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日本の物理論文数と博士課程学生数

ドキュメント内 学位授与機関 同志社大学 (ページ 185-190)

5.4. 大学:物理系大学院への進学

5.4.3. 日本の物理論文数と博士課程学生数

図5-18に、少なくとも一人の著者が日本に立地する研究機関(大学、研究所、企業など)

に所属している物理学分野の論文数(言語は英語)の推移(1992-2013年;図5-18の実線)

と、日本の大学(国立、公立、私立)で物理学を専攻する博士課程の学生数の推移(1992-2003;図5-18の◆)を示す。

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学生数は理学系物理学と工学系応用物理学を専攻する博士課程 3 学年に在学する学生数 の合計である。この期間の理学系物理学専攻の学生の割合は平均で 86.8%であった。学生 数は1996年をピークとするひと山の増減を示しており、その範囲は1,200-1,800人であっ た。論文数は2003年をピークとする大きなひと山の増減を示した。1992年に年間約8,000 報であった論文数は年々増加して2003年に約14,000報に達したあと減少に転じ、2013年

には約11,000報になった。

学生数と論文数の相関性を検討するに当たり、博士課程の学生が在学期間中の 3 年間に 書く論文数を見積もり、論文数全体において学生が第一著者である論文数の割合を知るこ とは物理論文が急減した要因を考察するうえで有効である。

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博士論文提出の要件における論文数の規定は大学や研究科により異なる。たとえば、筑波 大学大学院が定めた社会人学生(adult student)の早期修了プログラム(Early completion

program)の審査要件には、数理物質科学研究科の7専攻について、つぎのように記載され

ている(URL17):

数学専攻、論文2編以上(国際学術誌に掲載済みまたは掲載を認められたもの。1編 は単著であること。)

物理学専攻、論文3編以上(国際学術誌に掲載済み、または掲載を認められたもの。)

化学専攻、筆頭著者の論文あるいは貢献度の高い論文、合わせて3編以上(国際学 術誌(査読付き国際会議論文を含む)に掲載済み、または掲載を認められたもの。)

ナノサイエンス・ナノテクノロジー専攻、筆頭著者の論文あるいは貢献度の高い論 文、合わせて3編以上(国際学術誌(査読付き国際会議論文を含む)に掲載済み、また は掲載を認められたもの。)

電子・物理工学専攻並びに物性・分子工学専攻、論文3編以上(国際学術誌に掲載 済みまたは掲載を認められたもの。筆頭著者に限る。)

物質・材料工学専攻、論文4編以上 (国際学術誌に掲載済みまたは掲載を認められ たもの。筆頭著者に限る。)

これら7専攻の平均論文数は、「国際学術誌に掲載済み、または掲載を認められたもので、

筆頭著者論文あるいは貢献度の高い論文をあわせて3編以上」である。仮に、日本の大学院 理学系あるいは工学系研究科の学生が博士課程在学中に執筆する平均的な論文数が「英語 で書かれた第一著者論文を年1報」、すなわち「3年間で3報」であるとすれば、博士課程 の在学生が第一著者である論文数は日本の物理論文全体の高々1割に過ぎない。したがって、

ある年の学生数がその年の物理論文の動向を左右しているとは考えにくい。

さらに図5-18から分かるように、論文数と学生数の両曲線のピーク位置は6-7年ほどず れており、明らかに両者のあいだに高い相関性があるようには見えない。論文数のピーク

(2003年)と博士課程の在学生数のピーク(1996年)が重なるように学生数データ(◆)

を図の右方向に6年間ずらした曲線(◇)を図5-18に重ねて描いた。ずらした年数をn年 と表記すれば、n=6付近で論文数と学生数のあいだの相関性は高そうである。

図5-19に論文数とn=0からn=10で平行移動させた学生数との相関係数Rとnの関係

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を示した。Rは1992-2003年の学生数のデータをn=0からn=10まで一年ずつずらしなが ら、対応する12年間の論文数と比較して計算した。R-n曲線は上に凸の曲線となりn=6-7 で極大となった。これは学生数の変化より 6-7 年間遅れて論文数が変化していることを意 味しており、学生数の変化が 6-7 年後の論文数になんらかの影響を及ぼす可能性を示唆し ている。

上で述べたように、日本の物理論文の約1割の第一著者は博士課程の学生である、すなわ ち、残りの約 9 割の論文の第一著者は博士課程の学生以外の研究者である。そうであるな らば、日本の物理論文は学生以外の研究者の人数に依存して変化すると考えることは妥当 である。

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図5-19は博士課程の学生数の変化が6-7年後の論文数に影響を及ぼす可能性を示唆して いる。「1996年に博士課程に在学していた学生が博士課程在学期間から6-7年経ったころ、

すなわち 31-34 歳の研究者となった 2003 年ころに研究者群のなかではもっとも人数が多

い年齢層として多数の論文を生産性していた」とすれば、2003年に日本の物理論文数がピ ークを迎えた事実を定性的に(0次近似として)説明できるだろう。

米谷・池内・桑原(2013)は、2001-2009年の9年間の博士課程在籍者数が20名以上、か

つ2003-2011年の整数論文数が平均で50本以上の142大学(日本、国立大学63、公立大

学19、私立大学60)を分析対象として、大学の論文生産に関するインプット・アウトプッ

ト分析を行った:研究分野は自然科学全体(理学、工学、農学、保健[医学、歯学、薬学])

を対象とし、インプットがアウトプットに結びつくまでの期間は、長岡ほか(2011)の結果(自 然科学分野で研究を開始してから論文を投稿するまでの期間の中央値が 2 年間であった)

に基づいて 2 年間と仮定した。大学内の時点間の違いでみると、教員数と論文数には正の 相関(教員数が増えれば、論文数も増える)があった。一方、大学院博士課程在籍者につい ては「国立大学、私立大学ともに論文数と相関がなかった」(米谷・池内・桑原2013:30)

と結論した。

本節で検討した物理論文数と物理系大学院博士課程の学生数の関係は、図1-3 から予想 したような相関性はなかった。この結果は米谷・池内・桑原(2013)の結果(論文数と学生数 のあいだに相関がなかった)と符合する。また米谷・池内・桑原(2013)のもうひとつの結果

(教員数と論文数には正の相関がある)は、教員の範囲を拡大して博士課程を修了した研究 者と解釈すれば、本節の結果「博士課程学生数の変化が6-7年後の論文数に影響を及ぼす可 能性がある」を否定はしない。

第 4 章で物性物理あるいは応用物理分野の若手研究者(国内研究だけの研究者)が中堅 研究者(海外共同研究を経験した研究者)に成長するまでに要する時間が10 年間(3-10 年 間)であることを示した。若手研究者が博士課程を修了した直後の研究者であるとすると、

6-7年たって成長した研究者は海外共同研究を経験した中堅研究者に相当する。このように 考えると、博士課程学生数のピークから 6-7 年間あとに物理論文数がピークを迎えること は、若手研究者が中堅研究者に成長して効率的に論文を生産するようになるまで 6-7 年間 の時間差が必要であることで説明することができる。

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大学院物理学専攻の進学率の決定要因:理論モデルに基づく重回帰分析

物理論文数と物理系博士課程学生数とのあいだに 6-7 年間の時間差を考慮すると両者に 強い相関がある(第5章)。この時間差は、博士課程を修了した若手研究者が経験を積んで 中堅研究者になるまでに要する年数である(第4章)と仮定すると、時間差を考慮した単回 帰分析により物理論文数は博士課程学生数で説明することができる。

本章では、「知識と人」社会循環モデルに基づく重回帰分析を行い、修士課程(物理学専 攻)と博士課程(物理学専攻)への進学率の決定要因を明らかに検討する。Nakata and Mosk(1987)あるいは荒井(1995)が行った日本の大学進学率の決定要因に関する研究を参 考にすれば、日本の博士課程進学率も内部収益率法を用いず、直接の大学費用や放棄稼得、

家計所得などを決定要因とする分析で説明できると考える。ただし、博士課程進学率を検討 する際には修士課程と博士課程の高等教育における位置づけを確認し、1990年代以降の大 学院教育の改革や日本経済の状況を考慮する必要がある。

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