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『…………』

先生は何も答えることができなかった。Aは謙遜の意を込めて再び俯いた。しばらく経ってから、

『まあ、君にそういったことを明日から必ず実行せよと言っているわけじゃないんだ。そういった気持 ちを心の中に持っていろっていうことだよ……』〔…〕337

何としても職に就き家庭の経済的状況を改善させ、苦しむ家族を救いたいという意欲を 全面に出している上のような描写部分から、彼の積極的で大胆な性格や人物像を読み取る ことができる。また、春の陽気の中を遊興に耽る裕福な若い男女らを眺めながら、「ふん、

こんなん人の住める所じゃねえ」(그래 이놈의대가 사람사는 대람)338と言い放ち、不平等な社 会に対する不満を口にしている場面もまた、Aの強気な性格が強く表れている部分である。

一方で卒業後、A は進学した友人の

B

と街で出会い、彼の四角帽に付いた上級学校の校 章と「スプリングコート」に羨望しつつ自らの惨めな姿を恥ずかしく思った。そして他の 友人に会うのを恐れて路地裏に入り、俯いて歩きながら、「奴と俺は何と変わってしまった ことか」339と考え気を落としている。また職業相談所に行っても職を得ることができず、

周囲の者に嘲笑されて赤面し、唇を強く噛みしめ「沈痛な表情」をしながら、「完全に絶望 状態に陥ってしまった」340と描かれている場面も見られる。こういった部分からは引用(49)

の場面とは正反対の、

A

の憂鬱で陰気な姿や悲観的な性格を容易に窺い知ることができるだ ろう。

しかし偶然に目にした新聞記事で「××事件」によって友人

C

が拘束されたという事実 を知り、

A

は彼を自分たちよりも一歩先を行く人物だと思って感嘆し、帰宅後には病床の父 が久しぶりに元気を回復している姿を見て元気を得た。そして「俺もこの世の男の一人と して責任を負うべき最も尊い事業のために、思いっ切り自分の力を尽くしてみよう!」341と 心の中で誓っている。最後に本作品の末尾で、Aは床屋に入り学生の頃に

B

たちと一緒に 伸ばしていた流行の長髪を思い切って刈ってしまうことを決意する。長髪はこれまでの「無 産インテリゲンチア」である無職で無能な知識人としての惨めな自身の姿や、あるいは憂

337‘髪’前掲書、193124日付

338‘髪’前掲書、193125日付

339‘髪’前掲書、193125日付

340‘髪’前掲書、193126日付

341‘髪’前掲書、193128日付

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鬱で悲観的な自らの否定的性格を象徴するものであり、

A

は髪を切ることでこれらとの決別 を試みようとしたと解釈することができるだろう。

しかし結局、上に見たような彼の性格が根本から変わることは最後までなかった。以下 は本作品の結びの場面である。

(50)〔…〕그는퍽도시원하였다 요새같이 더운일긔에 땀을흘리면서도및은놈머리같이 길다라케느리고 다니든 지긋지긋한 그머리를 깎어벌인것이……

하나 그는모든것을 차근차근하게 되푸리하였을때에는 몹시답답하고 우울하여지고말었다 그의두눈에서는 구슬같은 눈물방울이 뚝뚝떨어젔다 그는주먹으로 씻어벌였다 또한 아무리해도 그는아버님이 념녀가되였다

『그때 그렇게 떠드시든것이 병이더하시느라고 그런게야』

속으로 이렇게 중얼걸였다

그후로 병이붓적더하신아버지 그아버지는 잘해야 금년밖에 더사시지못할것이다

『아―그러면 マ マ어노!』

그느『후―』하고 길게한숨을내뿜으며 길옆 가로수(街路樹)에 기대여섰다

전등 달어나는자동차 신사숙녀 인력거타고가는 기생의뒷모양 즐비한상점 화려하게꿈여논창 녀름밤의종로거리는꿈같이 아름다운풍경이였다

『아―그러나 얼마나 고약한 놈의세상이냐 이갈리는현실이냐 나를및이게맨드는……』

『응 마음것및이마!』

A눈을부르뜨고 입술을꾹 담울었다 그리고 가많이서서 자긔의마음을 맹서하였다〔…〕

〔…〕彼はとてもさっぱりした気持ちであった。近頃のような暑い日にも汗をかきながら狂った男のよ うに長々と伸ばして歩き回っていた、うんざりするようなあの頭を刈ってしまったことが……

しかしあらゆることを順を追って思い返してみた彼は、ひどく重苦しく憂鬱な気持ちになってしまった。

両目からは玉のような涙が一つ二つと落ちた。彼は拳でそれを拭った。同時に否が応でも父のことが心 配になってきた。

『〔父が〕さっきああやって元気にしていた病気がひどくなるからなんだ』

心の中でこのように呟いた。

その後急に病が重くなった父、父は長くても今年中までしか生きていられないだろう。

『ああ、だったらどうしよう!』

彼は『ふう』と長い溜息をつき、道端の街路樹にもたれかかった。

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電灯、駆け抜ける自動車、紳士淑女、人力車に乗って走り去る妓生の後ろ姿、隙間なく立ち並んだ商店、

豪華に飾られた窓、夏の夜の鍾路の街は夢のように美しい風景であった。

『ああ、でも何てひどい世の中なんだ、この現実が悔しい、気が狂ってしまいそうだ……』

『そうだ、思いっきり暴れ回ってやろう!』

Aは目を見開き口を固く結んだ。そして静かに立ち、自らの心に誓った。〔…〕342

この場面では

A

の持つ両極端の二つの性格がともに表れていると言える。前半部で彼は 父の病のことを思い出し、「憂鬱な気持ち」で涙を流しながら、「さっきああやって元気に していたのは病気がひどくなるからなんだ」、「父は長くても今年中までしか生きていられ ないだろう」と過度に心配し、不安になって深く落ち込んでいる。そして溜息をつき周囲 の風景を眺めながら社会に対する不満を吐露するが、最後に至って元気を取り戻し、「思い っきり暴れ回ってやろう!」と自らの置かれた逆境に対して力強く戦っていこうとする積 極的姿勢を見せている。この場面に典型的に表れているように、

A

の行動や心理を描いた描 写部分を見ていくと、暗く沈んでいる場面と明るく力強さのある場面、憂鬱で悲観的でか つ心配性、臆病な性格の面と積極的かつ大胆で強気な性格の面が交互に表れていることが 分かり、彼がこのような正反対の性格をともに併せ持った青年であることが見えてくる。

これは何より文学に志を抱いて希望に胸を膨らませつつも、家の貧しさから常に憂鬱な気 分に陥らざるを得なかった当時の作家自身の状況と、彼の当時の性格がそのまま反映され たものあると考えるのが最も妥当であるだろう343

続く‘借用証書’も経済的に困難な立場に置かれた青年の生活難を主題とした小説であ る。主人公の李イ ・ は父を亡くした幼少時、母に慰められるまで顔を真っ赤にして亡骸の 前で泣き続けていたような「純真な少年」344であった。友達と川で遊んでいて家に帰った

342‘髪’前掲書、1931210日付

343 安懐南の初期小説に登場する男性主人公の性格や人物像に関し言及のある先行研究は‘髪’以外ではほ とんど見られないと言ってよい。本作品のAについては例えばイ・トククァ(1988)前掲書、p.106 にお いて、Aは「〔自らの置かれた〕状況と対決し解決しようとしていない」人物であるとされており、ピョン・

チョンウォン(1994)前掲書、pp.196~197 でも「窮乏した現実から抜け出すために努力するが、力なく 挫折する」人物、「困難な状況を克服する意志を喪失し、現実に挑戦することを放棄」した人物であると述 べられている。しかしここで見たように、Aは貧しい生活を少しでも改善しようとし、実際に校長に就職 先の斡旋を頼んだり職業紹介所に通ったりするという行動に出ている。また、末尾の「そうだ、思いっき り暴れ回ってやろう!」という強い意志の表明は、彼が完全に「力なく挫折」したり「現実に挑戦するこ とを放棄」したりしてはいないことをよく表しているものである。こうした部分を読めば、イ・トククァ やピョン・チョンウォンの言及には疑問を感じざるを得ない。

344 パク・ヘユン(2001)前掲書、p.46

152

ところ父が急死していたという話や、生前に金鉱の事業で家産を使い果たしてしまったと いう父の経歴は、幼少期の安懐南自身の家庭及び父の安国善にまつわる実話を基にしてい ると考えられる。加えて青年となった現在の文浩については、二十二歳(満年齢で二十一歳と 見られる)という年齢が当時の作家自身と一致し、通っていた学校を中退したという学歴も 共通しているものの、その後「各種小売商あるいは演劇俳優をし、老いた母一人を連れて 他人の家の借家を転々として文字通り惨憺とした生活を続けてきた」345とあるのは、作者 による脚色が若干混じっている可能性もある。

現在の文浩の風貌に関する描写部分を見ると、「今や彼は立派な青年となった。背が母の 倍にほども大きくなり、その凛々とした顔には常に青春の溌剌とした生気が漂っていた」346 とあり、1930年代当時の安懐南と同様に彼が血気盛んな力強い若者であることが強調され ている。そして父が生前に負った借金を取り立てに幼少時に家にやって来たことのある金キム・

ク ニョ ンと言う男が今住んでいる借家に再びやって来たと知るや、「『くそっ、あの野郎め!』

と言って文浩は〔金近泳の〕名刺をびりびりに破って」しまい、それを見て驚いた家主の妻 に対して「奴は泥棒ですよ!」、「私のような食うもののない男にだって五万ウォンも金を 出せと言ってくる奴ですよ」と怒りをぶちまけた347。そして作品の末尾において、彼は父 の借金の借用証書を書き、その返済を条件に金近泳の会社に就職することになるが、その 直後の場面は以下のように描かれている。

(51)〔…〕文浩는 사장실을나와 낭하맨끗남쪽창을열고 우둑하니 서서 밧글내다보앗다. 세상은인제 완전한여름이고 모든것은번성하려는 생긔가흐르고잇섯다. 『뚜―』하고 오정부는 소리가낫다. 문 호의가슴으로는붓적더운피가 소사올라왓다 그는자긔도몰으게 마음속으로부르지젓다.

『아아 어리석은놈들이다 차용증서가다무엇에 말러비틀어진것이냐? 그것을가젓다고 이문호에게서 동전한푼인들빼아서갈줄아느냐? 나는이러케일평생을 터덕어리고살 무산자가야マ マ니냐? 너이들에게 오천원식이나 턱업시내여줄 그런썩어질돈이 어디잇느냐말이다! 응그것을 백장만장가가マ マ지면 무엇 을할테냐? 오천원은고만두고 오만원오십만원이래도 써주마! 하하하하……』〔…〕

〔…〕文浩は社長室を出、廊下の一番端の南向きの窓を開けて立ちつくし外を眺めた。世の中は今やす っかり夏を迎え、全てのものに繁栄の生気がみなぎっていた。『プー』と正午を告げるサイレンが聞こ

345 안회남(1931)‘借用證書’“비판”(安懐南(1931)‘借用証書’“批判”)17号 193111 月、p.147

346‘借用証書’前掲書、p.147

347‘借用証書’前掲書、p.148