4.5. 国内研究と海外共同研究の論文数の推移:日本全体の論文数
4.6.1. 物性物理学
図4-9に物性物理分野の論文数と著者数の推移(1975-2014)を示す。図4-9aに国内研 究の論文数と海外共同研究の論文数、図 4-9b に著者数(国内研究だけを行った著者数 xd、 国内研究と海外共同研究の両方を行った著者数xdi、国内研究の著者数b’)、図 4-9cに国内 研究の論文数bと著者数b'(=xd+xdi)の関係、図4-9dに著者数xdの増加率(dxd/dt)、著者数 xdiの増加率(dxdi/dt)、著者数b'増加率(db'/dt)、図4-9eに著者数xdの増加率(dxd/dt)と著者 数xdiの増加率(dxdi/dt)の関係を示す。
a. 日本の論文数aと国内研究の論文数b、海外共同研究の論文数c:図4-9a
図4-9aに物性物理学の論文数(全体a、国内研究b、海外共同研究c)の3年ごとの推移
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を示す。日本の論文数a(図4-9a、実線)は1980年代半ばから増加し続けた。1999年頃 から論文数の伸びが落ち、2002年に最大値(約4,000報)となった。2002年から論文数は 急激に減少し、2014年には2,000報を切った。日本の物性物理の全論文(国内研究と海外 共同研究の合計)は、2002-2014年までの12年間に最大値から半減した。
国内研究の論文数b(図4-9a、黒棒)は全体の論文数の動向とほぼ同じであるが、論文数 の急な伸びが低下し始める時期が早い。国内研究の論文数は1980年代半ばから増加し始め、
1990 年代半ばから論文数の伸びが落ち、2002 年に最大値(年間約 3,000 報)となった。
2002年から論文数は急激に減少し、2014年には年間約1,000報まで減少した。物性物理学 の国内研究の論文数は、2002年から2014年までの12年間に最大値の1/3まで減少した。
全体の論文数よりも国内研究の論文数が減少した割合が大きい。
図4-9a 物性物理学の論文数の推移
【注1】国内研究の論文数bは黒棒、海外共同研究の論文数cは白棒、日本の論文数aは実
線(a=b+c)。【注2】】論文数はWeb of Science®, SCI-EXPANDEDを用いて検索した(検索 日2016年9月16日)。
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 4,500
1975 1978 1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014
論文数 / 年
西暦
b、論文数:国内研究 c、論文数:海外共同研究 a , b+c
物性物理学
a)
107
海外共同研究の論文数c(図4-9a、白棒)は、1990年に200報弱であったが、2000年代 初頭まで増加を続け、2002年に年間約1,000報まで増加した。2000年代は年間1000報を 維持したが、2010年代は徐々に論文数が減り、2014年には年間800報近くまで減少した。
2002年から 2014年までの12年間に最大値の80%まで減少した。海外共同研究の論文数 が減少した割合は国内研究より小さい。
b. 3種類の著者数xd、xdi、b’:図4-9b
図4-9bに国内研究論文の著者数を2種類に分類して、各々の著者数とそれらの合計の3 年ごとの推移を示す:国内研究のみを行った著者xd(斜線棒、左軸)、国内研究と海外共同 研究の両方を行った著者数xdi(灰色棒、左軸)、それらの合計、すなわち国内研究の著者数 b’(=xd+xdi;実線、左軸)である。
図4-9bにxdiのb’に対する比率fdi (=xdi/(xd+xdi);破線、右軸)の推移を重ねて示す。
このfdi は国内研究を行った著者のうち、海外共同研究も行った著者の割合である。
国内研究の著者数b’は、国内研究の論文数と同様に1980年代半ばから増加し始め、1990 年代半ばから伸びが落ち、2002年に最大値(約5,400人)となった。国内研究の論文数(図
4-9a、黒棒)は2002年以降、急激に減少したが、b’は2008年まで約5,000人を維持した。
2010年代に入るとb’は急激に減少し、2014年に3,000人強まで減少した。国内研究の論
文数は2002-2014年の12年間に最大値の1/3まで減少したが、国内研究の著者数b’は同じ
12 年間に 1/2(55%)まで減少して止まった。2002-2014 年における著者数の減少率が論
文数の減少率より小さかったということは、相対的に論文1報当たりの著者数(共著者数)
が増えたことを示唆する。
国内研究だけを行った著者数 xdは、国内研究の著者数 b’と同じような推移を示す。1980 年代半ばから増加し始め、1990年代半ばから伸びが落ち、2002年に最大値(約4,200人)
となり、2008年まで約4,000人を維持し、2010年代に急減少して、2014年に2,400人弱 まで減少した。著者数xdの2002-2014年における著者数の減少率は57%である。この減少 率は国内研究の著者数b’の減少率(55%)とほとんど同じである。
国内研究と海外共同研究の両方を行った著者数xdiは、海外共同研究の論文数(図4-9a、
白棒)と同じような推移を示す。著者数xdiは、1990年に約250人(海外共同研究論文数c は約200報弱)であったが、2000年代初頭まで増加を続け、2002年に約1,100人(cは約
1,000報)まで増加した。これがxdiの最大値である。2008年まで年間1,000人を維持した
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が、2010年代は徐々に減り、2014年には約750人(cは約800報)まで減少した。2002 年から2014年までの12年間に最大値の約70%まで減少した。
海外共同研究を行った研究者数を求めて海外共同研究の盛衰を知りたいが、海外共同研 究論文の著者のうち、海外共同研究だけ行なった日本の研究者数 xiは計算することができ ない。しかし、xiは国内研究と海外共同研究の両方を行った日本の研究者数xdiと比べると 無視してよいほど少ないと考えられる。そこでxiを無視してxdiと海外共同研究の論文数c との比(c/xdi)、すなわち国内研究と海外共同研究の両方を行った日本の研究者1人当りの 海外共同研究の論文数を計算した。1980年代前半でやや大きかったが、1980年代後半から 2014年まで1人年間1報前後でほぼ一定であった:1981年では1.4報/人、1987年では 1.0報/人、1990年では0.8報/人、2008年では1.0報/人、2014年では1.1 報/人。
109
この事実は物性物理分野では国内研究を中心に研究が行なわれ、海外共同研究は主体的 に行なわれなかったことを伺わせる。xdiの増加に伴い、xdiの国内研究の著者数b’に対する
比率fdi (図4-9b、破線)は1990年に10%を越えた。その後もfdi は増加し続け、2002年
にfdi は20%強まで増加した。しかし2002年以降、fdi は21-22%でほとんど変わらなかっ
た。この事実も海外共同研究が主体的に行なわれなかったことを示唆する。
c. 国内研究の論文数bとその著者数b’: 図4-9c
図4-9cに国内研究の論文数bとその著者数b’の関係を示す。1975-2002年まで論文数と 著者数は原点を通る1本の直線の上を増加した。すなわち、1975-2002年までの28年間の あいだ、論文1報当たりの著者数(図の原点と各年のプロットを結ぶ直線の傾き)は1.8人
/報で一定であった。著者1人当たりの年間論文数(この数値の逆数)は0.56報/人であ る40。
図4-9cにおいて、2002年を境に論文数と著者数は減少に転じた。しかし、論文数の減少 に比べて著者数がそれほど減少しなかったため、2002年から論文1報当たりの著者数が増 え始めた:論文1報当たりの著者数は2005年に2.1人/報、2014年に2.9人/報に増え
た。2002-2014年の論文1報当たりの著者数の平均は2.5人/報である。著者1人当たりの
年間論文数を求めると、2005年は0.5報/人、2014年になると0.4報/人に減少したが、
1975-2014年における著者1人当たりの年間論文数は0.5報前後でほぼ一定といえる。
1報当たりの日本の研究者数を国内研究と海外共同研究の論文で比較すれば、日本の研究 機関の動向(活動状態や研究体制)の変化を明らかにすることができる。海外共同研究論文 の著者のうち、海外共同研究しか行なわなかった日本の研究者数 xiは求めることができな いが、xdiと比較して無視できる人数であると仮定して、研究者数xdiと海外共同研究論文数 c との比(c/xdi)、すなわち海外共同研究に関わった日本の研究者 1 人当りの論文数を計算 した。(c/xdi)は1980 年代後半から2014年まで 1人年間 1報前後でほぼ一定であった:
1978年では1.6報/人、1981年では1.4報/人、1984年では1.4報/人、1987年では1.0 報/人、1990年では0.8報/人、1993年では1.0報/人、1999年では1.0報/人、2002 年では0.9報/人、2005年では1.0報/人、2008年では1.0報/人、2011年では1.0報/
40 国内研究の年間論文数と著者数から1975-2002年における各年の著者1人当たりの年 間論文数を求めたところ、0.5-0.6報/人でほとんど一定であった。
110 人、2014年では1.1 報/人41。
海外共同研究論文1報当たりの日本の研究者は1980年代後半から2014年までほとんど 変化せず、約1名42で推移した。国内研究論文1報当たりの著者数が1975-2002年のあい だ、1.8人/報であったが2005年から増え始めたことと対象的である。
共同研究論文数の割合が増えれば、論文数が同じでも論文1報当たりの著者数は多くな る。科学が進展すれば、1人ひとりの研究者の専門性が高くなり、多くの研究者の協力が必 要になる。大型プロジェクト研究の数は増える傾向にあるとしても緩やかであり、また研究 者の専門性は年ごとに高くなるとしても連続的に変化すると考えられる。
図4-9c(国内研究論文数とその著者数の関係)では2002年を境に論文1報当たりの著者 数が突然、増えた。このことは国内研究論文の著者数が増えた原因は大型プロジェクト研究 の増加など研究者の専門性の高度化ではないことを示唆する。また前述のように海外共同 研究論文1報当たりの日本の研究者数は2002年以降もほとんど変化しなかった。
これらの事実は2002年以降における国内研究論文の著者数の動向(共著者数の増加)は、
専門性の高度化以外の別のメカニズムが作用した可能性を示唆している。
41 1980年代前半の海外共同研究論文数は年間35-72報、国内外群の研究者数は22-52人
と少ないため、xiが無視できるという仮定が成立しない可能性がある。
42 海外共同研究論文の著者として日本の研究者のほかに1人以上の海外の研究者がいる場 合(論文1報当たりの著者数は2名以上)が大部分であると思われる。