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詩人や文士とは何であり彼らの芸術的行動とはどのようなものなのか、少しの常識もないままにただ詩、

小説と言えば盲目的に飛びつくようなそんな幼き文学少年であった私は、涙と言えば無条件に無理にで もその前に頭を垂れ、それを渇望し仰ぎ慕い追い求めていたのだ。言い換えれば何らかの切実な理由が あってのことではなく、ただ泣くために泣き、悲しみそのもののために悲しんでいたのだった。〔…〕251

そして「夕方家に帰る時に拾った落ち葉を懐にいっぱいに入れて帰り〔…〕それを机の上 に散らして夜には筆でそれを弄びつつ友人に手紙」252を書いていたと回想されている。過 度なまでに感傷的であった十代後半の彼の「文学少年」的な姿が窺われるが、これを書い ているこの時の安懐南は

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年の今の自分自身についても、高等普通学校を退学する前後 の経済的に極めて苦しかった時期を経て、今では「木石像」253のように何の感情もない人 間になってしまったと自己分析している。あまりにも冷静になり嘆息すら出てこないとい う自身を彼は今や「絶望以上の絶望」、かつてよりも「より高度の深刻な状態」254に陥って しまったのではないかと不安に思っているのであるが、第三者から見れば現時点の彼こそ が少年時代以上に感傷的で悲観的な性格の持ち主になってしまったようにも感じられる。

少年期の安懐南の感傷的性癖の大きな特徴は「涙」や「悲しみ」という抽象的で観念的な もの、目に見えず実体のないものを好みそれに自己陶酔していることであると言えるが、

現在の彼も「絶望以上の絶望」といった表現自体に自己陶酔し、必要以上に感傷的になっ てこの文章を書いている様が窺われる。

翌年に書かれた‘一九三二年秋の感想’255からも同様の彼の性格を窺い知ることができ る。

(29)〔…〕庚一아

마주보이는집웅우에피엿든 노랑호박꼿이 시들어젓다 해바라기 봉선화 백일홍 분꼿 이따위들도모다 쓰러기통으로 드러간지오래다 뽑아던지고 꺽거던진 꼿밧을바라보면 쓸쓸한마음가이업다 그러나이 보다도 古物商에서一金五圓을주고사입은〔…〕洋服을 아직까지버서놋치못하고 으슬으슬한 거리를

251 안회남(1931)‘一九三一年 落葉을밟는感想―絶望以上의絶望―’“매일신보”(安懐南(1931)

‘一九三一年落ち葉を踏む感想―絶望以上の絶望―’“毎日申報”)19311210日付

252‘一九三一年落ち葉を踏む感想―絶望以上の絶望―’前掲書、19311211日付

253‘一九三一年落ち葉を踏む感想―絶望以上の絶望―’前掲書、19311211日付

254‘一九三一年落ち葉を踏む感想―絶望以上の絶望―’前掲書、19311217日付

255‘一九三二年秋の感想―庚一君に送る文―’前掲書、1932107日付~9日付、11日付~15日付、

18日付。「庚一」という人物に関しては後に改めて述べることにする。

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거러갈때야말로 참으로세상이 을푸녕스러워못견듼다 하기야 벌거벗고댄기는거지도업지안하잇지만 日氣가쌀々하여젓는대도 그대로하얀夏服을 그나마 「넥타이」도업시입고 한풀이꺽겨다닐랴니까 언 뜻 시들어지는호박꼿생각이나드라 내가人生으로써 호박꼿가치 늙엇다는말이 아니라 쓸々하고울푸 녕굿기가 그러타는말이다 勿論너는잘알겟지마는 나는요새참으로 참으로가난한살림사리를하고잇다 가난이라는것이 왜나를못닛고 그러케붓들고잇는지 고놈의것이밉고밉고 한량업시呪詛스럽다가도 어 느때는 「센티맨탈」하여저서

「오오―나를이러케까지 사랑하여주는貧窮이여 귀여운 가난이여!」

하고 생각이간절하며 슬으르 마음이 도라안는때가잇다 圖書館에도요새는 無料室에만가고 日前에는 金君에게서돈五錢 물장사에게서五錢 十錢을어더 가지고 쌀을팔어다 어머니와 가치 朝飯을끄려먹엇 다 밤에는燈盞에石油가업서서 금심걱정만하다가자버린다〔…〕

〔…〕庚一、

向かいに見える屋根の上に咲いていた黄色い南瓜256の花が枯れてしまった。向日葵、鳳仙花、百日紅、

白粉花、こういったものも全部ごみ箱行きになってからずいぶんと日が経つ。抜かれ切られて捨てられ た花畑を見ているとこの上なくもの寂しい気持ちだ。だがこれよりも古物商で五ウォンを払い買って着 た〔…〕背広をいまだに脱げないまま鳥肌の立つほど冷えた街を歩いている時、そんな時こそ正にこの 世が本当に侘しくて耐えきれない。もちろん裸同然の格好で徘徊している乞食だっていないわけじゃな いけれども、私だって肌寒い季節になっても白い夏服を、それも「ネクタイ」もせずに着たまま肩を落 とし歩いていたら、何だか枯れていく南瓜の花のことが浮かんできたな。自分の人生が南瓜の花のよう に老いてしまったという意味じゃなく、もの寂しく侘しい気持ちがまるでそんなふうだという話だ。も ちろん君はよく知っているだろうが、私は近頃実に、実に貧しい暮らしをしている。貧困というものは どうして私のことを忘れずにそんなに掴んで放さないのか、そいつが憎くて憎くてこの上なく恨めしく 思っていても、ある時には「センチメンタル」になって、

「ああ、私をこんなにも愛してくれる貧窮よ、愛しき貧しさよ!」

と心からそんなふうに思われてひとりでに気が沈むことがある。図書館も最近は無料室にばかり行って いて、先だっては金君から五チョン、水売りから五チョン十チョンと貰って257米を買い、お袋と一緒 に朝飯を炊いて食べた。夜には油皿の石油がなく心配の募る中で眠りに落ちる。〔…〕258

256 原文の「호박」は厳密に言えば日本で一般に食用とする南瓜とは異なり、細長い形をしたズッキーニの ようなものを指すが、ここでは便宜上「南瓜」と訳した。

257 原文の「어더」(얻어)には「貰う、得る」の他に「借りる」などの意味があるが、ここでは前後の文 脈を見てもどちらの意に相当するのか不明確であるため、第一義である「貰う」のほうに解釈して「貰っ て」と訳した。

258‘一九三二年秋の感想―庚一君に送る文―’前掲書、1932108日付

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自らの心情を南瓜の花に比喩しつつ、日々の食生活すら意のままにならない窮状を友人 に訴えながら、その貧しさを「私をこんなにも愛してくれる」、「可愛らしき」ものだと皮 肉を込めて表現している上のような彼の姿は正に、「センチメンタル」な心境の典型的なも のと言うことができるだろう。このように「感傷的」あるいは「センチメンタル」という 語彙は

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年代の安懐南の小説や随筆中にとりわけ多く使用されている語句であり、彼の 文学作品を読解する上で重要なキーワードの一つである。

しかし一方で、同じ新聞記事の

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日付の連載分には当時「モダンガール」などと 呼ばれていた「新女性」らに対する彼の嫌悪感が語られており、

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日付から

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日付の部分 は同時期の評論作品と同じく最近の朝鮮文壇に対する不満の吐露で満たされている。ここ からは安懐南が当時の朝鮮社会に対して強い関心を持っていたことが窺い知れると同時に、

「センチメンタル」な性格だけではない強気で情熱的な心も併せ持っている人物であった ことを知ることができる。以下の部分も彼の心の中に秘められたそのような情熱的な心情 がよく表現されている箇所である。

(30)〔…〕나는가난하고 不幸한 탓으로 過去의나의戀愛가 全部悲劇이엿지마는 나는지금도 亦是 그 戀愛觀 理論은 조곰도變更된것이업고 그熱情은손톱만치도업서지지안햇다 단지 그對像マ マ이달러젓슬 뿐이다 나는 어는マ マ때나 戀愛를가젓다 어느때든지반다시 하나씩 女子를 사랑하고 모든것을바첫다 戀愛가업시는生活할수업다는 말이잇는대 나는이런經驗은못햇서도生活이잇는곳에는 어느때나戀愛 가잇다는 이런經驗은 오날까지하여오앗다〔…〕

〔…〕貧しさと不幸のせいから私の過去の恋愛は全てが悲劇だったけれども、その恋愛観や理論は今で もやはり少しも変わったところがなく、その情熱だってほんの少しもなくなったことはない。ただその 対象が変わっただけだ。私はいつでも恋愛をしてきた。いつでも必ず女性を一人ずつ愛し、全てのもの を捧げてきた。恋愛なしには生活できないという言葉があるが、私はそんな経験はしたことがなくても 生活のある場所にはいつでも恋愛があったという、そんな経験を今日までしてきた。〔…〕259

安懐南の恋愛観については次節で改めて論じることにするが、貧しい中でも絶えず女性 を愛する心を失わず「全てのものを捧げてきた」という内容は感傷的で「センチメンタル」

259‘一九三二年秋の感想―庚一君に送る文―’前掲書、19321015日付