拘束性換気障害
CQ 16 拘束性胸郭疾患による慢性呼吸不全に対し,長期 NPPV を使用すべきか?
回答:肺結核後遺症や脊椎後側彎症などの拘束性胸郭疾患(restrictive thoracic disease:RTD)によ る慢性 Ⅱ型呼吸不全に対する長期 NPPV のエビデンスは,欧米および日本の比較的大規模なレトロス ペクティブな調査を含むコホート研究に基づく.そのすべてにおいて NPPV が生命予後や QOL を改 善させることが報告されており,今日すでに広く用いられて良好な治療成績が得られているため,比 較対照試験を行うことは倫理的に困難となっている.本ガイドラインでは,適応のある RTD 症例に対 して長期 NPPV を導入することを推奨する.
CQ16 推奨:適応のある RTD 症例では,長期 NPPV の導入を行うべきである.【エビデンスレベル
Ⅳ,推奨度 A】
全肺気量・機能的残気量は減少し,正常な呼吸パターン では呼吸仕事量が 5 倍以上になるので,呼吸筋疲労を防 ぐために「速く浅い」呼吸パターンをとるが,死腔換気 が増加し分時換気量のさらなる増加が必要となる3). b.夜間睡眠時低換気(高二酸化炭素血症に至る
機序)
慢性呼吸不全,特に高二酸化炭素血症は,夢と関連し たREM(rapid eye movement)睡眠期の低換気に端を発 すると考えられている4).健常人では,すべての睡眠ス テージで,覚醒時に比べて,換気が低下する.non-REM 睡眠期には,換気の低下は比較的少ないが,REM睡眠期 には顕著となる.覚醒時と比べて,REM睡眠期には,換 気量が約 40%低下する.同様な現象が,呼吸不全患者に も生じている.睡眠中の低換気の原因として,①呼吸中 枢出力の低下,②補助呼吸筋を含む骨格筋緊張の低下,
③上気道抵抗の増加と閉塞型睡眠時無呼吸の合併,④低 酸素換気応答・高二酸化炭素換気応答の鈍化,が考えら れている.慢性呼吸不全患者では,安静覚醒時において さえ,横隔膜と補助呼吸筋を総動員して換気をかろうじ て維持している.ところが,REM睡眠期に補助呼吸筋の 筋緊張が低下し働かなくなると,睡眠の影響をあまり受 けない横隔膜のみでは換気を維持することができなくな り,著しい低換気を生じ,低酸素血症と高二酸化炭素血 症を呈することになる.特に,RTDでは覚醒時より一回 換気量(VT)が小さく肺胞換気量(VA)も小さい.死腔を 考慮すると,わずかなVTの低下が著しいVAの低下を招 く.このため,RTDではCOPDと比べ昼間覚醒時の PaO(Sp2 O2)から予測できないほど夜間睡眠時に低酸素状 態となり5),そうした症例のほとんどが昼間覚醒時に高 二酸化炭素血症を呈することが知られている6).
一方,高二酸化炭素血症は,慢性呼吸不全患者におけ る,呼吸筋不全を防ぐための一種の戦略あるいは生理学 的適応とみなすこともできる.つまり,呼吸中枢が高二 酸化炭素血症を許容する(呼吸中枢のCO2感受性が高い 値にセッティングされる)ことにより,高いPaCO2下で も換気ドライブが亢進せず呼吸困難が発生し難くなり,
かつ,少ない肺胞換気量でより多くのCO2を体外に排出 することができるため,セッティングされたPaCO2レベ ルを維持することが呼吸筋にとって容易になる.しかも,
呼吸筋でのエネルギー消費が少なくて済むため全身の栄 養状態も改善することが期待できる.こうして,PaCO2レ ベルが患者自身の呼吸筋の実力に見合ったものに調整さ れ,過度の呼吸筋疲労と全身の呼吸器悪液質(pulmonary cahexia)は防止されることになる.しかし,この低換気 による高二酸化炭素血症は必然的に低酸素血症を伴うの で,長期酸素療法(LTOT)の導入以前は高二酸化炭素血症 は一般的に予後不良の徴候と考えられていた.ところが,
LTOT下では低酸素血症をきたすことなく高二酸化炭素 血症が許容されるため,高二酸化炭素血症は呼吸不全患 者にとって必ずしも不利とはいえなくなった.実際,肺 結 核 後 遺 症 に お い て は ,LTOT導 入 時 に PaCO2 が 45mmHg以上の群がそれ以下の群に比べて,栄養状態が よく7)生命予後もよいことが報告されている8).このた め,LTOT中の高二酸化炭素血症は必ずしも治療の対象 にならないとする意見もあった.しかし,LTOT施行下 に,夜間の,特にREM睡眠期の低換気が助長され高二 酸化炭素血症がさらに増悪することになり,重炭酸イオ ンの蓄積などを介して,CO2に対する呼吸中枢の化学感 受性が鈍化する.こうして,LTOT施行下に年余を経て,
昼間覚醒時の高二酸化炭素血症が進行し9),起床時の頭 痛・昼間の眠気・疲労感・不眠・昼間のイライラ感・性 格変化・知能の低下・夜間頻尿などのさまざまな臨床症 状を生ずるようになる.また,高二酸化炭素血症が進行 すると,増悪による入院をきたしやすいことが知られて いる10, 11).
c.肺高血圧
肺血管床の減少,低酸素血症に伴う肺血管の攣縮,多 血症による血液粘性度の増加により肺高血圧となり肺性 心を生じやすい.労作時呼吸困難・体重増加・頸静脈の 怒張や下肢の浮腫の急速な出現があれば,肺性心の合併 を疑う.
高二酸化炭素血症を呈するRTDにおいては,安静時血 液ガスでPaO2が 60〜70mmHgの準呼吸不全状態でもほ ぼ全例が肺高血圧を合併し,肺高血圧の程度もCOPDと 比べ強いことが報告されている12).また,肺高血圧症例,
特に肺小動脈抵抗が高値であるほど,生命予後が悪い傾 向にある.
3 長期 NPPV の効果
NPPVによる換気補助は肺内病変の少ないRTDに対し て極めて有効に働く.現在までのすべての報告で,長期 NPPV導入後,臨床症状・生活の質・生存率の改善が得 られている13〜17).倫理的観点からエビデンスの評価に必 要な対照群を置いた比較試験が困難なため,長期NPPV 導入後の症例に対して一時的にNPPVを中断して睡眠時 低換気の再出現やそれに伴う自覚症状の増悪を示すこと により,長期NPPVの効果が実証され18),長期間の中断 の危険性が指摘されている19).また,脊椎後側彎症20)や 肺結核後遺症21)では,慢性換気不全を生じたときの治療 として酸素療法よりまずNPPVを導入すべきとする報告 があり,また酸素療法を用いる場合にはNPPVを併用す べきとの見解もある22).さらに,慢性呼吸不全状態に至 る以前の夜間の睡眠呼吸障害を呈した時点で酸素療法で
はなくNPPVを導入すべきとの意見もある23). a.生活の質の改善
長期NPPVは自覚症状を改善する.労作時の息切れの 減少や,睡眠時間の延長や睡眠効率の改善,中途覚醒の減 少,夜間の排尿回数の減少,起床時の頭痛の消失,日中の 眠気と疲労感の軽減などが報告されている13〜17, 23〜25).ま た,下肢の浮腫などの肺性心の徴候も改善する.自覚症 状の改善に伴い,掃除・洗濯・炊事・買い物などの日常 活動能力が回復したり,再就業が可能になる症例もある.
その結果,RTD症例では長期NPPVに対する満足度が高 い.
b.入院日数および生存率の改善
Legerらの報告では,入院日数が,結核後遺症において NPPV導入前の 31 日/年から導入 1 年後 10 日/年,導入 2 年後 9 日/年に減少し,脊椎後側彎症において 34 日/年 から 1 年後 6 日/年,2 年後 5 日/年に減少していた13).生 存率の代用として継続率を調査した研究で,Legerらの 3 年後の継続率が結核後遺症・後側彎症でともに約 76%13), Simondsらの 5 年後の継続率が結核後遺症で 94%,後側 彎症で 79%であった14).PaCO2≧45mmHgを呈する日本 の肺結核後遺症でのLTOT単独治療症例の 3,5 年生存 率が 74%,58%であり26),また日本のNPPV症例が LTOTからの移行例を多く含むことから,長期NPPVの 継続率は優れていると結論できる.多くのコホート研究 から,脊椎後側彎症13〜15, 20, 27)や肺結核後遺症13〜15, 27, 28)
では生命予後が改善されることは明白と考えられる.
生命予後を予測する因子として,導入前パラメーターと して夜間高二酸化炭素血症の程度,base excess,Hbが候 補としてあげられているが29),RTD症例では長期NPPV 後に極めて呼吸状態が安定することから,最近では,予 後予測として,導入数ヵ月後の改善した時点での血液ガ ス(PaCO2)が最も重要とする報告が相次いでいる30〜32). さらに,NPPV導入後のPaCO2の経年的変化率が予後に 影響するかどうか検討され,COPDと同様に,導入後の PaCO2の上昇が抑えられている症例ほど予後のよいこと が報告されたa).
c.生理学的指標の改善
RTDにおけるNPPV導入後の昼間の血液ガスの改善に 関しては,夜間の著しい高二酸化炭素血症がNPPVによ り是正されることで,高二酸化炭素換気応答(HCVR)が 回復する機序が最も有力である33, 34).昼間の高二酸化炭素 血症や高二酸化炭素血症に伴う諸症状(眠気など)の改善 には,夜間にNPPVを最低 4 時間使用する必要のあるこ とが示唆されているが34).一方,夜間の使用時間より使用 中のIPAPを高くしVEを大きくする(NPPV中のPaCO2
をより下げる)ことのほうが重要とする意見もある35).ま た,必ずしも夜間にNPPVを行わなくても同じ 8 時間ほ どを昼間に施行しても覚醒時のPaCO2の同等の改善が得 られることも報告されている36).さらに,NPPVを昼間 に 2 時間という短時間行うだけでPaCO2・肺機能・運動 耐容能・呼吸困難感が改善したとする報告もある37).
血液ガス所見は長期NPPV導入後数週間で改善し約 5 年間はその値を維持する13〜15, 31).そのため,LTOTを中 止できる症例もある.夜間の低換気が改善し,全睡眠時 間と全睡眠時間に占める深睡眠時間の割合が増加し,夜 間覚醒回数が減少する38).また,最大吸気圧,最大呼気 圧,肺活量が増加する場合がある.夜間のNPPVを継続 することで,安静時および最大運動時の平均肺動脈圧が 低下する39).
d.呼吸リハビリテーションへの応用
NPPVの呼吸リハビリテーションへの応用には,①運 動中の換気補助,②夜間のNPPVによる呼吸筋の休息と 昼間の運動リハビリテーションの組み合わせ,が試みら れている40).詳細に関しては,各論B-7「リハビリテー ション」を参照いただきたい.
4 RTD における長期 NPPV の適応
RTDにおける長期NPPVの適応を考えるうえで,自覚 症状の有無,睡眠時の低換気の有無,覚醒時自発呼吸下 の高二酸化炭素血症の有無,が重要である.適応条件を 表 1に示す.自覚症状を呈する場合,昼間覚醒時の低換 気がある場合はもちろんのこと,昼間覚醒時の低換気が なくても夜間睡眠時の低換気があれば,長期NPPVを導 入する.自覚症状はないが,覚醒時あるいは睡眠時に低 換気となる症例には,患者を取り巻く環境を考慮に入れ
レベル Ⅳ レベル Ⅳ
レベル Ⅳ
レベル Ⅱ
レベル Ⅳ
表 1 RTD における長期 NPPV の適応基準
(A)自・他覚症状として,起床時の頭痛,昼間の眠気,疲労感,
不眠,昼間のイライラ感,性格変化,知能の低下,夜間頻尿,
労作時呼吸困難,体重増加・頸静脈の怒張・下肢の浮腫など の肺性心の徴候のいずれかがある場合,以下の(a),(b)の 両方あるいはどちらか一方を満たせば長期 NPPV の適応と なる(a)昼間覚醒時低換気(PaCO2≧ 45mmHg)
(b)夜間睡眠時低換気(室内気吸入下の睡眠で SpO2< 90%が 5 分間以上継続するか,あるいは全体の 10%以 上を占める)
(B)上記の自・他覚症状のない場合でも,著しい昼間覚醒時低 換気(PaCO2≧ 60mmHg)があれば,長期 NPPV の適応と
(C)高二酸化炭素血症を伴う急性増悪入院を繰り返す場合にはなる 長期 NPPV の適応となる