第 8 章 冒頭文・末尾文について
8.7 分析結果と考察
例(135)は「見出しが冒頭文にも末尾文にも明示されていないもの」の例である。「人 民开始“点菜”了(人民は「料理を注文」し始めた)」という見出しは、冒頭文の「在 众多便捷酒店品牌中,“桔子水晶”不是最具知名度的一个,这几天却成为曝光率颇高 的媒体热词(多くのチェーンホテルの中、「桔子水晶」は最も有名ではないが、この 数日間マスメディアに頻繁に報道されている)」、または末尾文の「一定有更多的基层 公务员越来越明白这个道理(もっと多くの公務員がこのことを分かってくるだろう)」 のいずれにも明示されていなかった。
ほかに、(b)「意見提示」も多く見られた。出現頻度については、『読売』『朝日』
『西日本』の順に高く、それぞれ53.70%、30.36%、18.75%である。そのうち『読売』
は機能全体の半分強も占めており、社説の意見・見解を最初に提示する傾向にあるこ とが分かった。また、表20から分かるように、日本語の新聞社説でも中国語の新聞 社説でも、末尾文の機能は(b)「意見提示」のみであった。新聞社説というジャン ルから、最後に書き手の論点や主張をまとめて強調して提示することが考えられる。
また、各新聞社説における冒頭文・末尾文の表現に関する分析結果は、以下の表21、
表22に示す通りである。
表21 日中の新聞社説における冒頭文の表現
日本語 中国語
朝日 読売 西日本 新京報 北青報
(i)
実体的 表現
变
述 33(58.93%) 18(33.33%) 32(66.67%) 43(70.49%) 49(80.33%)
伝
聞 4(7.14%) 0(0.00%) 2(4.17%) 15(24.59%) 10(16.39%)
小
計 37(66.07%) 18(33.33%) 34(70.84%) 58(95.08%) 59(96.72%)
(ii)
主体的 表現
推
量 2(3.57%) 0(0.00%) 1(2.08%) 0(0.00%) 0(0.00%)
断
定 11(19.64%) 18(33.33%) 5(10.42%) 1(1.64%) 2(3.28%)
願
望 0(0.00%) 3(5.56%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
当
為 0(0.00%) 6(11.11%) 2(4.17%) 0(0.00%) 0(0.00%)
小
計 13(23.21%) 27(50.00%) 8(16.67%) 1(1.64%) 2(3.28%)
(iii)
伝達的 表現
質
問 2(3.57%) 7(12.96%) 5(10.42%) 2(3.28%) 0(0.00%)
反
問 3(5.36%) 2(3.70%) 1(2.08%) 0(0.00%) 0(0.00%)
要
求 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
禁
止 1(1.79%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
小 6(10.72%) 9(16.66%) 6(12.50%) 2(3.28%) 0(0.00%)
計
合計 56(100%) 54(100%) 48(100%) 61(100%) 61(100%)
表22 日中の新聞社説における末尾文の表現
日本語 中国語
朝日 読売 西日本 新京報 北青報
(i)
実体的 表現
变
述 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
伝
聞 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
小
計 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%) 0(0.00%)
(ii)
主体的 表現
推
量 1(1.79%) 4(7.41%) 1(2.08%) 0(0.00%) 2(3.28%)
断
定 23(41.07%) 27(50.00%) 15(31.25%) 40(65.57%) 42(68.85%)
願
望 7(12.50%) 10(18.52%) 13(27.08%) 7(11.48%) 3(4.92%)
当
為 11(19.64%) 6(11.11%) 9(18.75%) 11(18.03%) 13(21.31%)
小
計 42(75.00%) 47(87.04%) 38(79.17%) 58(95.08%) 60(98.36%)
(iii)
伝達的 表現
質
問 0(0.00%) 0(0.00%) 1(2.08%) 0(0.00%) 0(0.00%)
反
問 2(3.57%) 2(3.70%) 2(4.17%) 2(3.28%) 0(0.00%)
要
求 8(14.29%) 1(1.85%) 5(10.42%) 1(1.64%) 1(1.64%)
禁
止 4(7.14%) 4(7.41%) 2(4.17%) 0(0.00%) 0(0.00%)
小
計 14(25.00%) 7(12.96%) 10(20.83%) 3(4.92%) 1(1.64%)
合計 56(100%) 54(100%) 48(100%) 61(100%) 61(100%)
表21から分かるように、冒頭文の表現(i)「実体的表現」の出現頻度は、『北青 報』『新京報』『西日本』『朝日』『読売』の順に高く、それぞれ表現全体の96.72%、
95.08%、70.84%、66.07%、33.33%であった。「実体的表現」は「变述」と「伝聞」
に下位区分されるが、日中両言語ともに出来事や話題を陳述する「变述」が多かった。
中国語の新聞社説では「变述」以外に「伝聞」(据报道(報道によると))も多く用 いられた。一方、(ii)「主体的表現」と(iii)「伝達的表現」は、中国語の新聞社 説の冒頭ではほとんど見られなかったのに対し、日本語の新聞社説では出現していた。
冒頭では「主体的表現」の「断定」や「伝達的表現」の「質問・反問」形式が見られ た。末尾文の表現形式に関しては、中国語の末尾文は主に「主体的表現」の表現形式 を取るのに対し、日本語では「主体的表現」以外に、「伝達的表現」も多かった。中 国語の末尾文でほとんど見られなかった「要求」「禁止」といった「伝達表現」も日 本語では出現していた。
一方、各新聞社説における冒頭文・末尾文と見出しとの関連性についての分析結果 は以下の表23に示す通りである。
表23 日中の新聞社説における冒頭文・末尾文と見出しとの関連性
日本語 中国語
朝日 読売 西日本 新京報 北青報
(a) 2(3.57%) 18(33.33%) 0(0.00%) 0(0.00%) 1(1.64%)
(b) 26(46.43%) 9(16.67%) 29(60.42%) 36(59.02%) 41(67.21%)
(c) 1(1.79%) 4(7.41%) 0(0.00%) 1(1.64%) 0(0.00%)
(d) 27(48.21%) 23(42.59%) 19(39.58%) 24(39.34%) 19(31.15%)
合計 56(100%) 54(100%) 48(100%) 61(100%) 61(100%)
※(a)「見出しが冒頭文に明示されているもの」
(b)「見出しが末尾文に明示されているもの」
(c)「見出しが冒頭文にも末尾文にも明示されているもの」
(d)「見出しが冒頭文にも末尾文にも明示されていないもの」
表 23 から分かるように、見出しは(b)「末尾文に明示されるもの」と(d)「冒 頭文にも末尾文にも明示されないもの」が最も多く、(a)「冒頭文に明示されるも の」と(c)「冒頭文にも末尾文にも明示されるもの」は非常に尐ない。ただ『読売』
では、(a)「冒頭文に明示されるもの」(33.33%)が多く観察された。日中両言語 の新聞社説の見出しは「意見表明」に関する表現が多いため、見出しは(b)「末尾 文に明示されるもの」が多いことが考えられる。また、見出しが(d)「冒頭文にも 末尾文にも明示されないもの」が多く見られた理由として、末尾文の直前(特に文章 の8割進んだ箇所)64に見出しが明示されることが挙げられる。
8.7.2 考察
(ア)冒頭文・末尾文の機能及び表現について
8.7.1節の分析結果から分かるように、日本語の新聞社説の冒頭文では、機能から見
ると、「事实提示」以外に「意見提示」も多く観察された。そのうち特に『読売』の
64 これはメイナード(1997:134)が述べた結果を参照した。今後の課題としておきたい。
「意見提示」は機能全体の半分強を占めていた。つまり冒頭文では、出来事・話題の 提示以外に、書き手の見解・主張の提示も見られたということである。一方、表現か ら見ると、「実体的表現」以外に、「意見提示」の表現として、「主体的表現」と「伝 達的表現」も用いられ、冒頭では主に「主体的表現」の「断定」や「伝達的表現」の
「質問・反問」形式が見られた。
それに対し、中国語の新聞社説の冒頭文はほとんど「事实提示」から書き出されて いたことが分かった。また表現から見ると、出来事や話題を陳述する「变述」、引用 文や時事問題を提示する「伝聞」が多い。中国語の新聞社説の構成は、見出しの次に まずリード文がつき、社説の概要、書き手の主張・意見などが簡潔にまとめられ、そ れから、本文が始まる。リード文で既に意見が提示されるため、冒頭部分で意見を述 べられることはほとんどない。また中国語の新聞社説の冒頭部分は、報道記事の特徴 が強く見られる。「据报道(報道によると)」といった表現を用いて、現在話題にな っていることや関連したニュースを紹介する。
一方、末尾文に関しては、日本語の新聞社説でも中国語の新聞社説でも、その機能 は「意見提示」のみであった。社説というジャンルから、最後に書き手の論点や主張 がまとめて強調されるということであろう。しかし、末尾文の表現に関しては、日中 両言語の差異が見られた。中国語の末尾文は主に「主体的表現」の表現を取るのに対 し、日本語では「主体的表現」以外に、「伝達的表現」も多かった。中国語の末尾文 でほとんど見られなかった「要求」「禁止」といった「伝達表現」が日本語では用い られていた。具体的には、判断表現「だ・である」、願望表現「~したい」、当為表 現「~すべきだ」「~なければならない」、要求表現「~てほしい」「~てもらいた い」、禁止表現「~てはならない」がよく見られる。中国語の末尾文では主に以下の ような表現が好んで用いられる。
ア)判断表現:副詞「必然(必ず、必然的に)」、「肯定(疑いなく、必ず)」、「一 定(きっと、絶対に)」など。
イ)願望表現:動詞「希望(望む)」、「相信(信じる)」、「唯愿(願う)」など。
ウ)当為表現:助動詞「应(すべきだ)」、「应该(すべきだ)」、「要(~なけれ ばならない)」、「得(~なければならない)」、副詞「必须(必ず
~しなければならない)」。
エ)非現的实表現:接続詞「如果…那么(もしも…ならば)」「若是(もしも…なら ば)」、「只有…才能(…してはじめて)」「唯有…才能(…し てはじめて)」、「以免(…しないで済むように)」「免得(…
ないように)」など。
このうち、エ)「非現实的表現」65とは、「仮説」「条件」「目的」のように、現 实に発生した状況ではなく、予想・仮定された内容を述べたものであり、中国語の社
65 徐(2008:50-51)を参照した。徐は「非现实情态的表辽(非現实モダリティ表現)」と呼んでいる。
説の末尾文では、多く見られた。これは書き手が現实の状況を踏まえ、理想的な状況 を予想しながら、意見や対策を述べていることによるのであろう。読み手に考えさせ るよりは、はっきりと状況や意見を提示する。それによって、読み手に直ちに行動す ることを促す効果があるのではないかと思われる。このような「仮定法」表現形式を 提示することで、より書き手の主張を強く提示することができる。例えば、次の例を 参照されたい。
(136) a.此事如果由中央纪委介入调查,那么福彩到底有无黑幕,就应该可以查个 水落石出。 (北青報2015/05/22)
b.この件について、もし中央規律委員会が調査に介入すれば、福祉宝くじに一 体黒幕があるかどうかを明らかにすることができるはずである。
(137) a.虐童案频发,暴露出的是儿童保护机制的缺陷,所以,只有政府、学校、
社会共同来筑就儿童保护的屏障,才能让孩子们免于家暴的恐惧,幸福地成 长于阳光下。 (新京報2015/04/06)
b.児童虐待の頻発は、児童保護メカニズムの欠陥を表している。政府、学 校、社会は子供を保護する壁を共に構築してはじめて、子供を家庭暴力か ら救い、幸せに成長させることができよう。
(138) a.不然,听仸每夜数万个“移动烟囱”进出北京,则北京在拆掉煤气热电烟囱
等其他方面的努力,难免会被抵消。 (新京報2015/04/02)
b.そうでないと、毎夜数万台の「移動煙突」が出入りすることは、北京での ガスや電気などの煙突を取り除く努力を無駄にすることになるだろう。
(イ)冒頭文・末尾文の呼応状況及び見出しとの関連性について
冒頭文・末尾文の呼応状況として、おおよそ3つのパターンが観察された。(A)冒 頭文(出来事・話題)、末尾文(意見・見解)、(B)冒頭文(意見・見解)、末尾文(意 見・見解)、(C)冒頭文(問い掛け)、末尾文(意見・見解)である。(A)では、冒 頭文は現在話題になっていることや関連した出来事を紹介し、末尾文はそれらの話題 や出来事に対する意見・見解を述べる。(B)では、冒頭文は書き手の意見・見解を提 示し、末尾文はその主張を繰り返して強調する。(C)では、冒頭文は問い掛けの形で 読み手に質問を投げて考えさせ、末尾文はその質問に対する答えとして書き手の意 見・見解を述べる。冒頭文と末尾文の呼応によって、社説全体が一つのまとまりにな る。日中両言語の相違点として、日本語の新聞社説は(A)(B)(C)の3タイプすべ てが見られたのに対し、中国語の新聞社説は、タイプ(A)(C)は観察されたが、タ イプ(B)「冒頭文(意見提示)、末尾文(意見提示)」、つまり冒頭文が書き手の意見 や見解を提示し、末尾文はその主張を繰り返して強調する、という型は見られなかっ た。
冒頭文・末尾文と見出しとの関連性の観点からは、見出しが(b)「末尾文に明示 されるもの」と(c)「冒頭文にも末尾文にも明示されないもの」が最も多く、(a)
「冒頭文に明示されるもの」と(d)「冒頭文にも末尾文にも明示されるもの」は非