第3章 研究方法
3.1 理論的な枠組み
本研究は「待遇コミュニケーション」の理論的な枠組みに基づき、研究を行う。ここで
は、まず 3.1.1 で「待遇コミュニケーション」の規定に基づき、「依頼」という「意図」
を表現する行為とその「意図」を理解する行為について述べる。次に、日本語教育におい て、学習者のコミュニケーション能力を高めるには、「待遇コミュニケーション教育」の 視点も重要であるため、「待遇コミュニケーション教育」に関して 3.1.2 で取り上げる。
また、「待遇コミュニケーション」と本研究の関連性を述べる。
3.1.1 「待遇コミュニケーション」における「依頼」
「 待 遇 表 現 」 と は 、 蒲 谷 他 (2003) に よ る と あ る 「 表 現 主 体 」 が 、 あ る 「 場 面 」
(「人間関係」や「場」の認識)において、何らかの「表現意図」を実現するために、
「表現形態1」を考慮した上で、その「場面」に適切な「題材2」「内容3」を選択し、適
1 蒲谷他(2003)「表現形態」:音声表現形態(話し言葉)と文字表現形態(書き言葉)
2 蒲谷他(2003)「題材」:何について
3 蒲谷他(2003)「内容」:何を
切な「言材4」を用いることによって「文話 5 」(あるいはその一部)を構成し、「媒材 化6」するといった、一連の「表現行為」である。
また、「待遇コミュニケーション」は「主体」の「行為」として成立し、「主体」は
「コミュニケーション主体」として位置づけられ、「コミュニケーション主体」は「表現 行為」においては「表現主体」となり、「理解行為」においては「理解主体」となる(蒲
谷他 2003)。依頼という行為は、依頼者(依頼主体)に、「相手」にある自分の利益に
なる行動を実行してもらいたいという意図があり、その「行動」を「相手」に実行させよ う と す る 行 為 で あ る 。 「 待 遇 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 」 に お け る 「 依 頼 」 に つ い て 、 頼
(2006)では、「依頼場面においては、依頼者と被依頼者が「コミュニケーション主体」
となる。依頼者は「表現主体」となり、被依頼者は依頼者の「表現」「意図」などを把握 する「理解主体」となると規定している。
「待遇コミュニケーション」の規定に基づくと、「表現主体」となった依頼者の「表現 行為」、および「理解主体」となった被依頼者の「理解行為」の過程は次のように考えら れる。まず、依頼者が被依頼者に働きかける前に、頼みたい相手との「人間関係」、頼む 際の時間、場所、状況などの「場」、頼みたい「依頼内容」などを認識し、相手に働きか けるかどうか、つまり依頼の行為を行うかどうかを判断する。依頼者が依頼の「行為」を 行うと決めた場合、依頼の「意図」を伝えるために「表現形態」を考慮した上で、「言材」
「題材」「内容」を選び、「文話」を構成し、「媒材化」するという一連の「表現行為」
が行われる。被依頼者が「理解主体」となり、依頼者の働きかけを理解する場合、働きか けられた「場面」において、「媒材化」された「文話」から、「表現形態」を考慮した上 で、「言材」「内容」「題材」を把握し、依頼者の「意識(「気持ち」「意図」)」「場 面」「依頼内容」などに対する「認識」を把握していく「理解行為」が行われる。また、
依頼者が依頼場面において「依頼」という「意図」のほかに、「人間関係」「場」「状 況」、「依頼内容」などに対する認識から様々な「意識(例えば、恐縮の意、感謝の意な ど)」が生じることがある。被依頼者に対して、「依頼」だけではなく、それらの「意識」
を表わす場合もある。
4蒲谷他(2003)「言材」:どんなコトバで
5蒲谷他(2003)「文話」:文章と談話の総称である。
6蒲谷他(2003)「媒材化」:どういう音声化、文字化で
3.1.2 「待遇コミュニケーション教育」
蒲谷(2003)によると、「「待遇コミュニケーション教育」とは「人間関係」「場」
「意識(「気持ち」「意図」)」「内容(なかみ)」「形式(かたち)」を常に連動させ たコミュニケーション力を養うことである。「人間関係」「場」「意識(「気持ち」、
「意図」)」「内容(なかみ)」「形式(かたち)」は「待遇コミュニケーション教育」
を考える際に重要なキーワードである。本研究では、「待遇コミュニケーション教育」の 視点から日本語教育への応用を意識した。「待遇コミュニケーション教育」の観点から、
依頼場面における日本語会話教育や実践を行う際に、次のようなことが重要である。
① 学習者は「コミュニケーション主体」であり、「表現主体」にも「理解主体」にもな ることがある。
② 依頼者である学習者は「表現主体」となり、「依頼」という「表現行為」を行う場合、
自分の「意識(「気持ち」「意図」)」を相手に伝えるために、相手との「人間関係」
「場」を適切に認識し、その認識に基づき、適切な表現の「形式」と「内容」を選び、
「コミュニケーション」を展開させることが重要である。
③ 被依頼者となった場合、用いられた「依頼」という「表現行為」を適切に把握し、
「表現主体」の「意図」「気持ち」を適切に理解することが大切である。
3.1.3 「待遇コミュニケーション」と本研究の関連性
Brown & Levinson(1987)は、依頼は、相手に何かを課すことで、権利や自由を侵害 させたくないという相手のネガティブフェイスを損なう恐れがある行為であると述べてい る。そのため、「依頼」という行為には、依頼者側との人間関係を損ねることなく、自分 の意図を相手に伝えるためのストラテジーを工夫することが必要となると述べている。そ こで、本稿では、受益者となる依頼者が依頼をされる側の不利益や負担を軽減することに 注意を払うかどうか、また、被依頼者は依頼に対して、いかなる待遇ストラテジーで相手 との人間関係を維持しながら会話を進めていくのかに注目する。
本研究は、頼(2006)が提唱した「待遇コミュニケーション」における「依頼」に関 わる定義を採用して、日本語母語話者同士とベトナム語母語話者同士による依頼会話につ ぃて被依頼者とより良い人間関係を築いていくための依頼者の「表現行為」と被依頼者の
「理解行為」の過程を「待遇コミュニケーション」の観点から明らかにしたい。つまり、
依頼者と被依頼者が決まった場面において、人間関係に支障を来さないよう何のために何 を考慮し、その意図を表わすにはどのような表現の「形式」、「内容」を選ぶのか、とい う観点から、待遇ストラテジーとしての発話機能を明らかにすることを研究の目的とする。
また、この研究の結果からベトナム語を母語とする日本語学習者への指導案を考え、学習 者が依頼の場面においてコミュニケーションを行う際に参考にできる手がかりを示したい。