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労働災害と損害賠償

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第 3 章   安全管理推進のために

3.11  労働災害と損害賠償

わが国における労働災害の発生状況は、全産業で年間 100 万人の労働者が労働災害により死傷 し、約 2,500 人の労働者が死亡している。特に建設工事においては労働災害が多発しており、死 亡災害では全産業の約 40%、休業 4 日以上でも約 29%を占めている。 

(1) 安全と企業経営 

①  企業には、従業員の生命、健康を守る責任がある 

生命、健康がおびやかされる場であるということがわかっていれば、そこで働こうとする者 は 1 人もいないであろう。人々は、安心して全力投球できるところとして職場を求めているの である。 企業としてもこの信頼にこたえなければならない。単に労働の対価としての賃金を払 うだけでなく、朝元気に出社してきた同様の姿で家庭へ送りとどける義務があるわけである。 

この業務は、経済的条件・工期などの理由の下に排除されるものではない。施設や管理面で 安全衛生上の要件を満たすことは、企業としての前提条件であり、それをなし得ないような企 業はもはやその存在を許されないといっても過言でないであろう。 

②  安全衛生は、企業経営の近代化につながる 

安全衛生は、好ましい労使関係の形成に寄与する。トップが従業員の安全衛生をつねに考え、

かつ、態度でそれを示せば、従業員もまた、トップに全面的な信頼を寄せ、トップが示す方向 に動くものである。かくして、労使が一体となって安全衛生に力をつくす好ましい環境がつく られるのである。「組織は人なり」といわれるが、このような人間関係こそがこれからの企業経 営を支えるのではなかろうか。 

③  安全衛生は、国家的課題である 

「一国の文化の程度は、その国民が生命をいかに尊重するかの度合いによって測ることがで きる」といわれている。文化福祉国家をめざすわが国にとって人命尊重は、まさに国家的課題 といえよう。 

また、わが国の人間尊重の社会規範の定着は、「人のいのちや身体、健康の損傷の値段」の高 額化という具体的な数字にあらわれてきている。「一人の人のいのちは地球より重い」といわれ るが、このように、重大災害を発生させると高額の損害賠償をしなければならないというのが 最近の社会通念であり、これは、中小企業では死亡や重大災害を起こすとたちまち企業倒産と いう事態になりかねないという問題ももっている。今後の中小企業における安全管理は、経営 上重要なウエイトを持つものになっていかざるをえない。 

(2) 安全配慮義務 

「安全配慮義務」は、今日多くの裁判例において認められているところであるが、この義務の根 拠としては、つぎがあるわけで、いずれにしても、法律上の使用者の義務として考えられている。 

① 「労働契約にもとづく義務」とする考え方 

② 「労働契約に付随する『信義則』上の義務」とする考え方 

そこで、その義務の内容については、一般には「労働者の生命および健康等を危険から保護す るよう配慮すべき義務」であるといってさしつかえない。 

すなわち、「労働契約上、使用者が労働者に対して負う義務は、労働者の労務の提供に対する対 価の支払いに止まらず、労務の提供に際し労働者の身体・生命に生ずる危険から労働者を保護す べき義務も含まれ、そのために必要な職場環境の安全も図らなくてはならず、この義務を安全義

務と称することができる」(大成建設事件、昭 49. 3. 25 福島地裁判決)といった義務である。 

建設現場等によくみられる重畳的な下請関係にある場合、一般に元請会社と下請会社との関係 は「請負契約」という形で処理されており、元請会社は発注者すなわち注文者という立場にある。 

このような場合においても、下請会社の従業員が被災した時、元請会社に「安全配慮義務」が求 められる。すなわち、「使用者は、被用者に対し、雇傭契約上の義務として、被用者が労務を提供 するに際してその生命、健康を危険から保護すべき義務を負うものというべきであり、元請人と 下請人の従業員間には雇傭契約は存しないけれども、下請人の従業員が元請人の支配管理する施 設内において元請人の直接の指揮監督のもとに労務を提供する場合には、元請人と下請人の従業 員間には使用従属の関係にある労働関係が生じているものというべく、下請人の従業員は元請人 に対してその指揮監督に従うべき義務をを負う反面、元請人は、下請人の従業員に対し、労働関 係に付随する義務として、その労働提供の過程において生命、健康をそこなうことのないように、

危険から保護し、その安全を保証するべき義務を信義則上負うものというべきである」(早坂建 設・友和組事件、昭 50.8.26 東京地裁判決)といった判示から理解しうるように、必ずしも雇用 契約の存在は必要ではなく、「実質的な使用従属関係」がみとめられれば、元請会社にも「安全配 慮義務」が課せられている。 

(3) 災害のコスト 

災害によって経営者が被る経済的損失は災害コストといわれ、企業の経営に及ぼす経済的損失 は、予防コストに比べてはるかに大きいのが実態である。 

主な経済的損失をつぎに列挙する。 

①  負傷した本人の療養、休業、障害などの補償費、また死亡した場合の遺族補償費や葬祭料 の支払い 

②  負傷し、あるいは死亡した人に代わる新しい技術者を雇い入れて教育するための経費 

③  負傷した人の救急、移送や事故現場のあと片づけ、または処理などのために、他の技術者 がいったん作業を中断することによる作業の進行の停滞およびこれに対する賃金の支払い 

④  災害による機械、設備、器具などの破損や原材料、データなどのムダ 

⑤  災害による職場の労働意欲の沈滞と生産性の低下による損失 

⑥  災害により作業が予定どおり進まないために工期がおくれて発注者の信用を失うことなど による損失 

災害に基づく経済的損失には、直接コストと間接コストがあり、全般的に間接コストは直接コ ストの 4 倍にも相当するという W. H.ハインリッヒの「直問比」1: 4 は有名であるが、この比率 は、業種などによって必ずしも一定でない。このハインリッヒの災害コストには、「労働者および 家庭に対する損害賠償金額」等の項目は入っていないのである。 

しかしながら、最近は、労働者やその家族の被る損害である将来の得べかりし利益の喪失や慰 謝料といった民事上の損害賠償金額について、その対象外としたのでは極めて不合理な状況とな り、災害コスト上これらの金額が大きなウエイトを占めるようになってきたのである。 

それは、民事裁判上の労働災害の損害賠償額の著しい増大と請求事件の増加、さらにこれに追 随する表面にあらわれてこない企業内の当事者間における示談件数とその金額の増大傾向となっ て現れてきており、いまや、企業経営上労働災害の民事賠償のことを抜きにしては考えられない 時代になってきたといえる。 

(4) 損害賠償の示談 

最近では、労働災害に関しても法定補償のほかに事業主等に対し損害賠償が求められるケース が一般的になってきている。損害賠償請求を解決する手段には「示談」による場合と「訴訟」に よる方法があるが、できるだけ「示談」によって円満な解決を図ることが望ましい。 

①  示談とはなにか 

法律上の権利義務などについて争いのある当事者が「相互に譲歩して」争いをやめることを 約束することが「和解」、すなわち「示談」ということである。 

示談の要件としては、a 当事者間の法律上の争いがあること、b 相互に譲歩すること、C その 結果法律上の争いをやめること、を d 契約することである。 

②  示談書の作成の方法 

示談書作成にあたって記入すべき要件は、つぎのとおりである。 

(a) 当事者の表示:誰と誰との間で示談するのかを明確にしておく必要がある。代理人(任 意・法定)についても必ず表示しておかなければならない。 

(b) 事故の内容:誰のどんな事故であったかがわかるものでなければならない。この場合、

特別な場合をのぞいて使用者側の過失、労働者側の過失まで記入する必要はない。 

(c) 示談金額の表示:いくらの金額か、一切の損害である旨、そして誰にいくら支払うかと いうことも必要である。もちろん内訳をどうするかは、請求者側(とくに遺族)の問題 であるから総額を全員に支払う旨としてもさしつかえない。 

(d) 支払者の表示:誰が支払うか、二人以上のときは連帯して支払うのか各別に支払うのか など。 

(e) 示談金の支払日・支払方法:いつ、どのような方法で、だれに、どこで支払うのか等。

弁護士が代理人になった場合には、弁護士事務所を支払場所にするのが通例である。

また、分割払のときは、いつ、いくらの金額を支払うのか、遅滞した場合はどうする のかも決めるのが通常である。 

(f) 請求権放棄条件:示談の中心的要素で、「円満に解決し、以降一切の損害賠償請求 をしない」旨の請求権放棄条項を記入しておかなければ示談にならない。 

(g) 労災保険との関係:将来、年金が支払われるケースでは、労災保険分を損害賠償 金のなかに含んでいるのか、控除しているのかを記入しておく必要がある。 

(h) 年月日:いつ示談が成立したのかは重要である。 

(i) 当事者の署名押印:当事者の署名押印にあたっては、実印で行うのが通常であり、代理 人の場合には、印鑑証明のある委任状が添付されなければならない。 

なお、立会人も示談交渉・調印に関与した人がいるなら、とくくに請求者側の親族・役場 の課長・村の世話役等の立会人については、後日真意に基づかない示談とか、無知窮迫に生 じた示談成立の真正を証明する証人で、それ以上は何らの責任も義務も負わない。 

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