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2.4. 話し手の非発話部分に対する聞き手言語行動:先取り

2.4.1. 先行研究における定義

先述したように「共話」の提唱者である水谷は「先取り」について、水谷(1984)では「完 結型」と広義のあいづちとしているが、水谷(1988a)では、「あいづちと共通した性格を持 つものだが、あいづちの中に含めることは無理だ」としている。ここで、従来の研究で「共 話」がどのように呼ばれ定義されてきたのかについて概観すると、「Joint-production(Le rner 1991;Ferrara 1992)」、「Co-construction(Ono & Yoshida 1996)」、「Joint u

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tterance construction(Hayashi 2003)」、「共話(水谷1980、1993)」、「先取り発話(堀口

1997)」、「共同発話(ザトラウスキー2000、2003など)」、「引き取り(串田2002a、2002 b、森本2002、2004)」等、研究者によって様々な呼び方が使われ、研究されてきた。ここ で、研究における定義を取り上げ、どのような現象が共話として扱われてきたのかを確認 する。

表 7 定義からみた「先取り」

呼び方 先取りおよび共話の定義

Joint-production:

ラーナー

(Lerner1991: 441)

本報告の主題は、2人(あるいはそれ以上)の話し手のトークに またがって産出されるひとつの文を特徴づけることである。

進行中のターンの聞き手が、まだ終わっていないターンの完 結を産出するものである。(The central task of this report is the characterization of single sentences that are produced across the talk of two (or more) speakers. This can be seen in Example (1), where the recipient of an ongoing turn produces a completion for the not-yet-completed turn. ) 共話:

水谷(1988a: 9,1993:

6)

話し手が言い始めた文を完結させず相手に委ね、聞き手がこ れを引き取って完結させるような会話スタイルである。

先取り発話:

堀口(1997: 90)

聞き手は話し手が話している途中でその先まで予測して、そ れを話し手が言う前に先取りをして行ってしまうことであ る。

引き取り:

串田(2002a: 39-43)

本研究で注目する「引き取り」とは、一人が産出中のターン構 成単位が完結可能点に達する前に、それに統語的に連続する ようにデザインされた発話が別の話者によって開始される現 象である。 「最低限必要なのは、語と語の連続性を作り出す こと」、「ターン構成要素が完結可能点に達する前」ということ を定義に入れている。

引き取り:

森本(2004: 197)

聞き手による後続発話が相手の先行発話を統語的に引き継ぐ ようデザインされたものである。

Joint utterance construction:

Hayashi(2003: 1)

共同発話構築とは、ある話し手が、他の話し手によって始まっ た進行中の発話に対して、文法的な続きとしてデザインされ た(ときどき完結としての)発話を作る、実践の領域のことであ る。(Joint utterance construction here refers to a domain of practices by which a speaker produces an utterance that is designed to grammatically continue (and sometimes complete) an ongoing utterance initiated by another speaker.)

共同発話:

ザトラウスキー (2003: 50)

二人以上の話者が作り上げる統語上の単位(句、節、文、複文) からなるもので、後の話者が先の話者の発話に付け足したり、

その発話を完結させたり、先取りしたり、自分の発話に取り込 んで言ったり、言い換えたりする発話と定義する。

21 共同発話

;植田(2004: 16)

ザトラウスキーが示した「二人以上の参加者によって作り上 げられる名詞句や節、短文、複文等(2000: 44)」を修正し、会 話参加者が二人またはそれ以上により、共同でひとつの発話 文を統語的・意味的・語用論的に完成させるため、単語から複 文レベルまで補完または拡張することと定義する。

共同発話文

;宇佐美(2001a:

163)、宇佐美・木林 (2002:15)

複数の話者によって作り出される(完結される)ひとつの発話 文。先行話者の発話を後行話者が完結させようとしたが、実際 には完結まで至らなかったものや先行話者の発話を、先行話 者自身と後行話者自身と後行話者がそれぞれ個別に完結させ るものも含む。ただし、倒置形式の文、つまり従属節や主節(主 部)が後から補われたものは含まない。

上記、表7の共話の定義からみると、以下の(9)~(11)については概ね一致している。

(9) 二人以上の話者により成り立つひとつの発話であること

(10) 先行話者の発話が完結していないこと

(11) 後行話者の発話によって完結されること

しかし、以下の(12)~(16)に関しては、定義に含めるかどうか、先行研究ごとに見解が異 なる。

(12) ターンの完結を産出するものかどうか

(13) 話し手の発話の途中でその先まで予測して行うものかどうか

(14) 統語的・意味的に完結するものかどうか

(15) 先取り以外の表現形式を含むかどうか

(16) 先行話者と後行話者がそれぞれ完結したものを含むかどうか

上記のように、定義には各研究者の視点が反映されており、共話とみなす範囲がそれぞれ 異なることがわかる。本研究における共話の定義については2.5.3.で後述する。

ここでさらに、共話の定義をどのようにするかによりその分類が異なる場合を概観する。

まず、共話の定義によるその展開の型を分類している研究から見てみたい。堀口(1997:9 1-97)は「先取り発話」という呼び名で共話を定義し、その展開の型について次のように4 分類している。

[聞き手の先取り発話で完結する]

会話例5)

1 A:桑の実なんか都会の子はもう

22 2 B:しらないでしょうねえ。

[聞き手の先取り発話の後、さらに話し手が続けて完結する]

会話例6)

1 A:その裏にはねえ、その製糸工場で働く方たちの暗い 2 B:そしてたいへんなね

3 A:人生もあったわけですよねえ。

[聞き手の先取り発話の後、それに対して話し手が反応を示す]

会話例7)

1 A:そういうお子さんには添い寝をね、

2 B:しています。

3 A:あ、やっていますか。

[聞き手の先取り発話の後、それに対して話し手が反応を示し、さらに発話を続けて完結す る]

会話例8)

1 A:カラスが食べちらかした残りをね 2 B:ドバトだとかね

3 A:そうそう、ほかの鳥が食べちゃう。

また、森本(2002、2004)、串田(2002a、b)、宇佐美・木林(2002)、宇佐美(2006a)などは 上記のような定義を踏まえて、音声の重複、発話要素の繰り返しにより、以下のように共 話を4分類している。(以下、会話例9)~10)は宇佐美2006a:109-110から引用)

[1類:音声的重複や先行話者の発話要素の繰り返しがなく、後行話者が文を完結させてい るもの]

会話例9)

1 BF05 6時半ぐらいでも、もうみんな立ってますから、だからかえって、時間がかかる けれども座れるという意味では…。

2 YF02 楽ではいらっしゃるわけですね。

[2類:先行話者の発話要素の繰り返しはないが、音声的重複を伴って後行発話が文を完結 させているもの]

23 会話例10)

3 BF02 後でわからないところだけ、

4 OF01 書き加える。

5 BF02 自分で聞くという…。

[3類:音声的重複はないが、後行話者が先行話者の発話の一部を繰り返して文を完結させ ているもの]

会話例11)

1 SF01 あれ、持ってなくても…?

2 BF03 持ってなくてもなれるんですよ。

[4類:後行話者が、先行話者の発話の一部を繰り返し、さらに音声的重複を伴って文を完 結させているもの]

会話例12)

1 R 二万―出せば結構いいよねー

2 L 二万出せばいいのが買える。

上記の研究においては、共話の定義とその分類のあいだにはつながりがない。また、共 話の認定においては話し手と聞き手の二つの発話だけでは認めにくいところもあるので、

話し手発話の2回以上のターンがある発話をみて判断する必要があろう。たとえば、宇佐美 (2006a)の3類、4類の繰り返しがある場合は特にそうである。また、2類では話し手発話に 2回以上のターンがある会話が例に挙げられている。発話権をもっている3 BF02の発話

「後でわからないところだけ、」の後に、「書き加える」の4 OF01は無理なくつながる。し かし、その次に続く5 BF02の発話「自分で聞くという…。」をみると、4 OF01の発話がな くても文は完結する。4 OF01の発話は3 BF02の発話意図と一致しておらず、ひとつの発 話文を作りあげるのに必要な一部分を話者OF01が担っているとは言い難い。これは、堀口 (1997)の例(2)の場合も同様である。

共話の定義の違いにはそれぞれの研究の観点の違いが反映されてもいる。まず、串田(2 002a、2002b)は、「引き取り」のような統一体の産出可能性そのものが、話し手と聞き手 の間で交渉されうる機会であると述べている。ザトラウスキー(2003)はより具体的に、日 本語の共話は、参加者間の一体感を作るために用いられるが、参加者同士が対立しあって いる場合には、発話の完結がひとりでなされる傾向があり、共話に対する遮断もある、と 述べている。そして、宇佐美(2006a)は、ブラウンとレビンソン(Brown & Levinson1987)

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のポライトネス理論から共話を解釈し、共話は会話参加者が互いに好かれたい、認められ たいと思う欲求を満たす行為であり、「ポジティブ・ポライトネス」の機能を果たしている と述べている。共話は、「共-参与者による完結(Co-participant completion: Hayashi20 03)」や「共語り手(co-teller)(Hayashi、 Mori & Takagi2002;森本2004)」といった観点 から論じられ、協調的な言語行動として捉えられることが多い。