第4章 待遇調整による依頼会話の展開の特徴
4.2 場面 2(ビデオカメラの貸し借り)における待遇調整
4.2.1 場面 2 の待遇調整1(会話開始)
4.2.1.1 日本語依頼会話における待遇調整1(場面 2)
(ア) 《場の安定》に関わる待遇ストラテジー
① 依頼対象に導く依頼の場を作ろうとする【関連情報要求-提供】(依)
② 依頼対象に導く依頼の場を作ろうとする【関連情報提供への評価要求-評価】(依)
まず、①については、会話例 31 のように、依頼者は英会話スクールに関する話題を提 示し、自分がスピーチコンテストに出るという状況を理解してもらえるよう、詳しく説明 している。依頼者は、20JM1 の「最近,どう?そっちの仕事は?」と、31JM1の「仕事と他 さ,なんかこう趣味とかやってるの?」という発話でまず相手の状況について聞いている。
このような質問は、21JM2から 30JM2、32JM2から 36JM2のように自分のことについて 答えた後、「自分のことを聞かれたら相手に同じようなことを聞き返す」という展開にな ることも多く、それを期待して行っているとも考えられる。被依頼者の 38JM2「忙しい の?」という質問を受けて初めて、39JM1で英会話スクールの話題を持ち出している。そ の後、依頼者は、41JM1、43JM1、46JM1、48JM1、52JM1、54JM1 などの依頼目的と関 係のある情報を自ら提供しており、依頼のできる場を作ろうとしている。これらの情報が その後依頼の理由となるわけである。この段階で依頼者は依頼目的を持って関連情報を提 供しているが、被依頼者はそれに気づかず、雑談として会話を進めている。
会話例 31 (JP9)依頼者:JM1 被依頼者:JM2
20 JM1: 最近,どう?そっちの仕事は?結構忙しいなの? 関連情報要求
待 遇 調 整 1 21 JM2: そうだな.この時期::いや,別かな,教えることも慣れてきた
みたいだし-
関連情報提供
22 JM1: あ,そうなんだ. 関連情報への理解
23 JM2: -移動も-俺と関係ないことだったけど,なんか [ ]
まあ,わりと簡単にやっているイメージは [ (0.1) ] あるんかな.
関連情報提供
24 JM1: [うん ]
[ あ,本当 ]
関連情報への理解
25 JM2: うん. 関連情報への理解
26 JM2: どう?そっちは? 関連情報要求
27 JM1: ああ,まあまあかな.まあ,ちょっとね.あのう-(.)4月か5
月にちょっとね>新入さんが入ってて,ちょっと忙しかっ たんだけど, [今ちょっと落ち ]着いてきた<
関連情報提供
28 JM2: [はいはい ]
そうだね,そういう時期かもね.
関連情報への評価
29 JM1: うん,そうだね. 関連情報への評価同意
30 JM2: それはそうだ.h.h 関連情報への評価同意
31 JM1: (0.4)仕事と他さ,なんかこう趣味とかやってるの?
[○○とか]
関連情報要求
待 遇 調 整 1 32 JM2: [いや, ]相変わらずでしょう.飲みに行ったりとか.
[ ]でも,平日は(0.1)飲みに行くとかあまりない-か な: : :
関連情報提供
33 JM1: [hhhh]あ,そうなん? 関連情報への理解
34 JM2: うん,家に帰っててまあ,ゆっくりテレビを見たりとか- 関連情報提供
35 JM1: えっ,そうなんや 関連情報への理解
36 JM2: 日は: : 外出って言ってもドライブぐらいだから,そんなに と-とうでとうでしないかもしれないね.
関連情報への評価
37 JM1: そうか. 関連情報への理解
38 JM2: 忙しいの?[ して] 関連情報要求
39 JM1: [う:::ん]まあ,全然趣味:趣味じゃないんだけ
ど-[ ]ちょっと英語を勉強しないとや[ばい]なっ
関連情報提供
40 JM2: [うん] [あら] 関連情報への理解
41 JM1: 結構,たまにさ:海外から電話がかかってくるじゃん. 関連情報提供
42 JM2: はい,はい, 関連情報への理解
43 JM1: いや,ちょっと- [hhhh ]安心 関連情報提供
44 JM2: [困るだよね.] 信じま[すってhhh] 関連情報への評価
45 JM1: [そうそう ]
そう.=
関連情報への評価同意
46 JM1: =ちょっと英会話学校を始めましたさ 関連情報提供
47 JM2: おっおっ.はい.はい.いいね. 関連情報への理解
48 JM1: でも,結構もう,月謝は安くないけど,結構まあ,楽しくて,先 生めっちゃいい人で,
関連情報提供
49 JM2: へっ 関連情報への理解
50 JM1: うん, 関連情報への理解
51 JM2: それはいいね 関連情報評価
52 JM1: でさ,やっぱ入ってから,まあ,そんなに経っていないんだ けど: [ (.) ]スピーチコンテストがちょっと来月あ るらしくて,
状況説明
待 遇 調 整 2 53 JM2: [うん ]まさか? 継続支持
54 JM1: そう.h.h出[ろ出ろと言ったからさ,] [あんまり話
すのが得意じゃないけど, ]
状況説明 55 JM2: [hhhhhhhh ]すご[いな:::::::
なっているだね ]すごいね.
理解
56 JM2: =もう原稿とか自分で考えてる:ん? 関連情報要求 待
遇 調 整 1
57 JM1: まあ,先生と相談しながら:だね 関連情報提供
58 JM2: おっ,格好いいな 関連情報への評価
59 JM1: でも,俺だめだ.はなす‐はなすのは緊張しすぎるから 状況説明 待
遇
60 JM2: そうだね.結構いるんでしょう?スピーチの人 理解 2
ここで、日本語母語話者の依頼者は、最初から依頼対象について言及するのではなく、
依頼を行うに先立ち、依頼対象についての間接的な話題を選び出し、段階的に依頼対象に ついて触れていっている。このような待遇ストラテジーを用いて、依頼者は相手に違和感 や唐突さなどを感じさせずに、自分の会話の目的に気づかせ、依頼への道を作ろうとする のである。要するに、このような待遇ストラテジーは相手が何の目的をもって会話を進め ているのかを把握していない被依頼者に心の準備をさせようとすることにより、これから 行う依頼の「場」を整えるプロセスにおける一つのステップとなると考えられる。
③ 前提条件の共有によって被依頼者の状況を把握しようとする【所有確認要求】(依)
会話例 32 では、依頼者はビデオカメラを借りるという目的に向けて、ビデオカメラの 所持を被依頼者に確認する依頼対象の【所有確認要求】という発話によって依頼会話を始 めている。ここでは、05JF1 が【所有確認要求】の発話であり、これに対して 06JF2でビ デオカメラの所有を確認した後、次の話題を提示している。
会話例 32 (JP6)依頼者:JF1 被依頼者:JF2
05 JF1: [ビデオカメラで何かとっているって言ってたよね. 所有確認要求
待 遇 調 整 1
06 JF2: .hそうそう.なんか:,え:::=(0.5)会社の中で? 所有確認
07 JF1: うん.いや会社の中でもどこでも. 関連情報要求
08 JF2: あ:,会社の中でも撮ってるんだけ [ど:, hhh[hh 関連情報提供
09 JF1: [\へえっ?\ [.hhそれっ
て\ちょっと見たいかも.\
関連情報への評価
10 JF2: .hhhなんか,え:::ちょっと楽しそうに(.)なんかしてる人の(.)
[ビデオを,
関連情報提供
11 JF1: [(へ:),えっ, 例えば? 関連情報要求
12 JF2: .h例えば? =なんか,え::,(1.8)ん:女の子と男の- [人-おとん:
なの人と男の人が [:,楽しそうに話して [るとか:,
関連情報提供 13 JF1: うん.= [(ん:)
[うん. [楽しそうに>(話 してる)<いや,それって,ちょっと噂になったり,
関連情報への理解
14 JF2: そう. 関連情報への理解
15 JF1: いや.= 関連情報への評価
16 JF2: =でもこれって,(0.5)していいかどうかわかん\ない [んだ(h)
け(h)ど(h)\, hhhh.hh
関連情報提供 17 JF1: [hhhh.hh 関連情報への理解
ここで、依頼対象であるビデオカメラを持っていることは、依頼の前提条件であるため、
【所有確認要求】の発話を用いることで、依頼者は、依頼を行えるかどうかの前提条件を 確認し、被依頼者の状況を把握するのに加え、依頼対象を想起させる関連情報を提供する
きっかけを設けようとしていると考えらえる。その後、依頼者は、依頼対象を巡る関連情 報を詳しく求めたり、評価したりすることで被依頼者の話の調子に合わせようとする待遇 ストラテジーが行われている。このような待遇ストラテジーによって、被依頼者が自分の 目的から離れることなく雑談のように会話を進めることができると考えられる。
④ 被依頼者による【所有申し出】を利用した依頼会話開始のためのストラテジー(依)
本稿で扱うデータでは、被依頼者による【所有申し出】が出現する会話が見られた。こ れは、被依頼者が依頼対象についての情報を提供するタイミングを捉えて、依頼者が依頼 対象に関するやりとりを進めていこうとするというものである。
会話例 33 (JP10)依頼者:JM4 被依頼者:JM3
01 JM3: (そうい)えばさ, [ ]俺この間ビデオカメラ買ったん
だよ.
所有申し出
待 遇 調 整 1
02 JM4: [はい.]あ,ほんまに? 継続支持
03 JM3: うん. 継続支持
04 JM4: どんなん買ったん. 依頼対象の情報要求
05 JM3: .hあ:の:,なんかCMでやってるやつでさ:, 依頼対象の情報提供
06 JM4: うん. 理解
07 JM3: (0.6)結構いい感じなんだよ. 依頼対象への評価
08 JM4: あ:い:ね:. 依頼対象への評価同意
09 JM3: (0.7)そうそうそうそう. 依頼対象への評価同意
会話例33では、被依頼者のロールカードに依頼者が借りようとしているということが 示されていたため、被依頼者は、自分が最近ビデオカメラを買ったということを話し始め ており、依頼者はそのタイミングを捉えて、被依頼者の【所有申し出】を利用するという 待遇ストラテジーにより、依頼対象をめぐる話題として雑談を進め、依頼を行う「場」を 作ろうとしている。ここのように、依頼会話を始めるのに適したタイミングが来れば、そ れを利用して依頼会話を進めることができる。実際の会話では必ずこのような展開になる とは限らないが、そのタイミングをうまく利用し依頼の目的に向かって会話を進めようと するのも適切な方法である。
⑤ 依頼の方向性を示唆する【前置き】(依)
張(2004)では、【前置き】とは、「ちょっとお願いがあるんですけど」などの依頼 を明示的に示唆するメタ的な発話であると主張している。三井(1997)では、日本語の 依頼会話を分析し、「依頼を行う」という言語行動について言及するメタ言語的な発話は、