第 2 章 質的研究法
第 2 節 KJ 法について
KJ法は,文化人類学の研究者であった川喜田二郎が開発した研究法である。以下では,
KJ法の特徴とともに,KJ法の現状について言及した。
1 KJ法の現状 1. 1 KJ法の活用状況
KJ法については,GTAと同じ1967年,その後1970年,1986年にそれぞれ川喜田が 著書を出版して解説している(川喜田, 1967; 1970; 1986)。KJ法は,看護領域のほか産業 領域などでも活用され,現在も日本では質的研究法の一つとして頻繁に活用されている(舟 島, 2007; 田中, 2011)。
一方,KJ 法は主要な質的研究法として取り上げられていない状況が見受けられる。た とえば,Creswell(2003)は,主要な研究法としてエスノグラフィー,グラウンデッド・
セオリー,事例研究,現象学的研究,ナラティブな研究の5つを取り上げている。またFlick
(2007)は,データ解釈法にもとづく分類として,コード化・カテゴリー化,会話・ディ スコース分析,ナラティブと解釈学的分析,さらにコンピュータ分析を上げた。このうち コード化・カテゴリー化では,StraussやCorbinによる理論的コード化のほかに,Flick によるテーマ的コード化,Mayringによる質的内容分析,Legewieによる包括分析が上げ られている。国内では,原田(2004)はCreswellに準じて,主要な研究法として伝記法,
現象学,エスノグラフィー,グラウンデッド・セオリー,ケース研究を上げた。岩壁(2010)
はナラティブ研究,事例研究,グラウンデッド・セオリー,現象学,アクションリサーチ,
エスノグラフィー,ディスコース分析,会話分析の8 種類を上げている。このようにKJ 法は,欧米圏はもちろん,国内の研究者たちにも主要な研究法として認容されていない現 状である。
1. 2 KJ法とGTAの比較
このようにKJ法は,研究法の一つとして紹介をされていないものの,国内においては GTA と比較され,その類似点や相違点について取り上げられている。GTA との類似点と して,舟島(2007)は当時の背景を取り上げた。GTA は,当時の社会学が「理論検証に あまりに固執しすぎる」(Glaser & Strauss, 1967)状況であり「証明の文脈にある社会学」
(舟島, 2007)への批判から開発されることとなった。KJ法は,当時は書斎科学から実験
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科学にシフトしたものの,「科学イコール実験科学であるという一つの大きな錯覚が現場の 科学の発達を歪曲している」(川喜田, 1967)状況であり,「既存の知識をよりどころとし 現実に目を向けることのない科学や証明の文脈にある科学のみを重要視する見方」(舟島, 2007)に対する批判から開発された。どちらも当時の指向性に対して警鐘を鳴らすために 研究法が生み出されていた。
また能智(2011)は,類似点として3点を取り上げた。第1は,KJ法の「一行見出し」
とGTAの“ラベル”あるいは“コード”をつける点,第2は,KJ法で「一行見出し」を グループ化して「“基本的発想データ群(basic data for abduction;以下BDAと略す)” として分析の要素とする」方法が,GTA のカテゴリーの構成と対応する点,第3は,KJ 法はグループの関係を図解化と叙述化することと,GTAではカテゴリーや概念を関係づけ てモデル化を行い,その際に図表を使う点である。
一方,相違点については,やまだ(川喜田・松沢・やまだ, 2003)は,GTAは「概念的 カテゴリーを礎石として概念的に理論構成する」ことに対し,KJ 法は「一度バラバラに したカードの意味的エッセンスをもとに創造的に総合して,図解による新しい『意味連関』
をつくりだす」と述べている。やまだ(川喜田・松沢・やまだ, 2003)は,上記類似点で 取り上げた第3点に関して,GTAが「要素となるカテゴリーからがっちりした建造物を作 ろうとする方法論」であり,KJ 法が「視覚的なイメージを使ったやわらかな連関図をつ くる方法論」であるとした。GTAがカテゴリーや概念を重視し,その説明として図表を用 いることに比べ,KJ 法は「『イメージ』を重視した図解化と,『語り』による言語化によ る筋立てという,質の異なる二つの表現方法が巧みに組み合わされているということも強 み」(川喜田・松沢・やまだ, 2003)であると述べている。
能智(2011)は,KJ 法はデータが内容の類似性にもとづいてゆるやかに結合され,ど ういうかたちのモデルを構築するかといった明確な枠組みがないこと,また,データ内の 多様な連関をボトムアップで機能的に見つけ出していくため,データ間の関係づけのやり 方には,既存の枠組みには拘束されない自由さがあると指摘した。一方,GTAは,理論の 構成要素としてデータに基づいた「概念」を構築する際に,グループ内の属性や関係も考 察することが求められること,データ収集とデータ分析が何度も交代しながららせん状に 進むことにより,帰納的な思考だけではなく,それまでに得られた仮説をもとにして演繹 的な思考を行うことが必要とされると指摘している。さらに,岩壁(2010)は,GTA は 分析から生成された「理論」を発展させ,それを検証する手法は明確に示されており,た
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だ「発想」するのではなく,アイディアを「理論概念として発展させる」ことが明確にな っている点を上げ,KJ法は不十分であることを示唆した。
1. 3 KJ法の問題点
川喜田・松沢・やまだ(2003)は,KJ 法は「技法」「技術」としては広く普及したが,
学問の方法論として理論的,概念的に練り上げてアカデミックな場で議論されることが少 なかった点を指摘している。
また,GTAとの比較から,KJ法の問題点は,①モデル構築の明確な枠組みがないこと,
②概念を構築する際にグループ内の属性や関係を考察されていないこと,③データ収集と データ分析を交代して,帰納的思考と同時にそれまでの仮説をもとにした演繹的思考を行 うことが見られないこと,④生成された理論を発展したり検証する手続きが明確でないこ とが指摘されている。これらについてKJ法の特徴とあわせて検討すると,①については,
モデルの枠組みを持たないことをむしろ重視していたと思われること,②については,グ ループ内の属性や関係は図解化や叙述化で検討する一方,定性的方法に徹底することを重 視していたと思われること,③については,演繹的視点を重視していたと思われないこと,
④については,累積KJ法による仮説発展や実験もあわせたミックス法的な広義のKJ 法 が提案されていたと理解することができる。
一方,KJ法自体に関する研究も行われつつある。田中・山西(2004)は,KJ法の仮説 生成という特徴を生かし,質的研究法として仮説継承を用いた量的研究と質的研究の融合 を唱えた。また,葛西(2008)は,KJ 法では類似性という概念だけではそれ以上に集約 が行えない状態に立ち至るため,その限界を解決する方法として「要約モデル」と「解釈 モデル」を提案している。さらに,山浦(2012)は,川喜田が主宰していた研究所に 20 年在籍し,その後KJ 法の研究を20年進め「質的統合法(KJ法)」を開発して,看護領 域などを中心に指導実践を行っている。このように,多くはないものの KJ法に関する研 究も確実に行われてきている。川喜田と同じ年にその著書が発行された GTA は,その後 オリジナル版以外にもグレーザー版,ストラウス・コービン版,修正版 M‐GTA など,
様々な理論が展開された。GTAは社会学に基づいていた分析視点で提唱され,心理学の研 究法との間では同質性が高い一方,KJ 法は文化人類学の基での分析視点であり,心理学 の研究法との同質性はGTAと異なって低い可能性がうかがわれる。
113 2 KJ法の特徴
2. 1 「データをして語らしめる」
KJ法の前提の第1として,研究者のデータに対する姿勢があげられている。川喜田(1986)
は,調査にあたって,西欧的あるいは日本的文明にあわせず,その民族や地域のあり方,
個人の姿そのままを受けとめ理解する姿勢を重視した。川喜田は,正しい判断に達するに は,研究者の信念や願望で判断を曇らせてはならず,「あくまでデータをして語らしめるの でなくてはならない。これが KJ 法を貫くひとつの根本精神である」と述べている。第 2 は,定性的データに対する徹底した定性的方法である。データの中心と周辺部を感じとり 概念化過程に活かしていくこと,概念化過程で行われやすいデータ・リダクションを安易 に実施せず,むしろ,ラベルの意味とその周辺も合わせた理解を重視した。
これら研究姿勢や研究方法を,データの語りかけに最も自然に従ってまとめることであ り,「データをして語らしめる」と表現していたと考えられる。KJ法では,分析対象とな る記録や記述データが質的であることと同時に,分析方法においても定量的視点をできる だけ排除しつつ,調査対象の現象を「あるがまま」の姿で理解することであり,一般化あ るいは法則化を目指さない個別性を生かす定性的分析であると理解できる。遠藤(2002)
は,近年注目されている質的研究法は,可能な限りデータ・リダクションを行わず,収集 したままの質的データから帰納的に仮説や理論を発想・生成し,研究対象自身の視点のも と,事象や経験の意味をその背景・文脈および時間的流れなどから切り離すことなく理解 しようとすることと述べており,川喜田が重視していた研究のあり方と合致していると十 分理解できる。
2. 2 図解化と叙述化による構造分析
KJ 法では,概念化過程では類似性や親近性によるグループ化が促され,図解化や叙述 化では関係性の理解に有用に働き,これにより,図解化で「意味関係の配置」を見いださ れ全体の構造が明らかにされる特徴を持つ(川喜田, 1967)。たとえば,表札づくりでは発 言内容の意味や構造を殺さないことを重視し,また,統合を「構造づくり」,図解化を「構 造計画」と呼び(川喜田, 1967),さらに,叙述化によって統合発想や構造の改善がより進 むことを指摘している(川喜田, 1970)。図解化によって「意味関係の配置」を見いだすこ とで全体の構造が明らかとなり,さらに,叙述化によって時間系列を組み合わせることで 関係のメカニズムが明らかとなる。