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第 3 章  光技術トピックス

3.3.  環境・エネルギー・生命分野

3.3.4.  光触媒とエネルギー

―夢の人工光合成技術の確立― 

(1)  夢技術

人工光合成

― 

  燦々とふりそそぐ太陽光を浴び,そよ風にゆられながら植物は日光浴を楽しんでいるように見える。しか し,実は植物は生き残りの営みを行っている。誰でも知っている光合成作用である。おおざっぱに言えば,

植物の葉は根から吸い上げた水を,太陽光を利用して分解して,酸素と水素(正確に言えばプロトンと電子)

にする。葉の気孔から酸素を排出し,水から作り出した電子とプロトンでNADPを還元してNADPHの変換し,こ のNADPHが,代わりに取り込んだ二酸化炭素を還元して,高いエネルギーを持つ糖に変換する。光合成は太陽 光の化学エネルギー変換プロセスの理想モデルの一つである。 

  21世紀において解決しなければならない最大の問題はエネルギー問題と言われている。すなわち地球温暖 化等の深刻な問題を克服しつつ,人類の持続可能な発展のために,化石エネルギー利用から再生可能エネル ギー利用へのシフトが必要となっている。膨大で無尽蔵な太陽エネルギーは,我々が平等に利用できる唯一 のエネルギー源であるが,我々は,このエネルギーを我々のエネルギーとして充分に利用していない。安価 で高性能な,新しい太陽光エネルギー利用技術の開発が求められている。 

魔法の粉をばらまいた池に,太陽光が当たると,水中からぶくぶくと水素が発生する。発生した水素を回 収してクリーンエネルギーとして使用する。こんな,夢のような技術が開発されたらどんなに楽しいだろう。

この魔法の粉になる可能性があるのが,酸化物半導体粉末光触媒である。この光触媒プロセスにより水の直 接光分解され水素と酸素を生成する。上述した植物は,光合成プロセスの明反応において可視光により水を 分解し,得られた水素を暗反応において二酸化炭素固定化反応に利用している。水の光触媒分解プロセスは,

光合成の明反応に相当し,この意味において,人工光合成技術の一つとも呼ばれる。太陽光を用いて水から 安価に水素が製造できれば,水素そのものを燃料として用いることが出来る他に,光合成の暗反応に相当す るプロセス,すなわち水素を用いた炭酸ガスの還元反応(接触水素化反応)により炭酸ガスをメタノールや エタノール,エチレン,ガソリン等の有用炭素資源に変換することは容易である。これが達成できれば,有 機資源,無機資源の循環使用が経済的にも可能となり,まさに,夢の人工光合成の確立となるのである。

(2)  酸化物半導体光触媒による水からの水素,酸素の直接製造技術の現状  (a) 紫外光応答性光触媒の開発 

  1970年代初頭に発見された本多―藤嶋効果を基本概念とする酸化物半導体光触媒による水の直接分解プロ セスの研究開発は,その当時のオイルショックの影響もあり,世界的に活発に研究開発が行われた。しかし,

最も典型的なPt/TiO2光触媒で,定常的な水分解は出来ず,一時研究開発は低迷したが,日本では着実な研究 開発が行われ,現在では多くの紫外光応答性酸化物半導体光触媒が見出されている。例えば,炭酸塩添加法 光触媒プロセスでは,NiOx/TiO2光触媒を用い,日本の太陽光約1日照射下で1m2当たり約400mlの水素と200ml の酸素が発生できる。しかしTiO2光触媒のバンドギャップは3.0evであり412nm以下の光,すなわち紫外光し か利用できない。紫外光は太陽光にわずか3%程度含まれているのみである。また,NiOx/NaTaO3光触媒を用い,

人工灯である400WXe灯照射下で触媒1g当たりLa(OH)3とNaOHを含有する水から1時間照射約500mlの酸素と250 mlの酸素が発生することが報告されている。この光触媒は水素,酸素発生量としては世界最高性能を持つと

考えられるが,バンドギャップは4.1eVであり,やはり302nm以下の波長の紫外光しか利用できず,残然なが ら太陽光は利用できない。しかしながら,水を直接分解して水素と酸素を発生することができる酸化物半導 体光触媒が多く発見,開発されたことは,本プロセスが実用化し得る可能性を示している。 

 

(b) 可視光応答性光触媒の開発 

  このような背景のもと,水分解用光触媒の研究開発は,ここ数年来,可視光応答性光触媒の開発に焦点が 移っている。酸化物半導体光触媒による水分解プロセスを実用化するためには,太陽光に約50%含まれる可視 光利用ができる高効率光触媒プロセスの確立が必須である。水の分解エネルギーは約1.23evとされる。水の 電気分解には1.5V以上のエネルギーが必要なように,光触媒分解においても過電圧として1.5eVが必要として も約820nmの波長の光で十分であることになる。820nmは可視光末端であり,エネルギーからすれば水の分解 には可視光がフルに使用できることになる。実際,光合成プロセスでは600nmや700nm程度の可視光が使用さ れているのである。 

  可視光応答性の光触媒プロセスを如何に開発するか。理論的には,水の酸化,還元ポテンシャルを挟み込 むような形で,価電子帯,伝導帯を持ち,バンドギャップが1.5eV以上のバンド構造を有する酸化物半導体を 見出すか,設計・開発すれば良いことになる。しかし,今までの経験では,光励起後の電荷分離,バルク内 から半導体表面への電荷移動,表面での電荷とH+やOH-との反応による水素・酸素の生成,生成した水素,酸 素の表面からの速やかな脱離等の諸過程において最適化が必要となり,このような条件を満たした酸化物半 導体光触媒のみが可視光水分解光触媒となり得る。

  可視光応答性光触媒開発の一つの方向に,A2B2O7,ABO4,AB2O4等の複合酸化物半導体の探索というアプロー チがある。ここに示すA,Bは骨格金属イオンを表わし,これらの中心金属の多様な組み合わせが可能であり,

それにより可視光応答性が期待できる。例えばInTaO4,InNbO4系触媒が可視光応答性をもち,かつ純水を水 素と酸素に分解できることが報告されている。更にInサイトの他金属置換により性能向上が検討され,NiOx/

In0.9Ni0.1TaO4光触媒が優れていることが見出されている。300WのXe等の420nm以上の可視光を照射して連続100 時間の光照射で光触媒1g当たり約67mlの水素と33mlの酸素が発生する。402nmの光量子収率は約0.7%,太陽光 エネルギー変換効率は0.03%となる。これらの光触媒は可視光で水を化学量論的に分解した世界初で,かつ唯 一の光触媒群である。しかし,太陽光エネルギー変換効率は0.03%と依然低く,約100倍程度の活性向上が見 込めないと実用化は難しい。高性能な複合酸化物半導体光触媒の開発が期待される所以である。 

  もう一つのアプローチは,光合成の2段階光励起メカニズム(Z-スキームと呼ばれている)を模倣した光触 媒プロセスである。すなわち,酸素を発生できる触媒と水素を発生できる触媒を電子リレーで繋ぎ,オーバ ーオールとして水を可視光分解しようとする方法である。例えば可視光照射下で水から酸素発生が可能なPt/

WO2光触媒,水素発生が可能なPt/StTiO3(Cr-Taドープ)光触媒をI-/IO3-レドックスの含有する水に混合させる と,水素と酸素が定常的に発生する。このプロセスも,二段階光触媒プロセスで可視光水分解を達成した世 界初の例である。残念ながら今のところ,太陽光エネルギー変換効率は上述の一段法光触媒より低い。活性 向上の方策が必要である。 

 

このほかにも,可視光応答性光触媒の開発において種々の試みがなされている。例えばTaONで代表される ようなオキシナイトライド光触媒,また,TiO2の骨格OをNでドーピングした可視光応答性光触媒がその典型 例であるが,これらの光触媒では,可視光照射下で有機系の環境汚染物質の分解はできるものの,純水から 水素と酸素の同時発生を行う化学量論的分解は達成されていない。 

 

従って,現状では,可視光応答性をもつ高活性光触媒系の開発が最も大きな課題となっている。 

(3) 将来展望 

  では,どの程度の活性を持つ可視光応答性光触媒(太陽光触媒プロセスと呼称)を開発すれば,人工光合 成技術が見えてくるか。自然の光合成の太陽エネルギー変換効率は1〜2%とされている。最も光合成活性の 高い藍藻類で4%程度とされている。上述したNiOx/In0.9Ni0.1TaO4光触媒で太陽エネルギー変換効率は0.03%と 見積もられる。仮に,この光触媒の活性が100倍向上して太陽エネルギー変換効率が3%となると,藍藻類の太 陽エネルギー変換効率とほぼ同様な効率となる。酸化物半導体は無機物であり,生体である藍藻類に比べ,

それ自体生命維持のためのエネルギーを消費せず,また耐久性が良く高い安定性を持つと考えられる。我々 の試算によると,太陽エネルギー変換効率3%の光触媒を東京ドーム(46,755m2と算定)の広さの池 (仮にソ ーラーポンドと呼称する)の底面一杯に敷き詰め,日本の晴天時の太陽光照射下で一年に約75万Nm3の水素が 生産できることになる。この時の触媒使用量は,1mmの厚さに敷き詰め,約250トンである。量的には,かな りの水素,酸素が発生することになる。現実的には,発生する水素,酸素の分離技術,触媒のコスト等がこ のシステムの経済性を支配することになる。現在注目されている水素燃料電池自動車100万台を一年間稼働さ せるのに年間10億Nm3の水素が必要とされている。机上計算ではあるが,燃料電池自動車用の水素を,太陽光 エネルギー変換効率3%の光触媒で供給すると仮定すると,ソーラーポンドが約1,330個必要となり,各市町村 に一個程度のソーラーポンドを造れば良いことになる。これらの計算は光触媒プロセスの実現可能性を印象 づけるものである。従って,太陽光エネルギー変換効率3%程度の達成は,一つの目標となろう。しかしなが ら,経済的な観点から考慮する場合,上述したように本プロセスのインフラ構築,触媒コスト等を考えると,

太陽エネルギー変換効率10%程度の光触媒プロセスの開発が現実的な研究開発目標となろう。 

 

  太陽光触媒プロセスによる水の直接分解水素製造よりも,技術的には完成されているプロセス,すなわち,

太陽電池と水電解を組み合わせたプロセスにおいて,水素製造の経済性試算がおこなわれている。それによ ると,太陽電池のコストが現在のコストの約1/5,太陽電池のエネルギー変換効率が20%になれば,このプロ セスにより製造される水素のコストは,現在の水素製造コストの約1.5倍にまで低下すると報告されている。

市販太陽電池の性能は,高いもので20%が報告されているので,本プロセスの実現のために解決すべき課題は,

太陽電池のコストを現行の価格から1/5の価格まで低下させることである。また可能であれば何時の時点で,

それが達成されるかに対する正確な予測が必要となる。もし太陽電池の価格の条件がクリアされれば,本プ ロセスが太陽水素生産手段として光触媒プロセスに先行するものと考えられる。 

  さて,太陽電池と水電解を組み合わせたプロセスよりも理論的な水分解効率が高い太陽光触媒プロセスが 何時の時点で,技術的,経済的に実用が考慮できる段階になるかが最も関心のあるところである。上述した ように太陽光エネルギー変換効率が10%を目標とすると,現在の太陽光エネルギー変換効率が0.03%から約5年