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く「心理」や「感性の世界」などといった表現が抽象的で把握し難いため、本論文の作品 分類には応用しづらいものである。
そして最後に戦後における安懐南自身の見方としては、前掲の
1947
年の‘安懐南氏から 林和氏へ’に見られたように、「植民地期に一貫して安閑な身辺小説を書」き、「炭鉱の徴 用小説を経」て「第三段階」の作品として‘暴風の歴史’を捉えている発言を挙げること ができよう。しかしこれもまた戦前の作品を一様に「身辺小説」とまとめているため、有 用な分類方法にはなり得ないものである。それではここまでの見解や命名方法を参考にして、本論文で行うことにする分類方法を 以下で定めてみることにしたい。第一にホン・チョンヘ(1999)の述べたように、安懐南 の登壇から
1933
年半ばまでの作品に関しては「どれもが貧民階層の人物群を主人公に設定 し、経済的側面から社会矛盾の告発を行っている」という、私小説的・身辺小説的でない 特異な特徴を帯びた小説群と見られるため、本論文ではこれをパク・ヘユン(2001)に従 って初期小説と名づけることにする。ただし‘少女’は「‘私’とその婚約者の女性の二人 だけが家に取り残されて起こったハプニングをコミカルに描いた小説で、主人公の‘心理 描写’が中心になっている」249小説であり、身辺小説としての傾向がより顕著であるため、安懐南の‘自己凝視十年’の見方を優先して初期小説からは除外する250。第二に、各先行 研究や‘自己凝視十年’に倣って
1933
年10
月の‘煙’から1937
年1
月の‘瞑想’、及び 同年同月の‘少年と妓生’までの全作品を前期身辺小説と定める。ただし1939
年10
月の‘謙虚―金裕貞伝―’は時期的に後になるのでここには含めない。
問題となるのは
1937
年2
月以降の作品群である。これまでの先行研究でも幾つかの見解 が見られ、安懐南自身も全てに明確な言及を行っていないため線引きが極めて困難である からである。そのため本論文ではいったん「製綿所」を舞台にした‘魍魎’、‘その日の夜 に起きたこと’、‘機械’、‘闘鶏’の四作品を本格小説とする。そしてそれに近い傾向と思 われる作品を同じように本格小説に含め、それとは遠い身辺小説の「余毒」の感じられる 作品を後期身辺小説と分類することにしたい。両者のいずれに属するかは全て筆者の主観 的な判断になってしまうことは認めるが、‘自己凝視十年’で言及のない作品について、ま ず農村や田舎を舞台にし、作家自身とは距離のある主人公を登場させている‘南風’、‘軍249 パク・ヘユン(2001)前掲書、p.49
250 ただしパク・ヘユン(2001)は本作品も「初期小説」に含めている。なお、上述のように‘母子’は 筆者が原文を確認できていないため、本論文では議論の対象外としたい。
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鶏’、‘灯盞’を本格小説に分類する。また安懐南は‘汽車’を身辺小説の「余毒」のある 作品と見ているが、舞台及び主人公の設定という点ではこれらの三作品と同様であるため 本論文では本格小説に含めたい。一方で作家自身に近い人物を主人公に設定した‘写真と 洋靴’(“女性”3巻1号 1938年1月)は後期身辺小説に含める。残った‘エレナ裸像’、‘愁心’、
‘温室’、‘恋人’、‘煩悶する『ジャンルック』氏’は‘自己凝視十年’に従い、‘謙虚―金 裕貞伝―’とともに後期身辺小説に含める。これらの作品は主人公に類似した知識人青年 が登場するという点でどれも共通しており、内容面でも「社会と大衆の大いなる現実」を 描いたというよりは、作家自身に身近な話題や素材を扱った私小説的作品であると言って よいからである。
以上の分類を整理したのが次ページに付した〈表
2〉である。1930
年代の安懐南小説を 初期小説/前期身辺小説/本格小説/後期身辺小説 の四つの時期に分けている本論文の 区分は、これまでの研究の中では1930
年代を最も細分化した分類方法と見られる。第3
章 からはこれに基づいて各小説作品と一つずつ取り上げ、知識人男性主人公の性格と恋愛に ついて分析・考察を進めていくことにしたい。106
〈表2〉安懐南の1930年代小説の作品分類 年月作品名掲載新聞・雑誌 19312初期小説‘髪’(발)“朝鮮日報”1931年2月4日付~2月10日付 11初期小説‘借用証書’(차용증서)“批判”1巻7号 12初期小説‘彼ら夫婦’(그들부부)“彗星”第1巻9号 19321初期小説‘愛情の悲哀’(애정의비애)“毎日申報”1932年1月17付~21日付 8前期身辺小説‘少女’(처녀)“第一線”2巻8号 11~12初期小説‘寂滅’(적멸)“毎日申報”1932年11月15日付~12月10日付 19331~2初期小説‘私と玉女’(나와옥녀)“新女性”7巻1号~2号 10前期身辺小説‘煙’(연기)“朝鮮文学”第3集 1934 19355前期身辺小説‘黄金と薔薇’(황금과장미)“中央”3巻5号 7前期身辺小説‘箱’(상자)“朝鮮文壇”24号 19363前期身辺小説‘故郷’(고향)“朝光”2巻3号 3前期身辺小説‘悪魔’(악마)“新東亜”6巻53号 4前期身辺小説‘憂鬱’(우울)“中央”4巻4号 6前期身辺小説‘香気’(향기)“朝鮮文学”続巻第2集 8前期身辺小説‘薔薇’(장미)“朝光”2巻8号 10前期身辺小説‘花園’(화원)“朝鮮文学”続巻第5集 19371前期身辺小説‘瞑想’(명상)“朝光”3巻1号 1前期身辺小説‘少年と妓生’(소년과기생)“朝鮮文学”続巻第7集 2本格小説‘魍魎’(망량)“風林”3輯 5本格小説‘南風’(남풍)“女性”2巻5号 19381後期身辺小説‘写真と洋靴’(사진과양화)“女性”3巻1号 4本格小説‘その日の夜に起きたこと’ (그날밤에생긴일)“朝光”4巻4号 5本格小説‘軍鶏’(싸움닭)“東亜日報”1938年5月12日付 6後期身辺小説‘エレナ裸像’(에레나나상)“青色紙”1輯 10本格小説‘汽車’(기차)“朝光”4巻10号 10本格小説‘灯盞’(등잔)“四海公論”4巻10号 19393後期身辺小説‘愁心’(수심)“文章”1巻2号 5後期身辺小説‘温室’(온실)“女性”4巻5号 6本格小説‘機械’(기계)“朝光”5巻6号 6~1940.3後期身辺小説‘恋人’(애인)“女性”4巻6号~5巻3号 7本格小説‘闘鶏’(투계)“文章 第7輯臨時増刊創作三十二人集” 10後期身辺小説‘謙虚―金裕貞伝―’ (겸허―김유정전―)“文章”1巻9号 10後期身辺小説‘煩悶する『ジャンルック』氏’ (번민하는『쟌룩』씨)“人文評論”創刊号 ※女性が主人公として登場する作品や、筆者が原文を未確認の作品は除外した。
初期小説/前期身辺小説/後期身辺小説/本格小説