第 3 章 光技術トピックス
3.3. 環境・エネルギー・生命分野
3.3.5. レーザ核融合技術とその波及効果
―パワーレーザが拓く新しい世界―
(1)レーザ核融合研究の現状と見通し
1972 年,レーザ爆縮の概念が公開され,本格的なレーザ核融合の実験研究が始まった。70 年代の後半から 80 年代の初期にかけて各国で出力 10〜数 10kJ の多ビーム大型レーザ装置が建設され,80 年代末までに核融 合点火・燃焼に必要な温度(1 億度)と密度(固体密度の 1,000 倍)が個別に大阪大学などで達成された。これに よりレーザ核融合の研究は点火・燃焼をめざす新しい段階に入った。すなわち,高密度燃料中にホットスパー クを形成し,核融合反応に点火し,高い核融合エネルギー利得の可能性を実証することが現在の研究の目標 となっている[1]。
レーザ核融合の原理を図 1 に示す。直径数 mm の微小な球状燃料ターゲットの周囲からレーザ光を照射し,
ターゲット表面で発生する高温プラズマの外部へのアブレーションによるロケット作用を利用して,内部の 燃料を高密度に圧縮する。圧縮された燃料中心部は高温に加熱され,核融合反応が誘起される。これを中心 点火方式という。発生したα粒子により,周辺の,低温・高密度燃料が加熱され核融合反応が燃料全体に広が り,反応は終了する。中心点火方式では,最大圧縮時に中心部のホットコアを低温の高密度燃料が取り囲む 2 重構造を作り上げることが重要であり,非常に高い爆縮の球対称性が要求される。米国や仏国では,MJ 級 の出力を有する巨大なレーザ装置を建設し,10 程度の核融合利得をめざす,National Ignition Facility
(NIF)計画や Laser Mega Joule (LMJ)計画が開始されている。計画が予定通りに進めば,2013 年頃まで には目標に到達する見込みである。
一方,チャープパルス増幅(CPA)を利用した極短パルス・超高強度レーザの出現とともに,高速点火とい うレーザ核融合の新しい概念が提唱された。これは高密度に圧縮したプラズマに超高強度レーザを照射し,
高速加熱によりホットスパークを生成して核融合点火をめざす方式である。1 つのレーザで燃料の高密度圧 縮と核融合点火を行う中心点火方式に対し,高速点火方式では圧縮と加熱に特性の異なる別々のレーザを用 いる。図 2 はレーザエネルギーに対する核融合利得の予測値である。中心点火の場合,100 程度の核融合利
得を得るには数 MJ のレーザが必要であるのに対し,高速点火では数 100kJ 程度でよく,小型のレーザでコン パクトな核融合炉を実現できる可能性があると期待されている。大阪大学では高速点火方式を中心テーマと してレーザ核融合研究を進めており,新型コーン付ターゲットを用いて爆縮プラズマにペタワットレーザを 照射し,その有効性を実証した。この結果を下に,大阪大学では高速点火によるレーザ核融合点火燃焼実証 計画(FIREX 計画)を進めている。計画は 2 期に分かれ,第 1 期(6 年)では加熱用レーザのエネルギーを 10 倍に増加し,点火温度(1 億度)までの加熱を実証する。第 2 期(6 年)では爆縮用レーザ,加熱用レー ザともに出力エネルギーを増力し,点火燃焼を実証する。計画が予定通りに進めば,米国 NIF とほぼ同時期 に点火燃焼が実証され,核融合利得〜10 が達成できるものと予測している。
1 10 100
10 核
融 合 利 得
レーザーエネルギー(MJ)
0.1 1
US-NIF 中心点火 高速点火
核融合炉に 必要な利得
光陽
(高速点火)
最大圧縮
(中心点火)
レーザー照射 圧縮 最大圧縮 燃焼
超高強度レーザー
図 1 レーザ核融合の原理(中心点火と高速点火) 図 2 レーザ核融合のエネルギー利得
▲点火実証
繰返し工学試験 高速点火実証装置
FIREX-I FIREX-II 10kJ爆縮レーザー
10kJ加熱レーザー 加
2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035
100J 1kJ
電気出力〜2MWe
▲発電実証
▲実用発電実証
核融合炉工学技術開発(ブランケット、液体金属冷却、
トリチウム、炉材料、炉設計、安全技術等)
電気出力100〜200MWe 実証炉(DEMO)
工学設計 建設 運転
2003年
実験炉(LFER)
概念設計 工学設計
建設
200kJ/1Hzレーザー、パルス出力 10MJ、熱出力10 MWth
ターゲット・照射技術開発 連続運転技術
炉チャンバー技術開発 液体壁・ブランケット
20kJ/1Hzレーザー 繰返し試験 DPSSL
モジュール開発
T1 T2 T3 ブランケット試験 連続運転試験
図 3 レーザ核融合炉に向けての開発計画ロードマップ
このような炉心プラズマ研究の進展とともに,レーザ核融合発電炉の概念設計が行われ,炉の実現に向け て必要な開発課題が明らかになってきた。レーザ核融合炉実現に向けての開発計画ロードマップを図 3 に示 す。点火燃焼の物理解明をめざす FIREX 計画に続いて,定常出力の運転を行う実験炉(LFER)を建設し,炉 工学技術の確立を図る。実験炉に必要な繰り返し炉心技術,すなわち繰り返しレーザ技術と燃料ターゲット のインジェクションならびに照射技術の開発を FIREX 計画と並行して進め,これらを総合して,核融合出力 がゼロに近い条件下で,繰り返し工学試験を実施する。これによりレーザ核融合炉固有の繰り返し炉心に関 するキーテクノロジーを確立する。実証炉では,安定で信頼性の高い小規模の発電を行い,経済性,環境保 全性など魅力的な核融合発電技術の見通しを示し,2050 年頃の商用発電への導入をめざす。
レーザ核融合炉実現の最重要課題は炉用ドライバーとしてのレーザ開発である。これまで炉心プラズマ研 究に利用されてきたフラッシュランプ励起のガラスレーザはシングルショットの爆縮実験に最も適したレー ザではあるが,炉用ドライバーとして必要な性能,すなわちパルスエネルギー0.3〜数 MJ,繰り返し 3〜15Hz,
効率〜10%程度を実現することは困難である。このため半導体レーザ励起の固体レーザ(Diode-Pumped Solid-State Laser, DPPSL)が重要な候補と考えられ,開発が開始されている。出力エネルギー1〜10 kJ の増幅システムを基本ユニット(モジュール)とし,これを多数ビーム結合したものを炉用ドライバーとし て用いる。
(2)レーザ核融合研究が生み出す新しい科学技術
レーザ核融合研究用に開発された高出力レーザや,レーザ爆縮により実現される超高温度(1 億度),超高 密度(1kg/cc),超高圧力(100 億気圧)など極限の物質状態を利用して,新しい科学技術分野や産業応用が 生まれようとしている。レーザ核融合研究の波及効果のいくつかを簡単に紹介する。
(a)高出力レーザの応用
レーザ核融合で開発された kJ 程度のパルスエネルギーを発生できるレーザは,レーザ誘雷,ロケット推進,
宇宙デブリ除去等,様々な分野への応用が検討されている。レーザ誘雷では大気中にレーザ光を送出し,高 さ 50m 程度の誘雷塔の先端から長さ 20m 程度の長尺のプラズマを作り,プラズマの先端から雷雲に向けてリ ーダーを進展させ,リーダーを通して雷を誘雷塔へ導く。雲底の低い冬季雷には有効な手法で,大阪大学で はレーザ総研,関西電力の共同研究により,すでに冬季雷のレーザ誘雷に成功している。kJ,10Hz 程度のレ ーザにより実用化の可能性がある。
(b)極限状態の科学
レーザ爆縮などで生成される極限状態を利用すれば,超新星爆発や地球の内部構造など,これまで不可能 であった環境を実験室で模擬することが可能となり,相対論的プラズマ物理学,実験室天文学などの新しい 学問領域が生まれようとしている。また,金属水素や金属炭素のような新物質の創成なども期待されている。
(c)レーザプラズマ X 線源
レーザ生成プラズマからは,マイクロ波から X 線に至る広い周波数領域で強力な電磁波が放出される。高 輝度,短パルス,微小点源などの特長を生かし,非破壊検査や生体観測など様々な応用が期待されている。
特に波長 13nm の極端紫外(EUV)光は次世代半導体デバイス製造用リソグラフィ光源として,2010 年頃の実 用化をめざして,世界的に開発競争が繰り広げられている。図 4 はレーザプラズマを利用した EUV リソグラ フィシステムの概念図である。これが実用化されれば,線幅 25nm 程度まで微細化が可能となり,半導体素子 の集積化が飛躍的に高まる[2]。
多層膜反射鏡:Mo/Si 、R〜67%, @13.4nm, Dl=0.56nm
ウェ ハステージ ウェ ハ位置合わせ センサ
投影光学系
レチクルステージ
照明光学系 レーザープラズマ
EUV光源
(5〜7枚)
(6枚)
ステッパスキャナ 露光面積:2.5cm ×0.2cm 露光均一性:1% (100パルス 平均) 7〜10 kHz
1〜3 mm 2sr
高繰り返し 高出力レーザー 高効率ターゲッ ト
プラズマ最適化
115 W
@13.5nm
図 4 EUV リソグラフィシステム概念図
(d)レーザ核科学とその応用
超高強度レーザで生成されるプラズマは MeV を超える高エネルギーの電子やイオンの発生源として,レー ザ加速,核反応,核変換など多くの応用が考えられている[3](図 5)。
図 5 レーザ生成高エネルギー粒子の利用
参考文献
[1] 井澤靖和,応用物理 73, 194 (2004) [2] 西村博明,生産と技術 55 (4), 41 (2004)
[3] 阪部周二 他,日本原子力学会誌 43, 996 (2001)
(井澤 靖和)