第 9 章 ミクロ構造の形態指標(a):指示表現
9.5 分析結果と考察
9.5.1 分析結果
分析結果は、表24に示す通りである。
表24 日中の新聞社説における指示表現の使用
指示 表現
下位 区分
日本語 中国語
朝日56 読売54 西日本48 新京報61 北青報61
指 示 詞
コ系/
这系
84
(32.31%)
52
(50.49%)
55
(40.74%)
538
(91.19%)
446
(87.45%)
ソ系/
那系
176
(67.69%)
51
(49.51%)
80
(59.26%)
52
(8.81%)
64
(12.55%)
合計 260
(100%)
103
(100%)
135
(100%)
590
(100%)
510
(100%)
一文章
平均数 4.6 1.9 2.8 9.7 8.4 人
称 詞
三人称 1 0 0 127 133 一・二
人称 2 1 1 16 28
図18 日中の新聞社説における指示詞の使用
表25 中国語の新聞社説における指示表現の内訳
指示詞 人称詞
这系 那系 三人称 一・二人称
这 此 该 那 其 他 她 它 其 我 你 新京報 380 131 27 23 29 41 0 46 40 12 4
小計 538 52 127 16 北青報 301 128 17 17 47 76 12 17 28 21 7
小計 446 64 133 28
表24及び図18から分かるように、指示表現における「指示詞」に関しては、一文 章の指示詞の平均出現数は、多い順から『新京報』『北青報』『朝日』『読売』『西日本』
であり、それぞれ9.7個、8.4個、4.6個、2.8個、1.9個である。中国語の新聞社説に おける指示詞の使用率が日本語よりかなり高いことが分かった。指示詞の下位区分に ついて、『朝日』『読売』『西日本』における「コ系」はそれぞれ32.31%、50.49%、40.74%、
「ソ系」は67.69%、49.51%、59.26%であり、「コ系」と「ソ系」の両方が多く見られ た。一方、『新京報』『北青報』における「这(コ系)」はそれぞれ91.19%、87.45%で、
「那(ソ系)」は8.81%、12.55%であった。中国語の新聞社説では圧倒的に「这」(コ 系)が多用されている。
また、表 25 の「中国語の新聞社説における指示表現の内訳」から、中国語の新聞 社説は、現代語の指示詞として定着した「这(コ系)」、「那(ソ系)」だけではなく、
「这(コ系)」の文語である「此」、公文書用語「该」、また「那(ソ系)」の文語であ る「其」も多用していることが分かる。一方、指示表現における「人称詞」に関して は、日本語の新聞社説ではほぼ見られないのに対し、中国語では人称詞が数多く見ら れた。特に三人称の「他・它・其」の出現数が多かった。
表26 『朝日』原文と中国語訳文の対応状況
コ系30 ソ系58 ゼロ型121 这系 那系 人称 ゼロ 这系 那系 人称 ゼロ 这系 那系 人称 这17
此5 该1
这25 此7 该2
那2 其2
他1 这72 此13 该7
那2 其10
他11 她1 它1 其4
23 0 0 7 34 4 1 19 92 12 17
コ系30 这系 コ系30 那系 コ系30 人称 コ系30 ゼロ
ソ系58 这系 ソ系58 那系 ソ系58 人称 ソ系58 ゼロ
ゼロ型121 这系 ゼロ型121 那系 ゼロ型121 人称
図19 『朝日』原文と中国語訳文の対応状況
表26及び図 19の『朝日』原文と中国語訳文の対応状況から見ると、『朝日』の新 聞社説における「コ系」は、中国語では「这、此、该」(コ系)かゼロ型の二タイプ に対応し、「ソ系」は「这、此、该」(コ系)、「那、其」(ソ系)、「他」(三人称)及び ゼロ型の四タイプに対応することが分かった。また、『朝日』の新聞社説の原文では 指示表現が使用されていないが、中国語版では指示表現が訳されている場合、「这、
此、该」(コ系)、「那、其」(ソ系)、「他・她・它・其」(三人称)の三タイプが今回 の調査ではすべて見られた。全体から見ると「コ系」30例、「ソ系」58例、「ゼロ型」
121例のいずれも、中国語のコ系(这、此、该)(それぞれ23例、34例、92例)に最 も対応する傾向にあることが明らかになった。
9.5.2 考察
本節では、日中両言語の新聞社説における「コ系」と「ソ系」の使い分けを考察し、
その相違点を明らかにする。
1)新聞社説における指示詞「コ系」と「ソ系」の使い分け
一般的に、文脈指示では近距離のものを指す場合「コ系」を用い、離れた先行する ものを指す場合「ソ系」を用いるとされている。高崎・立川(2008)は、文章におけ る指示語を考える場合、書き手の視点や意図、文章の内容などを踏まえて議論を行う 必要があると述べ、文章ではソ系の多用が指摘されているが、随筆では比較的コ系も 用いられていると主張している。本論文の研究対象である新聞社説においても、ソ系 だけでなくコ系の多用が見られた。コ系とソ系の使い分けについて、高崎・立川(2008)
が言及していることをまとめると以下のようになる。
コ系は、書き手が特に取り上げて読み手の注意を引きたい事物や、引用として提示 した内容に対して用いられるという特徴を持っており、またテクストや段落の結尾、
新しい段落の冒頭などで「このように」「こうして」などの形で出現し、それまで述 べられてきた内容をまとめて、比較的広い部分を指示する用法がある。それに対し、
ソ系は、一般的には「相手側」にある物事で、すでに会話や文章の中に現れた物事を 指示し、コ系に比べて実観性が高く、比較的短い内容を指すことが多い。これは新聞 社説に出現した「ソ系」にも当てはまる特徴である。
一方、指示詞の運用における方略として金水・田窪(1992)が提案した「融合型表 現」と「対立型表現」70は、本論文における日中両言語の相違点をも説明することが できると考えられる。日本語の新聞社説では、書き手が先行の变述内容を主体的に捉 えた場合には自分の領域内のものとしてコ系で指示し、実観的に捉えた場合あるいは 話し手の発言が共通の話題となった場合には自分の領域外のものとしてソ系で指示 する。他方、中国語の新聞社説における「这(コ系)」と「那(ソ系)」の使い分けに
70 金水・田窪(1992:91-93)によると、融合型探索とは、現場や経験スペースに存在する要素を指し示 すモードであるということに加えて、話し手と聞き手の視点を区別しないのに対し、対立型は話し手と 聞き手の視点を対立的に捉える探索方略である。
関しては、心理的な距離と大きく関係していることが挙げられる。書き手と読み手と の関係は基本的に融合型であるため、書き手は読み手の領域を区別せずに、自分の領 域内のものを主体的な意識で「われわれ」の身近なものとしてコ系で指示する特徴が ある。そのため、社説の中では「这(コ系)」が圧倒的に多かったと考えられる。ま た、新聞社説という文章・テクストのジャンル特性として、現代語の指示詞として定 着した「这(コ系)」、「那(ソ系)」だけではなく、「这(コ系)」の文語である「此」、 公文書用語「该」、また、「那(ソ系)」の文語である「其」の多用も見られた。
劉(2015)は、「此」「其」は基本的に書き言葉であり、現代中国語では慣用表現(「此 地(ここ)」「此时此刻(この時)」「独善其身(独りよがりになる)」など)に現れ、
指示詞としては用いられなくなったと述べている。また西山(2014)も、「此」は「此 文」「此人」「由此」「在此」といった固定化された表現に用いられるのが現状のよう であると指摘している。しかし、本論文の分析対象である新聞社説を見ると、このよ うな固定化した慣用表現以外に、まだ明白に指示表現として用いられているものがあ ることが明らかになった。文語の「此」「其」及び公文書用語の「该」のいずれも、
言葉を正式にする効果があるため、書き言葉の中では多用されると考えられる。
2)新聞社説における人称詞の使用について
指示表現における「人称詞」は、日本語の新聞社説ではほぼ見られないのに対し、
中国語の人称詞は数多く見られた。特に三人称の「他・它・其」の出現数が多かった。
これについて、以下の二つの理由が考えられる。
まず、英語の“it” と“that” はいずれも日本語では「ソレ」と訳されるが、その理由 として日本語では「人称代名詞」と「指示代名詞」の区別がはっきりせず、後者が前 者の領域に入り込むという傾向があることが挙げられる71。これは中国語にも当ては まる現象であると言える。中国語の「三人称」の「他・她・它・其」と「ソ系」の「那」
は、はっきり区別されるが、そのいずれも日本語では「ソレ」と訳されるため、日本 語ではソ系の出現数が多くなり、人称詞が尐ないと思われる。また従来から指摘され るように、日本語の主語は省略が多いことから、人称詞をあまり使わないのだと考え られる。一方中国語では、主語は省略しにくく、そのため人称詞が多く観察された。
現代中国語では三人称の「他・她・它」以外に、指示代名詞から転用された三人称代 名詞「其」72も多用されていた。