第4章 待遇調整による依頼会話の展開の特徴
4.3 場面 3(お金の貸し借り)における待遇調整
4.3.1 場面 3 の待遇調整1(会話開始)
4.3.1.1 日本語依頼会話における待遇調整1(場面 3)
(ア) 《場の安定》に関わる待遇ストラテジー
① 依頼対象に導く依頼への道を作ろうとする【関連情報要求-提供】(依)
② 依頼対象に導く依頼への道を作ろうとする【関連情報要求への評価】(依)
場面 3で【関連情報要求-提供】は、場面2と同様に、依頼対象と関連しやすい事象を 示すことで、依頼対象に導く依頼への道を作ろうとする待遇ストラテジーとして用いられ ている。依頼対象に関連づけやすい「パソコンの買い替え」「貯金の状況」「仕事の最終 目的」のような話題から、依頼者は【関連情報要求-提供】の連鎖を用いて、依頼目的と 離れないように会話を進めて行く。その過程を通じて、被依頼者をその話題に自然に引き 込み、状況説明に移るタイミングが来たところで 待遇調整1を終了させていた。
会話例 66 では、依頼者はお金を借りるという目的に向けて、05JF1 で「パソコン」を 話題とする【関連情報要求】を行って会話を始めている。
会話例 66 (JP11)依頼者:JF1 被依頼者:JF2
05 JF1: ね:,家でパソコン使ってる? 関連情報要求 待遇調整1
《人間関係》
06 JF2: うん.(0.5)なんかね,最近すごく調子が悪くって:. 関連情報提供
07 JF1: ああ. 関連情報への理解
08 JF1: 私もおんなじなんだけど,それで,.hhまぁそろそろ買
い替えたほうがいいかな:と思ってるんだけど.
関連情報提供
09 JF2: もう何年使ってるやつ? 関連情報要求
10 JF1: もうね,3年使ってる. 関連情報提供
11 JF2: ああ,そろそろかな [:::. ] 関連情報への理解
12 JF1: [ね ぇ:.]で,ちょ っとお金 も-ため てるんだけど
関連情報提供
13 JF2: あ,すごいね::. 関連情報への評価
14 JF1: あ,いやあ, 関連情報への評価
同意
依頼者が05JF1でパソコンの話題を被依頼者への情報要求の形で持ち出すと、被依頼者
は06JF2でパソコンの調子が悪くなったと訴え、それを受けて08JF1で依頼者も自分のパ
ソコンも同じ状況であり、買い替えの時期であることを伝えている。その後、依頼者は被 依頼者からの09JF2の【関連情報要求】を受けて自分の状況を述べており、被依頼者に自 分の依頼目的に気付かせようとしている。依頼会話を始める話題の選び方は、日本の文化 背景と関わっていると考えられる。ここで依頼者が「パソコンの買い替え」の話題を選択
したのは、パソコンの買い替えにはお金が必要であるため、12JF1 の発話をするための準 備となりやすく、依頼目的であるお金の貸し借りにつながりやすいからだと考えられる。
このように、依頼者は【関連情報要求】で依頼を行う理由となる状況に言及し、依頼を行 うのによいタイミングを作る役割を果たしていると言える。
続いて、会話例 67では、依頼者は 07JM1で「貯金」のことを連想させやすい話題を持 ち出し、被依頼者から「貯金」に言及する 08JM2 を利用して雑談を始めている。その後 10JM1、12JM1、14JM1 で 自 分 の 仕 事 の 状 況 パ ソ コ ン を 買 い た い こ と を 述 べ 、 さ ら に
19JM1、23JM1の発話でパソコンの値段に言及している。このように、パソコンを買うの
にお金が必要なことを想起しやすい話題へと自然な流れで移っており、被依頼者を自分の 話に引き込むことに成功している。
会話例 67 (JP14)依頼者:JM1 被依頼者:JM2
05 JM1: 俺?(1.8)味噌汁とおにぎり. 関連情報提供 待遇調整1
《人間関係》
06 JM2: ま(h)じ(h)か.お金ないの,今. 冗談
07 JM1: ↑ないってわけじゃ(h)な(h)いけど:, 関連情報提供
08 JM2: あ,そうか今 [貯金してるとか言ってたもんね:.] 関連情報への理解
09 JM1: [ほら,そうそうそうそう ]
そうそう.
関連情報への理解 10 JM1: その,[なに:?やっぱりマックが:, 関連情報提供 11 JM2: [そっか:. あ:,ゆってたね,
[パソコン買いたいん [だっけ.]
関連情報への理解
12 JM1: [ほしい(んすよ). [でほら ],(0.7)今年から部署
も変わって,なんかすげ:(.)プレゼンしなきゃいけなく
[(なったでしょ?)で:,]
関連情報提供
13 JM2: [あ:,はいはい ]はいはい. 関連情報への理解
14 JM1: それで,やっぱそういう何?(0.4)まあ,(0.7)パワーポ イントとか[他の:( )] すごく充実してるって いうので,まソフトもそうだし,[マック.].hh
にし-(1.0)しようかなというこ[に,( )]してる
ですよね:.
関連情報提供
15 JM2: [はいはいはい.]
[うん. ]
[あ,そうなんだ.]
関連情報への理解
16 JM2: (0.8)えっ,(0.8)何,一番新しいのを買いて:の? 関連情報要求
17 JM1: もちろん. 関連情報提供
18 JM2: あ::そうなんだ.え一番新しいのがいくらくらいすんの 関連情報要求
19 JM1: でもね,今ね,じゅう::5,6万 [かな: [で も,なん今(1.2).hなんかフェアやってて:,なんか-=
関連情報提供 20 JM2: [あ,まじで.そん[なす
るんだ.=へ:.=
関連情報への理解
21 JM1: =あの::,(0.7)アップルができ-あのう:,その:,心斎橋で きて何年みたいな感じの,[( )]フェア をやってて,
関連情報提供
22 JM2: [へ:,そうなんだ]
へ::.
関連情報への評価
23 JM1: (0.6)で:,結構-結構ね,2,3万かな?安く [なる:- 関連情報提供
24 JM2: [ あ っ,あ-そ んな安くなんだ.あ,[す:げ:.
関連情報への評価
持ち出した話題について、依頼者は、最初は被依頼者に情報要求の形で雑談を進めて行 くが、雑談の話題が自分の目的から離れていかないように、【関連情報要求-提供-理 解】の連鎖を駆使し自分に関する情報提供も行いながら、依頼行動を行う「場」を調整し ている。その過程の中で、被依頼者を自分の目的へ自然な流れで引き込み、一方的な会話 にならず被依頼者とお互いに雑談のような会話を交わしながら、雑談と依頼目的とのバラ ンスを保とうとしており、人間関係を損なう可動性が高い依頼を行える「場」を段階的に 作ろうとしている。このように、依頼対象と関連付けのある「貯金」「パソコンの買い替 え」のような話題が待遇ストラテジーとして依頼者によって利用されている。
③ 依頼の方向性を示唆する【前置き】(依)
【前置き】は、本研究 の会話データを観察し た限りでは、5 つ の会 話中 4 つの会話
(JP11・JP12・JP14・JP15)に見られたことから、場面3の典型的な待遇ストラテジーな の で は な い か と 考 え られ る 。 陳 (2007) は 、 前 置 き 表 現 を 伝 達 性 への 配 慮 を 示 す も の
(いかに効率よく伝達情報を聞き手に伝えるかという配慮)か、対人関係に対する配慮を 表すもの(聞き手との人間関係を保つための配慮)かという観点から「伝達性配慮型」と
「対人配慮型」の2種類に分けている。場面3の 待遇調整1で観察された【前置き】は、
「ちょっと聞きたいことがあるんやけど」のような、前者の「伝達性配慮型」と「申し訳 ありませんが」のような後者の「対人配慮型」の両者であった。
会話例 68 では、場面 2 と同様に、【前置き】によって依頼会話を始めている。ここで の【前置き】は、依頼者が伝達しようとする内容を被依頼者に予告して談話の方向性を示 し、伝達効果を高めるものであると考えられる。さらに、この 02JF4 の「何?」、04JF4
「どうしたん?」のような【前置き】に対する反応により、被依頼者が依頼者の05JF3の
【状況説明】を促すことができ、会話参加者が依頼の「場」をお互いに作ろうとしている と考えられる。
会話例 68 (JP12)依頼者:JF3 被依頼者:JF4
01 JF3: JF4さ[:ん. 前置き 待遇調整1
《場の安定》
02 JF4: [はーい, [な:に? 受け入れ
03 JF3: [ちょっとお願いがある [ねんけど:, 前置き
04 JF4: [hな(h)に(h)?ど(h)
し [た(h)(ん)?
受け入れ
05 JF3: [今日ね, [ ]電気屋さんのチラシ見てたら, 状況説明 待遇調整2
次に、会話例 69では、「ちょっとさ、昼食の席で、申し訳ないんだけどさ,お願いがあ るんだよ」という 01JM3 の発話には、「対人配慮型」に当たる「ちょっとさ、昼食の席 で申し訳ないんだけどさ」と、「伝達性配慮型」に当たる「お願いがあるんだよ」のよう に分けられ、2種類の【負担軽減】が同じ発話内で見られた。
会話例 69 (JP15)依頼者:JM3 被依頼者:JM4
01 JM3: いや ::ちょっとさ [::: ]昼食の席で、申し訳ないんだけ
どさ,(.)お願いがあるんだよ!
前置き 待遇調整1
02 JM4: [うん ] どうしたん? 受け入れ
03 JM3: 前からさ,ノートパソコンを買いたいみたいなあってゆってた
じゃん
状況説明 待遇調整2
04 JM4: ゆってたゆってた. 理解
ここでの「ちょっとさ、昼食の席で申し訳ないんだけどさ」は、直後の「お願いがある んだよ」に対する【前置き】を行うという意図で発せられたのではなく、聞き手との対人 関係を図りながら、次の主要の内容に入るための準備として用いられたものであり、被依 頼者に対して依頼者の「お詫び」の姿勢が読み取れる。