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光ファイバセンシング技術の新展開

第 3 章  光技術トピックス

3.3.  環境・エネルギー・生命分野

3.3.1.  光ファイバセンシング技術の新展開

―安全・安心のための光ファイバ神経網を中心として― 

(1)はじめに 

  我が国の光技術,特に光ファイバ技術は,光通信を牽引役にして成長してきたと言えよう。しかし,この 光ファイバ技術は,その他の技術領域,たとえばセンシング分野にも大きな変革を与えてきた。光ファイバ センシング技術領域の展開である。もちろん,センサは千差万別であって,他の原理に基づく製品との競合 は厳しい。したがって,光ファイバセンシング技術の産業化が,これまでに十分進展したとは言い難い。し かし,光ファイバジャイロのように,技術的に成熟し,既存技術では不可能であった機能を実現して実用域 へと成長した技術もある。実際,光ファイバジャイロは,我が国の科学衛星用ロケットの制御,科学衛星の 姿勢検出,ボーイング 777 の航法装置の一部,等での実用化が進み,加えて,農薬散布用ラジコンヘリコプ ターの制御,望遠テレビカメラの安定装置,人形ロボットの制御等,機械式ジャイロでは不可能であった民 生用途も種々開拓している。そして最近,光ファイバセンシング領域に,新たに注目される技術が生まれつ つある。 

 

(2)光ファイバ神経網と痛みの分かる材料・構造 

土木・建設分野では,地震による損傷や経年変化を自己診断できる機能を備えた構造の実現に期待が集ま り,そのためのセンシング系として,損傷等を分布的に検知できる光ファイバ分布型・多点型センシングが 注目されている。同様の技術は,航空機用材料の診断にも適用できる。ビル・橋・トンネル内壁・ダム・高 速道路等の構造物や,航空機の翼や圧力隔壁,燃料タンク等に光ファイバを貼り付け巡らせることによって,

光ファイバに沿った歪,側圧,温度などを分布的にセンシングする。このような材料・構造を「痛みの分か る材料・構造」と名付けた。また,ここでセンサとなる光ファイバを「光ファイバ神経網」と呼ぶ。この光 ファイバ神経網には,高い空間分解能,速い測定速度,そして光ファイバのどの位置の情報でも得られる,

といった諸機能を合わせ持つことが望まれる。 

  図 1 に,光ファイバ神経網による痛みの分かる材料・構造の概念図を示す。光ファイバ神経網機能を実現 するために従来開発されてきた手法のひとつは,図 2 中に示した多点型光ファイバセンシングである。温度

スマートマテリアルのための神経網

~ 100mレンジで サブcm分解能

光ファイバ

スマートマテリアルのための神経網

~ 100mレンジで サブcm分解能

~ 100mレンジで サブcm分解能

~ 100mレンジで サブcm分解能 サブcm分解能

光ファイバ

防災システム 防犯システム

ビル,住宅 防災システム

防犯システム

ビル,住宅

kmレンジで サブm分解能 スマートストラクチャ

橋,トンネル,

高速道路,

堤防,ダム,

……

のための神経網

kmレンジで サブm分解能 kmレンジで

サブm分解能 kmレンジで kmレンジで サブm分解能 サブm分解能 スマートストラクチャ

橋,トンネル,

高速道路,

堤防,ダム,

……

のための神経網

図 1  光ファイバ神経網による痛みの分る材料・構造の概念図

や歪に感度を持つ光ファイバグレーティング(FBG)センサを光ファイバに沿って多点配置したシステムは,

既に一部実用化段階にある。高層ビルの振動検出の為に実際に設置されており,橋梁の振動計測,つり橋ワ イヤーの張力監視,高速走行艇の振動モニター等の実施例がある他,NASA ではスペースシャトル燃料タンク の歪モニタリングへの適用が検討されている。しかし,多点型センシングでは診断不能領域が多く,いかな る部分の情報でも得られる連続分布量センシングこそが重要である。 

そこで,図 2 に示したように,散乱や非線形光学現象等,光ファイバが有する物理現象自体をセンシング 原理とした技術も開発されてきた。ラマン散乱は,その強度が温度依存性を持ち,温度センシング原理とし て機能する。また,ブリルアン散乱の周波数シフト量は光ファイバの伸縮歪で変化し,歪センシング原理を 提供する。これら物理量を分布測定する技術としては,既に,光ファイバに光パルスを入射して反射光を時 間分解する OTDR 法(Optical Time Domain Reflectometry)が開発されている。ダムコンクリートが固化す る様子を,光ファイバをコンクリート内に埋め込んで,温度分布変化からモニターした例,高速道路トンネ ル内の火災位置モニター,堤防決壊予知システム,大型ヨットの強度モニター等,既に実施例が多く報告さ れている。 

分布型光ファイバセンシング

多点型光ファイバセンシング

スマート材料・構造の神経系

zラマン散乱:温度分布センシング

路面凍結モニタリング(ITS関連)/電力ケーブル温度 管理/トンネル火災位置検出/一般火災警報 ...

zブリルアン散乱:歪分布センシング・温度分布センシング 堤防決壊監視/大型コンクリートパイプ試験 ダムコンクリート固化モニタリング/舫綱監視 ジャパンチャレンジ丸歪モニタリング ...

<TDM技術の問題点:分解能限界数メートル、

測定時間数分>

高分解能・高速連続分布量計測技術が登場!

<FBG/WDM技術の問題点:離散的測定>

zFBG/WDM技術:歪/振動多点センシング

橋梁振動解析/釣橋張力監視/高層ビル振動監視 ロックボルト張力モニタ/高圧送電線張力モニタ 油井内圧力・温度監視/小型高速艇動的歪モニタ スペースシャトル燃料タンクモニタ ...

Source Coupler

Detector-Signal processor

Sensing fiber Reighley scattering

Raman scattering Brillouin scattering

P-M coupling

OTDR OCDR

OFDR

Fiber Source Coupler

Sensors: FBG, --- WDM, TDM FDM, CDM

SDM --Detector-Signal processor

分布型光ファイバセンシング

多点型光ファイバセンシング

スマート材料・構造の神経系

zラマン散乱:温度分布センシング

路面凍結モニタリング(ITS関連)/電力ケーブル温度 管理/トンネル火災位置検出/一般火災警報 ...

zブリルアン散乱:歪分布センシング・温度分布センシング 堤防決壊監視/大型コンクリートパイプ試験 ダムコンクリート固化モニタリング/舫綱監視 ジャパンチャレンジ丸歪モニタリング ...

<TDM技術の問題点:分解能限界数メートル、

測定時間数分>

<FBG/WDM技術の問題点:離散的測定>

zFBG/WDM技術:歪/振動多点センシング

橋梁振動解析/釣橋張力監視/高層ビル振動監視 ロックボルト張力モニタ/高圧送電線張力モニタ 油井内圧力・温度監視/小型高速艇動的歪モニタ スペースシャトル燃料タンクモニタ ...

高分解能・高速連続分布量計測技術が登場!

Source Coupler

Detector-Signal processor

Sensing fiber Reighley scattering

Raman scattering Brillouin scattering

P-M coupling

OTDR OCDR

OFDR Source Coupler

Detector-Signal processor

Sensing fiber Reighley scattering

Raman scattering Brillouin scattering

P-M coupling

OTDR OCDR

OFDR

Fiber Source Coupler

Sensors: FBG, --- WDM, TDM FDM, CDM

SDM --Detector-Signal processor

Fiber Source Coupler

Sensors: FBG, --- WDM, TDM FDM, CDM

SDM --Detector-Signal processor

図 2  分布型・多点型光ファイバセンシング技術  −研究の蓄積と新たな機能発現− 

このように,痛みの分かる材料・構造の為の光ファイバ神経網技術の研究・開発は,既に応用領域をも巻 き込んで,展開されはじめている。しかし,多点センシングでは測定不能領域が多く,分布センシングでも OTDR 法に立脚している限りは,空間分解能は約 1m が限界となり,パルスを積算するために測定時間は数分 も掛かっている。より高分解能で高速な分布量センシング技術が必要である。 

これに対して,最近,連続光の相関を制御することで分布量センシングを可能とする原理が提案され,研 究が進展している。 

  一例を紹介しよう。光ファイバ構成分子の熱振動が作る微弱な音波の周期が入射光波波長の半分になると,

光は後方に戻り,ブリルアン散乱となる。これは,速度を持つ音波による散乱なのでドップラーシフトを受 けて元の光波より約 10GHz 周波数が下がる。このシフト量が歪に比例し,光ファイバ神経網の原理となる。 光

パルスに対する後方ブリルアン散乱を時間分解する従来法では,空間分解能は光パルスの幅で決まる。一方 で,ブリルアン散乱はスペクトルの広がった光波では起こらない。このため,使えるパルス幅には下界があ り,空間分解能の限界は約 1m となっていた。また,散乱光は微弱であるため,光パルスへの応答を多数回積 分しなくてはならず,測定には数分間も要した。これに対して,上述の連続光波の相関を制御する方法では,

被測定光ファイバにポンプ光とプローブ光を対向伝搬させ,両者に予めブリルアンシフト周波数相当の周波 数差を設けておいて誘導効果を発生させ,ブリルアン散乱を増強する。その上で,レーザ光源の発振周波数 を変調することで,光ファイバに沿うある特別な場所でのみこの誘導ブリルアン散乱を局在発生させている。

局在位置は変調周波数変化で掃引でき,分布センシングが可能となる。 

上記の連続光波技術により,OTDR 法が有する限界が打破され,既に 1cm の空間分解能が実現された。小径 パイプ(直径 15cm,周囲約 50cm)の周囲歪分布のセンシングや,鉄筋コンクリートに発生するサブ mm クラ ックの検出実験にも成功している。また,測定速度として約 50Hz が実現され,ビルディングモデルに貼り付 けた光ファイバの任意位置での歪を動的計測することにも成功している。この空間分解能は従来技術を 100 倍凌ぎ,測定速度では1万倍凌いでいる。 

(3)2010 年代半ば以降の新たな融合技術領域の展開 

上記のように,光ファイバ神経網技術には,従来技術では不可能であった極めて高い性能・機能を達成で きる新しい方法が登場している。この他にも,側圧分布をセンシングする技術,振動分布を選択的にセンシ ングできる技術,光ファイバグレーティングセンサの安価な多点化技術等,光パルス技術では実現が不可能 であった新しい機能を有する「痛みの分かる材料・構造の為の光ファイバ神経網技術」の開発も始まってい る。

これら技術の実用化には,材料,構造の専門家,つまり,土木,建設,航空,宇宙,船舶,自動車,原子 力,等々の分野との融合研究を展開する必要がある。幸い,これらユーザサイドから「光ファイバ神経網技 術」に寄せられる期待も大きく,今後有効なコラボレーションが図られるものと期待できる。材料・構造へ の光ファイバの貼り付け・埋め込み技術,温度と歪の同時・分離検出技術,さらには測定レンジ,空間分解 能,測定感度等,諸特性の極限性能の把握とその実現も必要であり,今後のさらなる研究・開発が求められ る。

ここで,これまでに技術の蓄積が図られてきた,多点型センシング技術や OTDR 法を基盤とした分布型セ ンシング技術等,第 1 世代技術の実用化をさらに深めるのに加えて,上述したような新たなセンシング原理 に基づいた新技術の開拓を急ぎ,既存機能を遥かに凌ぐ性能と機能を具備した新技術を加えることで,「痛み の分かる材料・構造の為の光ファイバ神経網技術」は,圧みのある技術領域へと成長できる。分布的な歪情 報と高速サンプリング機能による動的歪情報が同時に得られようになってきたことにより,ユーザサイドと の連携研究を進めこれら情報を複合して解析することで,全く新しい構造・材料の診断手法が開拓される可 能性も出てきた。フォトニクスとマテリアル・ストラクチャ技術の融合領域としての「光ファイバ神経網技 術」は,2010 年代半ばにはその実用期を迎え得ると期待している。 

我が国は地震国である。また,時代は使い捨てからメンテナンス重視へと舵を切った。光ファイバ通信で 培った我が国の高い光ファイバ技術力を活用して,あらたな融合技術領域の創造と展開を図りたい。 

(保立  和夫)