻や応用物理専攻とは限ら ない)を修了した学生のうち、物理系企業(電気・情報通信機械器具製造業・電子部品・デ バイス製造業)に就職した学生数(緑実線)と物理系大学院博士課程(理学研究科物理専攻 と工学研究科応用物理専攻)へ入学した学生数(青実線)の推移(1985-2015)を示す。
物理系企業(物理産業と呼ぶ電機・半導体産業を含む)に就職した修士卒者数は1980年 代以から単調に増加した。1995-1996 年は就職氷河期と呼ばれた学卒者の就職が非常に厳 しい年であったが、5.2.4.で述べたように、物理産業ではバブルが崩壊したあと 2000 年ま で売上高と付加価値額が減少しなかった。修士卒の就職者数は1998年度に6,000人強のレ ベルになり、2001 年度に 7,000 人弱のレベルに到達した。その後も 2009 年まで
6,000-7,000人の就職者数であった。理学系・工学系修士卒の就職者数は2007年ころまで製造業
を含むすべての業種において増加した。