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第 9 章 韓国人日本語学習者の言語能力レベル別にみた共話的反応の使用実態

第 4 部 談話展開の観点

11.5. データの考察

本節では、前節で明らかになった量的出現傾向をもとに、「話し手発話の表現形式」、「共 話的反応の型」、「聞き手発話の機能」においてどのような質的な特徴があるのか、母語話 者とインドネシア人日本語学習者との比較考察を行う。

11.5.1. 話し手発話の表現形式「言いさし」

話し手発話の表現形式のうち、母語話者に最も多く見られたのが、「言いさし」で16例、

インドネシア人日本語学習者に最も多く見られたのは「言いよどみ」で10例、次に「言い さし」が9例であった。インドネシア人日本語学習者に「言いよどみ」が多く見られたのは、

中級話者の先行発話には「言葉探し」が多く見られたという先述の木林(2011)の指摘を部 分的に支持する結果となった。インドネシア人日本語学習者による「言いよどみ」発話は、

日本語学習者であるがゆえ、適当な言葉がすぐに出てこなかったという要因も考えられる ため、共話をなすために必要な話し手発話のうち、「言いさし」は母語話者の発話にもイン ドネシア人日本語学習者の発話にも比較的出現しやすい。しかしながら、「言いさし」発話 が行われた話の内容を見てみると、母語話者とインドネシア人日本語学習者には相違が見 られる。

以下の会話例95)、96)はそれぞれ日本語母語話者、インドネシア人日本語学習者の「言 いさし」例である。会話例96)はI4が以前研修地を訪れた際の話をしている場面である。東 北地方である冬の研究地は寒く、暖房をつけなければならないという情報を持っているJ4 が、下線部において、あえて「暖房は」と聞き手にバトンを渡すように発話を促している。

ここには、相手と共に話を作り上げようとする気配りが感じられる。

会話例95)東北での研修の話:J4-I4の会話

1 I4 あの、いいえ、朝起きたときに、痛く、痛くてびっくりしました。で【【

2 J4 暖房は,,

3 I4 あー、暖房は、あのつけました。

4 J4 つけても朝起きた時に、あのー、痛いですね。

5 I4 つけても朝起きた時に、あのー、痛いでした。あのーうんはい。(へー)そして私

だけではなく他の人も(ほー)何人か、あのー、同じ、はい、痛いです。

6 J4 えー、やっぱり、インドネシアは暖かい国だから【【

7 I4 はい、そうです。一年中いつも暖かいので初めてそんなに(うん)寒いところに、

はい

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会話例96)では、インドネシア人日本語学習者である1I5が、下線部において、先ほどの 会話例95)の母語話者と同様に、「東京駅に行きたいですから」という「言いさし」の表現 形式を用いている。しかしながら、I5の発話に躊躇や戸惑いを感じ取った聞き手J1が「「ど うやっていったらいいですか」みたいな」と補足していることからも、I5が気配りを意図 して「言いさし」しているわけではないことがうかがえる。すなわち、母語話者の「言い さし」のように相手への配慮から会話のターンをゆずったわけではないということである。

会話例96)初めて日本に行く人に知ってもらいたい日本語についての話:I5-J1の会話 1 J1 あ、道を聞く?あー東京駅に行きたい

2 I5 道を聞くときに、はい、東京駅に行きたいですか,,

3 J1 どうやっていったらいいですかみたいな (はい) 、ああ

4 I5 そして、「ありがとうございます」。

11.5.2.「先取り」の共話的反応の型

11.2.で先述した、問題(2)を明らかにするため、共話的反応の型を分析したところ、「先 取り」が母語話者、インドネシア人日本語学習者ともに最も多いという結果が出た。宇佐 美・木林(2002)は中級程度の日本語能力を持つ学習者は母語話者の発話を先取りすること もあるとするが、インドネシア人日本語学習者の場合は母語話者よりもその使用に多様性 が見られた。

「先取り」に対する共話的反応の型の機能を見てみたところ、母語話者は、「確認」、「相手 助け」、「補足」の3種類を使用しているのに対し、インドネシア人日本語学習者は「確認」、

「相手助け」、「補足」、「反論」、「同意」と、母語話者よりも多様な機能を用いながら適切 に運用していることが分かった。また、「先取り」に関しては、「言いさし」に見られたよ うな質の違いは見られず、インドネシア人日本語学習者でも運用できる可能性が高いこと が分かった。以下の表52はインドネシア人日本語学習者が実際に「先取り」で用いた機能 を例示したものである。

表 52 インドネシア人日本語学習者が「先取り」で用いた機能

確認

1 J3 日本人は多分、みんなスマトラって聞くと、ああ、あの何年か前

に【【 2 I3 津波?

3 J3 っていう

補足

1 J5 へー、で、インドネシアでは…

2 I1 インドネシアでは不動産と留学エージェント

3 J5 へえ、留学?

同意 1 J1 オセワニナリマスね、あー、ヨロシクオネガイシマスね。あー。

178 それもインドネシア語では,,

2 I1 ないんですよ、「ヨロシクオネガイシマス」

3 J1 でも、大切?

相手助け

1 J4 え[地名12]て、え…

2 I4 あ、上です。北海道の下、埼玉、[地名12]、でもまだ本州

3 J4 えー、結構じゃ寒い

反論

1 J1 あじゃ、今Yさんも,,

2 I1 今、Yさんは、うちのママ、[地名7]にいるママに頼んで<笑い

>ママのところに(へー)あの5日間。その後、えーと、今日か らかな(はい)、[地名8]。で、スラバヤにある友達に頼んで、

(おー)でブロモ山という山がありますね、今晩登ると言って,, 3 J1 ふーん、そうなんだ。

11.5.3. 日本語母語話者の「確認」とインドネシア人日本語学習者の「補足」の機能

宇佐美・木林(2002)は、後行発話の機能として「確認」は見られないと指摘するが、本 章での分析の結果、母語話者の後行発話(本研究でいう共話的反応)には「確認」、インドネ シア人日本語学習者の後行発話には「補足」の機能が多く見られた。インドネシア人日本 語学習者の場合、「確認」の機能が全く現れないわけではないが、その出現数は3例に留ま っている。今回の自然談話はインタビュー形式であり、全般的に母語話者側から会話の端 緒を作り、ターンをとって主導することが多くなっている。たとえば、次の会話例97)では、

母語話者が、相手から引き出した1I1 「いや、んー、まあ、実は主人の仕事で、、」という 発話を材料に、下線部2J1 「あ、もう、結婚しているんですか」と会話を続け、話題を広 げようとする母語話者の努力が窺える。

会話例97)日本留学体験の話:I1-J1の会話

1 I1 いや、んー、まあ、実は主人の仕事で【【

2 J1 あ、もう、結婚しているんですか

3 I1 そうなんですよ、(へー)で、子どもたちもいっしょに(へー)[地名4]にいて6年

間くらいかな。

そして、次の会話例98)では、インドネシア人日本語学習者が、1J1 「じゃあご主人もジ ョグジャカルタに」から連想されるものを下線部2I1「そう、主人もジョグジャカルタ。子 どもも。」のように「補足」することによって、単純にこれに応えているのである。

会話例98) 住まいの話:J1-I1の会話

1 J1 あーえじゃあ、えとーご主人も[地名1]に,,

2 I1 そう、主人も[地名1] (あー)。子どもも(へー)。

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3 J1 でももう息子さんたちって、日本の方が長い、わけではないか。

母語話者が推測を促し導こうとすることは、こうした「補足」から踏み出すものであり、

日本語の会話に不慣れな聞き手には予測が難しいと思われる。こういった予測は、日本語 学習者が上級、超級を目指す際に遂行しなければならない課題のひとつとなるであろう。