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第 8 章 韓国人日本語学習者のあいづち的反応の運用における問題点

8.6. バリエーション不足による影響

8.6.1. 「はい」の過剰般化と「ええ」の不使用

「KJL/NS(母語話者)」における「はい/ええ」の機能別出現傾向をみると、母語話者(NS)よ りも、「傾聴」機能の中級と上級、「理解」機能の初級~上級のKJLに、「はい」の表現形式の 多用が確認できる(表37)。上級学習者(韓国、台湾、タイ、エジプト)を対象にした堀口(19 90)の場合も「はい」による表現形式が一番多いという指摘があるが、本章では使用機能ま で考慮することにより、機能によっては初級から上級にかけて「はい」を過剰使用している

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ことが確認できた。水谷(1984)によれば、母語話者のあいづち的反応でよく使われる表現 形式は「はい」、「ええ」、「うん」であるということだが、KJLの場合は特定のあいづち的反 応、特に「はい」の過剰使用の傾向がかなり目立つことが分かった。丁寧さのレベルが「は い」と同程度である「ええ」も程よく使用する必要があろう。フォローアップインタービュ ーによると、日本語母語話者は、言いやすさの面からも「ええ」の方が言いやすいという感 じがして、普段の会話では「はい」と「ええ」の表現形式のうち、どちらかに偏らないように 気を配って使うという。実際、表37からもわかるように母語話者(NS)の場合、3回に1回ほ どの割合で「ええ」のあいづち的反応を多用していることが確認できる。

KJLの「ええ」の使用数が「はい」の使用数より少ないのは水谷の説明だと学習者にとって 習得が困難なあいづち的反応ということになる。それゆえ、積極的に教科書のなかにシラ バスとして取り入れる必要があるであろう23

表 37 「KJL/NS」における「はい/ええ」の機能別出現傾向

機能 KJL NS

言語能力レベル はい ええ はい ええ

「傾聴」

初級 20 0

117 42

中級 171 0 上級 140 0 超級 52 5

「理解」

初級 52 0

14 0

中級 34 0 上級 27 0 超級 11 0

「同意」

初級 28 0

50 17

中級 41 0 上級 20 0 超級 13 0

合 計 609 5 181 59

また、「はい」の使用が目立つことの背景として、一度習得したあいづち的反応を過剰般 化してしまっているという可能性も考えられる。これは、次の会話例64)からも裏付けられ る。会話例をみると1K8で聞き手である学習者は相手に「社長であるか」を聞いている。こ れに対し相手であるインタビュアーは「はいそうです」と返事をしている。問題はその次の 3K8Iの「はい、えっとー」から始まる会話である。この3K8の発話で「はい」は不要な部分

23 第5章で「ええ」は20代より30代での使用が多いと言及したが、今回フォローア ップインタービューにに協力してくれた日本語母語話者はの年齢構成は20代1名、

30代以上3名の計4名である。5章で主張したように年齢差が関与した結果も考え られ得る。よって、日本語教育に応用する際に「はい」と「ええ」を同時に教授する か否かは会話場面や相手の年齢などを十分に考慮する必要があろう。

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である。「はい」を必要ではないところでまで使用していることから、過剰般化の可能性が 考えられる。

会話例64=(51)) 企画会社の社長とのアポをとるロールプレイの話: T6(インタビュアー) - K8 (インタビュイー超級)の会話

1 K8:【姓A】社長さんでいらっしゃいますか

2 T6:はいそうです

→ 3 K8: はい,えっとー<ん>,突然ほんとに申し訳ございませんが

4 T6:いえとんでもないです,んん

「はい」が過剰般化されている一方、「ええ」の使用は超級での5例しかない。こうした「え え」の不使用の原因として考えられるのは、日本語教科書にあいづち的反応があまり出て こないことと、出てきたとしても「ええ」よりは「はい」が出てくることが多いことの2つで ある。実際、李舜炯(2011a:343)は韓国の大学の日本語教科書11種を分析し、教科書の本 文会話の中に出現したあいづち的反応の頻度を提示しているが、「ええ」は全体で12例しか 提示されていないことを報告している。

8.6.2. 場面に適さないあいづち的反応

8.6.2.1. 同意の「そうですね/そうなんです」

次の会話例65)、66)は「そうですね」、「そうなんです」、「ああ、そうですか」のような意 味内容が認められる概念的あいづちを返すべきところで、「はい」、「んー、はい」などの意 味内容が認められない感声的あいづちを返しているものである。また、会話例65)は「あー」、

「はい」などの感声的あいづちのあいづち的反応を返すべきところで、「そうです」「そうで すけど」の概念的あいづち的反応を返してしまい、不自然になってしまった例である。これ は、渡辺(1994: 115)の記述のように、感声的あいづちと概念的あいづちとの区別がついて ないためであると考えられる。しかし、会話例65)の話者のように言語能力レベルの低い初 級だと母語(韓国語)の影響も考えられ、感声的、概念あいづちの表現形式の区別がつかな いのは理解できるが、上級学習者があいづち的反応を返している会話例66)、67)も不自然 であるということは、問題があると思われる。つまり、日本語が上手であるほど、誤りで はなく意図的な行動と思われがちになるので、失礼な人、不愉快な人などという誤解を招 き、人間関係を損なう可能性が高くなる可能性がある。したがって、円滑なコミュニケー ションのためにも、言語能力レベルによって、感声的あいづちと概念的あいづちの違いを、

積極的に教科書に取り入れて教える必要があると考えられる。

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会話例65) 日本語教師の生活の話:T2(インタビュアー)-K2 (インタビュイー初級)の会話

1 K2:んー,生活は,おもしろかったです,おもしろいですか

→2 T2:はい,あのー,楽しいですね(②んー,はい→「ああ、そうですか」),ん<{笑}>

会話例66) 行政書士の仕事の話:T4(インタビュアー)-K5(インタビュイー上級)の会話

→1 T4:あー,代わりにね(③はい→「そうですね」「そうなんです」),ん,例えばどんなそ の書類があるんですか

2 K5:んー例えばですね(ん),もういろんなー書類が(ん),{息を吸う音}えーてーえと

ですねんー,行政書士がー(省略)

会話例67) 受験できる学校の難易の話:T5(インタビュアー)-K6 (インタビュイー上級)の 会話

→1 T5:あーそうですか(ん),その学校によってすごい難しい学校もあるし(③そうです

→「はい」),やさしい学校も(①ん)あったらまたなんかそ のいいところに入ろう

と思って競争が,激しくなったり(④そうですけど →「あー」/「はい」{笑}),し ませんか

2 K6:なんか,何をやったら{笑}いいかわからないの

8.6.2.2. 関心や興味の「あー/はあ/へー」などで反応すべきところでの「はい」の使用

会話例68)では、話し相手の話に対し「傾聴」機能の「はい」というあいづち的反応が行わ れている。しかし、母語話者の評価によると、ここでは「傾聴」機能だけでは物足りないと ころがあり、話題に関心や興味があることを表明するための「感情」機能を果たす「あー」、

「はあ」、「へー」などの感声的あいづちがよりふさわしい。

会話例68) 韓国の日本の野球チームの違いについての話:T3(インタビュアー)-K3 (インタ ビュイー中級)の会話

1 K3:②そうですね<ん>,あ,あのー,そんな,大きさというか,あの,し,いちばん あの,韓国と違って日本がすごく広いので,はい<ふーん>,はい,あの,働ける,

こともたくさんあるし,

→2 T3:あーそうなんですか,なんかでも,今,日本の球団のシステムが<②はい,はい

>ちょっと変わったよう<×はい>,なんですが<①はい→「あー」/「はあ」/ 「へー」

>,【姓B】さんその辺も知ってますか54いえ,それは <ん>***, 知ってないん

ですね、はい

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8.6.2.3. 「そう系」あいづち的反応のうち「そうですね」の使用に偏り

概念的あいづち的反応の使用は、中級レベルの「理解」「同意」機能で初めて出現した「そ う系」のうち、「理解」と「同意」機能の「そうですね」に集中している。そこで、「そう系」あい づち的反応の出現傾向をみると、表現形式が多様でないことが確認できる(表38)。他にも

「そう系」の表現形式としては、超級レベルで「同意」の「そうなんですね」、「そうなんですよ それが」と、上級レベルで「否定」機能の「そうなんですかね」、「そうですけど」、「あ、そう ですけど」、「それもそうですけど」が使用されているものの、その使用例は1例ずつにすぎ ないことがわかる。

表 38 「そう系」あいづち的反応の出現傾向 機能 言語能力

レベル

そうで すね

そうで すか

そうなん ですね

そうなん ですよ

そうなん ですかね

そうで すけど 理解

中級 10 0 0 0 0 0 上級 6 5 0 0 0 0 超級 8 2 0 0 0 0 同意

中級 7 0 1 1 0 0 上級 12 0 0 0 0 0 超級 10 0 0 0 0 0 否定 上級 0 0 0 0 1 1 計 53 7 1 1 1 1 また、「そうですか ↘ そうなんですか ↘ そう ↗ あー、そうですか ↗ 」などの「感情」

機能を表す表現形式の不使用で、あいづち表現が豊かでないことが目立つ。