3.9.1. 複合体としての人間
ルーマンは、社会システム理論において人間は社会システムの「環境」にいると捉えた。
社会システムは実空間にある組織の集合体(構造)を位相空間に写像した機能の集まりであ る。したがって位相空間の写像である社会システムの中に実空間の構成員である人間は存 在しない。社会システムの「環境」も位相空間であるから、そこにいるのは機能システムの 複合体としての人間である。
社会の構成要素は「コミュニケーション」であり、コミュニケーションの連鎖が社会シス テムの作動原理である。コミュニケーションの連鎖がダブル・コンティンジェンシー状況を 解消させ、それによって機能システムが作動する。このとき機能システムの複合体である人 間が思考し行動することで社会システムのすべての機能が発現する。
井庭(2011:34)は、人間についてつぎのように述べている:「この環境にいる人間は、
生命システムと神経システム、心的システムの複合体である。生命システムの構成要素は、
生物としての人(ヒト)であり、心的システムの構成要素は、社会的な人(=人間)の意識 であり、意識の連鎖が思考である」25。つまり、人間は社会システムの環境(外部)にあり、
機能システムの複合体である。
ルーマン(Luhmann 1984=1995:493)は「心理システムの環境と心理システムとの接
25 生命システムとは、ルーマン(Luhmann 1984=1993:2)がシステムの第二水準に分 類した有機体システムのことであろう。
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触はすべて(みずからの身体との接触も含めて)神経システムを媒介として行なわれている」
「心理システムは、意識を通して意識を再生産している」と述べている。ところが図3-1に おいて分析水準の第 2 水準に心理システムを明示しているが、神経システムは描かれてい ない。
ルーマンが言及した「身体」を有機体システム(図3-1の有機体)と言い換えれば、ルー マンは神経システムが有機体システムと心理システムの両者と相互作用すると考えたと推 察できる。すなわち、井庭が言及した「生命システムと神経システム、心的システムの複合 体」は、ルーマンが述べた「身体(有機体システム)と神経システム、心理システムの複合 体」であると考えてよいだろう。
心的システム、神経システム、心理システムの相互関係を述べることは本論の範囲を越え るが、ここでは心的システム(意識と思考の生産)と神経システム(記憶の生産)の複合体 が心理システムであり、生命システムと心理システムの複合体(すなわち、生命システムと 神経システム、心的システムの複合体)が人間であると考える。
3.9.2. 心理システムと社会システムの構成要素:意識とコミュニケーション
ルーマンはシステム分析の第2水準に社会システム、機械システム、有機体システム、心 理システムを挙げ(図 3-1)、社会システムの作動原理はコミュニケーションの連鎖である とした。そして社会システムと心理システムの作動原理についてつぎのように指摘してい る(Luhmann 1984=1995:509):
心理システムのオートポイエーシスと社会システムのオートポイエーシスには差 異がある/心理システムと社会システムは、それ自体を再生産するためにそれぞれ 異なる媒体、一方は意識を、他方はコミュニケーションを用いている。
すなわち、心理システムの構成要素が意識であり、社会システムの構成要素がコミュニケ ーションである。
3.9.3. 言語による構造化と言語によるコミュニケーション
ルーマンは心理システムの個体性について考察を進めるなかで、言語の重要性に言及す る。社会システムは相互浸透により社会システム同士の複合が可能であるが、「社会システ
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ム自体の複合性を心理システムが利用できるようにするために発達した進化上の獲得物が、
言語である」(Luhmann 1984=1995:510)と述べている。
ここで複合性を問題する理由は、異なる機能システムが相互浸透により複合化した高次 システムにおいてコミュニケーションが成立するためには、相手が何を考えているのかを 知ることを可能にしてくれるメディア、すなわち言語が共通のコミュニケーション・メディ アとして重要だからである。
さらに「(しかし)心理的過程は、言語を媒介とした過程ではないし、また思考は決して 心理システムの『内部の発話』ではない」と指摘する。これは心理システムの作動原理は言 語を媒介にしたコミュニケーションではないという意味である。心理システムにおいては、
「意識が言語という形を介してすぐ次に表象へと移動」(Luhmann 1984=1995:511)し ており、「ある表象から次の表象への進行が言語によって構造化...
されている」(傍点は筆者)
と述べている。
言語による構造化によって「心のうちで一人で思い浮かべている個々の表象を個々の言 葉のフォーマットに合わせて縮減したり、それを一層細分化しうる可能性やその選択肢を 増大させたり、またそうした表象を完了させたり直接に新しい表象を考え出したりするこ とが可能」(Luhmann 1984=1995:511)になる。これは「意識が言語を通して形成され る」(Luhmann 1984=1995:513)ということである。
すなわち、言語による構造化こそが心理システムにおける作動原理であり、一方、言語に よるコミュニケーションが社会システムにおける作動原理である。
ルーマンは「意識のオートポイエーシス的再生産においてコミュニケーションがいかに して同時に作用しているのか」(Luhmann 1984=1995:510)という問いに対して、同時 に作用することは「社会システム自体の複合性を心理システムが利用できるようにする」こ とであり、それは「言語を介して、社会的複合性が心理的複合性へと移し変えられる」
(Luhmann 1984=1995:511)ことであると答えている。
複合性の転移とは、社会システムの環境にいる人の心理システムと社会システムが言語 を介して同時に作動しているということである。つまり、社会システムと心理システムは同 時並列的に作動しており、それを「社会システムと心理システムとの間の複合性の転移」と 位置づけ、そのための媒介物として言語の構造化という機能の重要性を強調している。
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