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2.5. 本研究における聞き手言語行動の定義と範囲

2.5.3. 共話的反応とは

共話とは、たとえば「木の葉っぱが赤くなって…」と話し始めた相手の発話を引き取っ て、「いつの間にか秋になりましたね 」というように、会話において2人以上の話者がひと つの発話を作り上げる現象のことである。水谷(1980)は共話を「2人以上の話者同士が共同 で作り上げる発話(水谷1980:32)」としている。ザトラウスキー(2000)は、「言い換えや先 取りや補充により発話を完成させるタイプをあいづちの共同発話(ザトラウスキー2000: 4 4)」とみなしている。

本研究では、先行研究を参考にした上で、「共話」を会話の中で話し手と聞き手が共同で

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ひとつの発話を作り上げ、話し手の発話が話し手または聞き手により中途終了しており、

聞き手の発話が抜き取られると話の前後の流れが分からなくなる会話形態と定義する。こ のように共話を定義すると、会話形態を以下の表12のように分類できる。この分類におい ては、話し手の発話が完結しているか否か、聞き手の発話を抜き取っても話の前後の流れ が分かるか否かによって、1. 共話、2. 疑似共話、3. 質問・応答会話、4. 対話に分けられ る。

表 12 発話完結の有無と抜き取り可否による日本語の会話形態の分類

上記表12の会話形態の分類に相当するそれぞれの具体例は次の表13に示す。

表 13 日本語の会話形態分類の具体例

会話例17) 共話 17)’発話(4B)なしの場合、話の前後の流 れが分からない

1 A:僕、来年卒業なんですけど就職する かまだ迷ってて。将来について不安 ていうか

2 B:あー、わかる。私もこのまま就職しち ゃっていいのかなって思う。

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・

大学に通いながら

4 B:専門学校で資格とるとかね

5 A:そうそう。そういう人と違うスキル持 ってないとこれからはだめですよね。

6 B:まあ、これからは大卒だけじゃ武器に もならないしね。

1 A:僕、来年卒業なんですけど就職する かまだ迷ってて。将来について不安 ていうか

2 B:あー、わかる。私もこのまま就職し ちゃっていいのかなって思う。

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・

大学に通いながら

4 B:

5 A:そうそう。そういう人と違うスキル 持ってないとこれからはだめですよ ね。

6 B:まあ、これからは大卒だけじゃ武器 にもならないしね。

聞き手の発話を

抜き取ると話の前後の流れが分からない 抜き取っても話の前後の流れが分かる 話し手の

発話が

完結していない 1 共話 2 擬似共話

完結している 3 質問-応答会話 4 対話

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会話例18) 擬似共話 18)’ 発話(2B)なしの場合でも話の前後が 分かる

1 A:僕、来年卒業なんですけど就職する かまだ迷ってて。将来について不安 ていうか

2 B:あー、わかる。私もこのまま就職し ちゃっていいのかなって思う。

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・

大学に通いながら

4 B:専門学校で資格とるとかね

5 A:人と違うスキル持たないとこれからは だめかなって思いますね。

6 B:まあ、これからは大卒だけじゃ武器に もならないしね。

1 A:僕、来年卒業なんですけど就職する かまだ迷ってて。将来について不安 ていうか

2 B:

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・

大学に通いながら

4 B:専門学校で資格とるとかね

5 A:人と違うスキル持たないとこれから はだめかなって思いますね。

6 B:まあ、これからは大卒だけじゃ武器 にもならないしね。

会話例19) 質問-応答会話 会話例20) 対話 1 A:僕、来年卒業なんですけど就職するか

まだ迷ってて。○○さんも将来につい て不安とかありませんか。

2 B:うん、もちろんあるよ。でも私は結局 実家の家業継ぐから将来は決まって るんだよね。

3 A:ご実家はなにされてるんですか?

4 B:佐渡で旅館やってるの。

5 A:佐渡ってあの、トキで有名な佐渡です か?

6 B:そう、冬は寂しいけど、いいところだ から今度うちの旅館泊まりにおいで よ。

1 A:僕、来年卒業なんですけど就職する かまだ迷ってて。将来について不安 なんです。

2 B:あー、わかる。私もこのまま就職し ちゃっていいのかなって思う。

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・

大学に通うだけじゃ足りないと思う んです。

4 B:専門学校で資格とるとかね

5 A:人と違うスキル持たないとこれから はだ め か なっ て 思 って るん で す よ ね。

6 B:まあ、これからは大卒ってだけじゃ 武器にもならないしね。

本研究での共話の定義にあてはまるのは、具体的には表13の会話例17)で共話を成して いる3Aの後に続く4Bの発話である。ここで4Bの発話がないと3Aの発話と5Aの発話はうま

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くつながらず、話の前後の流れが分かりにくいところがある。ということは、4Bの発話は 3Aの発話意図と一致しているということであり、ひとつの発話文を作りあげるのに必要な 一部分を話者Bが分担したということになる10。このことによって、この発話は相手の話し ている内容に対する理解をアピールする働きを持つことになる。5Aの「そうそう。そうい う人と違うスキル持ってないとこれからはだめですよね。」という発話からも、その意図が 相手に伝わっていることがうかがえる (会話例の左中かっこ({)は、先行発話である話し手 発話と、後行発話である聞き手の共話的反応で成り立つ共話をなす発話を示す(以下、同 様)) 。

会話例21)

3 A:何のスキルもないし。何というか・・・大学に通いながら 4 B:専門学校で資格とるとかね

5 A:そうそう。そういう人と違うスキル持ってないとこれからはだめですよね。

擬似共話は、表13の会話例18)の1A~3Aのような発話である。従来の研究では、主に次 の会話例22)の発話文の話し手1Aと2Bだけを取り上げ、共話をなすと取り扱われてきた。

つまり、2Bの発話に対する3Aの発話については目を向けられてこなかった。しかしなが ら、一連の発話から2Bを抜き取っても1Aと3Aの発話は自然につながる。単文レベルでは

なく、2回以上の発話の主導権の譲り渡しがある談話レベルで、話の前後の流れをみること

により、共話と認められる範囲も異なるものになる。

2Bの発話がなくても1Aの発話と3Aの発話は無理なくつながる。ということは、2Bの発

話が必ずしも1Aが言おうとしていることを引き継いでいるとは限らないということであ り、2Bの発話がなくても文が完結するということである。2Bは1Aの発話を聞きながら相

10 本研究で使用する会話データのひとつであるBTSJ(2011年版)では、発話文について以 下のように定義し、認定している。

「実際の会話の中で発話された文」という意味で「発話文」という用語を用い、基本的 な分析の単位としている。これは、日本語では、スピーチレベルの分析など、「文」単位 でコーディングをする必要があるものが存在するためである。「発話文」の定義は、会 話という相互作用の中における「文」とする。そして、以下のように認定する。基本的 に、ひとりの話者による「文」を成していると捉えられるものを「一発話文」とする。

しかし、自然会話では、いわゆる「1語文」や、述部が省略されているもの、あるいは、

最後まで言い切られない「中途終了型発話」など、構造的に「文」が完結していない発 話もある。そのような場合は、話者交替や間などを考慮した上で「1発話文」であるか 否かを判断する。つまり、「発話文」の認定には、「話者交替」、「間」という2つの要素 が重要になる。http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/usamiken/btsj2011.pdf (2015年12月 25日アクセス)

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手の意図だと思われる発話をしたものの、3Aは2Bの発話とは関係なく元々自分で話そう とした内容の発話で話を通している。これにより2Bの発話は必ずしもひとつの発話文を作 り上げるのに必要な部分を分担しているとは言い難い。

会話例22)

1A:僕、来年卒業なんですけど就職するかまだ迷ってて。将来について不安ていうか。

2B:あー、わかる。私もこのまま就職しちゃっていいのかなって思う。

3A:何のスキルもないし。何というか・・・大学に通いながら

表13の会話例19)の質問‐応答会話は、日本語教科書の会話文や刑事ドラマの取り調べ場 面などでよく見かける会話形式で、話し手1A~6Bのような発話が典型的な例である。質問 形の話し手の発話が終わってから応答形の聞き手の発話が始まるというパターンである。

次の例(23)から分かるように、2Bの発話を抜き出すと話の前後の流れが分かりにくい。

会話例23)

1A:僕、来年卒業なんですけど就職するかまだ迷ってて。○○さんも将来について不安と

かありませんか。

2B:うん、もちろんあるよ。でも私は結局実家の家業継ぐから将来は決まってるんだよね。

3A:ご実家は何されてるんですか?

4B:佐渡で旅館やってるの。

表13の会話例20)の対話は、話し手の発話が遮られることなく完結した後に、聞き手の発話 が始まる場合である。また、次の会話例24)からも分かるように、聞き手2Bの発話を抜き 出しても話の前後の流れがわかることが質問‐応答会話との違いである。

会話例24)

1A:僕、来年卒業なんですけど就職するかまだ迷ってて。将来について不安なんです。

2B:あー、わかる。私もこのまま就職しちゃっていいのかなって思う。

3A:何のスキルもないし。何というか…大学に通うだけじゃ足りないと思うんです。

4B:専門学校で資格とるとかね。

上記表13の進路問題で話し合っている学部生A、B同士の共話がみられる会話例は以下の 図3のようにまとめられ、4Bのような発話が本研究でいう「共話的反応」に相当する。