第4章 待遇調整による依頼会話の展開の特徴
4.1 場面 1 (小説の貸し借り)における待遇調整
4.1.6 まとめ
日本語とベトナム語の依頼会話の各段階の待遇調整における使用されている待遇ストラ テジーの共通点と相違点を以下のようにまとめる。
(1) 《場の安定》に関わる待遇ストラテジーの使用
依頼者が被依頼者に唐突さを感じさせないように、依頼対象である「小説」についての 情報をお互いに求めたり、「小説」についての評価を交わしたりする《場の安定》に関わ る待遇ストラテジーで、依頼者が被依頼者に「これからその小説について何か言うよ」と いうことを伝えている。このように、 待遇調整1 は、依頼を始めるに先立ち、依頼者が 被依頼者を自分の依頼目的へと向かう話に引き込むために、依頼対象、あるいは依頼対象 をめぐる事柄に関する雑談を交わす段階である。場面1の依頼会話では、依頼対象に関す る雑談を行わない会話が、両言語とも全く見られなかった。ここから、雑談は依頼者が被 依頼者に心構えをさせることになり、依頼達成に大きな役割を果たしていることが両言語 で共通している。
(2) 《行動前提》に関わる待遇ストラテジーの使用
両言語の 待遇調整2 は依頼者が被依頼者に依頼を行える前提条件を理解してもらい、
被依頼者を説得しようとする段階であるため、両言語のほぼすべての依頼会話において
《行動前提の伝達と理解》に関わる待遇ストラテジーが用いられているが、両言語では相 違が観察された。日本語の場合は、依頼者は①【状況説明】で依頼を行う必要があること を伝えると同時に、②【状況確認要求】で被依頼者が置かれている状況を確認している。
さらに、日本語では、依頼者による【状況確認要求】が行われない場合、被依頼者自らが 自分の状況を申し出ることによって、依頼の負担が大きくないということを示すことが明 らかになった。一方、ベトナム語の会話でも同様に①【状況説明】と②【状況確認要求】
が見られたほか、依頼者が依頼対象の扱い方、返却方法、返却日などへの約束をする【約 束】も見られた。この【約束】は、場面1の日本語とは異なり、ベトナム語では多く使用 されている。また、 待遇調整3 で【承諾】を引き出せない場合、依頼の「妥当性」を高 めようとするために、 待遇調整2 に戻り、【約束】を再度行ったり、【状況詳細説明】
で被依頼者を説得しようとしている。
(3) 【依頼】に対する待遇ストラテジーの使用
【依頼】に対する【承諾】の有無は日本語とベトナム語の依頼会話の相違点の一つだと
思われる。日本語では、依頼者の【依頼】に対して、被依頼者は「あっ,いいよ」のよう な【承諾】を必ず言語で明らかにするため、【保留】と【拒否】は現れなかった。その原 因としては「小説の貸し借り」程度の負担度の軽い依頼であれば、そもそも断るようなこ とにならないからだと考えられる。それに対して、ベトナム語では【承諾】が必ず出現す るわけではなく、被依頼者は【承諾】の代わりに【解決案申し出】や【問題提起】で、依 頼者に間接的に【承諾】を理解させていた。さらに、「いやだ」のような冗談めいた【拒 否】によって【承諾】を間接的に理解してもらおうとしたり、また、【状況詳細要求】で
【保留】の意を表して依頼の理由を理解できるまで求めようとしたりすることも見られた。
この【保留】は【拒否】といったネガティブな態度を表すものではなく、【承諾】に向け て交渉を行うポジティブな態度を表すものである。
(4) 【負担軽減】の有無
依頼を引き受ける【承諾】に対し、日本語では「本当に?」「いいの?」のような【負 担軽減】が使用されていたが、ベトナム語の会話では見られなかった。この【負担軽減】
は言語形式から【確認要求】と思われやすいが被依頼者に対する感謝の気持ちを表し、心 的な負担を減らすための発話であり、会話を順調に行うのに役に立つと考えられる。
(5) 会話終了のための待遇ストラテジー
会話を終らせるために、日本語の依頼会話では、【承諾】がなされた後、いずれの会話 においても人間関係を修復する待遇ストラテジーが使用されている。ここで使用されてい る待遇ストラテジーは、①依頼を承諾してくれたことへ感謝の気持ちを表す【感謝】、② 依頼を行うことに対して恐縮の意を表明する【謝罪】である。それに対して、ベトナム語 の依頼会話は、この 待遇調整5 が欠落しており、 待遇調整4 を終えた時点で会話も終了 させようとしていることが観察された。その理由としては、小説の貸し借りはベトナム語 母語話者にとっては大変軽いものなので、ベトナムの依頼会話を終了するのに【負担軽 減】、【感謝】、【謝罪】などを相手に表明すると、かえって両者の間に距離を置いてし まうためであると考えられる。ベトナム語では、被依頼者は【承諾】を明らかにしたとこ ろからお互いに相談し合い、両者に都合の良い条件がそろった時点で会話を終了すること になる。