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ダブル・コンティンジェンシー(二重の不確定性)

ドキュメント内 学位授与機関 同志社大学 (ページ 73-77)

コミュニケーションには3つの不確実さ(理解の不確実さ、伝達の不確実さ、成果の不確 実さ)があると述べた(3.5.2.a)。これらのうち、理解の不確実さは「自我他我が何を考え ているのか理解することの不確実さ」であるから二面性がある。すなわち、自分が自分を理 解して情報発信することの不確実さと、他者を理解してつぎの情報を発信することの不確 実さである。この理解の不確実さの二面性が絡み合う状況がダブル・コンティンジェンシー

(二重の不確定性)である。

『大辞林』(URL 6)によれば、ダブル・コンティンジェンシーとは「互いに未知の行為 者が出会うとき、ともに他方の取る行動に基づいて自分の行動を決めようとするために陥 る状態。パーソンズにおいては、これは両すくみを意味するが、ルーマンでは社会秩序の生 成につながる。二重の偶発性」と簡潔な解説がある。

社会システムの議論においてダブル・コンティンジェンシーの問題はパーソンズによっ

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て明示的に取り上げられ、ルーマンによって徹底的に考察された(春日 2008:24)。

春日(2005:448;2008:28)はダブル・コンティンジェンシー問題におけるルーマンの 功績はダブル・コンティンジェンシー概念を拡張し、その積極的な意味づけを行なったこと にあるとして、ルーマンの考えをつぎのように読み解いている:「パーソンズも他の多くの 研究者も、ダブル・コンティンジェンシーを相互行為ひいては社会システムの生成を妨げる いわば厄介者(=解決されるべき問題)ととらえているが、(ルーマンは)逆にダブル・コ ンティンジェンシーがあるからこそ、相互行為が起動し、社会システムが生成されるのだと 視野の拡大・視点の切り替えをした」。

社会システム理論の核心ともいうべきダブル・コンティンジェンシーの意味と重要性を 理解するために、本節では偶然であった肉屋と消費者のあいだで肉の売買が成立するまで の両者の思考と行動を模擬実験により観察する。

3.7.1. ダブル・コンティンジェンシーの思考実験:肉の売買 a. 出会いの場面:ダブル・コンティンジェンシー

「肉を売って利益を得たい肉屋(主体A)」と「肉を買いたい消費者(主体B)」の思考と 行動をシミュレーションするために、二人が出会う特別な小部屋を用意する。この小部屋は 4畳半ほどの広さがあり、床は平らで四角形をしており、四方を窓のない壁で囲まれている。

天井は普通の高さであり、室内は照明によって明るい。対面する1組の壁にはドアが1 つ ずつ設けられており、部屋の中央にドアと平行に低い衝立が置かれている。そして衝立の両 側には、衝立に接して1台の机が置かれており、その前に椅子がある。

肉屋と消費者(どちらも目隠しをしている)が介助者の手を借りて別々のドアから 小部屋に入り、椅子に座っている。二人の服装や顔つきから肉屋であることも消費者 であることも判らない。肉屋は机の上に皿に盛った肉を置き、消費者は机の上にお金 が入った財布を置いている。二人は衝立越しに互いの顔を見ることはできるが、相手 の机の上を見ることができない。また前もって相手が何をもっているかも知らない。

いま二人が目隠しを外したとしよう。肉屋は肉を売って現金を手にしたいと考えて おり、消費者は手持ちの現金で肉を買いたいと考えている。しかし、肉屋は向かいに 座っている人が肉を買いたいと考えているかどうかを知らないし、消費者は向かいに 座っている人が肉を売りたいと考えている肉屋であるかどうかを知らない。

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肉屋と消費者はたまたま小部屋の中で出会ったけれど、沈黙しているだけでは目の前に 座っている相手(肉屋に対する消費者、消費者に対する肉屋)が自分の考えを実現してくれ る相手であることを知ることが出来ない。この状態は、肉屋にとって「なにが必然でなにか 不可能なのかをまったく知ることができない不確定な状況」である。それと同様に、消費者 にとっても「なにが必然でなにか不可能なのかをまったく知ることができない不確定な状 況」である。このように出会った二人の不確定さが重なった状況がダブル・コンティンジェ ンシー(二重の不確定性)である。

b. コミュニケーションの成立への移行:シングル・コンティンジェンシー

ダブル・コンティンジェンシーは社会のいたるところに見られる状況である。春日(2005: 452;2008:35-36)は「ダブル・コンティンジェンシー状況があるかぎり、社会システム が生まれる可能性が絶えず再生産されている」「ダブル・コンティンジェンシー状況を社会 システムの不成立や崩壊ではなく、その生成・維持へとポジティブな方向に導くものは何か という問いに答えなければならない」と述べている。

肉屋(主体A)と消費者(主体B)の間に存在するダブル・コンティンジェンシーがどの ように社会システム(コミュニケーション)の成立へと導かれるのだろうか。以下、図3-2 のコミュニケーションの3要素と連鎖のイメージをもちながら模擬実験を進める。

まず肉屋(主体A)が沈黙を破り、皿に盛った肉を衝立の上まで掲げて「売りたい」

といった(情報1)とする。これを見た(伝達1)消費者(主体B)は相手が肉屋で あることを知る(理解1)。つぎに消費者(主体B)が肉屋(主体A)に向かって「あ なたは肉屋ですね」と応じ(情報2)、この言葉を聞いた(伝達2)肉屋は「自分が発 した情報(皿に盛られた肉と肉屋の言葉)を相手が受け取り、自分がこの肉を売りた いと考えていることを相手が知った」ことを知る(理解2)。

ここまでのやり取りで2 つのコミュニケーションが成立している:[情報1→伝達1→理 解1]が1つ目のコミュニケーション、[情報2→伝達2→理解2]が2つ目のコミュニケーシ ョンである。この2つのコミュニケーションの連鎖により消費者(主体B)がもっていた不 確定性(主体A は何者か何をしたいのか判らない)は解消されるが、肉屋(主体A)の不

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確定性(主体B は何者か肉を買うのか判らない)は未解消のままである。この状況をシン グル・コンティンジェンシーと呼ぶことにする。

c. ダブル・コンティンジェンシーの解消

つぎに消費者(主体B)が行動を起こし、ダブル・コンティンジェンシーの解消へ向かう。

消費者(主体B)が財布を衝立の上まで掲げて「肉を買いたい」といった(情報3)

とする。これを見た(伝達3)肉屋(主体A)は相手が肉を買いたい消費者であるこ とを知る(理解3)。そして消費者に向かって「肉を売ります」と応じる(情報4)と、

この言葉を聞いた(伝達4)消費者は「自分が発した情報(財布と消費者の言葉)を 相手が受け取り、自分がこの肉を買いたいと考えていることを相手が知った」ことを 知る(理解4)。

ここまでのやり取りでさらに3つ目と4つ目のコミュニケーションが成立している:[情

報3→伝達3→理解3]と[情報4→伝達4→理解4]である。この2つのコミュニケーション

の連鎖により、肉屋(主体 A)がもっていた不確定性(主体 B は何者か肉を買うのか判らな い)が解消され、肉屋(主体A)と消費者(主体B)のあいだに存在したダブル・コンティ ンジェンシー状況が解消される。ダブル・コンティンジェンシー状況が解消することで、肉

屋(主体A)と消費者(主体B)のあいだで肉の売買が成立するのである。

3.7.2. ダブル・コンティンジェンシーと社会システムの作動

肉の売買というコミュニケーションが成立する社会システムを経済システムと呼べば、

上述の4つのコミュニケーションの連鎖がダブル・コンティンジェンシー状況を解消させ、

それによって経済システムが作動したということができる。これが「ダブル・コンティンジ ェンシー状況があるかぎり、社会システムが生まれる可能性が絶えず再生産されている」と いうことであり、「ダブル・コンティンジェンシーがあるからこそ、相互行為が起動し、社 会システムが生成されるのだ」ということである。

ダブル・コンティンジェンシー状況は社会のいたるところに存在しており、それらはコミ ュニケーションの連鎖により解消される可能性がある。ダブル・コンティンジェンシー状況 から社会システムが生まれるためには、2 組のコミュニケーションの連鎖が必要である:1

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組目は情報1から理解2であり、2組目は情報3から理解4である。

社会における人の思考と行動を考える際、社会システム理論が指摘するつぎの 2 点が重 要である:

(1) 社会システムが作動する条件は、自発的な2組のコミュニケーションの連鎖による ダブル・コンティンジェンジーの解消である。

(2) 1 組目と 2組目のコミュニケーションは独立しており、連続しなければならない。

それぞれのコミュニケーションの契機である情報1(主体A)と情報3(主体B)の発 信が特に重要である。

「知識と人」社会循環モデルと社会システム理論を対応させる目的は、「知識と人」社会 循環モデルの構造を機能システムの複合体に置き換え、知識と人が循環する様態をコミュ ニケーションの連鎖とダブル・コンティンジェンシー状況の解消という観点で考えるため である。

ドキュメント内 学位授与機関 同志社大学 (ページ 73-77)