53 政治は政治の論理で動いている。
個々の機能システムは自律的に動いているが、孤立しているわけではなく、お互いの 機能を前提として動いている。社会は複数の機能システムが並列的に存在し、それら が自律的に動きながらも相互に依存し合っている機能システムの複合体である。
このような機能システムの水平的な配置と相互依存関係が現代社会の姿である。
そして井庭(2011:33)は機能システムの機能が不全に陥る影響について「どの機能シ ステムも、そのシステムが担うもの以外の機能がどこかで満たされていることを前提とし ているため、どれかひとつでも機能システムが機能不全に陥り、破綻したとすると、それが 社会全体に及ぼす影響は計り知れない」と述べている。機能システムは個別の領域において 独自の論理で作動し自律的で並列的に存在しているが、孤立しているわけではなく相互に 依存し合いながら複合体“現代社会”を形成する。
ひとつの機能システムの不全はその領域の問題に留まらず、ほかの機能システムの不全 を引き起こし、社会全体の不全に発展する可能性がある。この認識に立つことが本研究で
「社会システム理論」を援用する意図である。
54
神経システムという特殊な分野から発想された概念だったために、生物学や生理学に詳 しくないと、初歩的な段階でイメージをつかむことが難しいといわれるが、オートポイエー シスを理解するポイントは位相空間の理解である。
本節ではオートポイエーシスの4つの特徴と位相空間を取り上げ、つぎに河本(1995)の 解釈を参考にしながら、社会システム理論の根幹をなす「オートポイエーシス」を概観する。
3.6.1. オートポイエーシスの4つの特徴
有機体23がオートポイエーシス・システムであるとき、自律性、個体性、境界の自己決定、
入出力の不在の4つの特徴をもつ。松岡(URL 4)は生命システムがオートポイエーシス・
システムであることを例にして、この4つの特徴をわかり易く説明した:
自律性:生命システムは環境の影響をうけつつもすべてを自己調整し自己維持して いるのだから、自律的である。
個体性:生命は遺伝情報の継承と物質代謝によって自己同一性を保つようにしてい るのだから、多くの場合は個体性をもっている。
境界の自己決定:生き物は外界とはあきらかに一線を引いて摂取や排泄をおこなっ ているのだから、まさに境界を自己決定している。
入出力不在:入力も出力もしていないということ。いいかえれば、どの部分にも原因 をもたず、そのシステムはシステム自体の作動をもってすべての特徴としていると いうこと。
最後の「入出力の不在」がもっとも難解である。松岡(URL 4)は、マトゥラーナがオー トポイエーシス理論を構築した神経系モデル(ニューロン・ネットワークのモデル)が完璧 なまでに論理化された決定論的なシステムの研究であることを指摘した。「ニューロン・ネ ットワークはそのどの部分をとっても内部も外部もなく、入力も出力もしていない閉鎖的 に自律しているがゆえにオートポイエーシス・システムなのだ」と述べている。
図3-3にニューロン(神経細胞)とシナプスからなる神経回路の模式図を示す。破線枠は
23 生命体あるいは生物のこと。
55
一つの神経細胞とそこへシナプスを経由して入力信号(青矢印)を送り込む隣接する神経細 胞(図の左側の2個)の軸索(2本)からなる神経系単位の領域を示す。中央の神経細胞は 軸索を別の神経細胞(図の右側)に伸ばし、出力信号(赤矢印)を送り出す。
いま問題にしているのは生きた神経細胞の中の物理的状態ではなく、神経モデルの機能 である。図の破線枠を神経系モデル(ニューロン・ネットワークのモデル)の単位と見なす と、「神経モデルが出力信号を送り出すと同時に入力信号が送り込まれる」というイメージ を描くことができる。これが「(生きた神経細胞をモデル化した)ニューロン・ネットワー クはそのどの部分をとっても内部も外部もないということ、つまりは入力も出力もしてい ない」ということである。
オートポイエーシスを理解しにくい原因の一つは、「入出力の不在」という特徴と構成要 素を繰り返し産出するという性質が矛盾すると感じることである。オートポイエーシスを 理解するポイントは「入出力不在」の解釈であると考えるので、ここでは「入出力の不在」
の考え方の要点を再度、述べる。
システムが入出力不在ということは、システムが閉鎖系であることを意味する。その閉鎖 系システムの中で構成要素が繰り返し産出されるという。永久機関のように閉鎖系システ ムが繰り返し構成要素を産出することはあり得ないと思える―この疑問がオートポイエー
56 シスの理解を妨げている。
理解のポイントは、マトゥラーナがオートポイエーシス理論を構築した神経系モデルは 論理化モデルであり、生きた神経細胞の実空間における構造(生きた姿)を描いたものでは...............................
ない..
ことである。論理化モデルは生きた細胞の姿そのものではなく、細胞の働き、すなわち 機能だけを取り出したものである。実空間に存在する細胞は開放系システムであり、エネル ギーの出入りが必然的に起こる。しかし、その機能だけを取り出した論理化モデルはエネル ギーの出入りとは無関係となる。
システムがもつ機能に注目したとき、4条件(自立性、個体性、境界の自己決定、入出力 不在)を満たせばオートポイエーシス・システムである。このよう実空間にあるシステムの 機能だけを取り出すことを位相空間へ投影するという。
3.6.2. 位相空間
オートポイエーシス・システムは実空間(物理空間)における様々な活動を位相空間に表 象したものである。河本(1995:213)は、「物理空間と区別して、産出関係によって張り 出される空間を『位相空間』という」と説明しているが、これは実空間にある組織や仕組み や生体の器官が物や出来事を一貫して産出している(工場での製品の生産、細胞における蛋 白質の生合成、電話会社のサービス、2人の会話など)とき、この活動(つまり事物を一貫 して産出しているという機能)を描き出した空間が位相空間であるという意味である。
a. 位相の二義
位相(phase)には、物理学と数学の二義がある。前者は、位相は振動や波動などの周期運 動の過程でどの点にあるかを示す変数である。位相空間の理解で重要なのは後者である。
数学の解析学では、位相空間は極限や連続の概念を定義できるように抽象空間(集合)に 与えられる構造(部分集合全体の集まり)である。数学において極限や連続の概念は実数の 集合や平面上の点集合については“近さ”とか“近づく”といった概念を用いて定義される。
これらの集合に対し、極限や連続の概念が定義できるのは,これらの集合が“近さ”とか“近 づく”といった概念で表される構造を備えているからである。このような構造を位相という。
一般の集合にある種の構造を与えることにより、極限や連続などの概念が定義でき、これ らについての理論を展開することが可能となる。このような構造を位相といい,位相の与え られた集合を位相空間という。
57 b. 位相の直観的解釈
オートポイエーシス・システムにおける「位相空間」は数学における位相の概念、つまり 集合における“近さ”とか“近づく”といった概念を定義できるように抽象空間(集合)に 与えられる構造である。川平(URL 5)は数学的な位相空間の定義(開集合系)とその直観 的な解釈を紹介している:
「位相」(構造)は近さの感覚だといわれるが、もっと直観的に表現すれば、「グループ わけ」の感覚である。図 3-4 に位相空間を理解するためにグループわけのイメージを示 す。日本は、アジアに属し、仏教国で、国連加盟国で、公用語は非英語(日本語)である。
図の外枠が世界のすべての国々の集合 S である。内側にある色つき図形の一つひとつが 集合Sの部分集合Ox (xは1≤x≤mの整数、mは国の総数)である。
このようにしてできた部分集合の集まり(グループの集まり)を「開集合系」と呼べる のは、つぎの条件(O1)~(O3)が満たされたときである(URL5):
グループの集まりをOと名づけると、
(O1) もとの集合S自体もOに属するグループの1つである。
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(O2) Oに属する有限個のグループにたいし、それらの共通部分は、やはりOに属するグ
ループである。
(O3) Oに属するグループの有限個もしくは無限個の和集合は、やはりOに属するグルー
プである。
世界のすべての国々の集合 S をこのように考え得るすべてのグループにわけたとき、
Sの部分集合(グループ)の集まりOは(O1)~(O3)の条件を満たすので、Sの開集合系で ある。
このように世界の国々のグループの重なり具合が見える空間が「位相空間」である。位相 空間へ表象するとは、集合Sをグループわけすること、つまり、集合Sに開集合系を与え ることである。これを集合Sに位相(構造)を入れるという。
3.6.3. 位相空間で見える構造
社会現象は実空間(4次元時空)における出来事である。実空間の出来事や活動を位相空 間に表象したものが機能システムであり、機能システムはオートポイエーシス・システムで ある。オートポイエーシス・システムである機能システムは位相空間のなかに構成要素(コ ミュニケーション;図3-2)を産出する。構成要素は産出された瞬間に消滅し、つぎに別の もうひとつの構成要素が産出され、ただちに消滅し、またつぎの構成要素が……この周期的 な作動を繰り返すので、位相空間は時間の次元をもつ。
ルーマンは人間をシステムとは考えず(Luhmann 1984=1993:62)、社会システムの環 境においた(Luhmann 1984=1993:331)。これは後述するように、社会システム理論が 社会の構造ではなく、社会の役割(機能)に着目した理論であると考えれば理解できる。
3.6.4. 「コミュニケーション」の位相
図3-5に、集合Sに位相を入れる前後のイメージを模式的に描いた。集合Sは出来事x1
~x8の集合である(図3-5a)。それぞれの出来事がコミュニケーションの3要素(情報、伝 達、理解)を備えているかいないかを基準にグループわけした(図3-5b)。